ふたりきり惑星再生   作:小沼高希

17 / 50
017: 似姿像は深淵へと飛ぶ

エッフィが拠点を出てから数日が経った。星の回る中心点は上へ上へと動いており、旅はそろそろ終盤に差し掛かりつつある。

 

「そろそろ日が沈まなくなる頃かな」

 

夜の時間がどんどん短くなっていることをエッフィは感じていた。ピオほどではないがかなり精密な体内時計をもとにして、星占のための基本的な円関数の計算をちょちょいとすれば自分がどこにいるかぐらいは見当がつく。

 

彼女が受け取ったものは四つ。これは神話としての意味を考えても十分なものだ。それらは祀るに適切な大きさで、偉業を示すのに十分なものだ。そうでなくとも旅人にとっては十分実用的な品であるし、エッフィが使う流れを抑える程度には役立っていた。

 

「とはいえ、これで災難に遭いたくはない……けど」

 

物語において、旅人に試練はつきものだ。そして多くの物語で、贈り物や装備品が窮地を脱する助けになる。

 

もちろん、エッフィが特に何も用意しなければ襲いかかる試練は些細なものだろう。その程度の悪運避けぐらいならできる。星にもまだほとんど意味を持たせていない以上、そこからもたらされる不運というのもたかが知れている。

 

とはいえここで一つぐらい試練があったほうが収穫が大きくなることも知っていた。どうせ結末は氷の発見だろうが、それはそれとして彼女は未来への遠望をほどほどに切り上げて、前に進む。

 

しかし杖は止まり、彼女は改めて視線を前に向け直す必要があった。

 

「っと、これはちょっと厳しくないですかね……」

 

エッフィの眼前に広がるのは左右に伸びる大きな峡谷。右を見ても左を見ても果ては見つけられず、向こう岸がかすかに見えるだけ。

 

もちろんひょいと飛んで渡れるようなものではない。もちろん準備をすれば飛べなくはないが、その準備のためには十分な食事と休息が必要で、数日ぶっ通しで歩いてきた彼女にとっては無理な話である。

 

「渡るしかない、かな」

 

深さも幅もキロメートル単位。少し足を踏み外せば常人なら死ぬような荒い岩の残る急斜面。

 

「さてと、まずはこういう時は落ち着いて持ち物確認。そうして覚悟を決めて、進む!」

 

とはいえ彼女の持ち物はそう多くはない。服、外套、靴、目覆い、杖。普通であればもっと便利な道具が必要だろう。

 

「……って、これって降りろ、ってことか」

 

目覆いがあれば眼に砂埃が入ることを気にせずに進むことができる。杖は姿勢を維持したりするのに役立つだろう。それ以外はまあ、おまけだ。今あるものがこれしかない以上、これで十分だということになる。

 

「……ピオの星は、今は地下にあるはず」

 

前にピオを火と生命と鍛冶を司るように定義した時の経路として用いた星は、昼間の今ぐらいの時間であればほぼ真下にある。この外套にもピオの記号がしっかりとついている以上、引き寄せあう力を利用することができるはずだ。

 

読者の中に引っかかる人がいるかもしれないので補足しておくと、この引力というのは実際に物理的に測定できるものではない。むしろ運命の流れとでも呼ぶのが適切な概念だ。

 

似たもの同士は惹かれ合う、というのはエッフィの知る基本的な法則の一つ。それを利用して、無事な降下を成し遂げようとしているのだ。

 

「私には救ってくれた人がいて、救うべき人がいて、向かうべき場所があって、変えるべき場所がある」

 

静かに、それでもどこか唄うように彼女は声を出す。

 

「だから私は、進まなくちゃいけない」

 

それは上位存在に対する祈りではなかった。ここには彼女に力を貸してくれる上位存在はいないのだから。

 

誰かに対する宣誓でもなかった。彼女が(あか)しをすべき相手は、いたとしても遠く離れているのだから。

 

だから彼女は、自分に対して言葉を紡いだ。

 

エッフィが走り出し、峡谷の縁を蹴って下に向かう。杖で斜面を打って速度を適度に殺しながら、壁を走るかのように降りていく。

 

衝撃は鉄の靴を履いていることで吸収される。血にも含まれる鉄は強さと生命の象徴だ。これしきで壊れたりはしない。舞う石は目覆いで弾き、外套と短くなっている髪をたなびかせるように、彼女は下へ下へと降りていく。

 

彼女の周囲で流れていく地層の色と構成粒子の大きさが変わっていく。かつてこの星に水が溢れていた太古、侵食によって作られたものだ。その流れは絶えて久しいが、まだピオが残滓を感じられるぐらいには残っている。

 

その向きを変え、ピオは自分の身体を崖壁に押し付けるように働かせる。本来川の水が土砂を押し付けていた、そう矛盾のない方向だ。

 

「で、そろそろ着地、っと」

 

できるだけ衝撃を殺したとはいえ、それでも骨が折れてもおかしくない衝撃を複数回に渡って転がるように受けながら、ピオはちょっとした斜面に降り立つ。

 

「……傷ついてない、よね」

 

念のためにピオから貸し出された外套を確認するが、幸いにも少し汚れただけですんでいる。

 

「登る時はこうはいかないから、真面目にやるか……」

 

その呟きを聞くものは誰もいないまま、彼女は外套をぺちぺちと叩いて綺麗にしながらまた歩み始めた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。