ふたりきり惑星再生   作:小沼高希

3 / 50
003: 機械工兵は眼下を望む

先駆者(ピオニエル)は自身より大きなサイズに組み替えられた放熱板を広げ、夜空の中高度10キロメートルほどの地点をゆっくりと登っていた。

 

 

【警告】 まもなく冷却限界を迎えます

【提案】 放熱板の展開を推奨

  すでに放熱板は最大展開されています

【提案】 発熱機構の停止を推奨

  最も発熱している機構を検索

【提案】 重力場釘刺(ピンニング)機構の停止を推奨

【制限】 対象機構の停止には第四水準が必要

【移行: 第四水準】

 

 

ゆっくりと閉じられていた光学系防護部、あるいは(まぶた)に相当するものが開かれ今まで制限されていた情報が彼女の処理系に入っていく。上側には星々。下側はほとんど黒。

 

画像処理系からの情報が一気に流れ込み、制御系が空間識失調にも似た「めまい」を起こしかけたがあくまで一瞬のこと。安定を取り戻した彼女は放熱系の状況を確認する。

 

惑星の気温は非常に低い。しかしながら、それは彼女が十分に冷却されることを意味しない。温度を定義する方法はいくつかあるが、そのうちの一つは粒子の速さを用いるものだ。もし気体を構成する分子が速ければ、それだけ温度が高いという考え方である。

 

そのため真空に近い、つまりは周りに気体分子がない状態では、たとえ周囲の温度がどれだけ低かろうとも、大気が奪ってくれる熱というものがほとんど無視できる量になってしまう。そのかわりに主流となるのが熱放射だ。

 

もし読者がピット器官か、あるいは数マイクロメートルほどの電磁波を可視光域として持つ視覚を持っていたとしたら、彼女の放熱板がかなりの高温になっている事がわかるだろう。本来であれば、熱に弱い演算部のみならず冷却系そのものにも長期的障害を引き起こしかねない温度だ。

 

しかしながら、彼女は冷却材の経路を組み替えてそれを回避とまでは言わないまでも軽減していた。もちろんこれは演算部の冷却能力を下げるということの裏返しでもあったが、それは情報のために許容すべきリスクであると彼女は判断してここまで来た。

 

 

冷却限界までの推定時間を算出

該当刻限まで情報収集を実行

 

 

スカートが組み変わり、先程までの最大限放熱板の能力を活かすようにしていた形が崩れていく。

 

 

光測距を開始

 

 

彼女は降下戦闘機械工兵である。当然のことながら、周囲を把握するために必要な機材を多く搭載している。そのうちの一つに、光が対象に当たり、反射するまでの時間を用いて対象を分析する古典的な機構もあった。

 

いくつもの「目」がスカートの中から地面を望む。冷却材の流量を調整することで、熱放射によって生まれる赤外線は周期的に変動している。その光が淡く彼女の眼下にある地形を照らしていく。

 

確認できる範囲は、この惑星全体の表面積からすればわずかと言ってもいい数百キロメートルに過ぎない。さらに本来であればより狭いスペクトル範囲を持つ放射増幅光を用いるべきところだ。彼女の手法は粗削りで、間に合わせのものに過ぎない。

 

それでも、彼女は地面の様々なものを見ることができた。何らかの液体による浸食作用によって形成されたのだろうと考えられる涸れた川のようなものが確認できた。もしそれを辿っていけば、海に相当する場所が見つかるかもしれない。

 

地面に光るものはない。確認できる範囲で特徴的な反射スペクトルを示すものはない。今は暗闇だが、もし朝が明けてもそこにあるのは見渡す限り一面の灰黄色だろう。

 

 

敵対存在なし。支援対象なし。

 

 

かつて彼女がいた世界であれば、これだけの熱を上空で放出していればすぐさま狙われていただろう。しかしながら、彼女が展開している検知系にはほとんど反応がなかった。ヒトの感覚水準に調整するならば、何もないと言ってもいいほどに。

 

 

交戦規定に基づき、自律行動を開始

 

 

本来であれば、先駆者(ピオニエル)は兵士である。敵を討つための存在である。だからこそ、規則の遵守は重要事項であった。

 

膨大な法規。命令の解釈のための前例。そういったものをもとに、本来であれば兵士として適当な行動を取ることができる。しかしながら、彼女は認識した外界に基づいて、遂行可能な任務が存在しないことを確認した。

 

 

【優先目標設定完了: 自己保全】

 

 

戦場においては多くの規則が存在するが、それらを取り去った時に兵士に残るのは自己の生存の意志である。これは生物が自然選択を勝ち抜くために得た基本的な衝動であり、被造物である彼女にも埋め込まれたものだった。

 

 

降下を開始

 

 

登ることに比べれば、降りることはそう難しくはない。基本的には自由落下に任せ、適度に角度を調節した重力場釘刺(ピンニング)機構で速度を抑えればいい。もちろん多くの熱が発生するが、着陸してから地面上に放熱板を広げれば冷却が完了するまでそう長い時間はかからないだろう、と彼女は判断する。

 

彼女は自分にかかる加速度が無くなったことを感じながら上方向を仰ぐ。詳しい照合は後になるだろうが、少なくとも今引き出せる解凍済情報の中には、彼女の目に映る星も星座も存在しなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。