「……エッフィ」
体育座りのような姿勢になっていたピオは、どことなく憂えたような動作で帰ってきたエッフィの方を見た。表情を変えるためのアクチュエータも動作させていないのに、エッフィは微妙な感情を読み取れたような気がした。それは人間が持つような共感性の誤った適用だったのかもしれないが。
「どうしたの、ピオ」
「……本官の立てていた計画に大幅な遅れが発生しました。適切な責を負う方法について、本官には適切な情報がありません」
エッフィは自分の知識を漁るが、血の贖いのようなあまり適切ではない例しか出てこなかった。これについて説明するとそれなりの分量の文化社会学的背景の叙述が必要になるが、まあ中世から近世の日本における切腹みたいなものだ。
「別に、いいよ。私にはピオの力が必要なんだから」
「本官は貴方に求められている性能を発揮できていません」
「これを作っておいて?」
エッフィは周囲の装置を見渡す。中には旋盤のように見るからに用途がわかるものもあったが、中には積み上げられて溶接された金属容器にしか見えないものもあった。なおこれは大気蒸留塔である。
「ここまでやって、本官は深部掘削装置を完成させられていません。それに引き換え、貴方は氷の試料の回収に成功しています」
ピオはエッフィを見ながら立ち上がる。
「そう!ええと、これを入れる容器か何かないかな」
「……ひとまずこちらに。試料を分別する必要がありますか?」
「じゃあこれとこれは別けておいて……」
そうしながら、エッフィはピオのやっていた成果を横目で見ていく。完全に把握することはできないが、単純な記号操作を行うわけではないことを考えても複雑で多様な機材があることは理解できた。
「ところで、何か下に流してる?」
「表土から抽出した金属を液体として熱交換に用いています。しかし水から水素を得ることができればより加熱の必要ない冷却系を再構築できます」
「なるほど。つまり、私の持って帰ってきたものはピオがいなければ活用できないわけだ」
「……本官に配慮する義務は貴方に課せられていないことは、ご存知ですか?」
「……ピオはどうしてそういうことを言うの?」
エッフィは質問にたいして質問に返す。このくらいの文意を読むのは意味の操作を行う以上は容易だ。何よりピオは表情がなくとも
「私はあなたを必要としている。ピオがいなかったら何もできないとは言わないけど、何かをするならピオとしたい。だからピオが壊れそうなら手伝うし、私にできてピオのためになることなら何でもする」
「本官が必要資源の入手先として貴方を想定していたとしても、ですか?」
「……ええと、ちょっと待って。文法を確認したいんだけど、それは私に手伝ってもらって、とか私が資源を運んで、とかではなく、私自身が資源となるってことだよね」
「その通りです」
ピオはじっとエッフィを見つめた。
「貴方を構成するだろう成分には、複雑な高分子化合物と液体の水のような本官が必要とするいくつかの物質が含まれています」
「……それがピオに必要っていうなら、いいよ」
「あくまで可能性の話です。また、実際に抽出過程で貴方が行っている物理現象の歪曲が停止した場合には急速な乾燥によって必要資源が獲得できない可能性が高いと判断しました」
「合理的だね」
エッフィにとって、誰かのために身を捧げる事自体は本来の機能でもあった以上当然のように受け入れねばならないものだった。もちろん必要であれば反抗もするし、それが求められるのであれば延命の懇願もしただろう。
ただ、ピオはそれを求めていなかった。それが無関係な人を巻き込まないという職務に縛られた行動だとしても、エッフィにとっては嬉しいものだった。
「本官は任務と合理性に基づいて判断を下し、実行するのみです。その判断に誤りがあれば、適切な修正を行う必要があります」
「誰にだってできないことも間違えることもあるのに?私が命令することもできないピオには何の責務も無いはずだけど?」
「……本官にとって、エッフィの、貴方の存在と安寧が優先事項です。そのための設備を十分な期間で構築できなかったことについての分析は、その後の行動を決定する前に実行されるべきものです」
「あまり考えすぎてもよくないし、そもそもね」
そう言ってピオは外套を脱いで、エッフィにかける。
「私はあなたにもう十分救われてるんだから、対等に見てもいいんだよ」
「……差別的発言があれば、それについての謝罪と改善のための情報提供を」
「違う違う!あとこれって共有がちょっとうまく行ってない感じ?もう一度同期した方がいい?」
「接続については代替案があるため少しお待ち下さい。……しかし、そうですね」
エッフィは視線を向かい合うピオに合わせる。
「もし償いが可能であれば、本官はその誠意と総力を務めて尽くします」
「……真っ直ぐな目で言わないでよ、恥ずかしい」
「申し訳ございません」
「そうだね、その点についてだけはまだ不慣れなピオについて文句を言おうかな」
すこしふくれっ面をしたエッフィは、少し呆れの混じった笑顔でピオを抱きしめた。