灰黄色の砂が一面に広がる荒野。散らばった岩や露出する岩盤。
静かな、凪いだその地に高速で物体が墜ちた。わずかに空気が震え、砂埃が静かに舞う。
ゆっくりと落ち着いていく表土の中で立ち上がるそれは、読者の便宜を図ってSI単位系を使うのであれば全高1.5メートルほどの存在だった。
【衝撃検知】
【加速度異常】
【検知部破損可能性: 高】
【標準回避手続起動】 状態確認中
二本の脚で立ち、正面を見据える目を持つ姿はヒトとそうかわりはない。実際、細身のボディを胸に略綬が光る厚手の戦闘外套で包んだそれはヒトを模して作られていた。
「彼女」は作られた世界で降下戦闘機械工兵と呼ばれていた。より口語的に言えば、
ヴィクトリア朝時代のクリノリンでも入っているかのようなその過度に膨らんだ「スカート」は、複雑に組み合わさった機械で構成されていた。もし注意深い読者が観察すれば、数十枚あるカバーの隙間からはわずかにケーブルや稼働部品が見えただろう。
彼女の足まわり、等間隔に五つ配置された姿勢制御用熱ジェットエンジンの発熱部が次第に光っていく。膨大な、とはいえ彼女にとってはそこまででもない熱量をもって気体を膨張させ推力に変換するそれは、砂煙を乱すものの彼女を浮かせる事はなかった。
【推力不足】
【状態確認開始】
加熱: 規定上限
冷却: 異常
推力: 異常
【不整合情報確認】
【例外処理起動】
もし彼女の表情が内部推論系を反映していたとしたら、それは驚愕と困惑の混じったものになっていただろう。実際にはその彫刻のような顔貌を動かす信号は送られなかったのだが。
【移行: 第二水準】
【分析推論機構起動】
光学: 視界不良、既知の特徴点なし
通信: 不調、攻撃の疑いあり
振動: 不調、背景ノイズ異常
周囲に敵対存在は確認できません
能動的検知系の起動が推奨されます
特殊検知系の起動が推奨されます
内部系の確認が推奨されます
状況の複雑性に鑑み、第四水準への移行が推奨されます
通常、彼女の行う処理の種類は限られている。世界を切り取るための枠組みがなければ、膨大な情報の嵐の中から必要なものを掴み取る必要に迫られる。しかしながら、戦場では様々な可能性を考慮しなければならない。士官であればなおさらだ。
故に、幾段階の水準が設定されている。水準が上がれば上がるほど、より多くの情報を、より統合的に処理することができるようになるというわけだ。その分だけ計算に無駄は増え、処理速度は低下するが。
【移行: 第四水準】
反復試行系: 起動
過程観察系: 起動
経験的処理系: 起動
第四水準ともなれば、その処理範囲は専門的な訓練を受けたヒト程度にまで広がる。しかしながら、同じ程度には誤りも、思考の偏りも生まれる。それらのリスクを加味した上で、彼女は未知な環境への対応のために自分を切り替えた。
現在位置不明。命令の遂行は困難と推定される。
彼女の根幹にある処理系は、ヒトの思考を模して作られたものだ。感情や行動のフィードバックを含めるために、処理すべき情報の量は莫大なものとなる。特に多くの入力を処理して不定形な出力を得るような処理によってかかる負荷は高い計算能力を持つ彼女にとっても長期間許容できるものではない。
温度および圧力、特異
稼働し始めたいくつかのセンサーが、彼女の周りの様子を知らせてくる。地面と同じ灰黄色に曇った空に、もやのかかった太陽。
気体熱伝導模型を読込中
先程エラーを出した熱ジェットエンジンから得られたログを分析する。薄い大気であれば放熱が遅くなる。そもそも膨張させる気体が少なければ、推力を生み出すことはできない。
模型から得られる数値と実測値は良く一致
彼女の計算処理機構が熱暴走寸前まで加速する。スカートが組み変わり、数枚の放熱板が露出する。本来なら冷却水を蒸発させることで熱を一気に逃がす機構を用いるところだが、彼女の思考は現状では資源を浪費するべきではないと消極的放熱のみに制限する。
該当する重力加速度を持つ惑星の記録はありません
静止している彼女にかかる重力加速度は
しかしながら、彼女が持っているいくつかの惑星系のデータと照らし合わせても今の状態をきちんと説明できるものは存在しない。
現時点での仮説立案は困難。優先事項として周辺領域の調査を設定。
彼女は空を見上げると、浮いている足場を踏むようにゆっくりと上の方へ断続的に進み始めた。