エッフィとピオが拠点に辿り着こうとする頃には、もう真夜中になっていた。
「明るい場所はやっぱり落ち着くよね」
遠くに見えてくる光点に顔を向けてエッフィが呟く。
「照明をつけましょうか?」
「そういう意味じゃなかった。安心できる場所っていうのがあってさ」
「本官の腕の中は不安定でしたでしょうか?」
「いや快適だよ。快適だけど、それとこれとは違うんだよ」
「……エッフィの提示する多元的価値観について、未だ十分に把握できた状態であるとは言えません」
「ゆっくり覚えていけばいいから。そもそも私じゃなかったら言葉を交わせるようになるだけで幾日かかったかわからないし」
「お気遣いに感謝します」
「ただこれはピオを責めるつもりはないんだけれども、もう少しうまく話せるようになりたいと思うな」
「貴方との対話で本官は多くの事を学んでいます。おそらくは今後改善を実感できるようになるかと」
「だといいね。っと、脚を外すのは大丈夫?できる?」
「無線操作が可能であるため、問題ありません」
そう言いながらピオはエッフィを抱きかかえたまま、ゆっくりと二本足で地面に立つ。
「とはいえここはまだ快適って言うには遠いから、頑張らないと」
そう言いながらエッフィもピオの腕から滑り降りるように立つ。
「善処します」
「これはまあ、ピオの利益にもなるけど本来は私の欲だからそこまで気にしなくていいよ」
「民間人の居住環境の保全は……いえ。エッフィ、貴方の生活を支えることは本官の使命であり、希望です」
「……ほら、どんどん上手になってる」
そうして二人は扉をくぐり、空気圧シャワーを浴び、加圧空間に入る。
「ねえ、今回の旅の記録ってできてる?」
「同期中です」
そうピオが返すと同時に部屋に、三次元の地図と通信進捗が投影される。
「我々の移動経路はこうです」
「……ここから東の場所、でいいのかな」
直線上に伸びて作られている地形の末端にマーカーが灯る。
「我々が北半球にいるなら、ですが。惑星の残留磁場の測定はまだ詳しく行っていないので断言はできかねます」
「うん。ところでもし北極に行くとしたらどれぐらいかかる?」
「片道でこの距離の倍ほどになります」
「……つまり、ピオなら一日で到達できる?」
「可能です」
「なら、私でも帰りはそれぐらいかな」
エッフィの言葉でピオの処理系が少しだけ止まる。
「……それは、往復で異なる方法を用いるということですか?」
「そう。ピオが私を見ていない状態で流れがわかっているなら、色々とできる。かわりにちょっと道具がいるけど」
「具体的にはどのようなものでしょう」
「鉄の靴と硝子の目覆い、かな。あと杖と、できたらピオの外套も欲しい」
「……軍用外套が本官の身分証明である、と理解した上での発言ですか?」
「そう」
ピオはしばらく黙り、無表情のまま処理を回す。意味的な裏付けがあるということを前提に、発生しうるリスクを列挙し、一つ一つ否定していく。
「……かしこまりました。しかしながら、本官を偽称することは交戦規定違反となり、貴方および本官に対しての適切な保護を喪失する原因となることを理解してください」
「そんなことしないよ。相手も今のところいないでしょう?」
「規則の問題ですので」
「わかった。あとは特定の文字を靴とかに刻んでほしいんだけれども」
「具体的にはどのようなものでしょうか?」
「ええと、説明難しいな……繋いでいい?」
エッフィは両手を前に出して、額を合わせようとして一瞬止まって言う。
「……構いませんよ。今後は専用の端末を用意することも考える必要がありますね」
「ピオはこういうことされるの、嫌?」
「本官にはこの行為を積極的に断る理由は、今のところ存在しません」
「素直じゃないんだから」
そう言ってエッフィはピオの額を引き寄せ、慣れた手付きで繋ぐ。
「……なるほど、ある種の宣言文ですね」
「旅の無事を願うもの。星の力を経由して私とピオを結ぶの。わかる?」
「この力というものは、本官の動力を指しているのでしょうか?」
「いや、実際はピオから引かれることはないと思う。深いところの流れを用いるから」
「かしこまりました。設計はこのようなものでよろしいでしょうか?」
ピオが目を開けて手を伸ばすと、投影装置がエッフィの身体のシルエットに重ねるように装備を映し出す。
「うん。これでいいかな。材料は……そうだ、私の髪を使ってもいいよ。鋏ってある?」
「……今後作成します。しかし、良いのでしょうか?」
「何が?」
「髪というものが持つ意味は、私がいた世界にさえありました」
「大丈夫。どうせ帰ってきた頃には元みたいに伸びているよ。それにちょっと伸びてきたし、短く整えてもらうのもいいかなって」
「本官には適切な資格がありませんが、よろしいですか?」
「髪を切るのに資格なんているの?」
「必要だったのです。同意があれば問題ないでしょうが」
髪の回収モジュールと撚るための機構を考えながら、ピオはエッフィの腰まで伸びていた銀色の髪に見惚れるように視線を向けていた。