ふたりきり惑星再生   作:小沼高希

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011: 先駆者は星壇に立つ

ピオの持っていた武装は分解され、改造され、不格好な炉に再構築されていた。

 

「これでできるの?」

 

「そのはずです。貴方から頂いた意味処理系がなければ、これを構築するだけで短くない時間を費やしていたでしょう」

 

エッフィからの質問に、何本ものケーブルで自身と炉を結んだピオが答える。

 

「うーん、改めて理屈を説明してもらってもいい?」

 

「記号的なもののほうがよろしいでしょうか?あるいは、本官の慣れ親しんだ還元的な方法による解説を希望しますか?」

 

「私っぽいやり方には慣れてないでしょ?そっちの慣れた方でいいよ」

 

「かしこまりました」

 

日は沈んで、灰黄色越しの星が二人を見ていた。

 

「表土には多くの金属および亜金属の酸化物が含まれています。加熱と電気分解によって、ここから酸素を抜き取ります」

 

「ほうほう。酸素っていうのは『良い空気』だと考えればいい?」

 

「おおむね問題ありません」

 

「よし。ええと、あとさっき確認したけどこれ使うね」

 

スカートに使われていたプレートの欠片の一つをエッフィが取る。

 

「構いませんが、どのような用途に用いるつもりでしょうか?」

 

「……かなり複雑になるけど、いい?」

 

「お願いいたします」

 

「えーとね、まず星があるでしょ?」

 

エッフィが指を伸ばし、一つの赤色超巨星を指す。

 

「ありますね」

 

「あれを火と生命と鍛冶を司るものにする」

 

「……できるのですか?」

 

「既に色々とやられてきた私のところの星占に新しい意味を追加するのに比べれば簡単だよ」

 

そう言ってエッフィは地面に線を引き始める。炉を中心とした同心円と、その周囲に置かれるモールス符号にも似た一次元の記号。

 

「それは先日見せていただいたものでしょうか?」

 

「そう。これをこの世界の言語にしちゃう」

 

「可能なのですか?」

 

「私には()()()よ」

 

それはただ、事実の言明であった。

 

ピオが準備を進めていく横で、エッフィはほとんど正確な正円を描いていく。窪みはあくまで誘導なのでそこまで正確である必要はないし、道具を使わずにこの精度の図形を描くのは彼女にとって特に自慢できるほどではない技能だ。

 

「あとどれほどかかりそうですか?」

 

通電を確認したピオがエッフィを見て言う。刻まれた要素は多い。いくつかの点と線は目当ての星を指定し、周上に置かれた語は過程によって得られる記号を抽出し、全体の構造はその二つを紐づけすることを指示している。

 

「もうすぐ。あの星が天頂に来た時に完成するように調整できる?」

 

「……厳密には到達しませんが、よろしいのですか?」

 

「それを言ったら完璧な時に作り上げるのは無理でしょう?そこらへんの融通はけっこうなんとかなるのよ」

 

祭壇として必要な情報は揃っていた。記号として組み込まれて正五角形の頂点に並べられた投光器が戻ってきたエッフィと炉を覗き込むピオを照らす。

 

「加熱を開始します」

 

その炉はかなり奇妙な構成をしていた。空中に浮かぶ灰黄色の球体を支えているのは重力場釘刺(ピンニング)機構。三つの輪環面(トーラス)型重力特異点によって作られた引力で集められているのだ。球対称でなくとも安定性を持ちうるのかと気にする読者もいるかもしれないが、毛玉定理によって極を表面上に持たなくてはならないS2に比べて作ることは難しいが安定化してしまえば案外扱いやすいのだという説明で許してほしい。

 

「よしよし」

 

呟くエッフィ。本来熱ジェットエンジンに用いるはずの加熱部は解体され、全て浮いた球体に向けられていた。

 

「これってかなり熱くまでできるよね」

 

「融点には十分到達できるはずです」

 

「……あの星と同じ色を出せない?」

 

エッフィは空を見上げる。赤い星はまもなく天頂に届こうとしていた。

 

「試してみますが、保証はできません」

 

「いいよ、今でも記号は揃っているから」

 

ピオは恒星のスペクトル分類から相当するだけの温度を割り出す。4000ケルビン。余裕域を超えるが、許容できると判断した。

 

 

【自動停止機構停止】

  この操作は機体の完全な崩壊を招く可能性があります

 

【特異点制御系過剰運転】

  この操作は複数の条約および規則に抵触する可能性があります

  適切な権限なしの実行は非常に危険です

 

 

ピオはゆっくりと戦闘外套の前のボタンを外していく。なめらかな胸部の膨らみを滑り落ちる布地。

 

「ちょっと!何してるの!」

 

エッフィは顔を赤くして慌てたように言う。

 

「これを損壊した場合、本官の身分証明が困難となるので脱いでいます」

 

「……私が持っておけばいい?」

 

「お願いいたします」

 

少し呆れたようなエッフィが見守る中でピオの胸部が開き、ヒトなら心臓が収まっている場所が顕になる。

 

「……それが、あなたの核」

 

降下戦闘機械工兵を降下戦闘機械工兵たらしめるエネルギー源。特異点工学の金字塔。そして悪用すれば、相当の被害を生む代物。

 

「ええ、少し熱くなるので冷まそうかと」

 

エッフィの目には官能的なまでに背を反らし、ピオの双眸が赤い星を捉える。

 

「分離処理を始めます」

 

ピオがそう告げると、触腕のように伸びるマニピュレータが赤く揺れる球体に突き刺さった。今まで加熱用に回していた電力を分解のために注ぎ込むと、小さな泡が片側の電極に生まれていく。それを振り払うように球体が蠢き、電極が位置を変える。

 

重力場とそれに伴って動く流体は、ピオにとってはただの単純な制御対象にしか過ぎない。しかし、そこにエッフィの視点を入れれば十分多様な意味を読み取れるものになる。

 

そこから記号を分離し、必要な意味を統合し、そして結びつけを行うためには本来ならばかなり複雑な手順が必要であった。しかしエッフィはそれを無理に解決する。

 

たった二人の、そして奥底を共有した観測者。意味の定義されていない、まっさらな世界。白い紙に最初の一筆を入れるように、彼女は集中を切らさないように目を開ける。

 

派手な音がするわけでも、特別な演出があるわけでもない。しかし静かに溶けた合金が浮かぶ様子は、それだけでエッフィが微笑むには十分なものだった。

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