目覚ましの音は不快なほどいい。
誰かがそう言っていたし、実際そう思う。
心地の良い眠りを誘うメロディーを放つ目覚ましなど、もはや目覚ましとは言えない。
寝起きのおぼろげな意識のなかで、不愉快な音のなる木製のワンルーム部屋で木村はそんなことを考えながら目を覚ました。
音の発生源を止めて、重い体を持ち上げる。
一月の長いようで短い夏休みが終わり、本日は久しい登校日だ。
乱れきった生活習慣からか、寝覚めが非常に悪い。
まだ夢の中にいるかのようだ。
ぼーっとした様子のまま、テレビをつけてトーストを焼いた。
適当にウィンナーも焼いて、トーストと一緒に皿に盛り付け、机に置いた。
窓から入る日差しは朝からきつく眩しい。
それを顔面に浴びるも、まだ木村はうとうととしていた。
テレビから聞こえる映像も音も、まるで水中かのようにモヤがかかっている。
この世に生まれ落ちて20年ほど。
経験からわかる。今日は1日こんな感じだろう。
いかにローエンジンで、燃費良く過ごすか。
トーストをかじり、ほろほろとした脳みそでそんなことを考えているとーー
『成人女子の部で、ぶっちぎりの優勝をしたのは、田所浩二さんです!』
「ブルルッルウゥシャワッ!!」
耳に入った情報を脳が処理した瞬間、木村は目を見開いて咀嚼していた物を吐き出した。
二度ほど咳をすると、床に落ちたトーストに目もくれず、テレビの前に出て画面を両手で掴んだ。
画面に映るのは、空手着をきてガッツポーズを取るうんこ色の男。
「何やってんだあのバカ!」
気がつけば、これ以上なく目が覚めていた。
性自認レイプ! 幼女と化した先輩!
立教大学内の終業を告げるチャイムがなったと同時、木村はすぐさま空手部へと向かった。
もはや授業中も気が気ではなかった。
田所が女子の部で優勝したことは学校中で話題の最前線。
もちろん、祝福の話題ではない。
同じ空手部の木村にも、どこか訝しい目が向けられる。
それに黙って耐えて木村はすぐさま空手部の部室へ向かった。
するとドアの前に、まるで門番の用に立ってる三浦が見えてきた。
「三浦さん、おつかれ様です。どうして部室に入らないんですか?」
「お、木村ぁ。今は女子が着替え中だから待機だぞ」
残念ながら空手部に女子はいない。
最後までオスたっぷりの男子100%だ
……とどのつまりそういうことである。
はあ、とため息を一つ落としたあと、ドンドンドン、と木村はドアを3度叩いた。
「田所さん、話があります。さっさとしてください」
「いま着替えてるんですけど~」
ドアの向こうから声を少しだけ裏返した、田所の声が聞こえてきた。「女の子は時間がかかるんだよ。待ってくれよなぁ、頼むよ~」
チっと舌打ちして木村は三浦へ向き直る。
「三浦さん。田所さんが入ってどれぐらい経ちました」
「あんま覚えてないけど、今日は4時限目がなかったから、大体1時間ぐらいだゾ」
それを聞いた瞬間「なるほど」といって勢いよくドアを開いた。
「キャァ~」
中にいた田所はとっくに空手着に着替えており、コンパクトミラー片手に荒波を思わせるまつ毛を整えていたようだった。「犯罪! 性犯罪者がいます! 三浦はん、こいつ殺してください!」
「き、木村ぁ」
三浦はたどたどしく、木村の顔を覗き込む。「流石にこれはまずいかもしれにゾ」
「あなたは底抜けバカなんですから、ちょっと黙っててください」
木村が叱咤すると「ポッチャマ」と三浦は肩を落として黙った。
「着替え終わってるならさっさと出てください。人を1時間以上も待たせて、なんのつもりですか」
「裸よりも化粧していない顔見られるほうが嫌なんだよなぁ。はあ、男って化粧しなくてもいいから、わからないんだろうけど」
「分からないですし、分かりたくないです。まあ、そんなことはクソどうでもよくてですね。何なんですか、あの大会は!」
「ああ、これね」
田所は首にかけていた金メダルを、空手着の中から出してきた。「空手大会で優勝しちゃってさぁ。木村ぁ、お前もうらやましいだら?」
木村は何も言わずブチっとメダルの紐を引きちぎると、窓の外に投げ捨てた。
「あああああああああああ!!テメェ!!何してんだァ!!」
突然のことに仰天した田所は、窓の外に身を乗り出して、落ちていくメダルを見下ろした。
「何してんだはこっちのセリフですよ。うちの空手部を笑い物にしやがって。殺されないだけ優しいと思ってください。筋骨粒々男が女子の大会なんかに出て、恥ずかしくないんですか。末代までの恥ですよ。まあ、あなたに次の代があるとも思えませんがね!」
「はぁ? ああ、何を怒っているのかと思いきや、そんなこと」
田所はやれやれ、といった感じで目を閉じて首を振った。「いるんだよねぇ。君のような前時代的な人間って」
「そうですか。田所さんのような人間であふれるなら、石器時代に戻ったほうがマシです。いいですか、どうしてスポーツが男女で別れているのか、分かりますか? 当然、男と女の間には筋力に差があるからですよ。同じ土俵で戦ったのなら、おおかた男が勝つに決まってます。それを先輩は、どんな顔して優勝したって自慢できるんですか!」
正論中の正論。
議論の余地の無い木村の言葉だったが、まるでわかっていないな、といったふうに田所は頭を描いて、微笑をみせた。
「木村くんさぁ、わかってないよねぇ。俺の性自認は”女”なの。女なら女子の大会に参加してもいい。そうですよぇ、三浦はん」
「当たり前だよなぁ」
バカ坊主もなぜか同調しだして、構図は2対1になる。
性自認。
木村も最近耳にする流行りのワードだ。
難しい話は分からないが、要するに自分を女と認識しているから、扱いも待遇も女として使え、との話。
パスポートならまだしも、トイレやシャワー室、男女別の競技すら自認の性別で参加させろと言う始末。
別に女を自称するのは構わない。好きにしたらいい。
ただ、人に迷惑をかけないでくれ。
「まあ、もういいです。とりあえず、田所先輩が女だって言うなら、空手部は男子空手部と女子空手部で分けさせてもらいます。そっちはそっちで勝手にやってください。僕たちを巻き込まないでください」
「はぁ、せっかく優勝したやったのになぁ~俺もなぁ~。これがLGBT差別てやつ?」
「区別です。男女で分けるのはどこでもやってることです。三浦さん、行きましょう」
「お、そうだな」
2人で部室を出ようとしたときに「ちょっとまってくださいよ」と田所は三浦を呼び止めた。
「三浦はんも男が好きですよねぇ! つまり女ってことじゃないっすか? 一緒に女子空手部やりませんか? やりましょうよ。三浦はんが女子大会出たら優勝間違いなしっすよ」
「お、いいゾ~それ」
意思のない操られる人形のように、ふらふらと田所の方へ向かおうとする三浦を「三浦さん」と木村は呼び止める。
「男と女の違いはなんですか」
「男はちんちんがあって、女はちんちんがないゾ」
「三浦さん、ちんちんはありますか?」
「当たり前だよなぁ」
「じゃあ男じゃないですか」
「あっそっかぁ」
「そうですね、じゃあ行きましょう」
「三浦はんっ……いいですよ! あとから入りたいって言っても遅いですからね!」
部屋をでようとする2人を見て、説得は無理と悟った田所はそう吐き捨てた。
「はぁ~~~~~~~……あほくさ」
青年とは思えないほど眉間に深いシワを寄せた木村は、食堂にて重く長い溜息を吐き出していた。
木村の前には食欲を誘う匂いを放つカレーが置かれているが、手をつける気にはなれなかった。
「お、木村ぁ」
お子様ランチのプレートを持った三浦は、木村の隣りに座った。「ため息なんてついてたら幸せが逃げるゾ」
「わかっていますけどね、本当に人類の愚かさにはため息をつかずには要られませんよ。女子の大会に男が参加オッケーって、イカれてますよ。まあ、さすがにこんなことが続くとは思いませんがね。誰かがきっと止めてくれるでしょう」
木村が希望的観測を語っていると、周りのざわざわとした空気を感じ取る。
みな一様にスマホを手に取り、熱心に画面を見ている。
「何でしょう。どでかいニュースでもやってるんですかね」
「あ、そうだ。首相が田所の件で会見したって、なんかテレビで聞いたゾ」
「え!?」
三浦の言葉に仰天する木村。
田所をどうするかで頭がいっぱいだったため、ニュースなどは一切見ていなかった。
すぐに木村もスマホを取り出し、動画サイトから首相の会見ニュースを再生した。
総理大臣であるドラゴン田中は、かっぷくのある身体をゆっくりと進め、威厳を感じさせる様子で記者の前にたった。
眉はぐっとより、その眼光は鋭い。
「総理! 今回の田所浩二さん。トランスジェンダーによる女性大会の優勝について、どう思われますか」
田中総理はすぐには答えなかった。
何かを思案するような間をもたせ、じっくりと記者との間にある空気をにらみつけたあと、すっと口を開いた。
「女ってゆってるから、女だからいいんじゃないのか?」
一瞬、ぽかんとする記者たち。
「い、嫌ですが本来は男で」
「でも女なんだろ。女なら女の大会参加してもいいじゃないの」
「ですが体は男性ですよ」
「え? じゃあ田所って子は男なの?」
「いや女性ですけど」
「じゃあいいじゃん」
木村は途中から動画を見ていなかった。
額に手を置いてうなだれている。
首相はバカだとなんとなくわかっていたが、ここまでとは。
「やっぱり、田所は正しかったんだゾ。羨ましいゾ~これ」
隣のバカ坊主もなにか言っているが、もうどうでもいい。
全く、これからどうなることやら。
無論、田所は女ではなかった。
男好きのゴリゴリホモである。
しかし、なんとなく耳にした性自認というワード。
これを見逃す田所ではなかった。
女と自称すれば、女の大会に出られる。
嘘みたいな話だが、ダメ元で参加してみたらなんかイケた。
男と女の筋力には差がある。
あれよあれよと言う間に優勝。
女の大会といえど男の大会ではなし得なかった優勝は、非常に快感があった。
なんだかんだある間に、首相のお墨付きもついた。
そこからの田所はタガが外れだした。
女子レスリング、優勝田所。
「っしゃおらっぁ!」
女子ボクシング、優勝田所
「私が最強じゃ!」
女子柔道、優勝田所。
「おらぁああああ!」
女子テコンドー、優勝。
「ザコ共がぁ!」
田所は充実していた。
部屋には数々のトロフィーやメダル。
それをスポットライトで照らしながら、スムージーを飲む。
「ん~、俺って最高」
しかし、まだ足りない。
もっとだ、もっと埋め尽くすほどのトロフィーがほしい。
しかし、田所が取れる優勝はほとんど取り尽くしていた。
スポーツといってもテクニック重視。ゴルフやアーチェリーといったもに関しては結果を残せなかった。
他に優勝できそうなスポーツはないかと、ぼーっとスマホを眺めていると、あるネットニュースが目に入った。
『年齢の自認! 40歳が24歳を自認してーー』
田所の口角がぐっと上がる。
これだ。
「先輩! 流石にそれは、まずいですよ!」
市民プールのプールサイド、後輩の遠野は腕を持って田所を止めていた。
「うるさい! なにか問題があるのか!」
「問題おおありでよ。流石にこれは人としーーうもぅ」
田所は持っていたタオルを遠野の口に突っ込み、言葉を遮った。
「遠野……俺はもう……戻れないんだよっ!」
遠野を振り払い、田所は悠然とスタート台ヘとあるき出した。
女子小学生たちが集う、その場へ。
「先輩……センパ~~~~イ!!」
遠野の声は虚しくプールサイドにこだました。
女子、小学生の部
田所浩二(8)が新記録を達成し、ぶっちぎりの優勝。
田所が8歳になり、女子小学生の大会で優勝して2日がたった。
正直もう、木村は何が起こっても驚かなくなっていた。
空手部は男女に分けたし、もう他人だ。
立教大学内では依然として田所の話題で持ち切りだが、木村たちが引き合いに出されることもなくなった。
女子スポーツ界は混沌としているが、少なくとも木村の周りはやっと平穏を取り戻した。
「お、木村ぁ。また田所が優勝したみたいだゾ」
「そーですね。もうどうでもいいじゃないですか」
空手部の部室で着替えをしながら、2人は会話をしていた。
「でも、元部員として気になるゾ。それに、小学生の大会にでて優勝は、ちょっとダメかもしれないゾ」
「ダメに決まってるでしょ。いい年した大人が、いったい何をやってるんだか。でもそれがまかり通ってるんですよ。全く、配慮だのなんだの言ってたら、この世の中おかしくなるに決まってるじゃないですか」
「あっそっかぁ。じゃあ、どうすればいいんだゾ?」
「どうもしませんよ。自認だの配慮だのめちゃくちゃ言ってたら、その分、そのめちゃくちゃが自分に返ってきますよ。まあ、見てたらいいんじゃないですか」
「フン、フフフ~ン」
首にジャラジャラと大量の金メダルをかけた田所は、今日も女子ボクシング大会の会場へと向かっていた。
前回はぶっちぎりの優勝。
当然、今回も軽く捻って優勝ーーと思っていた。
「ヘイヘイヘーーイ」
会場にいたのは身長190センチの機敏なシャドーボクシングを見せる、ゴリゴリ男の黒人だった。
「え、レフェリーさん、何この人は」
「何って君の対戦相手のマイケル・ボイジョイさんだが?」
「ガッツリ男じゃないですか?」
「君がそれ言える? 彼女は女性だよ。性自認が女なんだ」
「イエス! アイアムオンナ!」
そう言ってボイジョイは胸につけているボクシングブラを二回叩いた。
「いやそれつけてたら女ってわけじゃ無いといもうんですけど」
田所がうだうだゆっていると「もう始まるから、早く準備して」とレフェリーに雑に急かされて、渋々スタートポジションに向かう。
ゴングがなると同時に前に出た。
確かにでかいし黒人だが、こちとら空手で鍛えたパンチがーー
「ヘイヘイヘーーイ!!」
黒人特有の素早い動きですぐに田所をコーナーに追い詰めたボイジョイは、腕が10本になったかと錯覚するほどの速さでもうボコボコ。
「アガガガガガ、アガッ」
一瞬にして顔面を乱打された田所は、ボロ雑巾の用になってその場に倒れた。
カンカンカン! OK!
勝者、ボイジョイ!
1週間後、痛めた体を休ませた田所は、次じはレスリングの大会へと向かっていた。
そうだ、自分が自認が女だといって女子大会に参加するのなら、別の男も参加ができるということだ。
そんな単純なことに気が付かなかった。
しかし、ボイジョイのような男はイレギュラー中のイレギュラーだろう。
次は女どもをギタギタにしてーー
「君の対戦相手のロドリゲス・ドロヘドロくんです」
審判に説明されて、田所の眼の前に現れたのは、身長2.5メートルほど有り、横幅も同じく2メートル近い、ほぼ歩く壁のような男だった。
一応、レスリングの服は来ているが、最大サイズを着ているのだろうが、ほぼ糸になるまで引っ張られていて今にもはち切れそうだ。
「すいません、審判さん。この人、女ですか? てか人間ですか?」
「君がそれを言える立場かね。彼は性自認は女性で、れっきとした女性ですよ。ね、ロドリゲスくん」
「オデ……オンナ……タベル」
「食べるとか言ってますし、たぶん化け物だと思うんですけど」
「どうでもいいから、ホラ早く始めて」
渋々の形でモンスターと対峙する田所。
クソ、こんな人かどうかもわからないやつとレスリングなんてできるか。ちゃっちゃと負けて次の大会にーー
「ヴァアアアアアァ」
試合が始まってすぐ、モンスターは田所の足首を掴むと、ぬいぐるみで遊ぶかのように何度も周りの床に叩きつける。
「ギャアアアアア! た、助けてええええ」
「ヴォウヴォウヴォウ」
田所の叫びはモンスターの嬌声にかき消された。
「アアアァ!せめてレスリングシテクレァァ!!」
全治19ヶ月の傷を負った田所。
それでも一月後、別の大会に参加するため満身創痍の体を会場へと進めていた。
そう、小学生の水泳大会だ。
これなら多少の負傷があっても勝てるだろうし、今回は参加者名簿をもらっている。
特に男っぽい名前のやつは見当たらない。これなら簡単に優勝ができるはずだ。
「あの~すいません」
プールサイドに入ってそうそう、田所は審判を訪ねた。
「はい、なにか」
「あれなんすかね?」
田所が指さしたのはスタート台の前にいる、テカテカとした緑の鱗が美しい巨大ワニだ。
「ああ、彼女は花子ちゃんだ」
「ああ、じゃなくてワニに見えるんですけど」
「でも種族自認は人間だから、人だ」
「なんですか種族自認って。初めて聞くんですが」
「最近流行ってるんだよ。人が犬を自認して、犬の大会に出たのが始まりと言われているみたいだよ。それから、動物も人間を自認するようになったんだ」
「動物も自認って。彼らに自認とか無いでしょ」
「ウチの子は人間ザマス!」
話を聞いていたのか突如として現れた、飼い主らしきメガネの女。「オスのクロコダイルザマスけど、種族自認は人間で、性自認は女ザマス!」
もうめちゃくちゃや。
「あの~、腹痛いので棄権したいんですけど」
確実に食い殺されそうなので審判に打診した田所だが、
「うちの子と水泳できないと言うつもりザマスの!!」
ヒステリックに女が叫びだした。「今日はあなた以外全員も棄権してるザマス! なんザマスこれは! 種族差別ですか? うちの子は人間ザマスよ! そんなことしたらあなたの人権を剥奪するザマスよ!」
「田所選手」
審判が田所の肩に手を置いて、そっと耳打ちする。「彼女は日本でワニが買えるくらいの超大金持ち、谷岡財閥の女だ。死にたく無いなら参加しなさい」
「えぇ……」
クソ。こんなことやってられない。
スタートしてすぐに足をつったといって、逃げてやる。
そう思いスタート台にたった瞬間。
「グヤアアアア」
獲物を眼前に捉えたワニは、スタートを待たず、すぐに田所に襲いかかった。
「ギャアア、食われるゥ!!」
ワニは田所を加え水中に引き込んだかと思うと、その体を回転させてプロペラの用に回りだした。
獲物をくわえた状態で三半規管を乱し、体の肉と骨をズタボロにするワニの必殺技、デスロールである。
この技から逃れるすべなし。
「ゴボッゴボボボボボ」
水中で回転しながら、もはや叫ぶ気力すらなくただ死を待つ身となった田所は、白目を向きながら走馬灯を見ていた。
幼少期から今。大量のメダル、トロフィー……三浦、木村。
ああ、こんなことするんじゃなかった。
時間が戻るなら、くだらないことせずに……また空手部にーー
ハッとして目を冷ますと白い天井が見えた。
規則的な心電図の音と、腕に伸びるチューブから自分が病院にいることをすぐに理解した。
「やっと目が覚めましたか」
聞き覚えのある声の方に顔をやると、
「木村ぁ! 三浦はん!」
男子空手部の2人が立っていた。
「まったく、やっぱりこうなりましたか。バチが当たったてやつですよ」
「でも命に別状がなくてよかったゾ」
2人が着てくれたことに安堵すると、胸のあたりにズキっと痛みが走った。
「ウッ……俺はワニに食われて……いったいどうなったんだ?」
「先輩はワニに食べられそうでしたけど、持ち前のウンコみたいな体臭でワニが失神しました。それで一命をとりとめたんですよ。良かったですね」
「いっそ死にたいぐらいに恥ずかしんだけど」
「命があっただけいいじゃないですか。いいですか先輩。人間にはオスとメスがあります。それは絶対に揺るがない事実で、それをもとに長い年月をかけて人間たちはルールを決めてきたんです。自分の性別と自認に乖離がある。それはとてもつらいことかもしれません。ですが、それを周りに押し付ければきっと誰かが不幸になります。それを分かってください」
「ああ、大丈夫だ木村。俺はトランクスジャンダーとかじゃなく、シンプルに優勝したかったら適当いってただけなんだ」
「そうですか、今からでも遅くないので死んでくだい。まあ、田所さんは命を狙われているので、そのうち殺されると思いますが」
「ファ!? どういうことなんだよ、説明してくれよ」
「田所さんがめちゃくちゃしたお陰で、どこの大会も混乱が起きてしまいました。なので種族法案なるものが作られて、トランスジェンダーや別の動物は参加してはいけないことになりました。その結果、過激派のLGBT連合が田所さんの首に賞金をかけたので、世界中の賞金稼ぎが田所さんを狙ってます」
「やべぇよやべぇよ……」
「谷岡財閥のアサシンも狙ってるって話だゾ」
「アサシンってなんですかそれは。いま令和なんですけど」
「それと、宗教的に同性愛禁止の国々の軍が、田所さんへ進軍を始めました。日本は田所さんとの戦争を認めるそうです」
「イキスギィ!! イクッイクッッンアアアアアア!!!」
「そういうわけだから頑張るんだゾ、田所」
「自業自得なので応援はしません。せいぜいあがいてください、先輩。それじゃあ、僕らは帰ります」
「お大事にだゾ」
「あちょっと待ってくださいよ! 三浦はん! 木村ぁ!!」
田所の叫びも虚しく、聞こえていないかのように2人は病室を出た。
「ち、畜生!! アイツら何しにきやがった! 俺が絶望に沈む様を見に来たのか? なんだっていい、身を守らなくては。とにかく金がいる。クソ、すぐに金を稼ぐには……」
「じゃあまず、年齢を教えてくれるかな」
ガンボリア宮殿の一室、カメラを回したバッドマンは、黒いソファーに座る田所へ質問した。
「24歳です」
「24歳? もう働いてるの?」
「学生です」
「学生? あ、ふーん」