ふたりきり惑星再生   作:小沼高希

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009: 似姿像は先駆者を覗き込む

ピオは侵入経路を辿ろうとするが、不正な接続は感じられなかった。それでも自分の中に目の前のエッフィの何かが自分の中に入ってきていることは感じられた。

 

軽く目を閉じて息を吐くピオの指は、エッフィの頬を包んでわずかに動く。ここから感知される圧力は表面的にはノイズに過ぎないが、それが処理系で増幅されて自分の中に影響を与えているのかもしれないとピオは仮説を立てる。

 

「……早く、こっち来てよ。見られると調子が狂っちゃう」

 

エッフィの声にピオは改めて接続の影響を確認する。外部からの情報を上書きするように動く記号たちに対して適切な権限を与えると、ピオの感じる世界が切り替わった。

 

「聞こえる?」

 

わずかに変調とノイズが入るエッフィの声を分析しようとするがもともとのデータがないことに気がついて処理を停止し、ピオは外界を把握していく。

 

果のない真っ黒の空間に、タイルのように床に走る格子。上方向から二人を照らす不可視の光源。

 

「聞き取ることができています。この環境について質問してもよろしいでしょうか?」

 

「いや私が聞きたいぐらいなんだよな……。ここまで空っぽというか綺麗なのは見たことない」

 

「これは貴方が展開したものではないのですか?」

 

「ピオの中にあるものだよ、むしろ私が招かれた側」

 

少し考えて、ピオはこの空間がある種の物理シミュレーションのような環境だと分析する。必要に応じてオブジェクトを表示させたり、訓練やブリーフィングを行うことができる場。

 

かつて同僚、上官、あるいは部下であった人間の兵士たちはこの空間を直接把握していたが、ピオにとっては記号の羅列としてのインプットでしかなかった。彼らはこういう場所にいたのか、とピオは今更ながらに納得を得る。

 

「少し、試させてほしいことがあります。よろしいでしょうか?」

 

「いいよ」

 

そう言われたピオが空間を見つめると、灰色の立方体が彼女の前に浮いた状態で現れる。事前に想定していたパラメータ通りの物体を準備できたのを確認して、ピオはその箱をエッフィの側に置く。

 

「……これは?」

 

「よろしければお座りください」

 

「……ありがと。あなたも座っていいからね」

 

そう言ってエッフィは指を鳴らす。そうして現れるのは背もたれがついた椅子。目の細かい良質な木材を丁寧に磨いて作ったものだ。表面の光沢の縁では干渉によって色のにじみが僅かに起こっている。

 

ピオは一瞬相手の失礼を指摘しようとするが、その必要がないことに気がつく。

 

「ねえ、ピオ。何を言おうとしたの?」

 

「……必要な概念が共有されていない可能性があります。また、懸念された問題は実際には無視できるものでした」

 

「私が何かやらかしちゃった事ぐらいは把握してるし、問題ないのもわかってるけど気になって」

 

「……情報量が非常に多い物体をこのような空間で展開する場合、処理に影響がある場合があります」

 

質感(テクスチャ)光線追跡法(レイトレーシング)は多くの計算量を必要とする。ましてや干渉を演算するとなれば、必要となる情報は膨大なものになる。しかしながらそれによって発生するはずの処理系への負荷を感じることができなかったため、ピオは口を閉ざそうとしていたのだ。

 

「そんな複雑なものじゃないはずなんだけどな。わかった。今度から気をつけるよ」

 

そうして二人は座って向かい合う。

 

「それじゃ、改めてお話しようか。ピオはどこから来たの?」

 

「本官の正確な所属および製造記号の宣言は貴方に不利益を与えるために開示できませんが、本来は降下戦闘機械工兵としての任務を与えられていました」

 

「ええと、つまり実名が記号的にあなたの背景とかなり強く結びついている、と。で、空飛ぶ兵士だったってことでいい?」

 

「その通りです。銃を手にするよりも塹壕や堡塁の作成を専門に行う兵科でしたが」

 

「その銃って剣とか杖みたいなもの?」

 

「……武器という意味では、そうです」

 

「なるほどなるほど」

 

エッフィは足を組んで深く頷く。

 

「……もし可能であれば、エッフィ、貴方の経歴についてもお聞かせ願えればと思います」

 

「私かぁ。外なるものへの供物、(つがい)にして(みはり)として作られたけど役目が無くなっちゃったもの、でいい?」

 

「……あなたは、判断能力と自己選択権ある市民として扱われなかったのですか?」

 

「市民、という概念はちょっと把握してないけど、確かに特別扱いではあったよ」

 

「本官は、本質的にはそういった自由の守護を大目的としています。ですから……」

 

「哀れんでくれる、ってことでいいのかな」

 

少し悲しそうな笑顔で、エッフィはピオを見つめる。ピオの処理系はかけるべき適切な言葉を見つけることができず、ただ黙っていることしかできなかった。

 

「それについては気にしなくていいよ。私は一応望んでいたわけだし。私の犠牲でそれなりの人が助かったはずだし。ピオが間接的に人を殺したのも、結局そういう考え方に基づくからでしょ?」

 

「……確かに本官は規則に基づいて業務を実行しました。それは確かに敵の、あるいは味方の死の直接的な、あるいは間接的な原因となりました」

 

「だよね、あまりいい気はしないだろうけど」

 

「いえ、本官はそれに伴う心的外傷などを原理的に引き起こしえません」

 

「んー、ならいっか。まあもう少し互いに興味深い話をしようよ」

 

そう言って、エッフィはまた指を鳴らす。光が編まれるようにして、複雑な三次元の図が作られていく。

 

「世界の成り立ちについて、共有しておかない?」

 

エッフィの言葉に、ピオは静かに頷いた。

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