どうにも現実は、小説よりも奇妙なモノらしい   作:灯火四季

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閉幕の先、次なる舞台の幕を上げよう

──どうやら、思っていたよりも現実は奇妙な出来事の連続で成り立っているらしい。

 

不自然に重い瞼に抗いながら、そう思う。

 

誰が、修学旅行の帰り道で一台だけ遅れたバスが山間のトンネルの崩落に巻き込まれると思うんだ?

 

確かに、夢見る中学生の時はトンネルの抜けた先が異世界である事を夢想した事くらいはあるが。まさか、トンネルに押しつぶされることになろうとは。

 

バスの最前列と最後尾の辺りは完全に押しつぶされていて、スマホのライトを反射する赤黒い液体に濡れている。覚えている限りでは、大凡7人ほどだろうか?不幸にも、巻き込まれてしまった人数は。

 

……いや、ある種の幸運ではあるんだろうさ

 

生き残ってしまって、有刺鉄線で首を絞められる様な苦痛を味合わずに済んだのなら、幸運と言えるだろう。

 

バスの中の空調は当然の様に故障していて、かろうじて形を保っているだけのバスの内部は密閉空間と化している。

 

つまりは、途轍もなく寒い。

 

頭が異様な程に鈍痛を訴えてならない。

 

旅行帰り特有の騒がしさは既に無く、車内は静寂に支配されている。

 

……一体、今生きているのは何人だろうか?

 

迫り来る死期を思わせる様な寒さに耐え切れず、自ら命を絶った者たちがいた。元々弱っていた体が寒気によって死に晒された者がいた。どうせ死ぬならと自暴自棄になっていた者が殺された。

 

……この世の地獄の一つは、間違いなくここだろう

 

退屈な日常に飽いて、非日常を求めた事もある。その先で死ぬ事も、刺激の一つとして許容してすらいたが、いざ死ぬとなると、途端に未練が湧いてくる。

 

不思議なものだ。遺す者などいないというのに、遺書を書く指は止まらない。文として、言葉として、カタチにしたい気持ちが溢れてくる。

 

──きっと彼等も、そうだったのだろう

 

あぁ、白く染まった吐息が煩わしい。

 

霞む視界に、もうすぐ光を映さなくなる瞳に遺したい景色に無駄なコントラストを加えるな。その吐息の白さが、死期の冷たさを連想させる。

 

「ッ…………」

 

睡魔を払う為に、左手を割れたガラスに叩きつける。

 

酸素が足りない為か、ドス黒い血液が流れ出る。しかし、脳を刺激する痛みのお陰でまだ、生きていられる。

 

まだだ、まだ足りない。

 

想いをカタチに遺すには、時間が圧倒的に足りない。

 

何度も何度も脳を刺激して、随分と前から弛緩し出した筋肉を無理やりに動かす。指先の感覚が無い指を、必死になって動かす。言葉をカタチにする為に、生きている限り動かす。

 

しかし、しかし限界だ。

 

浅く繰り返される呼吸が遅くなった。全身の筋肉が弛緩している。もう、遺書を書いている指が止まりそうだ。

 

──死が、もうすぐ側に

 

カタン

 

と、遂に座席から垂れてしまった手からスマホが床に落ちる。弛緩した体が力を入れることを拒んで、無理矢理に背中を座椅子に押し付けてくる。

 

ただでさえ重かった瞼はその重さを増し、閉じてしまった瞳は弛緩した筋肉では持ち上げる事すら叶わない。

 

呼吸は止まり、叫びたいほどの鈍痛を脳が訴えてくる。この酷い痛みだけが、未だに俺を生にしがみつけさせている。

 

あぁ、けど。段々、鈍痛も治って、思考もままならなくなってきた。痛みから解放された脳は穏やかな睡眠を求めていて、俺にはその欲求に抗う術は無かった。

 

だから俺は、導かれるがままに眠りについた。

 

 

ーーーーーーーーーー ーーーーーーーーーー

 

──ひどく、喧騒が煩わしい

 

全身に冷たい感触を感じながら、そんな感想を抱いた。

 

あの巨大な棺桶で最後を迎えた後、どういう訳か、再び意識を取り戻した。

 

開いた視界全体に映るは冷たい石壁。

 

触れた感触からして、そこまで分厚くない。その重さも、恐らく横にずらす程度ならそう苦労しないだろう。

 

……普通は生きている事を喜ぶべきなのだろう

 

だが、やはり疑問が先行する。

 

何故なら、左手に傷の一切が無いのだ。

 

あの時、何度も何度もガラスに叩きつけた左手にあって然るべき裂傷の類が、綺麗さっぱり無くなっている。

 

状況こそ妙だが、救急隊員に救出された訳では無い、と断言できる理由の一つがソレだ。

 

現代医学で、ここまで綺麗に裂傷の類を治せるものなのだろうか?普通は、多少なりとも痕が残るものだろう。

 

なのに、左手に裂傷の傷跡は見られない。その上、だ。数年前の事故で負った筈の胸元の大きな裂傷の痕すら無くなっている。

 

……あり得ないだろう、ソレは

 

それに、この石棺のらしき場所の外から響く喧騒が酷く不気味だ。

 

俺が助かっているのだから、他のクラスメートも助かっているのは道理だ。なら、あれ程の地獄から生きて帰って、すぐにここまで健常な精神に回復するものなのか?

 

──ナニカがオカシイ

 

直感的な部分が、現状の不気味さを知らせてくる。

 

しかし、確認しない事にはどうにもならない。

 

ここは、腹を括るしか無い。

 

石棺の外に、一体何があるのか。

 

出来ることなら理解の及ぶものであって欲しいと思いながら、石棺の上蓋を横にずらす。随分と久しぶりの光に目を灼かれながら、不自然な程に体調の良い身体を起こす。

 

──そしてやはり、理解は及ばない

 

「…………は?」

 

──死人が、動いている

 

……死んだ筈だ、死んだはずの人間が歩いている。談笑している。その冷たく舌先の凍った口で言葉を放っている。

 

「……あり得ないだろう、ソレは」

 

立ち上がり、周りを見る。俺が入っていた石棺の他にも、数多くの石棺が転がっている。死んだ筈のクラスメート達が、その石棺から立ち上がり動いている。

 

……理解が及ばない

 

確かに潰れて死んだ筈だ。自ら命を絶った筈だ。寒気の前に死を晒した筈だ。自暴自棄になって殺された筈だ。見間違えなんてあり得ない。あれ程、凄惨に悲劇的に突発的に衝動的に死んだ彼等を、覚えるなという方が無理だ。分かっている。分かっているだろう彼等も。こうして俺は死の自覚を持っているし、彼等だってそうだ。いや、死の自認?やはり死んだ?分からないな、理解が、何一つとして追いついていない。

 

何故だ?どうして彼等は生きている?ソレともあの世とやらか、ここは?いやあり得ない。痛みを感じる。倦怠を感じる。そして何より死の存在を感じる。肉体の損傷の先、死がある事を直感的に理解している。死人が、死体が更に死ぬなどあり得ない。なら、生きているのだろう。どれ程、理解不能で不可思議だとしても。

 

だったら何故、彼等は生きている。その潰れた肉体で地を踏み締める?裂いた喉を震わせて言葉を発する?凍りついた肺を動かし呼吸をする?貫かれた心臓を回して血を巡らす?

 

どうしてだ?何故だ?一体どうして?

 

……死は、ソレほど絶対じゃない?

 

──死は、ソレほど絶対じゃない

 

「……………………」

 

好奇心を、刺激する。どうしようもなく、解き明かせない現象が、死の絶対性を揺るがすこの現状が、好奇心をどうしようもなく刺激する。

 

知りたい、解き明かしたい、謎を解体したい。

 

晒し、辱め、未知を既知に叩き落としたい。

 

──どうやら、思っていたよりも現実は奇妙な出来事の連続で成り立っているらしい。

 

まさか、こんなに興味深い現象があるなんて。

 

飽きない、飽きないな、生きる事は。

 

視線の先、彼等がどう死を克服したのか?

 

自身がどう死を克服したのか?

 

……解き明かすべき難題はすぐ側に

 

抑えきれない好奇心を胸に、閉幕(カーテンコール)を取り消そう。

 

絶対的な死を貶めて、愉悦に浸ろう。

 

あぁ、全く、これだ。

 

求めていたモノは、これだったんだ。

 

──理解の及ばない疑問は、とうに歓喜に塗り潰された

 

この祝福すべき歓喜を持って、幕を上げよう。

 

 

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