先駆者の処理系の中では、恐怖にも似たエラーが流れていた。
【警告】
対象に異常性が確認されます
処理系の再起動を推奨します
水準の下降を提案します
【警告表示の停止完了】
単純なアナロジーは本質の理解を遠ざけることもあるが、それでも強いて言うのであれば彼女は本能をねじ伏せて規則的に目の前の相手を分析する。
一歩一歩近づいてくる相手は、何も持っていなかった。
ならば、と彼女は両手を上げて相手に手のひらを見せる。それと同時にスカートの前方が開き、彼女の本体部分が顕になる。腹部に当たる部分にあった接続用のソケットのカバーを閉じ、攻撃能力を最低限のものにする。
「███ ███████████ █████」
似姿像が口を開く。大気振動が検知できないにも関わらず、先駆者の処理系は意味不明なるも何かを話していると分析した。おそらくは自省系が認識できないほど複雑な任意子処理のどこかで起きた幻覚にも似たものであろう、と無理に理由をつけていく。
そうしていると細い十本の指が先駆者の両頬を挟むように掴み、額と額が合わせられた。口づけをするような、本来ならごく親しい相手にのみ許されるような距離。少しはにかむような似姿像と、表情を変えない先駆者。
「██████ ████████……これで聞こえるかな?」
あらゆる観測機器の情報を無視して、処理系に押し付けられる「答え」のように流れ込んでくるものに先駆者は一瞬混乱するも、ミリ秒単位で落ち着いて読み出しやすい場所に返答を生成する。
答えを感じながら、似姿像は軽く目を閉じて先駆者の中を覗く。感じられるのは非常に深い淵のような意味。
「あちゃぁ、ちょっと混線してるかな?流れが探りにくいな……」
先駆者は相手の行動を高度な電磁干渉の類似物であると判断し、重要部分への侵入対抗防壁を展開しながらできるだけわかりやすいようにアーキテクチャを再構成していく。
「あんまガチャガチャしないで!私だってそんな読めないから!」
似姿像に見えるのは潜る彼女を押しつぶしかねない組み替え。もちろん避けることはできるが、垣間見える意味からも繋がりの手がかりを掴めるためにどこで止まるかという判断は難しい。
「普通に喋っていいよ、私と繋がってるならできない?」
「本官の発話を聞き取れますか?」
先駆者が口を動かす。本来であれば声帯や口の形に由来せずに声を出すことができるのだが、あえて彼女はそのように振る舞った。
「あれ、やっぱその話し方って誤接続じゃなかったんだ」
「職務ですので」
民間人や捕虜を相手とする時のような、士官として問題ないフォーマットを先駆者は選択した。
「真面目なひと」
少し呆れたように似姿像は呟く。
本来、こういった高度なやり取りは先駆者側にとってかなりの負荷がかかるもののはずだ。ただ、彼女は既に処理系の適応を始めていた。
相手とやり取りしやすいように論理経路を整える過程で、それ自体が再帰的に処理を更新し、把握するための系となっていることを理解するような感覚に飲まれかけそうになりながらも先駆者は試行を続ける。
「ええと、あった。繋いじゃうよ」
その結果、似姿像は必要なものを掴むことができた。
【警告】 未知の【未定義】と接続されようとしています
「……何これ」
本来ならばあったとしても本能的な拒否が感じられるだろうところで、似姿像が見たのは圧倒的な障害だった。根本的に外界との接続を拒むような、人間には想像できないほど強い記号。
「お気遣いなく」
先駆者がそう呟くと、似姿像を阻んでいたものがさらりと消える。
「……いいの?」
「民間人に対する武装解除の一種と判断されるため、本官の交戦規定には違反いたしません」
「もう少しわかりやすい概念を使って欲しいな。……でもまあ、私を信じてくれてよかった」
【接続中】
既知の形式ではありません
容量上限が確認できません
動的処理が要求されます
脳-機械接続技術を流用した処理系を構築中です
似姿像は目の前で起こる膨大な意味の組み換えに感嘆の息を吐く。彼女は本来、記号の操作を得意とするように作られたはずの存在だ。それが表面的に理解することすら精一杯なほどの処理。膨大な論理を積み上げて全体を記号化する暴挙。
「……貴方の体調に不安を感じています」
ヒトのような震えと緊張の反応は、先駆者の観測でもはっきりとするほどだった。
「気にしないで。離すよ」
似姿像は先駆者から額をゆっくりと離す。それでもまだ、繋がっていることを認識することができた。
「これで、話し合いができる?」
「本官側に問題はありません」
先駆者は状況を把握しきれていないらしい低水準側から送られてくるエラーの嵐をねじ伏せながら言う。
「ですがまずは、互いに知り合うことが重要であると本官は考えます」
「それもそうね」
よくわからない相手と自分を結んでしまったのではないかと少し後悔しながら、似姿像も答えた。