「大丈夫でしょうか?」
嘔気にも似た全身の混乱を咳をすることで抑え込むようにするエッフィの背をさすりながらピオは言う。
「……ごめん。私が悪かった」
「本官には貴方が責めを負うべき問題について確認できていません」
「んー、それって、庇いに近いもの?」
「いえ、純粋な感想に過ぎません。貴方は危険を顧みず本官の処理系に発生した問題を解決してくださいました」
「あれって問題だったんだ」
さっきまで見ていた光景をエッフィは思い出す。暗闇の中で広がっていく、底に張り付いたような平面。
「処理過程が循環を起こしていました。そのままでも抜け出せた可能性は高いと推測しますが、適切な外部定義によってより安全に、確実に過程を終了させることができました」
「もう少し私っぽい方向で話してもらえる?たぶん感情的な悩みに似たものだと思うけれども」
「貴方について発生している偏執的な傾向について考え込みすぎていました。貴方にそれを思慕と定義されたので、そのように存在させます」
「……わかった。だいたいわかった」
そう言ってエッフィは立ち上がろうとするピオの手を引く。
「いやこう、風情とか情緒みたいなものの一部が違うとなんか印象みたいなものが全然変わってくるね……」
「安定化可能な範囲であれば緩やかな精神的共依存関係の構築も可能である、と提案させていただきます」
「それってこう……かなり直接的な表現にできない?」
「いえ、本官にとって単純な記号であればあるほどそれは多義的になりがちで、文脈に依存する要素が強くなります」
「ピオのやり方だとそうか、言葉の記号的側面が違うものね」
それでも悪い気はしないエッフィは、足取りも軽くピオとともに加圧空間へと戻る。
「あー、外でも呼吸したいな……」
肺いっぱいに酸素を吸い込んでエッフィは呟く。
「呼吸装置のようなものを用意しましょうか?」
「たぶんお腹が痛くなるやつでしょ、それ」
外側が低圧だと、呼吸の際に胸が大気圧によって押されないので息を吐き出すためにはその分を自分で肋間筋と横隔膜を動かして補う必要がある。
「そもそも酸素の欠如を無視している貴方が何を今更、と言いたくもなりますね」
「あっピオがそういうこと言うの珍しいね」
「……処理系を修正しました。貴方の感情的行動により寄り添える可能性がありますが、同時により加害的言動を取る可能性も増加します」
「ま、そうなるよね」
感情を、つまりは自分が何をしたいかを自分で定義してその方向に思考を誘導する大きな流れを作ることは他の流れとの衝突を生むことがある。もともとエッフィはピオのあまり動かないところは嫌いではなかったが、ピオが変わることを望むというのであればその背を押すほうを選ぶ。
「さて、問題は解決しましたし次の課題へ移りましょう」
「切り替えないとね」
ピオが手を伸ばすと、惑星の全体像が表示される。今まで不明であるとしてワイヤーフレームで表現されていた部分も、きちんと表示されるようになっていた。
「へえ、こんなだったんだ」
「観測衛星からの情報です。現時点では表面の二次元画像のみですが、今後打ち上げられる予定の観測機には他にも様々な機材を搭載する予定です」
「具体的にはどういうことがわかりそう?」
「表面の凹凸、鉱物資源の分布、場合によっては地下の水流まで特定可能です」
「すごいね、私でもそこまでやるにはもっと準備が必要だよ」
「質量投射機を構築するための資源に比べれば、微々たる準備ではないでしょうか?」
「うーん、なんて言えばいいかな」
エッフィは腕を組んで投影される半透明の惑星を見つめる。
「それぞれに別の行動が必要で、実際に歩く必要もあって、それでいてここまで一度には示せない。時間もかかるし、相当流れも歪めないといけないから」
「……なるほど。そういう意味ですか」
ピオはコスト計算の処理を新しく追加する。確かに質量投射機の製造には時間と多くの資材を必要としたが、その内容自体はそう難しくはない。制御自体もアニモにとっては比較的容易なものだった。
「前に見つけた地下にある水の流れがあるでしょ?」
「ありましたね。採掘用に準備していた設備の多くはアニモに移管しました」
「あれ、動いてると思うよ」
「……本官はその件について把握していません」
「知らなかったの?」
驚くエッフィに、ピオは頷く。
「採掘設備の模型例として提供したため、実際の利用については確認していませんでした」
「あそこ掘り出して、アニモの同類を探すつもりらしいよ」
「……それは、いいことなのでしょうか」
「というと?」
「この惑星の固有生物群であると定義した場合、我々はその環境を改変し、場合によっては不可逆な影響を加えることに手を貸したことになります」
「それはまあ、そうだけど。でも一概に悪とは言えないよね」
「善悪の価値判断は状況によって変化しますが、本来得られた可能性のある情報が得る機会が失われた可能性があるという点では損失です」
「そういう考えもあるね……」
ピオからの意外な説明にエッフィはちょっと価値観を揺るがされたような気がした。