ふたりきり惑星再生   作:小沼高希

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010: 斯くして二人は差異に気がつく

さて、世界の根源、要素、あるいは元素を表すとしたら何がいいだろうか?

 

エッフィが知る分類体系は多くある。しかし、単純なモデルのほうがいいだろうと編まれていく光は二次元の分類を示すように組み替えられていく。

 

二つの性質に基づく、四つの様相。それはエンペドクレスが定義し、アリストテレスに受け継がれた欧州の根源物質(リゾーマタ)の考え方やジャイナ教に始まる積聚説にも似ているかもしれない。しかし、それはより洗練されたものだった。

 

流れを通して流転しうる四つの様相がどう変化するか。加工と変質が表す記号がどのようなものか。あまり具体的にしすぎるとまだ未定義の部分を固めてしまいかねないので、注意しながらエッフィは情報を並べていく。

 

これに対し、ピオは処理系の中で完結した構築を進めていく。使おうとしているのは自己相似場理論。

 

もちろん、化学反応に基づいて百四十近くある元素を整理した周期表を出すことはできるだろう。しかし、彼女が自分の能力を説明するために周期表は力不足であった。

 

膨大なエネルギーを閉じ込める異種原子。偽真空への空間相転移。そして気難しい重力特異点。それらを全て記述できるほど、周期表は強力なものではない。

 

ならどうするか。それぞれのスケールにおける物理法則を示したところで、それらが全体を示すわけではない。読者にわかりやすく言うのであれば、量子力学の標準模型と厳密なパラメータを用意した所で分子の計算一つできないといえばいいだろうか。

 

「……出力を終了しました」

 

「待って!私の方はまだ全然できていないの!」

 

全体で一つの記号を意味させつつ、それぞれの部分自体も意味を持たせる。密教における曼荼羅をより精緻に、そして単純化したものにも似ている。一つの概念を理解できれば、それを突破口にして理解を広げていける構造をなんとかエッフィは構築した。

 

「……先にそっちの説明をしてもらってもいい?」

 

「構いません。では」

 

ピオが示すのは数式とファインマン・ダイアグラムにも似た図が何層かに積み上がった状態。

 

「んー、圧縮率が高いなぁ。この記号は?」

 

エッフィが気になる部分に触れると、その記号の説明が展開される。

 

「量子対の生成を表しています」

 

「はいはい、ちょっとづつわかってきましたよ。それぞれの階層における規則があって、その規則がどう変化していくかでしょ」

 

「……この種の理論の知識があるのですか?」

 

「ないよ。冗長だと思うけど、綺麗だね」

 

読者が知るように、我々の日常生活レベルにおいては古典力学が支配的に振る舞う。しかし十分小さなスケールでは量子力学が、十分大きなスケールでは相対論的力学が現象をよく説明する。では、より極端な場合はどうだろうか?

 

例えば、両理論が対応できない重力特異点はどう説明されるのだろうか?

 

ピオが知る歴史では、それは特異点物理学と呼ばれる一連の研究によって明らかになった。それぞれのスケールにおいて適切な理論があり、その階層性は多重フラクタル的に歪んだ時空、すなわち自己相似場によって説明される。

 

もちろんここで数学的な説明をしてもいいのだが、物語の続きを読みたい読者のためにここでは割愛しよう。

 

「ところでどうしてこういう表記方法を?」

 

「数学的な理解の積み重ねによって形成されたものですから」

 

「んー、そういう意味じゃピオもそうだけどやり方が……いや、違うか」

 

何かに気がついたようにエッフィは言う。

 

「そうか、全体じゃなくて最小の構成要素を記号的に定義しているのか」

 

エッフィの言葉に、ピオは無言で首を傾げるようにする。

 

「ああごめん。ただ、なんとなくそっちのやり方はわかった。私の方も見る?」

 

「……はい」

 

エッフィの少しおぼつかない準備を見ながら、ピオはなぜその理解にたどり着いたのかを考えていく。示した数式は単純な形にまとめられていたとはいえ、高度な数学的知識を前提に要求するものだ。

 

今までの対話から、ピオはエッフィの持っていない概念が意思疎通においてある種の制約となることを把握していた。それにもかかわらず、あれだけの式の本質を掴むというのはある種の天才の持つ嗅覚にも似た能力が不可欠な行為だった。

 

「これでいいかな?」

 

自慢げに、誇らしげに立方体を見せるエッフィ。

 

「……この文字自体にも、意味があるのですか?」

 

「ああいや、これは今作ったやつ。必要なら読み上げるけど」

 

「……いえ、その必要はありません。理解できました」

 

ピオの演算能力を持ってすれば、その圧縮された情報を処理することは造作もなかった。それと並行してその理論を意味するように演算部を上書きすることも。そうして改めてエッフィの示した説明を見ると、それは理解できるものになっていた。

 

計算機科学的な分析は、情報量における異常を報告した。一を聞いて十を知る、に似た様子。本来であれば足りないはずの情報を、どこかが補っていく感覚。

 

「……だから、あなたはこの環境で生きているように振る舞えた、いや、生きていられたんですね」

 

「そうそう。やっぱり、ピオはそこらへんわかっていなかったんだ」

 

それは記号がいかに別の記号を定義するかを示していた。そして、あらゆるものが記号として定義できることを示していた。

 

観測者も、外界も、それらはただの記号に過ぎない。記号同士の演算自体は、ピオが自身の中で実行していることであった。視界も、音も、全ては離散的に扱うことができる。ここで示されているのは、その自然な拡張に過ぎない。

 

ピオは改めて世界とエッフィを見る。

 

「……エッフィ」

 

「なぁに、ピオ」

 

「貴方は、世界をこのように把握していたのですね」

 

「私のほうが驚きだけどね。象徴を排除しても、ここまで豊かなことができるなんて」

 

言葉とともに、役目を失った空間が崩れていく。眠りから覚めるように二人は目を開けて、ゆっくりと額を離した。

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