ふたりきり惑星再生   作:小沼高希

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002: 生贄人形は灰黄色を進む

降下戦闘機械工兵、もとい先駆者(ピオニエル)が墜ちた場所から大圏距離で数メガメートル(数千キロメートル)離れた地点でも、砂埃が上がっていた。

 

しかしながら、こちらのほうはより深刻な状態であった。宇宙空間で待機することを前提に設計されていた先駆者(ピオニエル)と異なって、「彼女」はそういった特別な準備がされていなかったからだ。

 

纏うものぐらいしか付属品のないヒトと同様の肢体と中身。アームストロング限界を下回り体温で水が蒸発するほどの低圧の中、彼女の肺の中では沸騰が起こっていた。そもそも外の大気のほとんどは呼吸に適していない。

 

彼女が動こうとするたび、揮発性となった水が身体中を痛めつける。その上、ヒトのように脆弱な肉体は落下の衝撃に耐えることができていなかった。また、緩やかにではあるが彼女からは熱も失われていた。例え大気が薄いとはいえ、外気との熱交換と放射によって彼女の命は消えていく。

 

言うなれば、周囲の環境の全てが彼女に死を突きつけていた。

 

「……私は、死を拒むっ!」

 

故に、彼女はそれを対応可能な一塊の()()として認識できる。薄い空気の中、ほとんど震えない声帯であっても、認識しているものが彼女一人以外いないとしても、口の動きは意味を成す。次の瞬間、彼女は息を切らせ始めた。肌に朱が戻っていく。

 

まだ立ち上がれない仰向けの彼女が纏うのはゆったりとした白いチュニック。飾りもなく、縫い目もなく、そこからは服ということ以外の意味を読み取れない。

 

「あー。なんでしょうね、これ」

 

彼女は困ったような笑みを浮かべて、自らの潤いが戻りつつある目を手で押さえる。隙間から雫が溢れ、墜ちた先の乾燥した地面に一瞬で吸収される。

 

灰黄色の空は静かで、雲ひとつない。ここには生命がない。彼女が使えるような()()を、彼女は感じることができなかった。

 

「考えたいことが多すぎて、何をしたらいいのか……」

 

彼女には名前がなかった。それはつまり、目的がないことを意味していた。

 

確かに、彼女は似姿として作られた。しかしながらそれは本物と同等でなければならない以上、代替物として認識されてはならなかった。ゆえにそれは似姿像(エッフィゲ)とは定義されなかった。少なくとも、今までは。

 

修復という象徴が十分自分の肉体に澄み渡ったことを確認して、彼女は立ち上がる。その足取りは先程まで彼女が受けていたダメージを無視するように軽やかであった。彼女は既に直近の周囲からの死を討ち、健康と定義されているのだから当然ではあるが。

 

「……死んでいる。止まっている。動いているのは、私だけ」

 

本来であれば、その紡がれた言葉は周囲を書き換えてしまっていただろう。本来の彼女の能力であれば、それぐらいは容易であったはずだ。しかしながら周囲に影響を及ぼせるだけの流れがなければ、彼女の観測も意味を成さない。

 

「大丈夫。私は私を感じられている。身体は動いている。やれることはたくさんある」

 

彼女が本質的に求めるものであった自由は、実際に与えられるとどう扱っていいのかわからないものであった。そもそもなぜ自分がここにいるのかすら、彼女には把握できていない。

 

だからこそ、彼女は目的を記号として定義する。生きること。在り続けること。少なくとも意志と意識のある限り、それを止めることはできない。

 

彼女は自分の認識を手放すつもりはなかった。本来なら捧げられた先で解放されるはずだった色々なものが、まだ彼女を動かし続けている。

 

しかしながら、それにも限界がある。誰も彼女を認識しなければ、曖昧な彼女がその目的を失うのはそう遠い話ではない。何をするにも、まずは意味が必要だった。改めて彼女は周囲を見渡す。

 

大地と太陽だけでは、あまり複雑な記号として成り立たない。もし星があったとしても、星辰が異なればその意味を定義し直す必要があるだろう。そもそも肉体を引く力が弱いのだ。彼女の知る意味のあり方が通用するとは限らない。

 

ぐるりと見ると、地平線は完全に平らではなかった。起伏がある。地形の存在は、照応を楽にしてくれるだろう。弱い風の流れでも、うまくすれば使えるかもしれない。しかしながら、そのためにはここでは駄目だ、と彼女は考える。

 

「進みましょう。心が示すままの方向へ」

 

彼女は迷いなく歩き始める。それは不安を押し殺しているわけでも、ただ無思慮なわけでもない。もし彼女に迷いがなければ、それは結末を知っているとまでは言わなくともその流れはわかっているということである。

 

それがどのようになるかはわからないが、彼女という強い記号であれば語るに値するものであるだろう。()()()()()()()()()

 

「んー、背中のほう汚れてますよね……。脱いじゃうのも今は難しいし、今は我慢しましょう」

 

彼女はそう呟いて、裸足の足跡を真っ直ぐに灰黄色の地面に残していく。その進んでいる方角は、ぴったりと先駆者(ピオニエル)がいる方向だった。

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