閻魔あいちゃんの笑顔が見たい   作:アラウンドブルー

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 UA数40000超!いつも拙作をご愛好くださり誠にありがとうございます。

 今回で二籠第1話【闇の中の少女】は完結となります。



暁闇-其之肆

 

 昨日は眠れなかった。

 

 一日に2回も寝てしまったというのもあるけど、いじめの犯人が先生だったということ、地獄通信は使ったら私も地獄に行かなければいけないという事実が頭から離れなかったからだ。

 

 それらに加え、烏鷹君に話をすると決めたはいいものの、どうやって話そうか悩んでいたらあっという間に時間が過ぎた。結局、数時間しか寝れていない。

 

 

 そして、私は昨日と同じ時間に家を出た。今日も彼に会えると信じて。だけど、会ったとして何を話せばいいのか結局まとめきれていない。

 

 昨日とは打って変わり、学校が着々と近付いているという事実に胸が締め付けられるような苦しさを感じていた。

 

 やがて丁字路を曲がったが、目の前に烏鷹くんはいなかった。

 

 

「────────」

 

 

 息が詰まった。でも、しょうがないのかもしれない。毎日必ず同じ時間に登校するとは限らない。少し早かったり、遅かったりするのは当然。

 

 

 でも、残念だったな……

 

 

 失意の中、再び歩き始めようとすると背後から声をかけられた。

 

 

「おはよっ、恩田さん」

 

 

 振り返ると、そこには烏鷹君がいた。

 

 

「あっ……おは、よう」

 

「昨日は心配したよ。HR始まっても来なかったんだからさ」

 

「うん……ちょっと、ね…………」

 

 

 彼と肩を並べて歩き始める。

 

 せっかく会えたのに、いざ直面するとどうしたら良いか分からない。

 

 どうしよう、なんて切り出そう。こうして歩いている間にも学校は近づいている。

 

 

「……何かあるなら、聞くよ」

 

「……!」

 

 

 思い悩んでいるのは筒抜けだったみたい。少し緊張するけど、昨日決めたんだ。勇気を出して、話を聞いてもらおう。

 

 

「あのね……」

 

 

 そして、私と烏鷹くんは公園のベンチに座っていた。というのも学校では話しづらく、かと言って登校中に話せる内容でもなかったから、どうしようかと悩んでいたら彼から提案があったからだ。昨日サボったのに今日も遅刻になるのは不味いんじゃないかって思ったけど、

 

 

『1日2日のサボりくらい問題ないって』

 

 

 と、あっけらかんに言う烏鷹くんは意外だった。学校では常に明るく色んな人と関わっている一方で、制服の着こなしや授業態度は真面目そのものだから。

 

 私はそんな彼の言葉に乗った。そうだよね、あんな目に遭ってるのに律儀に登校するなんて馬鹿らしいよね。

 

 

「────で、俺に話したいことって?」

 

「あっ、えっと……」

 

 

 ベンチに座り、一息ついたところで彼から切り出された。いざ相談しようとなると何から言えばいいか分からなくなる。

 

 

「焦んなくて良いよ。時間はいっぱいあるんだから、ゆっくり話していきなよ」

 

 

 私が言い淀んでいると彼は嫌な顔一つせずフォローしてくれた。そんな姿を見て、何か言わなくちゃという焦りと緊張感は段々鎮まっていった。

 

 しばらくして、

 

 

「あの……地獄通信って知ってる?」

 

「……うん、名前くらいは。都市伝説だっけ」

 

「そう、それ。私、昨日の夜アクセスしたの。そして会った、地獄少女に」

 

 

 話していく。誰の名前を書いたのか。何故書いたのか。私のことを心配していたはずの神代先生。実はいじめの犯人だったということを。毛虫を入れたのも、シャワールームに閉じ込めたのも全て先生だった。

 

 地獄少女は藁人形をくれた。それを彼に見せる。この糸を解けばあの先生は地獄に落ちるということを伝える。

 

 しかし、代償として自分も死後地獄に行かなければならない。糸を解けば元の生活に戻れるのに、死後永遠に苦しみ続けることが決まってしまう。

 

 

「────これが、聞いて欲しかったこと」

 

 

 一通り言い終わると、沈黙が流れる。正直、作り話のような話だとは思う。地獄少女に会ったこと、藁人形の糸を解くだけで人が地獄に落ちること。

 

 それでも彼は一切笑うことなく真剣に聞いてくれていた。

 

 

「……なるほどね。ありがとう、俺に相談してくれて」

 

 

 しばらくして静寂が破られたが、彼の口から出た言葉は予想外だった。

 

『ありがとう』。普通ならそれは私の台詞だ。聞いた側の烏鷹くんから出る言葉ではない。なのに『ありがとう』。彼がどんな人なのか垣間見えた気がする。

 

 

「それで、恩田さんはどうしたいの?」

 

「……分からない」

 

 

 続けて来たのは当然の疑問。私が話したのは藁人形を受け取ったということまでだから、その後はまだ決められていない。

 

 

「糸を解きたいよ……慣れたフリなんてしてたけど、そんなの強がりだった。ずっと苦しくて、悲しかった。犯人が分かったら地獄に送ってやりたいってずっと思ってた。心配しているフリして、裏では私を虐めてほくそ笑んでいるあの先生、許せないよ……今すぐにでも、地獄に送ってやりたい!」

 

「……うん」

 

「でも、解いたら私も地獄に落ちる……今が地獄だから抜け出したいのに、なんで私まで地獄に行かなきゃいけないの……? ねぇ、どうしたら良いの? 私は、どうすれば良いの?」

 

 

 糸を解くか、解かないか。どっちに転んでも待っているのは地獄。受け取ってから今に至るまでずっと考えていたけど、答えは出せていない。

 

 私には、どうすれば良いのか分からなくて、彼に縋り付くしかなかった。

 

 

「……恩田さん。それは、君が決めることだよ。誰に強制されるでも、流されるわけでもなく、自分自身で決めなければいけない」

 

「……そんなこと、分かってるよ…………」

 

 

 返答は慰めの言葉でも、知りたかった答えでもなかった。

 

 分かってる。自分で決めなければいけないってことは。それでも彼なら正しい答えを教えてくれると思った。期待してた言葉が聞けなくて、ついイジけた様な返事をしてしまう。

 

 

「だけど、道はその2つだけじゃない」

 

「────え?」

 

「恩田さんは凄いよ。あんな目に遭っているのに毎日学校に通って、藁人形の糸を解くか解かないかで悩んでいる……目の前の地獄に立ち向かおうとして、ずっと戦っている。俺には真似できない」

 

 

 烏鷹くんは真っ直ぐな瞳を向けて、私に語りかけてくる。今まで凄いなんて、言われたことがなかった。そんなわけないのに、ただ我慢して声をあげる勇気が無かっただけなのに。

 

 

「けど、立ち向かうだけが人生じゃないでしょ?」

 

「!」

 

「逃げ出して、全く違う方向に進んだっていい。道は前だけじゃなく後ろにだって広がっている。選択肢はいくつもあるよ」

 

 

 いつの間にか視野が狭くなっていたということに、たった今気付かされた。私はどうしても糸を解くか解かないか、その二択しか考えられていなかった。なんで気づけなかったんだろう。きっと、怨みに感情を支配されていたからだと思う。

 

 

「でも……決められないよ。そんなたくさんあったら、どれが正しいのか、分からない……」

 

「大丈夫、恩田さんなら決められる。だって、昨日クッキーくれたでしょ?」

 

「へ?」

 

 

 なんで、そこでクッキー? 

 

 

「助けてくれたお礼にと、異性である俺に渡そうと決断して実行した。自作なら尚更、手間もそうだし、色んな葛藤があったんじゃない?」

 

「それは……でも、そんなことで…………」

 

「そして今、俺とこうやって話している」

 

「────────!!」

 

「信じていた人に裏切られたのに、地獄通信なんて荒唐無稽な話を学校サボって俺に話している。こんなこと、強い勇気がないとできないでしょ」

 

 

『あ、もちろん信じているからね』、と烏鷹くんは慌てた様子で弁明した。

 

 

「……だから、選べるよ。時間がかかっても、恩田さんなら納得のいく道を決められる」

 

 

 自信に満ちた、凛とした眼差しで烏鷹くんはハッキリと断言した。

 

 

 ────初めて彼を見た時から思っていた。この人は何か違うと。普通の人とは違う何かがあると感じていた。だから、私なんかじゃまず関わることのできない、遠い存在だと思った。

 

 でも違った。助けてくれて、私を見てくれる。無条件ではなく根拠に基づいて『私になら決められる』と信じてくれて、後押ししてくれる。遠いようで近い、不思議な感覚。

 

 彼の言葉は勇気が湧いてくる。闇が晴れていくような、そんな気分。

 

 

「……うん。ありがとう、烏鷹くん。私、考えてみる」

 

「ああ、頑張れよ……あー、もう1限始まってるね」

 

 

 公園の時計を見ると、時間はいつの間にか9時を過ぎていた。

 

 

「……恩田さん、まだ色々整理ついてないんじゃない? 学校には適当に話通しておくから、今日も休んで考える時間とっちゃいなよ」

 

「────────」

 

 

 ペンケースに毛虫を入れられたあの日も、彼はそう言って私を庇ってくれた。あの時と似ている。少し呆けてしまったが、すぐに気を取り直す。

 

 

「……うんっ。話聞いてくれてありがとう、烏鷹くん」

 

 

 あの時とは違い、今度はちゃんと目を合わせてしっかりお礼の言葉を伝える。そして私は家に走り去った。

 

 

 

 

 

 ────────闇の中にいた私を見つけて、助けてくれた。袋小路に陥っていると錯覚していた私に、まだ道はあると指し示し、歩き出す勇気をくれた。

 

 思えば、私は誰かが何かをしてくれることを期待しすぎていたのかもしれない。助けてくれる、教えてくれる、と。でも、それは今日でおしまい。彼は信じてくれた、私自身の力で道を選べると。

 

 自室で赤い藁人形を見る。首に付いた赤い糸を解けば、あの先生を地獄に送れる。

 

 瞬間、私がこれまで受けた仕打ちがフラッシュバックする。思わず糸を摘み、解こうとしてしまうが続けてさっきまで会っていた彼の顔が浮かび上がる。

 

 きっと、糸を解くという選択をしても彼は私を肯定してくれるだろう。でも、そうしたら私は死んだら地獄に行く。彼は? 烏鷹君なら、きっと天国に行けるんだろうな。

 

 死んだらもう会えなくなるのは、嫌だな……

 

 

 ────────答えは決まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「…………」

 

 

 公園から走り去って行く彼女を、俺はベンチに座りながら見送った。

 

 やりすぎ……ではないよな。結局、この先を決めるのは彼女次第だ。俺はただ、道は糸を解くか解かないかの2つ以外もあるということを示しただけ。もしあの時こうしていれば、ああしていればと、後になって他にも選択肢があったことに気づき悔やんでもそれは後の祭り。なんて、あんまりじゃないか。

 

 

「クフフッ♪」

 

 

 彼女のことに想いを馳せていると、隣から鈴のような声が響いた。いつの間にと顔を横へ向けると、そこには小さな女の子が座っていた。

 

 ツバ広帽子、ピンクのパフスリーブブラウス、サスペンダー付きのスカートを身につけている。大きな藍色の目をしていて、恐らく以前会ったつぐみちゃんと同い年かそれより下だ。

 

 

「……君は?」

 

「フフッ、変なのー! ピカピカでおっきいのに、やってる事はつまんなーい!」

 

 

 俺の質問に対して女の子は要領を得ない回答を返してきた。ピカピカ? 大きい? 何を言いたいのか全く意味がわからない。女の子の発言を考えていると、当の本人はベンチから立ち上がりそそくさと公園から出て行ってしまった。

 

 

「……なんだったんだ、今の」

 

 

 小一か幼稚園児とかだよな、あの子。こんな時間から親もいないで外ふらついているとか、もう終わりだよこの国。いや、地獄通信なんていうヤバいシステムがあるから終わってるのは世界か。何だかんだ言って前の世界はまだマシだった……? 

 

 

 

 

 

 それからしばらくして、契約は破棄された。糸を解くわけでもなく、あのまま同じ学校に通うという選択でもない別の道を選ぶそうだ。

 

()()()()()()()()()()、選択肢はたくさんあると気がつけたからだそうだ。彼女は勇気を出して親に相談して、今の学校を去った。

 

 

「……寂しい?」

 

「そりゃあね……ほんの一時とはいえ仲良くなれたんだから、忘れられるのはやっぱり、ね」

 

「…………そうね」

 

 

 夕暮れの里に戻り、お嬢と縁側に座って永遠に沈まぬ落陽を眺めながら言葉を交わす。

 

 恩田麻紀は地獄通信と関わりがなくなり、自らの進むべき道を決めた。だから、これからの彼女に人ならざる俺の影響があってはいけないから【烏鷹周】に関する記憶を消して辻褄を合わせた。

 

 自分が招いた事態で、最終的にこうなる可能性があるとは分かっていたが、それでもやはり寂しいものは寂しい。

 

 

「……でも」

 

「ん?」

 

「あなたの想いは、あの子に残っている…………」

 

「────そっか。ありがとう、お嬢」

 

 

 端的ではあるが、お嬢の励ましの言葉はとても暖かった。

 

 2人でぼんやりと、ばあちゃんが回す糸車の音をBGMに夕日を眺めていると依頼が届いたことを知らせる通知音が鳴り響いた。

 

 

「……行くよ」

 

「了解」

 

 

 立ち上がり、次の依頼へ赴くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「あーあ、つまんないの。あの子ったら何も言わずに転校しちゃうなんて。今度の子はもう少し加減してジワジワと弱らせて、身動き取れないようにしないとなぁ」

 

 

 理科準備室でそう呟きながら、個人的な趣味で飼育している毛虫の世話をしているのは神代瑛子。恩田麻紀を心配しているフリして陰湿ないじめをしていた犯人だ。

 

 

「そ、それで……次は私に何させようって言うんですかっ」

 

 

 室内にはもう一人いた。恩田麻紀に犯人を教えた中瀬ひとみだ。彼女も恩田麻紀のいじめに加担していた……いや、そうせざるを得なかったといったところか。

 

 実の所、カーディガンをホチキス止めしたのも、ペンケースに毛虫を入れたのも、更衣室に恩田麻紀を呼び出したのも彼女だ。神代瑛子の指示で。しかし、犯人を伝えたのは罪の重さに耐えきれず、彼女の良心が傷んでのことだった。

 

 

「ふふっ、バラしちゃったのには別に怒ってないわよ? むしろ、次の日に備えて色々準備するの楽しかったし。まあ来なかったのは残念だったけど、これまで通りまた良さげな子を見つけるから、引き続き私と一緒に楽しみしょうよっ」

 

 

 平然と、楽しそうに瑛子は答える。それもそのはず、彼女はどんなアプローチをすれば人が傷つくのか、消耗していくのかを実験して観察するのが好きな人格破綻者。

 

 

「も、もう嫌よ! こんなの! なんで、どうして私なの!?」

 

「う〜ん、そこそこに真面目で良い子だから? そんな子にイジメの片棒を担がせるとどんな反応するか前々から見たかったのよねぇ。そもそも断ったら写真、バラ撒いちゃうわよ?」

 

「あんなの、盗撮じゃない! トイレに仕掛けるなんて! 犯罪よ!」

 

「そうよ? でも、だからなあに? こっちはいつでもバラまけるように準備してあるわ。私にもしもの事があったらあなたも道連れにできるようにね♪ だからダメよ? この前みたいに告げ口するのは。恩田さんが何も言わずに転校したから、今回だけは大目に見てあげるけどっ」

 

 

 まるで話の通じない彼女に中瀬ひとみは恐怖した。そして、その恐怖はある決断を下す引き金となった。

 

 

「もう、無理……耐えられない…………ごめんなさい、恩田さん……私のせいで…………だから、せめて!」

 

 

 自身を奮い立たせるように声を上げ、ポケットからあるものを取り出す。それは、純白の藁人形。

 

 

「なあに、それ? アッハハハ! そんなので私を呪おうって言うの? バカバカしい」

 

 

 真っ白ね、自分で塗ったの? と、半笑いで尋ねる。

 

 何をするかと思ったらこの時代に藁人形。呪術なんて非科学的、あまりの滑稽さに神代瑛子はつい笑ってしまった。

 

 

「お願い……地獄少女!」

 

 

 首元に結ばれた赤い糸を力いっぱい引っ張る。糸が解けると同時に、藁人形は宙に舞い上がり掻き消えた。

 

 

《怨み、聞き届けたり……》

 

 

 中瀬ひとみの目の前に、神代瑛子は既にいなかった。なんの予兆もなく、彼女はこの世から消え失せた。

 

 

「あっ……ああ…………これで、私は………………」

 

 

 泣いているようにも、笑っているようにも見える表情を浮かべながら彼女は床にへたり込んだ。

 

 第一ボタンを開けたワイシャツから見える胸元には確かに、地獄の刻印が刻まれていた。

 

 

 

 

「なによ、これ。どこよここ?」

 

 

 場面は変わり、神代瑛子はどこともつかない場所にいた。それもそのはず、ここは地獄のイリュージョン。物理法則は一切適用されない、冥界への入口。阿鼻叫喚の始まり。

 

 事態を把握出来ていない彼女はキョロキョロと辺りを見渡していると、突如として目の前に5人の男女が現れた。

 

 

「……それでは、理科の実験を始めましょう」

 

「「「「はい、先生」」」」

 

 

 豪華絢爛な振袖の上から白衣を着た閻魔あいが音頭を取り、背後に立つ輪入道、一目連、骨女、そして大天狗は声を揃えて返事をした。

 

 

「実験……? なんなの、アンタたち……ッ!」

 

 

 妙な息苦しさを感じるものの、それを無視して何が起こっているのか問い詰めようとすると、見えない壁にぶつかった。力が入らないようで、受け身も取れず神代瑛子は仰向けに倒れてしまった。

 

 

「なんなのよ……一体…………!」

 

 

 彼女は三角フラスコの中にいた。それも、ただのフラスコではなく気体発生装置の一部で集気瓶側だ。そのため、当然発生した気体を採取するために口はゴムで密閉されている。フラスコ内の酸素濃度は薄く、次第に彼女は頭痛を感じ始めた。

 

 

「おおっといけねぇ、頭痛がするらしい」

 

「酸素が足りないようですね……」

 

「可哀想に……」

 

「では作りましょう♪」

 

 

 活栓付き漏斗が取り付けられている三角フラスコ内に、急に二酸化マンガンが現れる。続けて、一目連が漏斗のコックを全開にすると、一気に多量の過酸化水素水が滴下された。

 

 それにより化学反応が起こり、酸欠に陥っている神代瑛子の元に新鮮な酸素が供給される────はずだった。

 

 

「こ……これ、は…………はや、く……ここか、ら…………出して………………」

 

 

 何故か先程よりも息苦しさが増し、喘ぎ苦しみ始めた。そんな様子を見た三藁は、

 

 

「おや、ちょっと待て。ありゃあ二酸化マンガンじゃねえぞ」

 

「あらほんと。これ石灰石じゃない」

 

「え? 注入しているのは希塩酸だったよ」

 

 

 わざとらしく、まるで今気づいたかのようなトーンで話始めた。一方の瑛子は凄まじい息苦しさと回らない頭で聞こえた単語から、実際は何が発生しているのか理解した。

 

 

「いけねぇ。二酸化炭素を作っちまったよ」

 

 

 あっけらかんと、笑いながら輪入道はそう言った。

 

 

「あーもう、これじゃあ実験になんないよ……先生! 試してみたい実験があります! やっていいですか?」

 

「……許可します。ただし、一人で成功させること」

 

 

 一方で、実験に参加せず見守っていた大天狗はあいに次の実験をする許可をとった。その内容は、先程までのはただの前座だと瑛子は思い知ることになる。

 

 

「えーっと、まずは硫化鉄を用意してと……」

 

 

 彼のつぶやきと同時に、装置内の二酸化マンガン、希塩酸、二酸化炭素は一瞬で消え、代わりに漏斗下に大量の硫化鉄が現れる。

 

 

「ちょ……まっ、テ…………そ、れハ………………」

 

 

 理科の教師である彼女は一瞬で何が作られるのか理解しゾッとした。ガンガンする頭痛を無視して実験を止めようとするが、その声は無情にも届かない。

 

 

「そしてうすい塩酸を……どのくらい入れればいいんだ? もういいや、ドバーッと行っちゃおう!」

 

 

 漏斗のコックを全開にして、硫化鉄の上に塩酸が滴る。すると化学反応により腐乱臭漂う硫化水素が大量に発生した。

 

 

「うっ……おげッ、ゴっ…………えァッ…………」

 

 

 硫化水素を直に吸い込んだ神代瑛子は、見るも無惨な姿に変わり果てた。くせっ毛の似合う美人な顔は青ざめ、さながらこの世の終わりかのように歪んでいる。目は充血し、口からは吐瀉物が垂れ流され、身体はろくに動かなくなっていた。

 

 

「合格でしょうか? 先生!」

 

「……ギリギリ及第点とします」

 

「えぇー、そんなぁ……あっ。大丈夫ですか、神代先生? 苦しくないですか?」

 

 

 そんな彼女を後目に茶番としか言えないやり取りを苦しみ悶える神代瑛子に見せつけた後、大天狗はさも心配しているかのような様子を彼女に向けた。

 

 

「ど、どジ……て、こン…………ぁ……ッ!」

 

 

 なぜ自分がこのような目に遭うのか分からない、なぜこんなことをするのか、彼女は未だ理解ができていない。

 

 

「面白いからさ」

 

「自分がやられたら嫌だと思うことをやると楽しいのよねぇ♪」

 

「でも俺は心配していますからね。だって可哀想じゃないですか」

 

 

 彼女の目の前に、4人が集まってくる。ニヤニヤと口元をゆがませながら、しかしその眼は路頭に転がる鼠の死骸を見るかのように冷ややかで、無慈悲だった。

 

 

「ふ……ざけ、なィ、で、ょ…………はゃ、グ……コ、こか…………ら、ダじ、ェ゛………………」

 

 

 全く呂律の回っていない口から出る言葉に応えるかのように、彼女を閉じ込めていたフラスコが割れる。

 

 助かった。そう思った矢先、目の前に豪華絢爛な花々があしらわれた、漆黒の着物を纏う閻魔あいが現れた。

 

 

「闇に惑いし哀れな影よ。人を傷つけ貶めて、罪に溺れし業の魂……」

 

 

 

 

 

「イ ッ ペ ン 、 死 ン デ ミ ル ?」

 

 

 

 

 

 美しくも残酷な花吹雪が、咎人を無間の闇へと誘った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ま、一件落着ってところかね……」

 

 

 閻魔あいとその従者たちは、敷地外から件の学校を眺めていた。

 

 

「一応な」

 

「どの道、あの教師は地獄に流される運命だったんだろうなぁ……」

 

 

 空は分厚い雲に覆われ、太陽は隠れている。その薄暗さは、糸を引く決断をした中瀬ひとみの心象を表しているかのよう。

 

 次第に、ポツポツと雨粒が落ちてきた。

 

 

「……降ってきた。さあ、行こう」

 

 

 輪入道の掛け声とともに、5人は歩き出した。もうここに用はない。もし再び来ることがあったとしたら、それは依頼があった時だけ。

 

 

「どうせなら、帰る前に何か食べてかない?」

 

 

 なんとも言えないムードを払拭するべく、大天狗が声を上げた。

 

 

「おっ、良いなそりゃ。お嬢、何食いたい?」

 

 

 一目連は素早く話に乗り、あいに振る。

 

 

「……焼肉」

 

 

 意外な答えに話を振った一目連も輪入道たちも目を丸くする。が、4人とも賛成のようで反対の声は上がらなかった。

 

 

「んじゃ、それで決定ってことで。確か、駅の近くに良い店があるって聞いたっけかな────」

 

 

 気持ちを切り替え、5人はこの場から去った。いつまでも引き摺っていても仕様がないということは分かっているため、そこそこに雑談をしながら一時の楽しみに向かうのだった。

 

 

 

 

 

「────────ウフフッ♪」

 

 

 遠く離れたところから5人を眺める双眸に気づく者は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ねえ麻紀、今から遊びに行かない?」

 

「あたしらもいるよ〜」

 

 

 転校してしばらくが経った。最初はクラスに馴染めるかドキドキしたけど、そんな心配は無用だった。すぐに友達はできたし、勉強もついていけている。

 

 

「うん、今行く!」

 

 

 声をかけてきた友達に明るく返事をする。前の私が見たら信じられないだろうけど、今はその振る舞いが自然とできるようになった。

 

 誰のおかげでもない……と思う。あの日、先生に怨みを晴らす訳でも無く、いじめに耐え忍ぶ訳でも無く、『逃げる』という第3の道を選び、地獄少女に藁人形を返す決断をしたのは他でもない自分。

 

 

 

 

 

 ────────でも、たまに夢を見る。闇の中にいる私を、誰かが引っ張りあげてくれる夢。

 

 

 

 

 

 その誰かは顔も名前も、どんな姿をしているのか想像もできない誰かなんだけど、私を優しく見守ってくれている人。心を温かくしてくれる人。そういう人に私もなりたいと思わせる人。

 

 会ったことも見た事もないし、居るかどうかも分からないけど、何となく分かるんだ。不思議だよね。

 

 いつか、どこかで会えるかな? その時が来るまで、私が歩く道の先で待っていてください…………

 

 

 なんてねっ

 

 

 荷物をまとめて、廊下で私を待っている友達の元へ向かうべく教室を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空は澄んでいた────────

 





 お読みいただきありがとうございました。

 オリ主くん関わりすぎじゃね?と思われるかもしれませんが、エピソードによっては実質一目連や骨女が原因で地獄流しが起こった事例もありましたので、まあこのくらいは良いかなと。

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