ふたりきり惑星再生   作:小沼高希

28 / 50
028: 先駆者は転移を導く

「……確かに、本官には偽真空焼淬に相当する転移を引き起こすことができているようです」

 

ピオは加圧空間でクッションに座るエッフィに向かって言う。分析結果は実験用に処理したグラフェンが単原子膜で準結晶となっていることを示していた。

 

「ええと、これが転移前でこっちが転移後……」

 

目を閉じてこめかみを触るようにしてぴくぴくと瞼の裏で眼球を動かしながらエッフィは言う。本来であれば画像として一旦投影しなければならなかったものも、今では直接ピオの処理系からエッフィの頭に入れることができるようになっていた。

 

「確かに、変わっているね」

 

「本来であればこういうふうにはならないはずなのですが」

 

ピオがやったのは素材に手を触れて電流を流しただけだ。その過程でなぜか消えたエネルギーは、準安定状態に持ち上げるために必要なだけのエネルギーと一致していた。

 

「なっているでしょ?ピオにはそういう事ができるんだよ」

 

「これであれば、問題の第一段階は解決したと言えます」

 

「まだあるの?」

 

「場を整えても、その上に規則的な構造を構築しなければ使えないのです」

 

「なんとなくわかる。それだと一つの意味にしかならないから、小さな記号を組合せて書き込むって感じ?」

 

「概ねそうです」

 

読者にはフォトリソグラフィーによる集積回路の作成のアナロジーがわかりやすいだろう。シリコン単結晶の上に写真を焼き付けるように回路を焼き付けて加工をすることで、ただの銀色の板は精密な論理演算を実現する回路となる。

 

「ですが、本官に搭載されていた処理系を構築していた素材にはかなり複雑な作業工程が含まれていました。そのうちいくつかは一つ一つ素子を加工する過程も含まれています」

 

本来であれば機密扱いされるような技術文書をピオはエッフィに送る。

 

「いや単純な図とかならいいけど文字を図として送ってこられるとちょっと……」

 

「申し訳ございません」

 

「いいよ、ちょっと一気に氷を食べた時みたいに頭が痛くなっただけ」

 

本来あるはずの記号を無駄に複雑化させるのは、エッフィにとってはかなり許しがたい暴挙であった。とはいえピオが悪いわけではない。落ち着いて深呼吸をし、それはそうと腹立たしいのは残るのでピオの頬に触れる。

 

「……なんでしょうか」

 

「触っているだけ。気にしないで」

 

文書を読みながら、エッフィはふにふにと頬を揉むようにつまむ。

 

「柔らかいね」

 

「低温でも変化能を保つ特質高分子を使用しています」

 

「普通の人の肌とは素材からして違うのか……」

 

「貴方の素材はヒトと同一に思われます」

 

「そうだよ。あんまり違いはない。多分内臓とかの並びも一緒だよ。割かれたら死んじゃうけど」

 

「臓器障害などは起こらないのでしょうか?」

 

「うーん、最近抑えてはいるけど定期的に私は私を再定義してるから大丈夫だと思う。ピオも見てくれているし、ピオの隣にいなくちゃいけないから病気にはなれないしならない」

 

「……いつ聞いても、奇妙な因果律的理論ですね」

 

「そういうものなの。従って」

 

エッフィはそう言うのと同じぐらいで頭の中で処理していた文書を読み終わる。

 

「ああ、これは手間だね」

 

「分子水準の繰り返し構造を用意する必要があります。ですが、これをどうやって実現するかが問題です」

 

「波みたいなものならできるかもしれないけど、ここまで一斉に処理するとなるとな……」

 

ピオがいた場所では何段階かにわけて行われていた複雑極まりない処理だ。そこまでするだけの価値がある処理系なのだが、それと引き換えに非常にコストがかさむものとなっていた。これが複数搭載された降下戦闘機械工兵を大量生産できなかったのも当然だろう。

 

「波、ですか」

 

「そう。水面を叩くとできる波みたいなものが重なると高くなったり低くなったり、時には打ち消し合うってのはわかる?」

 

「干渉と呼ばれていた現象です」

 

「そうそう。ってそうか、さっき分析のときにも使われていたね。でもそうか、規則的に並んだ粒自体が波に対して影響を与えるなら……」

 

「なにか気がついたのですか?」

 

「いや、ピオが作ろうとしている構造って波の重ね合わせでできないかなって」

 

「具体的な説明をお願いできますか?」

 

「……実際に描きながら確認したい。投影させてもらうね」

 

そう言ってエッフィは指を鳴らし、部屋の照明を少し暗くするとともにドットの集合を空中に表示させていく。

 

「波の速さを調節できれば、縁での反射も利用してかなり複雑な模様が作れるはず」

 

エッフィの指の動きに合わせて、ピオはフーリエ変換にも似た処理をしていく。厳密にはフーリエ変換のより一般化された拡張として定義できる処理なのだが、この基礎概念がかなり複雑な群論の応用に基づいているので説明は省略しよう。

 

「……試して見る価値はありそうです」

 

「できそう?」

 

「問題をいくつかの連立方程式として立式できます」

 

そう言うと複雑な記号の塊がエッフィとピオの間に投影される。

 

「うぇ……。これを解くの?」

 

「いくつか簡易化の処理はあります」

 

「もしよかったら教えて。私も手伝いたい」

 

「構いませんよ」

 

そう言いながらピオは記憶の中にあった教育課程用の数学の教科書を準備していた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。