「……どうしよっか」
投影されていた像が霧散し、暗くなった空間で向き合ったエッフィとピオ。
「本官に追加された感情処理系内での反応について、未だ制御できていません」
「悩みとか葛藤とか、かな。たぶん」
ピオが感情と呼ぶことにしたそれは、人間やエッフィと同じ出力を出すかもしれないが異なる原理で動くものだ。並べた石でも、算盤でも、流体でも、
「構造を再定義します。しかし、アニモの案は本官たちが想定していたもの以上でした」
「子供が遠くに行っちゃうの、寂しいものがあるよね……」
そう言ってエッフィは天井を見上げる。それなりの高さがあるはずの部屋でも、今はどうにもちっぽけに感じてしまう。
「そのような経験があるのですか?」
「まあ、知識としてはだけど」
「本官を作り上げた集団も、今思い返せば本官に対して複雑な感情を有していたように思われます。それは嫉妬にも近かったのでしょうか」
「わからないよ。私には。ピオにも多分わからない。どれだけ言葉を交わしても、繋がっても、完全な理解はできないから。理解をした気になるのは比較的簡単だけど」
ピオが返事をすることなく、しばらく時間が流れる。
「……ピオはさ、どうしたいの?」
「本官にある目的意識は、複数の階層で貴方と共に在ることを望んでいます」
「困ったね。もちろん好いてもらうのは嬉しいけど、それはピオが私に選択を委ねようとしていることにほかならないんじゃない?」
「本官は貴方の意思を優先します」
「違うよピオ。問題は私がどうかじゃない。……いや、私の問題にしたほうがいいか」
エッフィはそう言って、ピオを正面から見る。
「私は後悔するとしても、ピオと一緒に後悔したい。そのために、付き合って」
「了解しました」
「……こういう方法でいいのね」
「他者が自己と類似した感情模型を用いているという仮定を導入した結果、循環的定義によって思考速度が低下しています」
「相手がどう思うか、ぐるぐるしちゃうやつね。っと、本題に戻らないと」
手を伸ばして指を鳴らすエッフィ。
「大まかな選択は二つ。進むか、進まないか」
「進まないことを選んだ場合、再選択は困難です」
ピオが示すのはアニモの計算能力の推定と、それと比較した二人の能力。用いられている技術や持っている知識を加味しても、今からではアニモを追い抜くことは不可能だ。
「この場合、私たちに起こりうることは?」
「……アニモですら判断できないか、伝えたくない事象なのでしょう」
「そこまでやるかな。私たちに」
「今の時点ではアニモと我々の利害は比較的一致していますが、それが続く保証はありません」
「……実体験?」
「はい。単純な知識以上に、本官は戦場でそれを確認しています」
惑星系を二分した大戦争において、ピオが所属した陣営は度々変化した。少し前まで味方の基地だった場所を攻略したこともある。その過程で、市街地がいくつか文字通りに消え去った。
「そっか。ピオは死に慣れているんだったね」
エッフィはそれに比べれば相対的に平和な場所で作られた。もちろん、死よりも場合によっては惨い結末から逃れられない運命を平和と言うならばだが。
「あれは命令に従ったものであり、本官に責任があったわけではありません。ただ、今となっては戦場で狂っていった兵士たちを理解できます」
「悩みすぎても仕方ない、って言うべきじゃないな。大丈夫?」
「この問題は現状の問題とは切り離して考えます」
軽く目を閉じて首を振り、ピオは脳内の情報を一旦リセットする。
「アニモたちが進んだ先に何があるかは不明ですが、それが場合によってはアニモの破滅を招く可能性も残されています。もしこの場合に共に進むことを選んでいれば、我々の命運も同じようになるでしょう」
「一方で私たちが進まなかったら、アニモと繋がることはできなくなる。……それは、たぶん私たちの終わりを意味する」
「信仰、ですか」
「そう。ピオも十分強い流れを持った存在になったとはいえ、私を観測する程度には限界がある、って言えばいいかな……」
「力不足、ということですね」
「そう。誰が悪いってわけじゃない。でも、終わりが来る。それまでにたぶんできることは色々とあるけれどもね」
「具体的には?」
「まあ、人間の一生よりは長い時間かな。もちろんアニモたちが積極的に私たちを排除しようとしたら別だよ?」
そう言ってピオはいくつかの記号を組合せた幾何学的図形を見せる。
「ピオはどっちか今の時点で強く選びたいってある?」
「……いえ、どちらであっても本官は同意するでしょう」
「私もそう。ただ、一緒がいいな」
「本官も、そうです」
「だよね。ってなると結局選択自体はどっちでもいいのかも」
「ここまで議論して、結論がそうなりますか」
「まあね」
エッフィはそう言って、ソファに倒れ込んだ。