閻魔あいちゃんの笑顔が見たい   作:アラウンドブルー

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 フウ@東方二次創作さん、コーク厨さん、カニカニクァニさん、グランヴァンさん、☆10ありがとうございます。

 『ファにー』さん、赤毛のアドルさん、405soh405さん、会会さん、ドリリンさん、シャウタさん、cheapさん、☆9ありがとうございます。

 前回のご感想の一つで、周くんのCV についてお書きになられている方がおりましたが、皆さんは誰で脳内再生をしているでしょうか。よろしければ、ご感想でお聞かせください。


 原作は二籠第16話【悪女志願】です。

※構成の都合上、二籠第14話【静かな湖畔】より先にこの回を持ってきています。次回で恐らく書くと思いますので、ご了承ください。



人形

 

 古都、京都。

 

 風情ある街並み、雅な雰囲気ただようこの地に閻魔あい達一行はいた。

 

 不在の骨女ときくりを除いて、全員が視線をある一点に向けている。

 

 

「何度でも言うたるわ! 『愛してる』? そんなもん嘘に決まっとるやろ! お前んとこの会社の情報が欲しかっただけや! そやなかったら、誰がお前みたいなドン臭い女と付き合うか」

 

 

 それは、夜の落ち着いた空気には似つかないやりとり。

 

 左右に女を侍らした身なりの良い若い男性【手島おさむ】は、目の前にいる眼鏡をかけた大人しそうな女性【辺見蘭】にそう毒づいた。

 

 女たちも蘭をせせら笑っている。

 

 

「…………」

 

 

 彼女は手にしている朱い藁人形を見つめながら、ぶつけられる罵声と嘲笑の視線から耐え忍んでいる。

 

 

(なんて男だい! 蘭ちゃんも、言われっぱなしで良いのかい!?)

 

 

 朱い藁人形────骨女は、意思を伝えられないと分かっていても心の声を上げている。

 

 しかし、蘭は自分でもドン臭いと思っていると答え、それを聞いた骨女はますます憤りを募らせた。

 

 

「うーわ、骨女すんごい怒ってる」

 

 

 そう口にしたのは大天狗。骨女の声はもちろん聞こえてはいないが、伝わってくる感情は捉えていた。

 

 

「アイツとは真逆な、大人しい性格だからな。つい口を挟みたくなるんだろうよ」

 

「後は、あの子を通してかつての己を見ているのかもしれねぇな」

 

「昔の骨女?」

 

 

 輪入道の発言に大天狗は疑問符を浮かべる。

 

 かつての己。それはつまり、骨女も蘭のように騙された過去があるということ。気が強くサバサバしている彼女にそのようなことがあったとは、大天狗は信じられなかった。

 

 

「……色々あったのよ、骨女にも…………」

 

「ふーん……色々、ねぇ」

 

 

 輪入道と一目連の過去の断片を聞いている大天狗は、骨女も同様にあまり口に出したくない来歴があるのだろうと納得し、詮索するのを止めた。

 

 

「お、話は済んだみたいだな」

 

 

 一目連がつぶやく。言う通り、手島おさむは侍らせた女と共に辺見蘭の元から去って行った。

 

 蘭が手島に掛け合っていた理由は、勤めていた会社の社長の借金を肩代わりしてほしいため。手島は蘭を騙して情報を奪い、結果蘭の会社は倒産。社長は破産し、一家夜逃げに追い込まれてしまった。

 

 故に蘭は手島に訴えかけていたわけだが、全く相手にされることはなかった。

 

 

「はぁ……お人形さん、やっぱりお人形さんに頼むしかないみたい…………」

 

(うん…………分かったよ)

 

 

 最初から分かってはいた。自分の訴えが聞き入れられることはないと。そうなれば、償わせるための手段はもう一つしかない。

 

 すなわち、地獄少女。

 

 いつか必ずお金は社長に返すと誓い、藁人形に結ばれている紅い糸を解こうとしたその時、

 

 

「ええの? それで」

 

 

 蘭の背後から声がかかった。

 

 

「ん? 誰だあの人」

 

 

 現れたのは、和服を纏った細身で中年の女性。大天狗たちの身辺調査では引っかからなかった人物のため、閻魔あい含め皆怪訝な顔をしている。

 

 

「……復讐するんやったら手つどうたろか?」

 

 

 狐のごとき眼差しで、蘭を品定めするかのように眺めてから真意を打ち明けた。

 

 名前は【上月マツ】。彼女もまた、手島おさむに騙されていた。同じ怨みを持つ同士、手を握りあだ討ちをしようと声をかけたというわけだ。

 

 返事に迷い、うつむく蘭。マツは、朱い藁人形を持つ手に自分の手を添え、『ええな?』と目を合わせて同意を迫った。

 

 蘭はその鋭い視線に気圧されて、流されるままに承諾した。

 

 

「なんか、流れ変わったね」

 

「てっきり地獄に流して終わりだと思ったが……」

 

「もう一波乱ありそうだな、こりゃあ」

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 その後、辺見蘭は上月マツの家に連れて来られた。大きな和風建築の屋敷で、マツ曰く『置屋の手伝いから出世するのは大変だった』とのこと。

 

 居間に通され、蘭は本題に入る。どのように復讐を、今回の場合は慰謝料をどのようにして奪うのかとマツに問う。

 

 返ってきた答えは『色仕掛け』。他人事のように感心した蘭だったが、それをするのはあんただとマツは言う。

 

 飲んでいた茶を吹き出し、蘭は自分には無理だと言うが、マツに押され化粧台の前に座らされることに。

 

 本職の腕前により、見る見る内に地味な顔立ちから美しく、大人の色気漂う女性へと変貌を遂げた。

 

 そんな様子を藁人形の状態で眺めていた骨女は、生前の自分を追憶していた。おしろいを塗って着飾り、遊郭で花魁として働いていた頃のことを。

 

 とても美しくなったと思う反面、ある既視感も覚えていた。それは、上月マツがかつて働いていた遊郭の女将に似ていると。顔も声も違うが雰囲気────狡猾で強かさを感じさせる目つきに骨女は一抹の不安を抱いていた。

 

 翌日、マツから受け取った衣服を纏い、蘭は意を決して外へ出た。美しく着飾った蘭は道行く人の目を奪うほど。計画の第一段階として、口座の新規開設のために訪れた銀行窓口の男性も見惚れていた。

 

 

「い〜やぁ、綺麗になったァ……」

 

 

 待合席に座る蘭を遠くから眺めている輪入道が感嘆の声をあげた。

 

 

「オレは素顔の方が良いと思うがな」

 

「しっかし眼鏡を外したら美人ってのは創作であるあるだけど、まさか実在するなんてなぁ…………ん?」

 

 

 大天狗も関心をしていると、右腕がつねられる感触に襲われた。隣を見ると、ファッション雑誌に目を落としている閻魔あいが左手でつねっていた。力こそ込められてはいないが、表情からは不機嫌であると伺える。

 

 

「あ、あー…………ところでお嬢は化粧しないのか?」

 

 

 大天狗を手助けするべく、輪入道が尋ねる。

 

 

「必要ない/必要ないだろ」

 

 

 2人の声が重なる。

 

 あいが思わず大天狗に顔を向けると、視線が交錯する。

 

 数秒見つめ合った後、雑誌に目を戻したが、既に不機嫌な様子は跡形もなく雲散。嬉しそうに口角を上げていた。

 

 そんな姿を見た大天狗もまた、微笑みを浮かべた。

 

 

「へっ……愚問だったか」

 

「お嬢が化粧したところで、邪魔にしかなんねえからな」

 

「流石。よく分かってる、一目連」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 夜、辺見蘭は手島おさむに近づいた。バーのカウンターに1人座っている手島は、金をむしり取る指示を大声で電話越しに出している。

 

 その数席隣に蘭は座った。一瞬で目を奪われた手島はすぐに近づき一緒に呑まないかと誘う。蘭が焦らすふりをして様子を見ても、手島は以前に口汚く罵った女と同一人物であると気づいていない。

 

 誘いに乗り、高級店をハシゴする。気分良く呑む手島に対して、蘭はあまり呑んでいない。

 

 そして、次の店で完全にできあがった手島が蘭に抱きついてきた時、持っていたグラスの水を胸元にわざとかけた。拭くふりをして、蘭は胸元の携帯電話を抜き取った。

 

 席を立ち、女子トイレで上月マツに携帯電話を渡した。ハシゴしている間もマツはずっと跡をつけていて、タイミングを見計らって受け渡しをする算段だった。

 

 トイレからマツが出ていき、蘭はホッと一息ついた。慣れない化粧、慣れない視線、慣れないキャラ作り。肩の力をようやく抜ける。

 

 ふと、視線を横にやると、小さな少女がいた。

 

 

「オバチャン、ケバいわー。ほんま、ケバいわー!」

 

 

 混乱する蘭を他所に、少女はケタケタと笑いながらトイレから出て行った。

 

 

「何やってんだ────────きくり」

 

 

 通路に出た少女、きくりを迎えに来た大天狗は腰を下ろし、目線を合わせる。

 

 

「ウフフ、人形みたいだったから!」

 

 

 ニコニコと笑うきくりに大天狗はため息をついた。

 

 

「……ま。お前はお前で、あの人の心配してるってわけか…………」

 

 

 それでも、もう少し言い方はあるだろうと大天狗は思う。

 

 

「へへーん! そういう周は偉いぞー、自分に素直だからな!」

 

 

 きくりは爪先立ちになり、大天狗の頭を撫でる。その様子は、さながら大型犬を可愛がる子供のよう。大天狗は呆れた様子で受け入れている。

 

 

「はいはい、もう帰るぞ。肩車で良い?」

 

「抱っこにしろ!」

 

「あいあい」

 

 

 手慣れた様子できくりを抱えると、2人はその場から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 その後、マツは手島の口座から全額、蘭が開設した口座へと金を振込み作戦は終了した。

 

 翌日、蘭は銀行に行き、開設したばかりの口座を解約していると、テレビのニュースが目に入った。テロップには『手島ファンド営業資金横領疑惑!』と綴られていて、出資者に殴られている手島が映し出されている。

 

 いい気味と思っている蘭だが、骨女はこれで終わるのかと不安を覚えていた。

 

 マツの家へ赴き、スーツケースを開ける。

 

 中には大量の札束がぎっしりと詰まっている。マツは山分けをしようと言うが、蘭はそれを拒否。元々、社長に返す金が欲しかっただけだと伝える。そう言われたマツはしばしの間熟考する。

 

 

(思惑通り、だろ?)

 

 

 大人しい女を口車に乗せて、莫大な利益をかすめ取る。かつての体験と様々な人間を見てきた経験から骨女はマツの本性を見透かしていた。しかし、

 

 

「そらアカン!」

 

(!?)

 

 

 ハッキリと、マツは蘭の申し出を断った。

 

 

「でも……使い道も無いですから…………」

 

「無いなら何か考えたらええ! とにかく半分こや。ええな?」

 

 

 テキパキとスーツケースから金を取り分けていくマツ。そんな様子を骨女は訝しげに睨んでいた。

 

 

 更に数日後の夜、マツは新しく開店した【懐石料理 まつ】で開店パーティを催していた。

 

 パーティに集まった人たちは、口々に噂話をしている。『新しい旦那でも見つけたのか』、『あの年でそれはない』と。

 

 

「本人もそれ分かってるから、【純恵】ちゃんと組んでたようなもんやし……」

 

「綺麗やったよなぁ、純恵ちゃん」

 

「今どこで何してんのやろ」

 

 

 そんな噂話に耳を傾けている者たちがいた。大天狗に一目連、輪入道だ。

 

 

「純恵ちゃん……?」

 

「辺見蘭は裏口で相手をされていたし……」

 

「あの女将は、関係を大っぴらにできないとも言っていたな…………ううむ、こりゃきな臭ぇぞ」

 

 

 多くの業を見てきた彼らは、言いようのない違和感を覚えていた。客の話では【純恵】の現在を知る者はいない。

 

 

「何か、裏がありそうだね。ちょっと調べてみる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 それからしばらくして、夜のアパートの一室。蘭は、社長に返して残った金は全額寄付をすると決めた。

 

 

(ホントに、欲が無いんだねえ……)

 

「お人形さん。お人形さんが励ましてくれたから、あたし、生まれ変われた」

 

(いやあ……)

 

「これからもよろしくねっ」

 

(うん…………)

 

 

 たとえ意思疎通ができなくとも、朱い藁人形は優しく見守ってくれていると、蘭は感じていた。骨女も、まんざらでもない様子だ。

 

 そこに、湯を沸かしていたヤカンの音が鳴る。蘭は藁人形を腰かけていたベッドに置いて立ち上がり、ガスを止めに向かった。

 

 藁人形は静かに消えた。

 

 

 場所は変わり、蘭のアパートから離れたとある神社の境内。骨女は藁人形の形態を解除され姿を現した。

 

 

「────あれれ、お嬢の仕業かい? ビックリした」

 

「……引き上げるよ」

 

「…………仕方ないね。蘭ちゃん、1人になっても頑張るんだよ。遠くから、アンタの幸せ祈ってるからさ」

 

 

 星空を見上げ、蘭にエールを送る。短い時間ではあったが、骨女と蘭の間には確かに、友情が芽生えていた。

 

 

「でも良かったよ、怨みも消えて」

 

「違うな」

 

 

 骨女のつぶやきを、一目連は否定する。

 

 

「? 消えたから回収されたんだろ?」

 

「地獄に流す相手がいなくなったのさ」

 

「え……いなくなった!?」

 

「奴さんだけど、死んだよ。これを見て」

 

 

 困惑する骨女。そこに大天狗が近づき、投影の術でニュース番組を映す。

 

 ニュースの内容は、 手島おさむが自殺をしたというもの。

 

 

「そんな……」

 

「……で、次がこれ」

 

 

 絶句している骨女に追い打ちをかけるように、大天狗は新聞の切り抜きを渡す。

 

 

「これは……」

 

「名前は小林純音。数か月前、加茂川で水死体で発見されている。自殺と判断されているけど、俺たちで調査したところによれば、生前はあの上月マツと交流があったそうだ。化粧した辺見蘭が着ていた服は誰のだった?」

 

「……確か、アイツが渡した時『自分のじゃない』とは言ってたけど、まさか…………」

 

「うん、だろうね。恐らく、途中で反りが合わなくなりマツが殺害。ならお次はと、辺見蘭に白羽の矢が立ったってところだろう。開店パーティにいた人は純恵ちゃんって呼んでいたけど、多分マツには偽名を使っていたな……そうなると、最初からマツを出し抜くつもりだったか…………」

 

 

 大天狗の報告を聞いた骨女は憤る。

 

 

「どうして教えてくれなかったんだい!」

 

「教えたからってどうにもなるまい」

 

 

 ────あの子に教えることはできない。

 

 そう輪入道が言い切る前に骨女は神社を駆け出した。

 

 

「おい! 骨女!」

 

 

 一目連が声を荒げ呼び止めるが、既に彼女の耳に届くことはなかった。

 

 蘭の性格からして、マツとこれからも手を組むことはしない。そして、このようなニュースが報道されているということは、マツは蘭に接触しているはず。大天狗の推測が正しいとしたら、純恵という子の末路を考えたら……蘭の身が危ない。

 

 

「…………っ!」

 

「なっ、大天狗まで……!」

 

「…………」

 

 

 骨女に続き、大天狗も行動に移した。純白の翼で飛翔し、あっという間に骨女の目の前に躍り出る。

 

 

「ッ、アタシを止める気かい? いくら大天狗でも…………」

 

「違う、俺を使え。こっちの方が速いだろ」

 

「アンタ…………」

 

 

 困惑する骨女をよそに、大天狗は彼女を横抱きにして羽ばたいた。 

 

 少しして、アパートに到着した。

 

 骨女は急いで蘭の住んでいる部屋のドアを開けた。鍵はかかっていなく、電気は消えていた。

 

 一方の大天狗は部屋に入らず周囲を見渡していると、ある人影が目に映る。

 

 

「……! あれは…………」

 

 

 鷹をも超える目で観察すると、それは上月マツだった。汗を流し、息を切らせながら走っていた。

 

 しかし、今はそれどころではない。遅れて部屋に入ると、そこには血に濡れた蘭を介抱している骨女がいた。

 

 

「私……利用されてた…………」

 

「……!」

 

 

 蘭の言葉に、在りし日の光景を垣間見る骨女。川に流され、橋の上から見下ろしている女と男。そして、目線を反らしたもう1人の女。

 

 決して忘れることのない、最期の光景。

 

 

「……どうして、どうして人は人を騙そうとするのかな…………?」

 

「人じゃない! 人でなんかあるもんか! アイツらは鬼! 他人を喰らう、骨の髄まで喰らう鬼だ!!」

 

「鬼……鬼だったら…………」

 

 

 蘭は力を振り絞り、ある一点を指さす。それは、電源のついたノートパソコン。

 

 鬼ならば、地獄に返さなければならない。そう言う蘭だが骨女はそれでも良いのかと、自分も地獄に堕ちることになると警告をする。

 

 だが蘭はそれも自業自得だと受け入れ、何よりもマツが他の罪のない女性を騙すのを止めなければならないと言う。

 

 蘭は骨女に抱えられながら地獄通信にアクセス。震える指先で上月マツと入力し、送信した。

 

 閻魔あいが現れ、骨女は再び藁人形に姿を変える。あいはただ一言、『受け取りなさい』とだけ言い、迷うことなく糸は解かれた。

 

 

《怨み……聞き届けたり…………!》

 

 

 絞り出すような声を響かせ、朱い藁人形は掻き消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 夕暮れの里。

 

 骨女は一人、永遠に沈まぬ夕日を前に黄昏ていた。

 

 

「骨女」

 

 

 背後から声がかかる。大天狗だ。

 

 

「……どうしたんだい」

 

 

 骨女は振り返ることなく尋ねる。

 

 

「……すまなかった。俺がもう少し速く飛べていれば…………」

 

「そこまでにおしっ」

 

 

 ぴしゃりと、骨女は大天狗の謝罪を切り捨てる。

 

 

「……それ以上は、蘭ちゃんの覚悟を踏みにじることになるよ」

 

「…………すまない」

 

 

 二人の間に重苦しい空気が漂う。少しして、骨女が口を開いた。

 

 

「…………ねえ。どうしてあの時、アンタはアタシに協力してくれたんだい? 別に、お嬢の指示ってわけじゃなかったんだろ?」

 

「……そんなの決まってる。ずっと自分を抑えて、流されるままだった人がやっと幸せになれる、一から始めようっていうのに、土壇場で梯子を外されて嘲笑われるなんて…………」

 

 

 ────そんなふざけた話、あって良いわけないだろ

 

 

 人の悪意に振り回され、思い通りにならないと分かるや否や切り捨てられるという、どこまでも救いようのない末路。

 

 大天狗は怒りと悲しみ、悔しさに震えながらも答えた。

 

 

 

「────────」

 

 

 思わず振り返る。

 

 骨女の目は見開かれていた。

 

 

 ────そうだ、コイツはそういう奴だった。クールなふりして熱い心を持っている、眩しすぎるくらいに真っ直ぐな奴。でも、思わず目を閉じてしまうような鋭い眩しさじゃない。あたたかく、包み込むような…………

 

 こりゃあ、お嬢も夢中になる訳だ……

 

 

「……そういえば、話してなかったね。アタシの過去」

 

「…………え? 骨女の? あ、ああ……」

 

「よかったら、聞いておくれよ……惨めに騙され無用なお節介で死んだ、バカな女の話をさ…………」

 

 

 そこから語られる、生前の骨女────【つゆ】という女の過去とその顛末。

 

 時は江戸時代にさかのぼる。

 

 つゆは身寄りのない少女で、薬問屋に居候をしていた。

 

 その店の若旦那、【新三郎】と恋に落ちた。足音を聞くだけで顔をほころばせる毎日。土産としてもらった、精巧な飾りのついた簪を刺してもらったときは、嬉しさで涙を流したほど。

 

 そして、新三郎から駆け落ちの誘いをされた時。今の身分を捨て、一緒に一から始めようと誘われた時。夢を見ている気分になった。本当の幸せがようやく手に入ると、未来に希望を抱いていた。

 

 雪の降る夜、2人で駆け落ちをするべく走っている途中、つゆは新三郎の勧めで駕籠屋に乗せられた。だがそれは、つゆを気遣ってのものではなかった。

 

 行き着いた先は遊郭だった。

 

 一緒に一から始めるなんてのは真っ赤なウソ。本当は、借金の形として売り飛ばすことが目的。戸惑うつゆを他所に、とんとん拍子で遊郭の女将と新三郎の話は進んで行き、正式に買い取られることが決まった。

 

 夢は夢として、儚く消えていった。

 

 それから数年、花魁として働く日々のつゆには、仲の良い【きよ】という後輩がいた。

 

 だが、花魁としての才能は、2人には大きな差があった。つゆは客から贈り物をもらえるほどの器量がある一方、きよにはそれがなかった。

 

 だからこそ、つゆはきよを足抜けさせる計画を立てた。つゆは、深い付き合いのある【鉄】という男と段取りを立てていたがきよはそれを拒否。姉さんと一緒でなければ嫌と言う。

 

 強引に説得し、予定通りにつゆは鉄と合流をした。しかし、その企ては女将に筒抜けだった。他でもない、きよの告げ口によって。

 

 2人の目の前に刀を携えた侍が立ちはだかった。

 

 鉄はつゆを逃がそうとするも瞬く間に斬り伏せられ、失意の中つゆもまた命を散らした。

 

 

「────そして、今のアタシがいるのさ。あまりにも哀れで、死んでも死にきれなかった……」

 

「……そうか…………そう、か………………っ」

 

 

 静かに語られた骨女の過去とその顛末を聞いた大天狗は、悲痛な表情を浮かべていた。その顔は、まるで自分が実際に体験したことのように、辛く険しいものだった。

 

 

「…………だが、何でその話を俺なんかに? 正直、辛いだけだろ……」

 

 

 気持ちを落ち着かせ、そのような話を聞かせた理由を問う。何故、今このタイミングで骨女は過去を自分に打ち明けたのか、大天狗には分からなかった。

 

 

「さあ……なんでかねえ…………ただ、アンタには知っていてほしいって思っただけさ……」

 

 

 骨女は思う。

 

 ────────もしも……もしもだよ。もし、アンタがアタシの生きていた時代にいたら…………まだ碌にものも知らないあの頃に出会えていたら……きっと、お嬢みたいに熱を上げていたんだろうねぇ…………そうしたら、幸せな未来ってやつを掴めていたのかね…………

 

 ………………なんて、なに青臭い娘みたいなこと考えているんだか。それに、もしそうだったら輪入道や一目連、何よりもお嬢に会えないじゃないか。あの3人がいない生活なんて、考えられないや。

 

 

「大天狗」

 

「……なんだ」

 

 

 骨女の真剣な眼差しが大天狗を射抜く。

 

 

「アンタはちゃんとお嬢を……閻魔あいを、ずっと見ていてやるんだよ」

 

「……ああ、もちろんだ」

 

 

 やわらかな微笑みを浮かべ、大天狗はそう答えた。

 

 

「……まったく。本ッ当イイ男だよ、アンタはっ!」

 

 

 バンッ!! 

 

 

「いっっっっで!!」

 

 

 辛気臭い雰囲気を吹き飛ばすように、骨女はいつもの快活な表情で大天狗の背中をはたいた。

 

 

 ────────お嬢、コイツの良さはアタシが保証する。だから、絶対に手放すんじゃないよ。六道輪廻、どの世界探してもこんなイイ男、滅多にいないからね。

 

 

 骨女は楽しそうに笑いながら、藁葺き屋根の家へと帰っていった。

 





 お読みいただきありがとうございました。


 今回は【変化】で出来なかった骨女回でした。

 周くんの術で辺見蘭を助けないの?と思われた方もいらっしゃるでしょうが、人の運命を大きく左右するような事を人ならざる者がするのはよくないという考えが原作からしてあります。そのため、術を使っての治癒はしなかったです。

 じゃあ、つぐみちゃんをトラックから助けた時のはなんなの?となってしまいますが、こちらはまだ未熟者も良いところで不安定な頃でしたので何卒……(そもそも原作でも助かってるし)


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