閻魔あいちゃんの笑顔が見たい   作:アラウンドブルー

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 思いのほか筆が乗ったのでもう一発。番外編第2弾です。日常回です。

 主人公ガンギマリ警報発令。



四方山話-其之弍

 

「あい。新しい着物ができたよ」

 

 

 とあるオフの日。縁側で暇潰しにと現世で借りてきた六法全書をうつ伏せでウトウトしながら読んでいると、ばあちゃんの声が響いた。

 

 

「……うん。ありがとう、おばあちゃん」

 

「離れに置いておくからねえ」

 

 

 家の中からお嬢が返事をするのが聞こえた。

 

 ……ふむ、新しい着物とな。それは恐らく、地獄流しの契約がされ出陣する時に着るあの振袖のことを指しているのだろう。

 

 まず、あんな立派な振袖をばあちゃんが作れたとは意外だ。和服には明るくないが、素人目で見ても素材からして一級品のものを使っているのは分かる。年がら年中糸車を回しているばあちゃんだが、一体いつ作っているのだろうか。謎は深まるばかりである。

 

 これまでのは黒地にカラフルな菊の花が咲いた、大人しくも美しい振袖でお嬢の良さを極限まで引き立たせるものだったが、それに代わる新作とは果たしてどれ程のものだろうか。

 

 

 ────見たい。すっげぇ見たい。今すぐに見たい。

 

 

 しかし、いや待て落ち着いて考えろ。アレはあくまで地獄流しを行う時の『仕事着』だ。

 

 今はオフの日。そんな日にも関わらず仕事着を着たがる人間がどこの世界にいる? 少なくとも俺はそうだ。休日にスーツだの作業着だのは着たくない。ワーカホリックでは無いのだ。

 

 しかもお嬢の仕事は人を地獄に流すことだ。ただの仕事とは訳が違う。

 

 だから見たいという気持ちをグッと堪える。別に依頼が来て契約が締結されれば嫌でも見れるんだ。嫌なわけないけど。

 

 というわけで我慢だ我慢。開きっぱなしの六法全書に再び目をやる。

 

 だが一向にページは進まない。同じ行を何度も読んでしまう。集中力が散漫しているようだ。元から大して興味ないっていうのもあるが、やはり新しい振袖を着たお嬢を今すぐに見たいという気持ちが邪魔をしてくる。

 

 俺って好きな物は最初に食べる派なんだよね。我慢なんてできないってタイプ。だからもう、気になって仕様がない。

 

 ダメだ、読むのは一旦辞めよう。ていうか後で返却しに行こう。何でこんな鈍器借りてしまったんだ……六法全書を傍らに置いて、うつ伏せの姿勢から仰向けになる。

 

 このまま少し寝てしまおう。うん、それが良い。ニートみたいだと言うことなかれ。3人だって藁人形になってお休み中なんだ。

 

 なんて、頭の中で誰に対してでもなく言い訳をしていると、扉の開く音がしてこちらに向かってくる足音が聞こえてくる。

 

 視線は真上にやっているため誰かは見えないが、この足音を判別できないわけが無い。お嬢に決まっている。

 

 やがて、俺の視界にお嬢の顔が現れた。相変わらず表情は読めない。こちらを覗き込んできているため、お嬢の長い髪が顔に少しかかってこそばゆい。

 

 

「……何してるの」

 

「いやあ、さっきまでそこの本読んでたんだけどさ。全然頭に入らなくて。だからちょっと寝ようかなって」

 

「……そう」

 

 

 そう言って黙ってしまった。視線が重なったままでお嬢は全く動こうとしないため必然的にこちらも動けない。まるで金縛りにあっている気分だ。

 

 妙な緊張感を覚えていると、お嬢が口を開いた。

 

 

「……新しい着物、おばあちゃんから貰ったわ」

 

「そ、そうらしいね。良かったじゃん」

 

「…………うん」

 

「……」

 

「………………」

 

「……あ、あの。何でしょうか」

 

「…………………………」

 

「お、おーい……」

 

「……………………………………」

 

 

 何!? ねえ……!! 何なの!? 怖いよおッ!! 

 

 俺に何言って欲しいの!? ずっと無言で顔色一つ変えずに覗き込んできているから本当に怖い! 

 

 あ、嘘。かわいい顔が視界いっぱいに広がっているから最高に幸せ。でもやっぱ怖い。

 

 やがて、どれほど経ったのだろうか。ようやくお嬢が再び口を開いた。

 

 

「……見たい?」

 

「えっ」

 

「……着物。良いよ、見せてあげる……」

 

 

 朱い瞳が微妙に揺らいでいる。

 

 てかマジ? 見せてくれるの!? ィやったあァァァァァァッ!!!! と昂る気持ちを抑えてお嬢に尋ねる。

 

 

「……でも良いの? アレ仕事着でしょ。せっかくの休みなんだから、あまり着たくないんじゃ……」

 

「……別に、着心地の確認は大事だから。それに、似合っているか見て欲しい……」

 

「そりゃあ……」

 

 

 確かに、お嬢の発言は一理ある。お嬢のことを一番理解しているばあちゃんお手製とはいえ、着心地は確認しなければならない。これから何度も着ることになるのだから。

 

 似合っているかについては問題ないだろう。365日ほぼ休む暇なく糸車を回しているプロフェッショナルばあちゃんの作った逸品だ。あの御方ならお嬢とベストマッチの素晴らしい物を作ったに決まっている。

 

 なによりも、見たい。お嬢の新しい振袖姿を。

 

 故に、返事は決まった。

 

 

「────うん、分かった。じゃあ、輪入道たちにも見てもらおう。俺服のセンスとか無いからさあ……今念話で呼ぶね」

 

 

 そう言って起き上がり、輪入道たちに連絡を取ろうとしたが、

 

 

「……その必要は無いわ」

 

「え? いやでも、折角なんだし……」

 

「………………輪入道たちは今休憩中。邪魔したら悪いわ……」

 

 

 ……別に呼んでも問題ないと思うんだが。むしろ、彼らなら俺と同じく諸手を挙げて参加するだろう。

 

 だがまあ、お嬢がそう言うならわざわざ食い下がる必要も無い。なんなら、これは俺にだけ与えられた特権とでも思おうじゃないか。

 

 お嬢の新しい振袖姿を、見ようと思ってる。3人には、悪いけど。抜け駆けで。

 

 というわけで場所を移す。出陣する際、着替えはいつも離れで行っているためそちらへ向かう。

 

 見ると、お嬢の手には長襦袢があった。いつもはばあちゃんが離れに置いてくれるのだが、今回は依頼では無いからなのだろうか。

 

 

「……じゃあ、着替えてくるわ…………私が出てくるまで、この扉を開けてはダメ……もし、破ったら…………」

 

「……もし破ったら?」

 

「…………ふふっ、どうなるかしらね……」

 

 

 お嬢は目を細め、薄く笑みを浮かべた。

 

 鶴の恩返しもかくやの忠告だが、そんな覗き魔のような真似をするつもりなど毛頭ない。一体お嬢は俺の事をなんだと思っているのだろうか。

 

 待つこと数分。衣類の擦れる音を聞きながらボーッとしていると扉が開き、新しい振袖を身にまとったお嬢が現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこには、【美】があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は、世界の真理を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────美しさとは何か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人によってその答えは違う。

 

 

 

 

 

 豊かな大自然と答える者もいるだろう。

 

 

 

 

 

 ミロのヴィーナスやモナ・リザといった芸術作品を挙げる者もいるだろう。

 

 

 

 

 

 数式に美しさを感じる者もいるだろう。

 

 

 

 

 

 人の生き様からそれを見出す者もいるだろう。

 

 

 

 

 

 

 この問いに答えは無い。人によって異なり、人の数だけ正解が存在する。以前の俺ならば、そう結論づけていただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今目の前にいるお嬢こそが美しさの頂点であり、美しさそのものであると悟った。

 

 色とりどりの、多種多様な花々があしらわれた振袖を着たお嬢こそが【美】であり究極の存在であると識った。

 

 

 新しい振袖は一見すると派手と感じてしまう程に花柄があしらわれているが、それは違う。

 

 確かに、これまで着ていた菊の花の振袖に比べれば派手になったのだろう。

 

 しかし、この場合は咲き乱れる花一つ一つがお嬢の美しさを高めている。決して閻魔あい本人の邪魔をしていない。

 

 黒よりもなお暗い闇色の髪、見た者の目を焼いてしまうのではないかと錯覚する程の白い肌、ひたすらに磨きあげられた宝石すらも路頭の石ころにしてしまう朱い瞳。

 

 そして多様な花々が咲き乱れる黒の振袖。全てがコントラスト。全てが調和し、安定し、美を増幅させている。

 

 振袖に『着られている』のではない。確かに、間違いなく振袖を『着ている』のだ。

 

 ゆえに『派手』ではなく『豪華』になったが正しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今、俺は答えを得た。700万年前から始まった人類史で誰も到達し得なかった問いに対する、確固たる答えを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────美しさとは何か

 

 

 この問いに対して、俺は胸を張ってこう答えよう。

 

 

 閻魔あい────────

 

 

 

 

 

 何を言っているのか理解できないという者のために、端的にまとめようではないか。

 

 

 

 

 

 とどのつまり、お嬢がよりかわいくなったということだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どう?」

 

「────我、真理を見たり」

 

「…………何を言っているの。真理じゃなくて、私を見なさい」

 

 

 ハッ!? 俺は、一体何を……意識だけが別の世界に飛んでいたようだ。

 

 改めて、お嬢の姿を見る。

 

 

「……もう、すっっっっっっっっごく良い! 最ッ高に似合ってる! ち、ちょっと軽く動いてみてよ」

 

 

 お嬢にそうお願いをすると少し思案した後、くるりとその場で一回転。振袖がふわりと靡き、まるで花吹雪が舞っているかのように見えた。

 

 もうね、かわいすぎるのよ。かわいすぎて頭がどうにかなりそう。

 

 

「あぁ〜……カメラが無いのが残念だ…………いやもう、本っ当に良いよ」

 

 

 生きてて……良かった…………産んでくれたおっかさん、転生させてくれた神様、この振袖を作ってくれたばあちゃん、本当にありがとう……いや死んでるけど。

 

 語彙力が完全に崩壊していてこのくらいしか言えないのがもどかしい。

 

 

「────────良かった」

 

「何て?」

 

 

 感極まっていたところ、お嬢がポツリと何かを呟いたようだがよく聞き取れなかった。最近こういうこと多い気がする。そして俺が今のように聞き返すと決まって、

 

 

「……なんでもない」

 

 

 予想通りの返答が戻ってきた。まあ良いけど。

 

 さて、そんなこんなで新しい振袖のお披露目は終わり、着替えるというので再び待つことに。

 

 お嬢が離れに入る直前再び、

 

 

「……覗いたら、ダメよ」

 

 

 ……何故2度も忠告されるのか。大体そういうことしそうなのは一目連でしょ。絶対アイツ1回くらいやってるだろ。

 

 本当にお嬢の中の俺って一体どうなってんだ。これが分からない。

 

 

 まあ別に良いけど。セーラー服姿のお嬢も楽しみだな。

 

 

 

 

 

 〜一方その頃の三藁〜

 

 

(お嬢の新しい着物かあ。アタシらも見たかったね)

 

(ちぇっ、大天狗のヤツ抜けがけしやがって。ズッリい)

 

(まっ、仕方ねえさ。それに、依頼が来たら俺たちも見れるんだ。別に良いだろ)

 

 

 家の中で3人は藁人形の姿のまま会話している。

 

 

(……オレ、覗いちゃおっかな)

 

(やめとけ。間違いなくバレる。お嬢を甘く見ねえ方が良い)

 

(アンタ、そんなことしたらこれから出歯亀玉ってあだ名で呼ぶよ)

 

(じ、冗談だよ冗談。……ったく、洒落の通じねえ女)

 

(あんだって!?)

 

(あー、あー。何でもなーい)

 

 

 一目連と骨女が騒ぎ出した。その様子を見ている輪入道は何処か感慨深くポツリと、

 

 

(ここも随分と賑やかになったことだ……)

 

 

 そう呟いたのだった。

 





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