閻魔あいちゃんの笑顔が見たい   作:アラウンドブルー

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 KeHcheckeさん、ヒノカミさん、☆10ありがとうございます。

 駄馬さん、bauxite さん、☆9ありがとうございます。


 突然ですが、あいちゃんとイチャついている場面では地獄少女サントラの【満月】や【あいぞめ(piano version)】、【埋火】などを流して読むのをオススメします。

 今回で二籠第8話【偽地獄通信】は完結となります。



呼名-其之弐

 

「ああっ。そこっ、そこぉ……」

 

 

 ────薄暗い部屋に嬌声が響く。

 

 妙齢の女性は快感の喜びを隠そうともせず声を上げ、男は慣れた手つきで女の求める場所に触れる。

 

 

「ン〜……この辺? ここが、イイ?」

 

「んぅっ、あッ、あぁんっ……!」

 

 

 すると、女から一層とろけるような声が漏れ出る。まるで待ち望んでいたかのような、快楽に身を委ねるかのような声を室内に響き渡らせる。

 

 

「────────はいっ、これで完了っと」

 

「あ゛ッ、あ゛ぁ〜っ……! 効っくぅ〜…………!」

 

 

 ポンと、俺は湿布が数枚貼られている骨女の背中を軽く叩いた。

 

 R-18展開でも起こると思った? 残念! 骨女が変な声を出しているから脳内でそれっぽく実況していただけ。静かで穏やかなこの里でやらしいことが起きるわけないし起こさせません。

 

 ちなみに、俺の隣では暇しているきくりが湿布の匂いを嗅いで唸っている。何やってんだか。

 

 

「んっ、ん〜……あんがとさん…………」

 

「体育教師ってのも大変そうだなぁ……」

 

「そうなんだよぉ……ほんっと骨が折れるわ…………」

 

 

 輪入道が脱力した骨女の様子を見ながらつぶやいた。

 

 久賀中学に潜入して数週間、骨女は非常勤の体育教師として人気を博している一方、熱を入れすぎて筋肉痛になりご覧の有り様。シミ一つない綺麗な背中も、今や湿布で覆われてしまった。

 

 水泳の授業での無双はこのような形でフィードバックが来ているということだ。

 

 なお、実態は骨なのに筋肉はあるのか等と考えてはいけない。俺にだって謎なのだから。

 

 

「本当に折れたら大変だろ?」

 

 

 調査を終えて帰ってきた一目連が話に加わる。

 

 

「おう、どうだった?」

 

「案の定、あの娘の所にもメールが送られてきたぜ。地獄少女から……」

 

「やっぱり……」

 

「入力した名前は────」

 

「「「「馬場翔子」」」」

 

 

 ここしばらく調査をしていて分かったことは、馬場翔子によって指導された人物の元に地獄少女を名乗る何者かからメールが送られてくるということ。予想通り、昼休みの時間に会話した野々原郁恵の元にもメールが送られてきたというわけだ。

 

 しかし……ネットリテラシーがなっていないっていうか。普通、身に覚えのないアドレスからそんな怪しいメールが送られて来たのならば削除しないと。あまつさえ、リンクまで踏んでしまうとは。

 

 まあ、怨みが芽生えたタイミングで丁度良く地獄少女からメールが届くのだから、自分には地獄に流す資格があるとでも錯覚してしまうのも無理はない……のかもしれない。

 

 いや、やっぱ有り得ないわ。普通消すか見て見ぬふりするわ。

 

 

「はぁ……一体どういうつもりなんだろうねぇ、この偽の地獄通信を作った奴は…………」

 

「だが、あの娘は入力するだけで送信まではしなかったぜ」

 

「え?」

 

「どういうことだい?」

 

 

 一目連がこちらに顔を向けて、口角を上げた。

 

 

「最初は困惑しながらもほくそ笑んで、意気揚々と入力したんだがな。送信する直前で────────」

 

 

 彼の口から、野々原郁恵の様子が赤裸々に語り始められた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 深夜23時過ぎ、野々原郁恵は自室で髪を乾かしていた。自慢のふわふわな髪が痛まないようにケアをしっかりとして、ドライヤーをかけている。ファッション雑誌を開いて流行を追いつつも、大事な髪を丁寧に乾かし終えるとドライヤーのスイッチを切った。

 

 ちょうどその時、時刻は0:00となった。同時に付けっぱなしにしていたPCに、まるで見計らったかのように一通のメールが受信される。

 

 

「ん?」

 

 

 通知音に反応した野々原郁恵がPCを見ると、『その他』フォルダに通知バッジが表示されていた。件数は1。

 

 

「うん? なにこれ?」

 

 

 フォルダを開くと『あなたの恨み 晴らします』という件名で、差出人が『地獄少女』のメールが届いていた。

 

 

「ふーん……」

 

 

 地獄少女。昔から有名な都市伝説だ。当然彼女も知っているし人並みの好奇心もある。アイツを地獄に流したい、なんて話題で友人と盛り上がったこともある。

 

 メールを開封すると、あなたの恨みを晴らすという内容に、『ここをクリックして』というテキストリンクが綴られていた。

 

 何の気なしにそのリンクを踏むと、映し出されたのは濃紺のサイト。画面の四隅に鬼火のイラストが添えられていて、自分の名前と相手の名前を記入する入力フォームに送信ボタン、『きっと晴らしてみせましょう』というテキスト。

 

 そして、画面上部には『地獄少女』の文字。

 

 

「…………マジ?」

 

 

 どうせ詐欺サイトで変なメッセージが出るだけだろうと思っていた彼女だが、目の前に映っている画面は噂で聞いていた通りの地獄通信。

 

 思っていた以上に本物っぽく、少しの間呆然してしまった。無意識のうちに左手で髪を弄っていると、一つ良い考えが思い浮かび薄笑う。

 

 

「……フフッ♪ 化粧ババァめ、地獄に行けっ」

 

 

 躊躇いもなく自分の名前欄には【野々原郁恵】を入力する。相手の名前欄には自分の髪を傷つけようとしている【馬場翔子】を入力してカーソルを送信ボタンまで移動。クリックをしようとした瞬間、マウスを持つ手が止まる。

 

 

「………………」

 

 

 改めて、野々原郁恵は画面を眺める。しかし、見ているのは地獄通信ではなく黒い背景によって反射した自身の顔。

 

 おもむろに、自分の姿を見ながら腕を後ろに回し、髪を束ねてみる。

 

 

「……結構似合ってるじゃん」

 

 

 その姿勢のまま右に、左に顔を向けてどんな印象なのか確かめる。

 

 

 ────へぇ、こんな感じなんだ。確かに、こっちの方が顔もよく見えて…………

 

 

「っ!?」

 

 

 ハッと、今自身が何を考えていたのかに気づくと、髪を束ねていた腕を下ろし、忙しなく乱れた髪を手櫛で整える。画面に反射している、朱く染まった自分の顔に気付かないふりをして。

 

 息を整えてから、改めて相手の名前欄が入力された地獄通信の画面を見つめる。

 

 

「…………ふんっ、バカバカしいー。地獄なんてあるわけないし? やーめよっ」

 

 

 そう呟くと、彼女は右上の×ボタンを押して地獄通信を開いているウィンドウを閉じて、地獄少女からのメールを削除した。

 

 

「あっ、ヘアゴム探さなくちゃ」

 

 

 PCをシャットダウンして、席から立ち上がる。既に、野々原郁恵の頭の中に地獄通信のことは残っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「────て、感じ」

 

 

 一目連が語り終えた。

 

 

「へぇ〜。てっきり生意気な小娘かと思っていたけど、案外可愛いトコあるんだねっ」

 

 

 一目連に続いて骨女もこちらに顔を向けてきた。その口元は、これまた一目連同様にニヤついている。

 

 

「おめぇさん、性懲りも無くまぁた粉かけたってのか…………」

 

「やーいスケベー!」

 

「なっ、俺はスケベじゃありません! ただ、あの子の髪型が暑苦しかったからポニテにすれば? って感じに言っただけだよ。ていうか、『性懲りも無く』とか『また』とか言うな」

 

 

 輪入道もきくりも失敬な。まるでこの俺が女の子とあれば誰彼構わず引っ掛けようとする節操無しのように言いやがって。俺ほどピュアな心を持つ者はそういないっての。

 

 

「まあ、お前のそれは今に始まったことじゃねえから良いとして…………ん」

 

 

 いや良くねーよ、と言う間もなく一目連が顎で後ろを指してきた。振り向いてみると、先程まで地獄通信のパチモンを無心で眺めていたお嬢がこちらを見ていた。

 

 いつも通りの真顔……いや違う。よく見ると、眉を八の字にして小さく頬を膨らませている。

 

 

 ムスッとしていてかわいい。

 

 

 ではなく。ヤ、ヤバい。怒らせてしまったか? 

 

 …………いや、よくよく観察すると怒ってはいないようだ。頬を膨らませているのはあくまで怒っていますよアピールで、実際はちょっぴり不機嫌と言ったところだろうか。少なくとも、鷹をも超える俺の目にはそう映っている。

 

 だが、それが今のお嬢をスルーして良い理由にはならない。

 

 

「あっ、あのねお嬢……」

 

「なに?」

 

 

 圧が、圧がすごい。未だ俺の目は怒っていないと判断を下しているが、お嬢から放たれる圧力に今にも押しつぶされそうだ。

 

 

「あの子の事は、ええと……要するに…………」

 

「おいっ、周!」

 

 

 何とか弁明をするべく言葉を選んでいると、突然きくりが背後から声をかけてきた。

 

 

「ちょっと何!?」

 

「えいっ!」

 

 

 今はお嬢への弁解しか考えられないためきくりに構っている余裕は無い。だが、きくりはそんなこと関係ないと言わんばかりに俺の顔に何かを貼り付けてきた。

 

 

「んぐっ!? おっ、おあああああっ!?」

 

 

 瞬間、まるで鼻を抉り脳天を貫くかのような凄まじい刺激臭に襲われる。こ、これは…………! 

 

 

「どう? 反省した?」

 

「おおッ、おおおおぉぉぉぉ…………!」

 

 

 こ、こいつ……! 俺の鼻に湿布を貼り付けやがった。当の本人は変わらずなんも考えていなさそうな顔で俺を眺めている。ていうか、妙に粘着力が強いから剥がれない。

 

 

「きくり」

 

「ん?」

 

 

 あ、お嬢の声が聞こえる。どうかこのクソガキを叱ってください。

 

 

「……よくやったわ…………ふふっ」

 

「ニヒッ♪」

 

 

 しかし、続く台詞はまったくの予想外。お嬢はきくりに向かって少しぎこちなく親指を立てた後、くすりと笑った。

 

 

 

 

 

 ……まあ、良いか。

 

 いや良くないが。反省はしなければならないが、ともかくサムズアップお嬢なんて初めて見たし、こうして思わず笑うのも珍しい。

 

 既に不機嫌では無い様子だから、ここは新しいお嬢のかわいさが見れるきっかけを作ってくれたきくりに感謝するとしよう。

 

 その後、やたらと粘着力の高い湿布を何とか外して輪入道たちと情報共有を行った。もっとも、話の中身は端的に言うと犯人はまだ分かっていないって程度であるけれども。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 翌日、登校して上履きに履き替えていると校舎内が妙に騒がしかった。

 

 近くにいた生徒に尋ねてみると、なんでも地獄少女が深夜に現れたらしい。屋上にその証拠があるとの事で、俺も階段を駆け上がる。

 

 屋上には既に男女問わず、教師も含めて20人近くが集まっていて、皆の目線は1つに集中していた。

 

 屋上の金網に、ダンボールで強化された1枚の紙が貼り付けられていた。そこに書かれていた文は非常に悪趣味、かつ陰湿なもの。

 

 馬場翔子宛てで、『こんなにも多くの人があなたを恨んでいます』と偽の地獄通信に書き込んだ7名の名前が列挙されている。その中に野々原郁恵の名前は無いが、これは送信をしていないから挙げられなかったのだろう。

 

 最後は『自発的に地獄に流されることをお勧めします』と綴られ、『地獄少女』で締められている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ふざけた真似してくれるな

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 犯人が分かったら軽くコツく程度で勘弁してやろうと思っていたが、予定変更だ。最終的に記憶は消すにしても、深層心理にトラウマが残るレベルの凄まじい幻覚を五臓六腑に染み渡らせてやる。

 

 ただでさえあのパチモンにはムカついていたのに、こんな下衆な真似に地獄少女の名が使われるのには腸が煮えくり返る。

 

 これは地獄少女────閻魔あいの名を貶める行為だ。お嬢が悪質で低俗だと言わんばかりの、ふざけた行い。

 

 確かに、地獄少女の名を利用しているやつは他にもいるだろうよ。有名な都市伝説だから、色んな人間が好きなように使って囃し立てていることだろう。

 

 だが、今こうして俺の目に、こんな下劣極まりない行いが映っている以上、『だから仕方の無いこと』で済ませたりはしない。

 

 必ず後悔させてやる。身の毛もよだつ、おぞましい幻覚を味わわせてやる。

 

 如何にして犯人を調理してやろうか考えをめぐらせていると、不意に左手にひんやりとした感触が来た。

 

 

 突然の事で思考が止まる。

 

 

 

 

 

 思わず左に顔を向けると、お嬢がいた。

 

 

 

 

 目線はあの張り紙に向いているが、俺の手の甲を右手で包んでいた。

 

 意識が逸れたことにより、手の違和感にも気づく。どうやら、無意識の内に拳を握りしめていたようだ。力を込め過ぎたせいで、爪が手のひらを傷つけて血が滴っている。

 

 

 

 

 

 ────本当にダメだな、俺は。

 

 

 

 

 

 いつの間にか、お嬢のためじゃなく俺が気にいらないから動こうとしていた。きっと、お嬢はそれを察知して止めてくれたのだろう。

 

 生きている人間に、この世の者では無い俺が過剰に影響を与えるのは良くないことだ。そんなこと、分かっていたはずなのに今この時まで抜け落ちていた。

 

 お嬢はそれを思い出させてくれた。

 

 

「ありがとう、お嬢」

 

「……大丈夫。私は気にしていない…………」

 

 

 滴っている血を消して、傷ついた手を治癒する。そして、俺は目線をあの張り紙に向けたまま、指をお嬢の指の間に軽く絡ませる。

 

 

「────────」

 

 

 お嬢は驚いたように、こちらを見てきた。

 

 

「……気にしていない、なんてことないでしょ。あんなの見たら、気分悪くなるに決まっている。無理しないでよ。……今は、誰も見ていない」

 

「…………うん」

 

 

 きゅっと、お嬢は指に力を込めて握り返して、それから肩と肩が触れ合うくらいにまで距離を縮めてきた。

 

 俯いているため表情はあまり窺えない。お嬢は人の悪意を400年以上見続けてきているため、こういう事にも慣れてはいるのだろうが、それでも痛みは感じるものだ。

 

 だから、最近ではお嬢に嫌なことがあるとこうして手を繋いだり身体を寄せ合う等、遊んだり美味しい物を食べる以外の事もするようになった。

 

 もっとも、きくりが乱入してくることが多々あるが、それもお嬢の心を癒す良い清涼剤になってくれている。

 

 だが、こうして2人きりになった時に流れる穏やかな、そよ風が吹くような空気感も俺は好きだ。きっと、お嬢も。

 

 

 この前の一件*1以降、お嬢との距離は近づいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「で、どうなったんだ?」

 

「あッ……名前の挙がっていた生徒を呼び出してっ、例のメールを指定のアドレスに転送させてっ、それを元にパソコンに詳しい先生たちが誰が差出人が突き止めるんだって…………ッ」

 

「ほぉ、そんな手があるのか……」

 

 

 学校が終わり、夕暮れの里で情報共有を行う。骨女は俺に湿布を貼られながら、輪入道の問いかけに答えた。

 

 

「はい、貼り終わったよ」

 

「毎度毎度、悪いね……」

 

「ははっ、おかげ様で湿布貼りの腕前はプロ並だ」

 

 

 今朝の張り紙は当然問題になり、調査がされることになった。

 

 俺も調べたいが、そうなると生徒のPCに潜入する必要が出てくる。いくらお嬢のPCがハイスペと言えど、やり方を知らなければ意味が無い。前にも言った通り、IT関連は3人よりかは詳しいけれどほぼマシンスペック頼りだからあまり融通が効かない。

 

 

「向こうがやってくれるとはありがたいね……オレたちの手間が省ける」

 

「……どうかしら/どうかな」

 

 

 一目連のお気楽なつぶやきに対して、お嬢と俺の否定の言葉が思いがけず重なる。

 

 お嬢を見るとこくりと頷かれたため、その意図を汲み取り彼らの方へ顔を向ける。

 

 

「……前に、お嬢は怨みの念が歪んでいると言っていた。そんな人間が捜査されることを想定していないはずがない。そうなる事を織り込み済みで、行動に移したんだろうよ」

 

「なら、犯人は一体何が目的であんなバカげた真似をしでかしたって言うんだ?」

 

「流石にそこまでは……だが、あの張り紙は恐らく前段階。嫌がらせが主目的ではないと思う。そして、そんな回りくどくイビツな行動をただの中学生がするとは到底思えない」

 

 

 偽地獄通信を作り、馬場翔子に叱られた生徒に地獄少女を騙ってスパムメールもどきを送信する。そして、入力した生徒の数が溜まったら列挙して張り紙を貼り付ける。これだけで見れば中学生にも可能だが、確実にこの一件はまだ続きがある。

 

 

「俺もあの中学で数週間に渡り全校生徒を観察しているが、誰も彼もが真っ直ぐな、言うならば可愛らしい怨みの念を向けているよ。昨日の野々原郁恵みたいな、ね。だが、それはあくまでも生徒の話」

 

「ちょいお待ちな。アンタのその口ぶりからすると、やっぱり……」

 

 

 骨女も薄々勘づいていたようで、俺が言わんとしていることに気づいた様子だ。

 

 

「うん。馬場翔子という厳しい先生、そんな人物に叱られる生徒。この関係が目立つが故につい俺も思い込んでいたが、考えを改める必要がありそうだ」

 

「……ふうむ、なるほどな。おめぇさんの推理が正しければ、お嬢の言う歪んだ怨みの念ってぇのにも筋が通る」

 

「…………で、合っているよねお嬢?」

 

「……うん、ばっちり」

 

 

 お褒めの言葉を頂けて大変満足。

 

 

「と、いう事だ。一目連」

 

「ああ、よく分かったよ……って、なんだその顔」

 

 

 きっと今、一目連の目にはしたり顔の俺が映っていることだろう。お嬢に褒められたからね、しょうがないね。

 

 

「いやあ? 新旧交代もそろそろかなってな。これから切れ者でイケメン枠は俺様のものだ」

 

「また変なこと言い出したぜ」

 

 

 なんとも微妙な表情をした一目連を見ながら某ニューリーダー病患者みたいなことを言っていると、肩をツンツンとつつかれた。

 

 

「ん、どうしたきくり? お前も賛同してくれるのか?」

 

「それっ!」

 

「んガッ!?」

 

 

 振り返ると同時に、きくりが俺の顔に湿布を張りつけてきた。

 

 し、しまった。お嬢に褒められて舞い上がっていたから、昨日の今日のことだというのに油断してしまっていた。また、ハメられた……! 

 

 

「お、おおおおおお……」

 

「うふふふふふ! あははははは!」

 

 

 件のイタズラ娘はケラケラと、手足をバタバタ動かして爆笑している。そろそろこの悪ガキをマジでなんとかしないと俺の身がもたん。

 

 

「まったく締まらねえ奴だなぁ……」

 

「どうやら、お前は三枚目担当みてぇだな」

 

「ああ、ほらっ。剥がしてあげるから、顔をこっちに寄越しな」

 

 

 ベリッ! 

 

 

「いっっっっっっっで!!」

 

「あっ、ごめん」

 

「あははははははは!!」

 

 

 剥がす際の痛みで思わず声を上げてしまうと、きくりは更に笑い転げだした。人の不幸は蜜の味ってか、畜生め。

 

 だが、きくりの笑い声に隠れて、お嬢のクスクスと笑う声も聞こえてきた。輪入道たちはこちらに顔を向けていて、きくりの声が大きいからか気づいていない様子だ。

 

 お嬢はパソコンの方に顔を向けながら、肩を震わせている。

 

 

 後ろ姿しか見えていないのにかわいい。

 

 

 こういうところなんだよな。きくりはこうしてお嬢の色んな一面を引き出してくれるから、怒るに怒れないんだよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 この後、事件は思わぬ形で幕を閉じた。

 

 偽の地獄通信を作ったのは教員の【栗山真美】という人間だった。

 

 この人物はかつて馬場翔子の教え子だったそうだ。当時、厳しい指導に対する不満に加え、同時期に起こった彼女の両親の離婚と志望校の不合格という不幸を馬場翔子の仕業と思い込んで、かつてお嬢に依頼していた。俺がまだ人間の頃に起きた話だ。

 

 もっとも、『地獄には行きたくない、死んだら自分は天国に行く』という理由で契約は成されなかったが、代わりにイタズラ電話や新聞に嘘の投書をして、馬場翔子を離婚に追いやるという復讐を果たしたとのこと。

 

 この時点で執念深さが末恐ろしいがまだ続く。教員となり同じ中学に勤めるようになって観察したところ、堪えている様子はなく昔と変わらず口うるさいまんま。やはり地獄に流すしかないと考え、今回の事件を引き起こしたと本人の口から語られた。

 

 やり口としては、以下になる。

 

 

 ①偽地獄通信に、馬場翔子に叱られた生徒を誘導するメールを送付

 ②一定数溜まったら開示

 ③生徒のメールアドレスを使用して上手いこと罪を擦り付ける

 ④その生徒に馬場翔子への怨みを募らせて、自分の代わりに本物の地獄通信にアクセスするように誘導する

 

 

 自分の手は汚さずに生徒を使うという卑劣極まりないものだ。

 

 もっとも、④は事前に阻止した。

 

 栗山真美に、深夜の学校に呼び出された生徒────伊神和香という─────は道中で俺が催眠術をかけて家に帰らせた。呼び出されたことと、俺の事を忘れてもらって。

 

 伊神和香は怨みというより困惑の方が強い。そんな彼女が、他人の怨みを実質的に肩代わりなんてできやしない。

 

 加えて、地獄通信でふざけた真似をしている犯人を軽くシバくつもりだったため、関係の無い彼女にはお引取り願った。

 

 そして、伊神和香に扮したお嬢が栗山真美に接触して、彼女の思惑と動機を吐き出させた。

 

 だが、彼女の吐露を聞いていたのはお嬢だけではなかった。同じく学校に残っていた馬場翔子もその発言を聞いた。どうやら、以前からかつての教え子だと気づいていたみたいで、今回の犯人も彼女ではないかと薄々勘づいていた。

 

 昔の未熟な自分への後悔と、不本意な理由での家族との別離、その悲しみ。生徒を自分の都合だけで利用しようとする彼女への怒りと、そんな人間を生み出してしまった償いとして、馬場翔子は最後の手段に打って出た。

 

 すなわち、地獄流し。

 

 その場で地獄通信に栗山真美の名前を入力して、お嬢から藁人形を受け取り、地獄流しのルール説明を聞き、馬場翔子は一切動じることなく糸を解いた。

 

 別れ際、俺たちは馬場翔子にお願いをされた。できるだけ苦しまないようにして欲しいと。一応教え子だからと、化粧が崩れるのも構わず涙を溢れさせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「郁恵聞いた? 例の事件、栗山先生の仕業だったんだって!」

 

「聞いた聞いた! 生徒に罪被せようとするなんて最っ低よねぇー。周は知ってた?」

 

 

 ある日の昼、久賀中学の食堂で野々原郁恵は目の前に座っている友人の1人に加え、隣の烏鷹周と会話をしていた。

 

 

「らしいな。生徒を利用して馬場先生を追い出そうとしてたんだろ? 大人のやることじゃないぜよ」

 

「ね〜。でも、栗山先生どこ行っちゃったんだろうね? どうせなら、化粧ババァも一緒に消えてくれたら良かったのに。ねっ、郁恵?」

 

 

 事件が終わった後でも、馬場翔子を嫌っている生徒は変わらずいる。そんな生徒の1人である野々原郁恵の友人は、当然のように郁恵に同意を求める。

 

 しかし、

 

 

「うーん、あたしは……どうでもいいかなぁ」

 

「え?」

 

 

 返答は予想外のものだった。ついこの間まで烈火のごとく怒っていた姿からは想像できない態度で友人は困惑する。

 

 

「へぇ……それはなんで? 前はあんなに怒ってたじゃん」

 

「べっつにー? あんな事で一々怒るなんて、バカバカしいじゃない」

 

「────そうか」

 

 

 郁恵は、烏鷹周の質問に澄まし顔で答えた。

 

 

「そんなことよりさぁ、来週から夏休みじゃない? だからぁ、放課後海用の買い物したいなーって。付き合ってくれない?」

 

 

 自然に、しかし大胆に郁恵は周の腕に抱きつく。少し顔が張り詰めていて、赤くなっているのは恥ずかしさを感じているからだろうか。

 

 そこに、友人から声がかかる。

 

 

「あっ! 分かった。もしかして、そのポニテが原因とか?」

 

「えっ!?」

 

「あー、やっぱりだ。そういえば、この間化粧ババァに珍しく髪型が似合ってるーって褒められてたし、化粧ババァのおかげで烏鷹くんの好み聞き出せたからどうでも良さげなんだ!」

 

「え、ちょっ。やめ、やめてよ! もう!」

 

 

 事実を指摘され、郁恵は思わず周の腕から離れる。顔を赤くして、必死になって否定している。

 

 そこに、野々原郁恵のもう一人の友人が昼食を持って現れた。

 

 

「何2人で騒いでるの? てか、烏鷹くんって誰? 郁恵の元カレ?」

 

 

 彼女が疑問に思うのも無理はない。烏鷹周なんて人間は、この学校に在籍していないのだから。

 

 

「え?」

 

「そういえば、誰だっけ……?」

 

「なにそれっ、あたしが聞いてるんだけど」

 

 

 地獄少女の仕事は終わった。故に、烏鷹周という存在しない生徒に関する記録、記憶は完全に消失し、辻褄が合わせられた。小骨が喉に突き刺さったような違和感を覚えることもなく、彼ら彼女らの日常は続く。

 

 

 

「あれ、みんなは?」

 

 

 久賀中学を後にして、校門から出てきた大天狗は困惑した。

 

 てっきり校門前には閻魔あいと輪入道たち使い魔にきくりが待っていると彼は思っていたが、実際は閻魔あい只1人しかいなかった。

 

 

「…………先に帰った」

 

「え、マジ? いつもは待っててくれるのに……って、お嬢? どう、したの……?」

 

「…………どうもしていない」

 

 

 不満気な顔、この前の夕暮れの里で見せたいわゆる怒っていますアピールとは違う、正真正銘不機嫌な様子の閻魔あいに気づいた大天狗は恐る恐る問いかけるが、冷たくあしらわれてしまう。

 

 戦々恐々とするもすぐに切りかえ、あいがこうなってしまった原因を分析し、それは一瞬のうちに完了した。

 

 

 ────そういうことか。ここ1ヶ月近く、俺は野々原郁恵と仲良くしていた。今日なんて、腕まで組まれたからな。

 

 輪入道たちやきくりすらも今この場にいないのは、お嬢がかなり不機嫌だから。触らぬ神もとい、触らぬお嬢に祟りなしと考え早々に立ち去ったのだろう。

 

 

「……ごめんね、お嬢。あの子とは確かに仲良くしていたけど、あくまでも友人。それ以上でもそれ以下でもない。どんな時でも、何があってもお嬢が一番だから」

 

「…………本当?」

 

「本当に本当。そんなに信用無い? 俺」

 

「……うん。あなたはすぐ人をたらしこむ……天然ジゴロ」

 

「ブッ!?」

 

 

 思いもよらぬ、完全に予想外の単語があいの口から飛び出したため、大天狗は思わず吹き出してしまう。

 

 

「ゲホッ! ゴホッ! ────────お、お嬢まで俺の事そんな風に思ってるの? 流石に冗談……だよ、ね?」

 

 

 恐る恐る尋ねるも、ゆっくりと首を横に振られてしまう。

 

 

「マ、マジか……俺ってそんななのか…………? ン゛ン゛ッ! 分かった、分かったよ。これからは気をつける。それと、お詫びと言っちゃなんだけど何か欲しいもの、やって欲しいこととかない? 俺にできることだったら、何でもするよ」

 

「……なんでも…………」

 

 

 あいの瞳が妖しく光る。その様は、さながら水を得た魚のよう。ただならぬ雰囲気を察した大天狗は思わず唾を飲んだ。

 

 

「……なら」

 

「…………なら?」

 

 

 数秒、あいが再び口を開くまでにかかった時間はその程度。しかし、その間大天狗は例えるなら閻魔大王の裁きを待つ罪人のような気分を味わっていた。

 

 何を言われるのか、何を要求されるのか。頭脳をフルに回転させて予測候補を50まで列挙し、可能性が高い順に並び替えた。何が来ても即座に、スムーズに対応できるように、シナリオは既に作り終えている。

 

 しかし、

 

 

「……なら、あなたの名前を呼ばせて」

 

「へ? …………名前?」

 

「……そう」

 

 

 あいから要求された内容は、大天狗が全く予想していないものだった。

 

 

「えーっと……名前ならいつも呼んでるじゃん。大天狗って」

 

「……そうじゃないわ。あなたの本名、人間だった頃の名前…………」

 

「ああ、そっちか。全然、一向に構わないよ」

 

「……じゃあ……………………【周】」

 

「──────────」

 

 

 世界の音が止まった。風の音も、車の音も、全ての音が彼らの耳には入らない。聞こえてくるのはお互いの息遣いのみ。

 

 

「……なんだか、気恥しいわね…………」

 

「」

 

「…………周?」

 

「────────ハッ!? 涅槃が見えていた…………」

 

 

 数秒、大天狗は意識が彼方へと飛んでしまうも、あいに呼び戻され再起動。

 

 

「……大丈夫?」

 

「う、うん。ギリギリなんとか。浄土に行くのはまだ早いみたいだ……」

 

「……そう」

 

「し、しかし、今日はまた一段と暑いね。どこか涼しいところにでも行って、お茶でもしよっか」

 

 

 嘘である。確かに季節は夏、7月の下旬に差し掛かる頃で青空が広がり太陽は照りつけているが、あいも大天狗も自身の力で体温を調整している。汗をかくこともなければ、寒さに震えることもない。

 

 しかし、そんな野暮な事をわざわざ言う者はここにはいなかった。

 

 

「……うん、行こ」

 

 

 お互い示し合わせる訳ではなく自然と肩を並べ、指と指を絡ませ合うように手を繋ぎ、歩き出した。

 

*1
本作【変化】参照





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