閻魔あいちゃんの笑顔が見たい   作:アラウンドブルー

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 シンク先生さん、無謬さん、☆9ありがとうございます。

 あいちゃんの新作フィギュアは一体いつになったら発売されるのでしょうか……



暁闇-其之参

 

 ここ……は…………? 

 

 

 目を覚ますと白い天井、無機質な照明器具が目に入った。身体全体に伝わる感触はふかふかではないが、そこそこに柔らかさを感じる。

 

 

「大丈夫?」

 

 

 一体何が? と考えていると、知っている女性の声が耳に届いた。聞こえてきた方に目を向けると、担任の神代先生が優しげな笑みを浮かべて私を見つめていた。

 

 

「私……」

 

 

 確か、メールで呼び出されて、更衣室に入って、それで閉じ込められそうになって……

 

 

「更衣室で悲鳴が聞こえたから、飛び込んでみたらあなたが。無事で良かった」

 

 

 先生が、私を助けてくれた? 

 

 この前は、心配してくれた先生に『できないこと言わないでください』って言って拒絶したのに……

 

 私を見つけてくれた嬉しさと、以前先生にキツく当たってしまったことへの罪悪感が同時に押し寄せてきた。

 

 

 ────────待って。確かあの時、意識が消えかける寸前、薄ぼんやりと男の子が見えたような……

 

 

「あの……」

 

「ん? なあに?」

 

「先生の他に、誰かいませんでしたか……? 男の子、だったような……」

 

 

 そう尋ねると、先生の目の色が変わったような気がした。ほんの一瞬、まばたきする程度で今は特に様子はおかしくないから気の所為かもしれない。

 

 

「……そうね。言い忘れていた訳じゃないんだけど、私が駆け付けるより少し早く烏鷹君が飛び込んだのよ」

 

 

 神代先生曰く、物凄い速さで躊躇することなく女子更衣室に入ったと。先生は、烏鷹くんがびしょ濡れの私を背負って、更衣室から出ようとしたところで彼と鉢合わせて、一緒に保健室まで私を運んだらしい。

 

 

「女子更衣室に男の子が突撃したのにも驚いたけど、それ以上にあなたを背負って出てきたのは本当ビックリした〜」

 

「……やっぱり、烏鷹君だったんだ」

 

「ついさっきも彼、あなたの心配をして来ていたのよ? カッコイイわねぇ、まるでヒーロー。次会ったらお礼言わないとね」

 

 

 ニコニコと、まるで世間話をするように話す先生を見て、私の目は自然と涙で潤んだ。恥ずかしくなって掛け布団で顔を覆ったけど、声までは隠せなくて長い間啜り泣いてしまった。

 

 先生はその間も『どうしたの? どこか痛い?』と、気を使いながらも踏み込み過ぎない態度で声をかけ続けてくれた。先生なりの気遣いは、私の張り詰めていた心をやさしく解きほぐしてくれるようだった。

 

 日が傾きかけ、空が茜色に染まった頃。私は保健室を退出した。結局、5限と6限は休んでしまったけど先生が上手いこと取り計らってくれたらしい。

 

 

「綺麗に咲いているだろう? 花は頑張り屋なんだなぁ。雨に晒されようが、お日様が照りつけようがちゃあんと咲く」

 

 

 学校の花壇に咲いているお花を見ていると、用務員のお爺さんに話しかけられた。優しくて気の良い人柄が人気ならしく、休み時間に女子生徒に話しかけられているのを見た事がある。

 

 

「……見ていてくれる人がいるからね」

 

「……え?」

 

「ちゃんと見ていてくれる人がいるから……だから、頑張れるっ」

 

「……なるほど、お前さんは頑張れるのかい?」

 

「うんっ、今はもう大丈夫」

 

「…………そうか」

 

 

 嫌がらせを受けていても、クラスメイトは誰も気にかけてくれなかった。両親にはこれ以上迷惑をかけたくなかったから話せなかった。誰も、私の味方はいないと思っていた。

 

 でも今は違う。こんな闇の中でも、私のことを見てくれる人はいた。

 

 一人は神代先生。私のことを気にかけてくれて、私の声が届いて、駆けつけてくれた人。暖かな日常の延長のように話してくれて、心を穏やかにしてくれる人。

 

 もう一人は転校生の烏鷹君。たまたま隣の席になっただけの、私とは関係の無い人だと思ってた。

 

 でも違った。ペンケースに毛虫を入れられたあの時、みんなが汚い物を見るような目でこちらを伺っていた中、彼だけは手を差し伸べてくれた。そして今日、暗いシャワールームに閉じ込められた時、私の悲鳴を誰よりも早く聞きつけ、助けてくれた。

 

 2人にお礼をしないと。2人が見ていてくれているだけで、私はこれからもやって行ける。だから、その感謝を伝えなくちゃ。

 

 先生が着けてくれた絆創膏を見ながら、私は微笑んだ。

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「これで良かったのか?」

 

 

 恩田麻紀が立ち去った後、花壇でそう尋ねるのは用務員の姿をした輪入道。相手は、物陰から現れた大天狗。

 

 

「…………」

 

「このまま放っとけば、確実に依存するぜ? しかもその相手と来たら、一方は妖怪変化。もう一方は……」

 

「あの子をいじめている、張本人だもんねぇ……」

 

 

 これまで彼女に行われていた陰湿な嫌がらせの主犯格、それは恩田麻紀が信頼を寄せた他でもない担任の神代瑛子だった。

 

 そして烏鷹周、大天狗は仕事が終わりとなればこの中学から一切の証跡を残さず消える身。

 

 一方はいじめの張本人、もう一方は本来交わることの無い妖。記憶を消せば良いという話ではない。続けて現れた一目連と骨女はそう言っているのだ。

 

 

「……分かっている、これは俺の感傷が招いた事態だ。あの子が最終的にどんな決断をするにしても、責任の一端は俺にある」

 

 

 彼とて半ば衝動的に動いてしまったということは理解している。暗い表情のままこの場から立ち去った。

 

 

「感傷か……お嬢、どうする?」

 

 

 いつの間にか隣に現れていた閻魔あいに輪入道は尋ねる。

 

 

「……今は、見守っていよう…………」

 

 

 遠のいていく大天狗の背中を見つめながら一言、あいは返事をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 翌日、私は烏鷹くんと先生へのお礼を持って家を出た。

 

 いつもと変わらない通学路、昨日までは一歩進む事に憂鬱な気分になったけど今は違う。足が軽い、目の前が明るい。

 

 やがて、曲がり角を曲がると目の前に烏鷹くんが歩いていた。ウェーブがかかった後髪と体格ですぐに判別できた。

 

 

 どうしよう……声、かけるべきかな? まさかこんな早くに会えるなんて思ってもいなかったから、心の準備ができていない。カバンに入れているお礼、渡せる機会は今か放課後しかない。学校に着いてからだと周りの目が気になるし、なら放課後に……いやいや、せっかく目の前にいるんだから、勇気を出さなきゃ。 

 

 

「あ、あの……!」

 

 

 思い切って声をかけてみたはいいけれど、思っていた以上にボリュームが出なかった。聞こえないかな……と一瞬頭に過ぎるもそれは杞憂に終わった。

 

 目の前の彼は立ち止まり、こちらへ振り返った。

 

 

「あ、恩田さんじゃん。おはよう」

 

「あ……お、おはよう…………」

 

 

 彼はまるで昨日は何も無かったかのような、普段と変わらない笑みを浮かべていた。

 

 対する私はつい緊張してどもってしまった。

 

 

「俺がこっち来て2日目の朝以来じゃない? こうやって通学路で会うのはさ」

 

「そ、その時は……なんて言ったらいいか…………」

 

 

 肩を並べて一緒に登校する。学校に向かう道を歩きながら、取り留めのない会話が広げられた。昨日見たドラマが面白かったとか、最近話題のアーティストがどうとか。

 

 驚いたのは、最初の挨拶以外全く緊張せずに受け答えができたということ。男子と歩きながら会話なんて初めてなのに。不思議な力でも使っているのかと思うほどだった。

 

 

「────で、この前オリコン1位取った琴野麻美のかりどめって曲がさぁ」

 

「あ、あのっ」

 

 

 そろそろ学校も近くなって、人が多くなる頃。だから、一旦立ち止まって私にとっての本題に入る。彼の話を遮ってしまって悪いとは思うけど。

 

 

「ん? どしたの?」

 

「えっと……昨日の事、なんだけど…………まだお礼してないなって……」

 

「……お礼なんていいって。アレは俺が勝手にやったことなんだし。むしろゴメン、倒れていたとはいえ背負ったりして」

 

 

 彼は申し訳なさそうな表情をしながら謝罪してきた。そんな事、気にするわけないのに。

 

 

「べ、別に良いよ……でも、なんで助けてくれたの?」

 

 

 気になる。何故、私なんかに二度も手を差し伸べてくれたのか。皆が私から目を逸らす中、何故彼は助けてくれたのか。理由を尋ねると、烏鷹くんは真剣な眼差しで理由を口にした。

 

 

「…………あの時、恩田さんの悲鳴が聞こえた。『開けて』って。なのに聞かなかったふりなんて、その……えーっと、何か違うだろ?」

 

「────────」

 

 

 彼が私を助けてくれた理由。それはあまりにも単純で、曖昧だった。理由にすらならない、身体が勝手に動いていた。そんな所なのだろう。

 

 でも、そんな単純で曖昧な理由であんな行動を取れる人は一体どのくらいいるんだろう。きっとこの人は、似たような理由で色んな人を助けているんだろうな。

 

 私にはできない。でも、そうなってみたい。そんな風に思わせる何かが、彼にはあった。

 

 だからこそ私は、彼にお礼を伝える。手提げカバンを空け、その中にあるピンク色の小さな紙バッグを取り出す。

 

 

「こ、これ! お礼! 昨日、作ったの! 美味しかったから……だから…………」

 

 

 勇気を出して、彼に差し出す。男の子に物をあげるなんて初めてだから、しどろもどろになりながらも何とか渡そうとする。

 

 彼はポカンとするもすぐに笑顔を浮かべ、紙バッグを受け取ってくれた。

 

 

「ありがとう。何が入ってるの?」

 

「ク、クッキー……」

 

「へぇ……あ、ほんとだ。食べてもいい?」

 

 

 その問いに頷くと、彼は早速一つ口に放り込んだ。サクサクと、小気味良い音が聞こえる。口に、合うかな……? 

 

 

「……うん、すごく美味しいよ! お菓子作り得意なの?」

 

「良かった……いやっ、そういう訳じゃないんだけど…………どんなお礼なら良いかなって思って、それで……」

 

「なるほどね。いやほんと美味しい、ありがとね。残りは大事に食べるよ」

 

 

 そう言って烏鷹君は丁寧に紙バッグを折りたたんで、カバンにしまった。

 

 渡す時はドキドキしたけど、成功……で良いのかな? うん、これなら先生にも渡せそう。

 

 その後も烏鷹君と話しながら学校に向かっていたけど、人が増えてきた。だから、ここで離れないと。

 

 

「あのっ、先行くね。ほら、並んで歩いているところ見られたら、烏鷹君も何されるか分からないから……」

 

 

 名残惜しい気持ちはある。でも、彼と話しているところを見られたら、烏鷹君が標的にされるかもしれない。それは嫌。

 

 

「そっか……分かった。でも、いつでも話しかけてくれて良いからね。俺は味方だから」

 

 

『味方』

 

 

 口元が緩みそうになる。嬉しくて、涙が出そうになる。

 

 でも我慢する。心配かけたくないから。

 

 

「────うんっ」

 

 

 そして私は一人足早に一学校へ向かった。

 

 

「…………」

 

 

 校門に着いた。靴箱を開くと、今日も汚された上履きには大量の画鋲が入っていた。思わず息を呑んでしまう。

 

 

「……大丈夫」

 

 

 そう、大丈夫。私を見てくれている人はいる。だから、これくらい……

 

 

 画鋲を取り除いて、上履きに履き替える。教室に向かっていると背後から声をかけられた。

 

 

「恩田さん」

 

「……中瀬さん」

 

 

 振り返ると、同じクラスの中瀬ひとみさんが浮かない表情をしていた。どうしたんだろう。

 

 

「ちょっと、一緒に来てくれる?」

 

 

 中瀬さんの後を着いて行くとそこは理科準備室だった。

 

 

「神代先生に何か頼まれたの……?」

 

「こっそり借りてきたのよ」

 

 今日の一時限目は理科じゃなかったと思うけど……そんな考えを他所に、中瀬さんは私からの問いを暗に否定した。

 

 勝手に入ったら怒られる。そう言って止めようとするもお構い無しに準備室に入ってしまったので、私も釣られて足を踏み入れた。

 

 中瀬さんはじっと私を見てきた。真剣な眼差しで、それでいてためらいを感じさせるものだった。だがそれも束の間、私の手を取り、布で隠された何かの手前まで引っ張った。

 

 

「……見つけたの」

 

「え?」

 

 

 さっきから話についていけない。見つけたって、何を? 彼女は私に何を言いたいの? 

 

 困惑している私を他所に、中瀬さんは目を逸らしながら布を剥ぎ取った。

 

 

「────────!?」

 

 

 それは、飼育箱だった。たくさんの草が生えていて、そこには私のペンケースに入っていた毛虫が何匹も蠢いていた。

 

 

「こ、これ……」

 

「……アタシ、見ちゃったのよ。あなたの筆箱に入れている所、神代先生が」

 

 

 唐突に突きつけられた真実。中瀬さんが今も何かを言っているみたいだけど、頭に入ってこない。全身の力が抜けるような感覚。頭がグラグラして、目の前が歪んできた。

 

 

「嘘…………」

 

 

 そんなわけない、先生は私を助けに来てくれた。私に微笑みを向けてくれた。だからそんなことするわけが無い。私を見てくれている人なんだから。そう目の前のおぞましい飼育箱に向けて私は心の中で反論するが、あまりにも空虚だった。

 

 思わず後退ると、踵で床に垂れていた布を踏んづけてしまった。それにより布はずり落ち、被せられていたものが露になった。

 

 

 

「!?」

 

 

 傷だらけのマネキンだった。その顔に見覚えがある。あの時、シャワールームに置いてあったマネキン。

 

 学校規定のカーディガンを着ているけど服はボロボロ、身体は傷だらけ。そして、マネキンの中指には絆創膏が貼ってあった。私と同じ右手に、同じ絆創膏が。

 

 気持ち悪い、理解できない。何も考えられなくなって、私は理科準備室から逃げるように出て行った。

 

 

 気がつくと、家に帰っていた。お母さんもお父さんも仕事でいない。一人ぼっち。また、一人ぼっち。

 

 私は着替えもせず布団を被って泣いた。しばらくして、いつの間にか寝てしまっていたことに気づくと、時刻は午後の2時を回っていた。悲しくて、辛くて、怖いのに、こんな時でもお腹は空く。リビングに出て、何か食べるものを探す。

 

 電子レンジが目に映った。昨日、ここでクッキーを作ったんだった。私を助けてくれたお礼にと。

 

 保健室で顔を合わせたあの時、どんな想いで先生は私と話していたんだろう。どんな表情をして、私のペンケースに毛虫を入れたんだろう。考えてしまう。

 

 食欲はなくなり、部屋に戻って再び布団を被った。

 

 

 そして、その夜。0:00丁度に、私はアクセスをした。

 

 

 地獄通信。

 

 

 悩んでいた、誰を怨めば良いのかと。あの2列目3番の木下くんか、5列目先頭の山岡さんか、それとも……と。でも、もう終わり。流さなきゃいけない人は分かった。

 

『神代瑛子』と、迷いもせず入力フォームに名前を打ち込み、送信ボタンをクリック。

 

 しかし、何も起こらない。バクバクという音は聞こえるけど、それは私の心臓の鼓動。なにも変わった様子はない。

 

 

 ただの、都市伝説か……

 

 

 

 

 

「────呼んだ?」

 

 

 

 

 

 突然、背後から女の子の声がした。振り返ると、目の前は夕暮れ時の草原が広がっていた。近くには大きな木が1本生えていて、その向こうには湖と山々が見える。いつの間にか、別の所に来ていた。

 

 

「え? ……えっ!?」

 

 

 目の前には黒いセーラー服を着た、同い年くらいの美人な女の子がいる。その子は静かに私を見つめてくる。目が赤くて長い黒髪。息を飲んでしまう程に美しくて、こんなに綺麗な人はテレビでも見た事なかった。

 

 間違いない。この子は、

 

 

「地獄……少女…………」

 

 

 都市伝説は、本当だった。

 

 

「……骨女」

 

「はいよ、お嬢」

 

 

 呆然としている私を他所に、地獄少女はいつの間にか木のそばに立っていたお姉さんに声をかけた。その人は返事をするとすぐに赤い帯締めを首に巻き付けて消えた。そう思ったら、地獄少女の手元に赤い藁人形が現れた。

 

 

「……受け取りなさい」

 

 

 地獄少女は、その藁人形を差し出してきた。

 

 

「……あなたが本当に怨みを晴らしたいと思うなら、その赤い糸を解けば良い…………糸を解けば、私と正式に契約を交わしたことになる……怨みの相手は、速やかに地獄へ流されるわ…………」

 

「……地獄?」

 

 

 これを解いたら、先生を地獄に……

 

 

「……ただし」

 

 

 無意識に糸を解こうとすると待ったをかけられ、我に返る。

 

 

「……怨みを晴らしたら、あなた自身にも代償を支払ってもらう…………『人を呪わば穴二つ』。契約を交わしたら、あなたの魂も地獄に落ちる…………死んだ後の話だけど」

 

 

 人を、呪わば……? 私も地獄に…………? そんな、そんなの……

 

 

「────どうして私まで地獄へ行かなくちゃいけないの!? 悪いのは向こうなのに! だからお願いしているのにっ! 

 おかしい! おかしいよそんなの!!」

 

 

 ずっと溜まっていた鬱憤が爆発した。新学期早々に見えない誰かからのイジメが始まって友達の一人も作れず消耗していく毎日。周囲からは腫れ物扱いで嫌な目線をずっと浴びてきた。持ち物は汚され、ボロボロにされ、捨てられ、ペンケースには毛虫を入れられて、挙げ句この前はシャワールームに閉じ込められた。

 

 それの復讐をしたらしたで、私も地獄に行く? ふざけないでよ。私はただ、普通の生活に戻りたいだけなのに。なんでその代償が、地獄に行くことなの? 

 

 

「……やめる? それなら人形を返して」

 

 

 そんな私とは対照的に、地獄少女は変わらず静かだった。私がこうして怒っていても、彼女は一切表情を変えず藁人形を返すように促してきた。ヒートアップしていた私の頭は次第に冷めていった。

 

 

「……ごめんなさい、考えてみます」

 

 

 返事をすると、いつの間にか暗い自室に戻っていた。地獄少女の姿は無く、周囲は夕暮れ時の草原ではない。まるで、さっきまでの出来事全ては夢だったんじゃないか。そう思わせるくらいには実感が無かった。

 

 だけど、渡された赤い藁人形を私は握りしめていた。

 

 

「どうしたら、良いんだろ……」

 

 

 憎い、やさしい微笑みを浮かべながら私を騙していたあの先生が憎い。でも、地獄に流したら私もいずれ地獄に落ちる。悪いこと、していないのに。

 

 死んだ後って言っていた。でも、それはいつ? おばあちゃんになってから地獄に行くの? それとも、糸を解いた次の日とかで、車に跳ねられたりとかで地獄に行くの? 

 

 怖い、怖いよ。分かんないよ。どうすれば良いの? 誰か、助けてよ。

 

 

 

 

 

 ────────俺は味方だから

 

 

 

 

 

 彼の声が聞こえた気がした。

 

 

 忘れていた…………私を助けてくれた人はもう一人いたんだ。先生と話す時間の方が長くて、泣いてるところを見られたりして、裏切られたショックが大きかったから、今まで思い出せなかった。

 

 彼なら、もしかしたら助けてくれるかもしれない。

 

 

「……明日、烏鷹くんに話そう…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ⛩

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「残念だったな、大天狗」

 

「……いずれはこうなると思っていたさ。仕方ないよ」

 

 

 俺は一目連と輪入道と共に恩田麻紀の家の屋根でお嬢とのやり取りを投影によるスクリーン越しで視ていた。声こそ聞こえないが、口の動きから2人が何を言っているのかはだいたい分かる。

 

 

『悪いのは向こうなのに』、か。

 

 

 数年前に見た記憶が脳裏に過ぎる。

 

 白装束を着たお嬢が迫害され、生贄にされ、両親共々殺された怨念を胸に村中を焼き尽くす光景が。

 

 

「────ッ」

 

「……おい。大丈夫か?」

 

「……いや、ちょっと頭痛がしただけだ」

 

「…………無理すんなよ」

 

 

 2人のほどよい気遣いが今は有難かった。

 

 

「……引き上げよっか」

 

「そうだな」

 

「おう……いや、ちょっと待て」

 

 

 夕暮れの里に戻ろうとしたら引き止められた。見ると、一目連は千里眼の使用に集中していた。

 

 

「どうしたの?」

 

「…………あの子、お前と話したいとさ」

 

 

 一目連は恩田麻紀が零した独り言を聞き取ったようだ。

 

 

「それは……」

 

「まあ、話すくらいなら問題ねぇだろ。だが、分かってるとは思うが……」

 

「大丈夫、止めようとしたりなんかはしないよ。……ありがとね」

 

 

 仮契約となった状況だが、接触が禁じられるわけではない。だが、昨日のように大きなアクションはあまり取れなくなる。

 

 しかし、少し話すだけならそこまで問題は無い。本当なら、後はことの成り行きを見守るだけにしようと思ったが、あの子が望んでいるというのなら応えない訳にもいかないだろう。

 

 明日に向けて、俺たちはこの場から姿を消した。

 





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