翻訳機構 状態
標準量子化記号同期 完了
多元構文解析系起動 完了
記号的処理系統接続 完了
「凄いね、これ」
エッフィは後頭部の装置経由でピオの組み上げた処理プログラムを確認しながら言う。
「基本的な構造は本官の製造時に組み込まれたものを流用しています」
「それでも、これだけのものをちゃんと理解しているんでしょう?」
「いえ、怪しいところですね」
「そうなの」
「そうです」
ピオはちょっとばつの悪そうな顔をエッフィに向ける。
「ただ、動きに伴う入力変化に耐えられるかどうかが心配ですね」
「アニモたちを信じてないの?」
「その処理能力の変化は特筆すべきものではありますが、未知に備えているだけです」
アニモと名前がつけられたその複雑な化学系は、推論と呼んでも良いほどの情報処理を可能としていた。ピオの分析でもその全容は解明されていないが、ヒトの思考にも匹敵するような複雑性を有することは確認されていた。
「ひとまず接続してみる?」
「簡単に動くとは本官には思えないのですが、貴方にとってはこれは自然なものなのですか?」
「うん。わかりやすさ重視で色々と組み直したよ」
ピオが基本的に製造した五本脚の機構は、エッフィによってかなり修正されていた。その過程で原因不明の出力精度の向上や説明できない素材のたわみ低減などが発生したが、ピオの用意していた柔軟なプログラムはそれにきちんと気にしないという形で対応できていた。
「つまり、アニモが繋がっている処理系をこれと結べば自動的に起動が始まる、と」
「そうだね。ピオの作った処理系と同じ……言葉って言えばいいのかな。それと同じものを使っているなら通じるはず」
ピオのかつて知っていた知識や技術からすれば、全くの暴論でしかない。ピオという機構を作り上げるためにはかなり繊細なアルゴリズムと、そこから生まれる問題を吸収して自己改善を行うハードウェア・ソフトウェア双方の機構が組み込まれていた。その複雑さとかけられた延べ人員と比べれば、今作られた機構はかなりシンプルだ。
「……やってみます」
「やろうか」
接続開始
接続を監視するのはピオだ。エッフィのやり方だと一つ間違えると潜り込みすぎて相手の在り方に飲み込まれてしまう。最初にエッフィがピオに潜った時のように互いの存在が似ているならともかく、今回の場合は全く違う生命である。
だから、ここでは客観的に情報を処理できるピオの方が適任だった。
「どう?」
「接続承認要請が来ています。適切なもの以外は弾いていますが」
「それでいいよ。正しい道を通ってきてほしい」
電子情報としてのアニモは、物理的存在としてのアニモとは色々な点で異なる。ピオがこの接続処理のモデルとしたものはヒトの意識を電子情報として再現する処理であったが、アニモはそれをピオから見ればかなり奇妙な方法で用いていた。
「接続されました。ひとまず脚部の稼働信号にはこちら側で一定以上の動力を出さないように制限をかけています」
「もし慣れてきたら徐々に開放して。ここらへんは私なら一瞬なのに……」
悔しそうにエッフィが呟いて機体を見つめる。揺れるように脚が動かされ、そしてまた降ろされる。
「……姿勢安定化制御、ですか。この一瞬でそこまで構築できるのですね」
「もとの形自体が記号的にわかりやすいから慣れるのにはそう時間がかからないとは思っていたけど、それでも凄いと思うよ」
記号はその対象がどのようにあるかをかなり直接的に定義する。事前にアニモたちはその記号を受け取っていた。
「いえ、違いますね」
「どういうこと?」
「事前に処理系経由で与えていた記号をもとに、似た処理が既に複数回行われていたようです」
「……練習してた、ってこと?」
「可能性は高いと考えます」
予想できない事態になっていることを確認しながら、ピオは接続の切断の準備をする。
「何しているの?」
「もし危なくなったら、起動を止めます」
奇妙な予感、としかピオでも形容できないものがあった。
「……できるだけ、やめて」
「善処いたします」
「あ、ねえピオ、ちょっとまずくない?」
「本官には異常はまだ確認されていませんが」
「こっちにも来てるよ」
「確認します」
ピオは外部入力の多くを切断し、施設全体の処理系を確認する。
「大丈夫かな……」
目を閉じて身体から力を抜いたように見えるピオの手を握りながら、エッフィは相手の無事を願う。
ここで願うということは、かなり強い意味を持つのであるがここでは省略。ピオの中ではそれどころではなかった。
エッフィと共有している名称未定義の部分に、謎の何かが存在する。エッフィのものでもピオのものでもない情報空間に、それはやってきていた。
「……接続手順には問題はありませんね」
想定していた攻撃的な侵入とは違って、その走査は丁寧なものだった。
「ピオ、戻ってきて。起きた」
「……起きた、ですか」
ピオはエッフィの声で目を開ける。眼の前の機体の五つの脚は丁寧に折られ、手をつなぐ二人に対して恭しく礼をするように頭を下げていた。