アニモたちも、神として敬するピオとエッフィについては常に一定の注意を払っていた。その内部情報処理、あるいは心理を一次元的言語で表現することは困難だが、それは瞑想にも似た行動だった。
自らを作り出した存在に対して、被造物であることはどのような責務を生むのだろうか?従うことは果たして常に正しいのだろうか?疑問は波のように培養槽と離散処理系を伝わり、それぞれからの応答が反射した波のように帰っていく。
そういったやりとりは、どこを中心とするわけでもなく起こっている。もちろん最初にアニモが始まった場所から放射状に施設が存在している以上中央には波が集まりやすいが、それでもアニモは分散していた。
集合意識や群知能という表現も適切ではない。個体というものは物理的にも情報的にも存在せず、有機レベルであっても界面が曖昧な結合と分離を繰り返すコアセルベートとして存在していた。
様々なスケールの作用は、複合的に全体として大きな一つの流れを形成していく。その流れに対して、相の変化が起ころうとしていた。
「人間の脳がある一定以上の情報を処理できるようになったことで、抽象的処理が可能になったとの仮説がありました」
そう言いながらピオは空中にヒトの脳のモデルを投影する。
「言葉を話すこと。名前をつけること。文字を書くこと。そういうものには最低限の考え方の準備が必要ってことね」
エッフィの言葉にピオは頷き、表示を切り替える。惑星を覆うように広がっていく点と線の集合は、アニモが構築してきた培養槽や処理機構群、発電設備や生産設備だ。
「そして、これがやり取りされている情報を表現したものです」
有線と無線の組合せでやり取りされる、直接意味を読み取ることは困難な情報たち。しかしピオによって処理されると、おぼろげながらも意味が読み取れるようになっていく。
「んー、ここ微調整したほうがいいよ。たぶん答えの方から引っ張っちゃって補正を逆算した方がいい」
そう言いながらエッフィは操作に介入し、情報をより統合されたものにする。そこにはある種の乱れの片鱗があった。
「ありがとうございます」
口ではそう言うが少し不満げな表情をするピオにエッフィは少し申し訳無さそうに苦笑いにも似た顔をする。
「何かが起こっているよね」
最近ピオが言葉以外にも色々表現を使いこなせるようになったな、と思うながらエッフィは身を乗り出して情報を展開させる。
「おそらく、ある一定以上の情報処理能力を持つと根本的に相が変化するのだと推察します」
「本来ならこれ、社会で起こったはずのものか」
「そうですね。十分な人口が相互に影響を与えながら行動をする結果生まれるある種の情報処理にも似ていますが、その規模はかなり巨大なものです」
「……百億ぐらい?」
「それ以上でしょう。本官の知る人類文明はこの水準に達する付近で大規模な戦乱によって大幅に人口を減少させました」
「人間ではできない場所まで、アニモたちは到達しようとしている?」
「もちろん人間とも、貴方とも、本官とも根本的な差異が多い存在です。既存の模型や理論が通用する根拠はありません」
「それはそうだけどさ、何かが起こるよ。これに合わせて私たちと話せるようにする?」
「そうですね。本官もその案に賛同します」
「じゃあ、詳しいことを決めないと」
ピオとエッフィの時間感覚は歪んでいた。惑星の自転や公転によって決定される時間と、内部の情報処理のための時間は独立していると言ってもいい。数百日に渡って集中した議論を重ねることもできれば、半日にも満たない別れに焦れ込むこともある。夜が明けるのを待つような感覚で惑星がちょうど良く並ぶまで時間を潰す、といったこともあった。
そんな中で、二人は自分の中の時間を速める。相対的に言えば、観測される外界の時間はゆっくりと流れることになる。
それは、巨大で複雑なアニモを把握するために必要なことであった。アニモ側もいくらかの情報を創造者たる二人に提供してはいるものの、どうしても表面的なものに過ぎない。言葉だけで相手の本心を理解することが困難なように、ピオやエッフィがアニモを理解するためにはそれなりの対価が必要だった。
膨大な情報を処理する部分は、惑星全体に分散して設置される処理系を用いてピオが行った。そこで得られた結果をもとに意味を再調整し、エッフィがまた解くべき問題を作り出す。一人では困難な問題を、ボトムアップとトップダウンの両側面から解決していく。
おそらく、これが対話できる最後であった。これを過ぎてしまえば、アニモと二人は理解できる世界が分かたれてしまう。もちろんある程度の簡単な意思疎通はできるだろうが、それでも別れであることは決まっていた。
たとえ理解できなくなろうとも、相互にやり取りを重ねようという意図を維持し続けようとする対話の準備が進んでいた。
そして星は並び、施設は惑星を一周し、二人は準備を終え、アニモとの決別が始まる。