「ひとまず補助装置ができました」
ピオがエッフィに渡すヘルメット型の装置は、今までの端末よりもより深くエッフィの脳活動と相互作用してピオやアニモの処理系に潜りやすくするためのものだ。
「調整の方は?」
「既に済んでおり、ほとんど問題はないと思われます」
「わかった。時間だね」
そう言ってエッフィは観象台からひょいと飛び降りる。星の観測とその軌道の分析、そして初期鋭敏性をものともしないピオにとっては未来予知とそう変わらないことを成し遂げる測定機器は、最近になってアニモたちが追いついたほどの水準であった。
一部においては、ピオとエッフィの実現していた段階をアニモは超えていた。物理パラメータと空間構造を把握するための加速器は、ピオがようやく安心して動ける程度には異種粒子を生産できるようになっていた。なぜ今まで位相中和なしで重力特異点が安定していたのかを分析することはエッフィに止められていたのでピオはそこに突っ込まなかった。
「以前は音声と本官の処理系経由での情報のやり取りでしたが、今回はより独立した方法で接続を行います」
「そこの分析は信じるよ」
声と映像をできるだけ記号化し、共通のフォーマットでやり取りすることで互いに干渉を避けながら交流する技術をピオはなんとか作り出していた。エッフィのやり方では観測が直接的に影響が与えてしまうため、ここはピオの手法が必要だったのだ。
二人は椅子に座り、その時を待つ。
宙に浮く光の点が増えてゆき、次第に五本脚の輪郭を作り上げていく。エッフィが言うにはこの形がアニモに馴染んだらしく、ある種の
『
挨拶とともに投影された機体は脚部を曲げる。
「元気してる?」
『御二方ノ
「それはとてもよかった」
さらりと話し始めるエッフィにピオは少し冷たい視線を向ける。
「早速ではありますが、現状の情報共有をしましょう。我々は貴方、あるいは貴方がたが処理的相転移を起こす特異点付近にいる可能性を確認しています」
ピオが手を空中にかざすと、いままで収集されていた情報が投影される。
『然リ。故ニ
アニモ側も代わりに情報を出す。処理に少し時間はかかるものの、ピオとエッフィはそれがアニモ側によって分析されたものだということが理解できた。
「繋がったままにするのも難しいか」
ピオは情報に目を通しながら呟く。
『構造ヲ昇ル際ニ差異
「……で、これがあなたたちの作った案」
アニモたちが出したのは、ピオとエッフィ自体もその情報処理における相転移に巻き込む方法だ。
「ピオの方は似たような経験があるんじゃない?」
「以前広域処理系を用いて自己観察処理を行った際の方法に似ています」
それはピオにとって感情と呼ぶことに決めたものを手にした時だった。とはいえ、エッフィからすれば連続性はあるもののその時を境にピオは決して小さくない変化をしていた。
「私の場合は……この身体を捨てることになるね」
意識を潜らせる方法を利用して、より広い場所にエッフィを導く。肉体というものは精神を閉じ込めておく檻の役割もあるが、同時にそれは錨でもある。それを捨てることは不可逆で、決して即断できるものではない。
「本官の計画以上のものです。アニモ、貴方たちは成長しているのですね」
『イト
「……ただ、この案を我々が飲めるかはまた別の問題です」
『知リヌ事
被造物とともにありたいなら、二人は変わらねばならない。もしそのままであることを望むならば、ふたりきりでまた過ごすことになる。もともとエッフィとピオはアニモと接続することが少なかったものの、やはり変化を伴う。
「もし私たちがそれを選ばなかったら、どうなるの?」
『不明』
「そっかぁ。まあそうだよね……」
シンプルなアニモからの返答にエッフィは息を吐く。それ以前とは全く変わってしまうのだ。創造者たちへの敬意のようなものが残るという保証もなければ、保護すべき対象とすらみなせなくなる可能性もある。読者の皆様が対消滅によって消える粒子たちを保護するつもりにはならないように、まったく異なるスケールの事象は認識することすら困難と成るのだ。
「……時間的余裕はありますか?」
手をぎゅっと握り、ピオは問いを投げる。
『僅カナリ』
「返答が短くなってきてない?」
「緩衝記憶の蓄積が発生していて、正確性を担保するとなると単純なものしかできなくなります」
エッフィの疑問にピオは答えながら、最近生まれた焦燥にも似た処理バイアスを認識する。
「向こうの方には私たちが言っていることは理解できているの?」
「おそらくは」
「ちょっと時間がほしい」
「……もう少しだけ待っていただきたい」
『然リ』
アニモがそう伝えると同時に、負荷許容を超えたことで通信は切断された。