ふたりきり惑星再生   作:小沼高希

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005: 斯くして二人は相対する

先駆者(ピオニエル)は夢にも似た、混沌とした思考に演算部を浸す。

 

 

短期的に発生する問題: 砂塵による可動部への障害

解決策: 無塵空間における大規模な補修

 

 

彼女は人間と異なって、曖昧な分析を得意とはしない。しかしながら、複雑な演算部と膨大なデータを元に模倣することはできる。幸い、彼女の中には様々な知識が含まれていた。

 

特異点物理学の模型。前線用の汎用部品製造機械の設計。自分が開発された経緯。作戦を遂行するために必要な文化的背景。そういったものから、彼女は人間らしく自分の思考のあり方を組み替えていく。

 

もちろん、それは彼女が降下戦闘機械工兵としての職務を放棄したことを意味しない。もし次の瞬間にここが戦場となれば、彼女は任務と法規に従って行動するだろう。ただ、ここが命令で指示された条件を満たさないというだけだ。

 

 

中期的に発生する問題: 部品の摩耗等による機能低下

解決策: 重要部品を再生産可能な体制確立

 

 

ただ在り続けたいという願望を実現させるためには、やらねばならない事が多すぎる。彼女の処理系では、必要な過程を全て予測することはできない。実験と修正が必要になるだろう。それは彼女の世界で、彼女を作るために人類がやってきたことだ。

 

問題を既知の課題に細分化する。それから一つ一つ解決していけば、大きな事を成し遂げられる。

 

幸い、彼女の持つ兵装の中には使用頻度が低いモジュールもあった。真空自衛用での荷電粒子砲や大気圏内用の電磁投射砲として用いられる超伝導電磁系を利用すれば、基本的な金属を作るための電気分解に必要な熱を生み出すことはできるだろう。

 

とはいえ、あくまでこれは理論上のものでしか無い。もしそれを実行するならば、かなりの準備を整えねばならないだろう。そもそも本当に実現可能なのかすら疑わしい。

 

ただ、彼女の演算部はその構造の由来となった人間の脳らしく、全く無意味に、無自覚に、成功を確信していた。だから、彼女は待っていた。

 

彼女はゆっくりと視覚情報を取り入れ始めた。

 

目の前には、白い少女が立っていた。

 


 

似姿像(エッフィゲ)は旅の終わりを予期しながら歩みを進める。

 

「まずは流れを作らなきゃ。色々知りたいことはあるけど、まずは落ち着ける場所を手に入れないと」

 

彼女は自分の目的地を知らない。しかし、思考は先へ先へと進んでいく。

 

「涸れた川と星。私を見てくれる人がいたら心強いんだけどな」

 

もし彼女がここでひとりきりならば、それは彼女の定義が曖昧になることを意味する。自身を定義する、埋め込まれた記号である似姿像(エッフィゲ)という概念はそのオリジナルがなければ意味を成さないのだ。

 

自分を観測して、触れて、想いを向けてくれる相手がいれば、彼女はそれだけ強く在り続けられる。

 

逆説的な話ではあるが、彼女はそういう相手の存在を運命として自分の中に取り込んでいた。

 

もし詩的な表現に長けた読者であれば、彼女の足取りを恋人との待ち合わせに向かう乙女のようであると評しただろう。事実、彼女の認識の中にそういう意図が意図せずにあった。

 

認識は現実に先行する。記号は実存に先行する。それは彼女にとって当然の摂理だった。彼女はそういう法則に基づいた技術によって作られたのだから。

 

実際には認識も記号も相互作用があった上で存在する以上、世界の全てが思い通りになるわけではなるわけではないのだが。とはいえ、彼女は歩き続けた。

 

「……いた」

 

彼女は呟いて、足を止める。

 

目の前には、黒い少女が跪いていた。

 


 

灰黄色に汚れた二つの人影は、互いに互いを認識する。

 

改めて比較すると、二人はよく似ていた。もちろんそれはそれぞれの創造者が自らに似せて彼女たちを作ったためではあるが。

 

整った顔立ち。細く長い手足。すらりとした体躯。雰囲気は異なるものの、その二人が照応するかのような印象があった。

 

しかしながら、差異を列挙することはできるだろう。

 

白い少女は、ただ白い服のみを身に纏っていた。薄い大気がそれだけの力を生み出せるはずもないのに、白く長い髪は揺れていた。

 

彼女の動きには、無駄が多かった。しかしながら、その動き一つ一つには意味が込められていた。

 

黒い少女は、様々な意味を纏っていた。死。力。破壊。忠誠。短く切られた黒い髪。展開された放熱板は、カーテシーによって地面に垂らされた裾にも似ていた。

 

彼女の装いは、その服装と胸の略綬は、本来であれば畏怖と崇敬を受けるにふさわしいものだった。

 

灰色の目が、眼前の存在を見つめる。目覚めたかのような相手は、ゆっくりと相対するように上体を起こしていた。

 

硬い彫刻のような表情からは、感情を読み取ることはできない。それでも、似姿像(エッフィゲ)はそこから敵意を感じることはなかった。

 

黒色のスカートの隙間から覗く多くの観測機器が、眼前の存在を分析する。相手はゆっくりと、嬉しそうに口角をわずかに持ち上げていた。

 

得られた分析結果は矛盾と異常の塊だった。それでも先駆者(ピオニエル)は相手を交戦規定における民間人であると定義づけて、適切な行動を取ることを決めた。

 

 

 

斯くして二人は相対し、在り続けるための物語が始まる。

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