ふたりきり惑星再生   作:小沼高希

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029: 似姿像は波浪を重ねる

「うーん」

 

エッフィは投影された水面のような光の点に囲まれてふわふわと浮くような仰向け状態でぼんやりと上を向く。

 

「条件が難しい!」

 

波と波とを重ねて規則的な構造を作るという発想は悪いものではなかった。しかしながら、波の特徴を合わせようとすれば材料の非周期性が厄介になり、準結晶の特徴に合わせれば波が散乱してしまうという状態になっていた。

 

「……ピオはちゃんと仕事できているのに」

 

ピオは既に一人で材料を手に入れ、加工するだけの力を手に入れていた。おかげで酸素も水も潤沢にあるし、そろそろ採掘装置を稼働させることができそうにもなっていた。

 

それでも、作業効率には限界があった。自動化のための計算資源も操作手が足りないのである。ピオが一人しかいないことが、この問題の本質であった。

 

「でも私はそういう意味では手伝えないし……」

 

確かにエッフィであれば教われば作業は可能である。いくつかの分析や作業はピオから学ぶことで可能となっていた。しかしながら、誰かに教えるということは自分ですることよりもかなり冗長的な処理を必要とするのである。

 

「ただの邪魔になっちゃったら、私の役割も果たせないし……」

 

似姿像(エッフィゲ)の名前を崩されたことで、本来の贄としての役目からは解放されてはいた。とはいえ身体に染み付いた欲求はそう拭えるものではない。

 

「……手伝いたい、でいいのかな」

 

エッフィは目を閉じて自分の中に潜り込む。落ちていく感覚。自分の外側を消していって、内側を覗くような形になる。

 

「私は、何をしたいのかな」

 

「私は、何でいたいのかな」

 

「私は、何でありたいのかな」

 

自問自答をするように、彼女は唇を動かさないまま声を出していく。

 

別にこれは彼女の精神が未発達だから悩んでいる、というわけではない。彼女は並のヒトを超える精神制御が可能であるし、喜怒哀楽をコントロールすることができる。

 

ただ、それはそれとして悩むし、それはそれとして自分の強い感情には振り回されるのだ。なまじ心理を動かす力が強いからこそ、制御が難しいとも言うが。

 

「……隣りにいたい、っていうのは、私が作られた在り方に由来するのかな」

 

エッフィは記号の塊だ。それがどれだけ純化されているとしても、いくつか残るものはある。

 

ヒトの雌未成体をモデルとしている以上、そこには生殖能力やヒトであるならばホルモンによって起こる様々な衝動とも呼べるほど強い感情に引きずられてしまう。それは石を落とせば大抵の場合は落ちる、というぐらいに自然なことだ。

 

記号的に言えば、それはそういう記号なのだということだ。ただ、彼女は自分の記号を自分の意志で書き換えられるほど複雑な存在だ。

 

「……自分の在り方を否定してくれた相手のために、私は否定されたように在っていいのかな」

 

存在しない波が彼女の周りでちゃぷりと揺らぐ。

 

「私は波なのか、それで揺らぐ水なのか……」

 

自分を書き換えられる波。波によって変化する自分。

 

「あ、もしかして」

 

彼女は一気に意識を一番上まで持ち上げる。潜っていたはずの心が潜水病のような心の痛みを作り出すが、エッフィは自分の中のきっかけが消えないうちに声を出す。

 

「波が流れる場と、波によって変わる母材を作って」

 

別に言葉にしなくとも、彼女の思考を読み取った端末によって部屋に黒い水面が現れる。

 

「広さを決める。正方形で」

 

思い通りの大きさになった場に指を伸ばし、エッフィは角に触れる。ゆっくりと広がる二つの白い同心円。速い波と、遅い波。速い波が縁で反射し、遅い波と衝突すると衝突場所からまた両側に新しい二種類の波が出る。

 

「うまくいって!」

 

彼女が願わなくとも、それは既に計算された結果として表示される。新しい速い波は反射して、また遅い波とぶつかって新しい波を作る。

 

衝突の頻度が指数関数的に短くなっていく。次第に衝突地点で場が埋め尽くされていく。一瞬だけ細かくなって混ざりあった白と黒は鈍い灰色になって、そして場は白一色になった。

 

「……よし。これをええと……準結晶だっけ、それで再現できる?」

 

『試してみます』

 

「……見てたの?」

 

外の作業場にいるはずのピオが頭の中に呼びかけて来るのを感じて、エッフィは少し気まずさと恥ずかしさとピオの繊細さに欠ける行動への不満とを混ぜた声色で質問を返す。

 

『ええ。しかし非常に興味深い現象ですね』

 

「そうでしょ?」

 

『準結晶の場合の状況を表示します』

 

歪んだ五角形のように広がっていく波ではあるが、きちんと一瞬だけ灰色を作って全てが白になる。

 

「いけるんだ」

 

『確証がなかったのですか?』

 

「なんかさ、こう……一斉に変わるかどうかわからなくて。上手く行った、のかな」

 

『ええ。試してみます』

 

「ピオはそういうの、得意だよね」

 

『確かにそうですが、このような発想については本官のみでは非常に困難だったでしょう』

 

「……なら、よかった」

 

『ありがとうございます。もしよろしければ、今後も不束(ふつつ)かな本官への援助をお願い致します』

 

「……自覚あるんだ。そしてその言い方、なにか意識したものはある?」

 

『特別な関係にある相手に対する謙遜表現のつもりでした。何か、問題がございましたか?』

 

「ない。ええと、卑下されると困るけど、でも今回はその、助かったってこと、もっとちゃんと伝えてほしい」

 

エッフィはそう言ってから、自分がただそばにいるだけの人形ではなくてもう少し欲深いものになっていることを自覚した。

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