閻魔あいちゃんの笑顔が見たい   作:アラウンドブルー

29 / 29
 立仙さん、Plum7257さん、クランチ555さん、☆10ありがとうございます。

 みしみしさん、矢月 凛樹さん、6OOさん、ドラゴンからさん、来田 喜貴さん、エイツさん、狐の里さん、☆9ありがとうございます。

 原作は二籠第14話【静かな湖畔】+第19話【湯けむり地獄・旅の宿】の二本立てになります。



兆し

 ────────それは、終わりの始まり。

 

 

 出会いがあれば、別れがある。例外はない。

 

 

 宿命。

 

 

 必然。

 

 

 永劫不滅の、この世ならざる者たちでも逃れることのできぬ運命(さだめ)。

 

 

 いつか必ず、惜別の時は訪れる。

 

 

 閻魔あいと烏鷹周。心通わした2人の別れの時、何を思うのか。

 

 

 答えは、彼らのみぞ知る────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ⛩

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蟬時雨る夏の季節、毎晩地獄通信にアクセスし、入力はせずページを開き続けているということが起こっている。

 

 閻魔あいの使い魔4人は、その真意を探るべく調査へと乗り出した。

 

 場所は『郡』馬県の新興住宅街【ラブリーヒルズ】。そこにある、地獄通信にアクセスしている者の家の前にまで来ていた。

 

 

「群馬じゃないんだよな…………」

 

「あん? なんか言ったか?」

 

 

 ポツリと零した大天狗の呟きに、輪入道が目ざとく反応する。

 

 

「ああ、いや。俺が前にいた世界では、同じ読みで違う漢字の県があったからさ。つい」

 

「ほぉ……」

 

「そういや、前と今とで地名だったりとか色々違うって言ってたな。確か、地獄通信も無かったんだろ?」

 

 

 一目連も話に加わる。

 

 

「うん。俺が覚えている限りじゃ、都市伝説としても無かったはず。ただ────────」

 

 

 地獄少女という名前自体は知っていた。

 

 

 そう答えようとしたが、大天狗は知っていた理由を思い出せなかった。

 

 というのも、前前世で死に、この世界にやってきて20年以上経過している。更に地獄少女の使い魔として多くの人の業を見つめ、果ては閻魔あいの凄惨な過去を魂に刻みつけられている。

 

 前の世界の記憶が薄れるのは仕方のないこと。むしろ、郡馬県の漢字が違うなんていう、些細なことをよく覚えていたと褒めてやりたいくらいだ。そう、大天狗は思った。

 

 

「…………ただ、なんだよ?」

 

「……いや。もう、かなりの時間が経ったんだなって思ってさ。転生して、高校生で地獄に流されて、お嬢の使い魔になって……あっという間だったなって」

 

「なぁに辛気臭えこと言ってんだ」

 

「ああ。何かやり遂げた感出してるが、むしろこっからだろ。お前は」

 

 

 感傷に浸っているところに輪入道が茶化し、一目連もそれに乗ってきた。

 

 

「……それもそうか」

 

「アンタたち。くっちゃべってるのは良いけど、仕事するんだよ?」

 

 

 骨女が釘を刺すが、その口調とは裏腹に大天狗を見る眼差しは暖かい。

 

 

「分かってるよ。つっても、現状調べられることは調べ尽くしたからな……」

 

 

 意識を切り替え、これまでの調査で分かったことを大天狗は静かに語り始めた。

 

 地獄通信に頻繁にアクセスしている人物の名は【紅林拓真】という小学生男児。

 

 名作ドラマを数々生み出した敏腕プロデューサーの父、【紅林栄一】と専業主婦の母、【紅林令子】をもつ少年で、以前はアメリカに住んでいた。

 

 両親とともに数年前、ここラブリーヒルズに越してきたが、母がゴミの日を間違えて以来、近所からゴミが投げ込まれるといった嫌がらせが続いている。

 

 

「その怨みで毎晩地獄通信にアクセスしているが……」

 

「同時に誰かを怨みたくないって気持ちが、PC越しからでも伝わってきたよ」

 

「純粋に、優しい子なんだろうねぇ……」

 

「だが、話はこれで終いじゃねえ。そうだろ?」

 

 

 一目連、大天狗、骨女が言葉を交わすが、輪入道が続きを話すよう大天狗に促す。

 

 

「うん。続きはまだある」

 

 

 紅林家の向かい側には、紅林栄一がかつてコンビを組み名作ドラマを生み出した脚本家【柿沼敏也】の家がある。2人は親友で、栄一の誘いで柿沼もラブリーヒルズに家を買った。

 

 だが、親友というのはあくまで表向きの話。

 

 庭にゴミを投げ込んでいたのは他でもない柿沼敏也だ。

 

 

「理由は分からないが、仕事をしている様子が見られない点から、脚本業が上手くいってないんだろうね。その復讐としてこんな真似をしているんだろう」

 

 

 大天狗が庭に散乱しているゴミに目を向ける。ゴミの中には張り紙が貼り付けられていて、『ルールを守れ』『死ねよ』といった、暴言が書かれている。筆跡をたどられぬよう、プリンターで印字してある。

 

 

「にしたってゴミの数が異常だ、1人でできる量じゃねえ。こりゃ、他の連中も一緒になって投げ込んでるな」

 

 

 ラブリーヒルズはかつて栄華を誇った高級住宅街だったが、バブル崩壊と共に地価はどんどん値崩れし、今では空き地のまま残っている家が多く見られるようになった。

 

 そのような場所に今でも残っている住民は体面やルールに厳しいため、柿沼がゴミを投げ込んだのを契機に、他の住民も同じような行動をするようになった。

 

 

「『赤信号、みんなで渡れば怖くない』ってか。みんなで渡ろうが、赤信号なら轢かれちまう。だったら、みんなで悪いことをすりゃあ、みんな地獄に流されちまうとなんで分かんねえのか……」

 

「何百年経とうが、人間は進歩しないねえ……」

 

 

 愚かな人間の習性に呆れ果てる輪入道と骨女。大天狗と一目連も、口には出さないが表情が物語っていた。

 

 

「……そういえば、きくりは?」

 

 

 大天狗が3人に尋ねる。

 

 

「アイツなら拓真って子の部屋に……あ、出てきた」

 

 

 一目連が答えていると、きくりが紅林家の外に現れた。4人には気が付かず、拓真の部屋を感情の読み取れぬ目で見上げていた。

 

 骨女はため息をついて、きくりの元へ向かい、頬をつねり上げた。

 

 

「何やってんの、アンタはっ!」

 

「うるしぇー! はーなーせー!」

 

 

 きくりはつねられている方向とは逆に顔を動かして、なんとか振りほどいた。

 

 

「勝手なことするんじゃないよ」

 

「オバン!」

 

 

 一言、骨女に向かって暴言を吐いてきくりは走ってどこかへ行ってしまった。

 

 

「まったく……」

 

「困ったお子様だな」

 

「俺、連れ戻して来ようか?」

 

「いや、今回お前さんは調査しっぱなしだったろう。きくりのことは俺らに任せて、もう休んじまって良いぞ」

 

 

 輪入道の言う通り、先ほどまで語られた情報の大半は大天狗によるものだ。もちろん輪入道たちも調査したが、今回は特に大天狗が精力的に動き、情報の精査や取りまとめも彼が行ったため、きくりの面倒も見させるのは気が引けてのことだった。

 

 

「さんきゅ。じゃあお先」

 

 

 そう言って夕暮れの里へ戻ろうとしたが、途中で足を止め、紅林拓真の部屋を見上げた。

 

 

「…………」

 

「どうした?」

 

「……いや、なんでもない」

 

 

 チリチリする首の後ろを抑えながら、大天狗は姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ⛩

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕暮れの里にある、茅葺き屋根の家の扉を大天狗は3度ノックし、静かに開ける。

 

 

「ただいま、お嬢」

 

 

 うす暗い部屋には畳に座り、紙風船を手のひらで打ち上げている閻魔あいがいた。その様子は決して楽しそうなものではない。大天狗の目には、紙風船で遊ぶのに集中することで、別の事から目を逸らそうとしているように見えた。

 

 

「あっ────────おかえり……」

 

 

 しかし、大天狗の声が聞こえるや否や、あいは顔をほころばせ、紙風船を机に置く。そして、大天狗が隣に腰を下ろすと、あいは当たり前のように彼の膝に頭を乗せた。

 

 

「……どうだった?」

 

「変わらないよ。あの子、あんな真似する人を地獄に流したいって思っている一方で、そんな思いを頑張って抑え込んでいる」

 

「…………そう」

 

 

 あいは黙り込み、顔を膝に強く押しつける。大天狗は慣れた手つきで濡羽色の髪を梳かすように頭を撫で始めた。

 

 町から排斥され家族だけが自分の居場所。それは、閻魔あいがただの【あい】だった頃と酷く似ている。

 

 

「────大丈夫」

 

 

 大天狗が静かに口を開く。

 

 

「もうすぐ、終わるから。そしたら、またいつもみたいに遊んだりしよう。大丈夫、いつものことだから……辛かったりしたら、おばあちゃんがいる。輪入道がいる。一目連がいる。骨女がいる。きくりが…………うん、いる」

 

「…………」

 

 

 それに、と言葉を継ぐ。

 

 

「俺も、いるから。いつまでも、ずっと。だから大丈夫だよ、お嬢」

 

「────────うん」

 

 

 大天狗の、心からの寄り添いの言葉を聞いたあいは嬉しく思うも、漠然とした不安を抱く。

 

 それは、彼に何か取り返しのつかない事が起きてしまうのではないかという、根拠のない予感だった。

 

 そんな様子を悟られぬよう、あいは逃げるように顔を埋めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ⛩

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事の結果を語ろう。

 

 柿沼敏也は地獄へ流された。だが、それは紅林拓真によるものではなかった。

 

 柿沼がかつて付き合っていた、【吉崎さやか】という女によって流された。

 

 当時、身籠っていたにも関わらず階段から突き落とされ堕胎。その怨みからの復讐だった。

 

 しかし、話はこれで終わらない。

 

 紅林拓真は『悪魔の子』としてラブリーヒルズ中に知れ渡ることとなった。

 

 原因は母である紅林令子の死と、父である紅林栄一の昏睡。

 

 紅林令子は、柿沼が脅し目的で撃ったボウガンの矢が喉元を貫いたことにより即死。その時、拓真は庭で人影を見たため外に飛び出して犯人を捜していたところ、捨てられていたボウガンを拾った。そして、その様子を運悪くピザの配達員に目撃されてしまった。

 

 噂はまたたく間に広がり、『拓真が母親を殺害した』、『矢の刺さった猫やカラスの死骸があったのも拓真の仕業』、『悪魔の子』と、町中で囁かれることになってしまった。

 

 そして、紅林栄一。彼は、柿沼の家で殴り倒されてしまい昏睡した。

 

 栄一は柿沼に真相を問いただすべく、彼の家を訪ねていた。というのも、拓真は母の葬儀の場で、柿沼が先述した吉崎さやかと揉めているところを物陰から目撃していた。そこで、『紅林家に復讐をする』という旨の話を聞いた。それを拓真は栄一に伝えた。

 

 栄一は、拓真に『人を憎んだり怨んだりしてはいけない』と諭したものの、確証を得るために柿沼の家を訪れた。

 

 その家で、偶然目撃したボウガンの試し撃ちの跡。

 

 柿沼は開き直り、栄一に語る。

 

 拓真の悪評を広めて近所を煽り、マスコミを巻き込み、最終的に紅林家を社会的に破滅させるのが目的だったと。ヒット作を生み出す名物プロデューサーと組んだ脚本家は、プロデューサーのアイディアを改稿するだけの能無しと思われる。だから、コンビを解散したあと仕事は来なかった。その怨みから、自分を切り捨てた栄一に復讐をすると決めたのだと。

 

 数度の口論の末、酒瓶で殴り倒された栄一。その様子を見ていた拓真は急いで柿沼の家に乗り込むも、時既に遅し。血溜まりに沈む父の姿が目の前にあった。

 

 そして、殺人を目撃した拓真も柿沼に殺されそうになったとき、吉崎さやかによって糸が解かれた。既の所で一命を取り留めた拓真だったが、駆けつけた警察は目撃した。

 

 血溜まりに沈む栄一、近くに酒瓶が転がり、そこに膝を付く拓真の姿を。

 

 警察はというと、数刻前に拓真によって通報を受けていた。内容は、柿沼が紅林令子を殺害したというもの。

 

 最初、拓真は地獄少女を使って柿沼に復讐をしようとした。だが、閻魔あいから渡された純白の藁人形は返却された。怨みや復讐ではなく、社会的に裁かれるべきだと。拓真は、復讐心に蓋をして、警察に通報した。

 

 結果、拓真は警察車両に乗せられ、その様子を見ている住民たちは口々に噂をしている。『母親だけでなく父親まで』、『悪魔の子』だと。

 

 そんな光景を、閻魔あいと使い魔たちは見つめていた。

 

 

「まさか、こんな結末を迎えるとはな……」

 

「こりゃあもう、噂は止まんねえだろうな」

 

「あの子、きっとこれから大変だよ……なんとかしてやれないかね…………?」

 

 

 骨女が縋るような目つきを隣にいる大天狗へ向ける。

 

 

「……ダメに決まってるだろ。俺たちのような妖怪が、地獄流し以外で人の営みに過度な干渉をするのは」

 

 

 大天狗は骨女のバッサリと切り捨てる。一見すると冷淡な物言いだが、その表情は険しく、拓真の方へ向いていた。

 

 

「…………」

 

 

 閻魔あいは無感動、無表情で拓真へ目を向けているが、内心では哀憐や義憤といった想いが渦巻いていることは、この場にいる4人は感じ取れていた。

 

 

「……気にしすぎることはないよ、お嬢。全部タイミングが悪かっただけなんだ。お嬢が責任を感じる必要はない…………もう、帰ろう」

 

「…………うん」

 

 

 大天狗はあいを見やり、気遣わしげな表情を浮かべながら慰めの言葉を口にした。ほとんど意味をなさないと分かっていながらそれでも、少しでもあいの心を癒せればと。

 

 大天狗はあいの手をとり、夕暮れの里へ踵を返した。未だチリチリと痛む、首の後ろを抑えながら。

 

 

 

 

 

 怨みの連鎖が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ⛩

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 山々は錦の織物が如く彩られ、清涼な風吹く季節。大天狗は【嘉平庵(かへいあん)】という旅館の露天風呂に浸かっていた。

 

 もっとも、ただの休暇で訪れたわけではない。この湯宿の女将である【湯元 百合江(ゆもと ゆりえ)】が頻繁に、かつ凄まじい憎悪をもって地獄通信にアクセスしているため、その調査のついでに大天狗は温泉を楽しんでいる。

 

 しかし、露天風呂にいたのは大天狗だけではなかった。

 

 

「────それで、お嬢はこう言ったんだ。『そんなに人を驚かせたいの?』ってなぁ」

 

「うんうん!」

 

 

 輪入道が、大天狗に閻魔あいと初めて会った時のことを自慢げに語っている。大天狗もまた、興味津々な様子で聞き入っていた。

 

 

「俺ぁもう何も言い返せなくってなあ……情けねえったらありゃしねぇ。俺が地獄で朽ちるまで走り続けるしかないって言ったら、お嬢はなんて返したと思う?」

 

 

 濡れた髪の上に乗るタオルが落ちない程度に首をかしげる。

 

 

「え? うーん……『なら、私のために走りなさい』、とか?」

 

「はっはっは! そんな情熱的な返事はお前さんにしかしねえよ。答えは『来なさい。地獄のこと、教えてあげる』、だ」

 

「おお~! 流石お嬢、カッコいい返しだ」

 

 

 それからしばらく大天狗は輪入道の昔話に耳を傾けていた。温泉の心地よさが故か、輪入道はいつになく饒舌だった。

 

 

「────────てな感じで、俺は今に至るまでずっとお嬢に付き従ってんだ。だから、この宿には想い出がある」

 

「なるほどね……でも不思議だなあ。輪入道が初めての地獄流しで訪れた宿に、こうして再び足を運ぶことになるなんて。しかも、同じ地獄流しで」

 

「ああ……まったく、因果な話だ。結局、どれほど時間が経とうが、立派な旅館になろうが、人間ってのは変わらねえんだなあ。せめてもの救いは、昔と変わらずいい湯ってことくらいか…………」

 

 

 嘉平庵は輪入道が閻魔あいと初めて訪れた場所であり、同時に2人は最初の客だった。400年以上昔のため、その頃の面影はほとんど無い。

 

 それでも輪入道はすぐにその頃のことを思い出すことができた。ハッキリと、昨日のことのように。

 

 

「しっかし、400年も前か…………」

 

 

 大天狗はゆっくりと秋空を見上げた。刷毛で掃いたような、白く透き通ったすじ雲が空高くに浮かんでいる。冷涼な風が頬を撫でた。

 

 

「想像もできないほど昔から、お嬢と一緒にいるんだなぁ……分かってはいたけどさ。いや羨ましいわ、お嬢の最初のお供だなんて」

 

「はっはっはっは! いくらお前さんでも、流石にその座は譲れねえな────────おっ」

 

 

 2人が話しているとガラリと、引き戸の開く音が鳴り複数の女性のひそひそ声が聞こえてきた。

 

 先ほどまでは快活な笑顔を浮かべていた輪入道だったが、今は普段の好々爺然とした表情になった。一方の大天狗は、自分がいると情報収集に支障をきたすと判断し、気配を完全に遮断した。

 

 やがて、タオルを巻いた女子高生3人が露天風呂に入ってきた。そのリーダー格が、今回の暫定ターゲットである【藍田 伊知子(あいだ いちこ)】だ。

 

 老人が1人だけで入っているということで、肩の力を抜いて輪入道と会話する女子高生たち。彼女たちの話によれば、学校を休んで旅行しているとのこと。

 

 伊知子が、自分は好きな時に好きなだけこの旅館に泊まることができると自慢げに言う。続けて、彼女は輪入道に近づくと悪意ある笑みを浮かべ、嘉平庵の秘密を耳打ちしようとする。

 

 それを遮るかのように、湯元百合江が伊知子を呼びに来た。今晩の食事についてと百合江は言っているが、表情は険しく焦りを含むものだった。

 

 伊知子はあざ笑いながら、連れの友人たちと露天風呂を後にした。

 

 

「────なんだろうね、この旅館の秘密」

 

 

 人気がなくなったということで大天狗は気配を戻して尋ねる。

 

 

「さてな……どの道ろくでもねえことだろうが…………」

 

 

 彼女たちが出て行った内湯への入り口を眺めながら、輪入道は難しい顔をしていた。

 

 

「ん? どしたの?」

 

「ああ。なに、あの嬢ちゃんだが、どっかで見覚えがある気がしてな。それに…………」

 

 

 途中で言い淀むと、おもむろに片手で湯をすくいニ三秒眺めてから肩にかけた。

 

 

「いや……ちょいと、変わったかな…………」

 

「?」

 

 

 頭に疑問符を浮かべる大天狗だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ⛩

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからは何事もなく時間は流れ、夜。大天狗は1人露天風呂に浸かっていた。身辺調査を終えて今は自由時間。

 

 実のところ、嘉平庵は大天狗が行ってみたい旅館の一つだったため、これ幸いとばかりに満喫している。あくまで調査のためという名目で朝夕2食付きの和部屋まで確保しているという徹底ぶり。もちろん、宿代はきちんと払っている。

 

 雲一つない、満月の晩。端に置かれた灯篭は湯けむりを照らしている。色鮮やかだった山々は純黒に染まることで輪郭を強調させ、月の光は揺蕩う水面を幻想的に煌めかせている。

 

 夜空にぽつんと浮かぶ月を、大天狗は無心で眺めていた。

 

 不意に、水面が揺れる。隣を見やると、一人分空けて閻魔あいがいた。

 

 

「────────いいお湯ね……」

 

 

 濡れそぼった長い髪が素肌にピタリと吸い付き、端麗な顔にはしっとりと汗が滲みながら、あいはリラックスした様子で月を眺めている。

 

 大天狗はその艶めかしい彼女の姿を見て一瞬、火山が噴火するような錯覚を抱くが、持ち前の精神力で抑え込んだ。

 

 

「────うん、本当気持ちいい。それに、月も綺麗だ」

 

「…………そうね」

 

 

 ここで大天狗はある事に気づいた。月を眺めるあいのまなざしが、憂いを帯びていることに。

 

 

「……お嬢?」

 

「…………」

 

 

 大天狗の問いかけに答えない。しばらくして、あいは月に目を向けたまま、ぽつぽつと話し始めた。

 

 

「……私ね、満月は好きじゃなかったの…………」

 

「────────」

 

 

 あいが自らの胸中を明かすことは滅多にない。大天狗は動揺するも、一言一句聞き逃すまいと耳を傾ける。

 

 

「あの満月の夜、水浴びなんてしなかったらって、よく思ってた……」

 

「っ…………」

 

 

 何も言えなかった。それは大天狗もまた、幾度となく考えたことだったからだ。

 

 

「もし、あんなことをしなかったら、こんなこと(地獄流し)しなくて済んだのにって…………」

 

 

 想起されるのは、今なお焼き付いている記憶。ただ見ているだけしかできず、己の無力さを突き付けられた光景。

 

 もしも、あいが満月の晩に水浴びをしなかったなら。

 

 もしも、仙太郎が最後まであいを隠し通せたなら。

 

 もしも、あいと仙太郎の2人で村を出ることができたのなら。

 

 なんなら、あの場に自分が駆けつけることができたのなら。

 

 ふとした時に考えたif。最期まで笑顔は失われなかったのか、幸せな家庭を築けたのか、美しいまま歳を重ねることができたのか、と。

 

 そんな、意味のない妄想に耽ることは珍しくなかった。

 

 

「……でも。でもね…………」

 

 

 あいは一呼吸置き、ゆっくりと大天狗へ顔を向ける。

 

 

「……今の月は、嫌いじゃないの」

 

「【あい】…………」

 

 

 淡い銀の光に照らされたあいの姿は息をのむほどに幽玄で、大天狗は思わず【あい】とつぶやいた。

 

 

「────────」

 

 

 意図せずつぶやいたその呼び名は、あいの思考を止めた。大天狗もまた、一拍置いて自分が何を言ったか気づいたようで、面食らっている。

 

 

「あっ! いやっ、今のは、その…………」

 

「……もう一回」

 

「えっ」

 

「……もう一回、名前を呼んで」

 

 

 そう強請(ねだ)りながら大天狗の目の前にまで近づいてきた。表情こそ大きく変わらぬものの、目を輝かせ、今か今かと期待するその姿は見た目相応に子どもらしい様子だった。

 

 普段の静謐で美しい姿から懸け離れた態度に加え、一糸まとわぬ姿で接近されたことで大天狗の心が荒れ立つ。

 

 

「え、ええっと……あ、【あい】」

 

「……もう一回」

 

「…………【あい】」

 

「……♪」

 

 

 うすく、嬉しそうな笑みを浮かべるあいを見て、大天狗は気恥ずかしさを感じていた。

 

 だが、思い返してみれば、あいは自分のことを──二人きりの時だけという枕詞はつくが──周と名前で呼ぶ。一方の自分は常にお嬢呼びだ。

 

 それは主従関係ゆえの線引きだとか、単純に名前を呼ぶのが恥ずかしいと言った青臭い理由もあるが、何よりも【あい】という呼び名はかつて六道郷で生きていた少女のものであって、閻魔あいではないと無意識に思っていたからだった。

 

 しかし今、自らの口から心の内を明かすあいの姿を見た大天狗は確かに、疑いの余地なく【閻魔あい】は【あい】の延長線上にある人物と認識できた。

 

 

「……分かったよ。おじょ……あいは俺のことをだいぶ前から名前で呼んでくれてるもんね。なら、それに倣うよ。あい」

 

「……! うん…………」

 

 

 噛みしめるような笑顔を浮かべながら、あいは大天狗との距離を詰めてきた。肌はより赤らんでおり、それが湯当たりではないのは誰の目から見ても明らかだ。

 

 大天狗は慣れてきたのか、挙動不審な態度をとることもなくあいを抱き寄せた。もっとも、内心は湯につかっているとはいえ一糸纏わぬ姿のあいに触れているためパンク寸前ではあったが。

 

 

「……もっと綺麗になった」

 

 

 澄み切った秋の月華は、2人を静かに照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ⛩

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから数時間後、湯元 百合江が一人で温泉に浸かっていたところ、藍田 伊知子がやってきて夕食への文句をつけ、罰として裸で部屋に帰るよう脱衣所にあった浴衣を湯へ投げ入れた。追い打ちとばかりに、10万円を強請り帰って行った。

 

 誰にも見つからないように様子を伺いながら、裸身のまま通路を走り抜けて部屋へ駆け込んだのがちょうど午前0時。泣き濡れながら顔を歪ませ、百合江は地獄通信に伊知子の名前を書き込んだ。

 

 現れた閻魔あいから蒼色の藁人形を受け取るも、その場では糸を引かなかった。だが、翌日に他の客や従業員がいるにも関わらず、ロビーで伊知子から平手打ちをされ、ついに我慢の限界を超えた。

 

 部屋に戻った百合江は慟哭を上げながら、藁人形の赤い糸を躊躇なく引き抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ⛩

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『またも温泉偽装』、かあ」

 

 

 大天狗は夕日照らす茅葺屋根の家の縁側に腰を掛け、新聞の一面を見てそう呟いた。

 

 

「風呂に入浴剤を入れているところを見られてから、ずっと強請(ゆす)られていたんだとよ……」

 

「……何年も前に涸れてたんだって」

 

 

 大天狗の隣に座り、新聞をのぞき込んでいる輪入道と閻魔あいは今回の一件の真相を補足する。藍田伊知子を流すも、彼女は自身に何かあればマスコミに情報を流すよう友人に頼んでいた。

 

 

「伊知子の先祖は初代主人を地獄に流し、その主人の子孫が伊知子を流す……因果なものだ」

 

「秘密を守るために流しても、結果これか……老舗旅館が、こんな終わりなんてなあ」

 

「……人の業は、果てがないから…………」

 

 

 400年前、輪入道があいに付き従い初めて体験した地獄流し。その契約者とターゲットは伊知子の先祖と百合江の先祖だった。伊知子の先祖【タミ】は、嘉平庵の初代主人【嘉平】の息子【与平】との間に子供を作り、祝言を待っていた。だが、嘉平は湯宿経営に関わった経験を期待して息子に有馬出身の嫁をあてがっていた。

 その怨みからタミは嘉平を地獄に流した。そして悠久の時を経て、因果は巡り、2人の子孫が再び、立場を逆転させて地獄流しに関わることとなった。

 

 

「そういうもんか……いやー、にしても残念だ。まさか偽装だったなんて」

 

「何残念がってんだ。おめぇさん、まったく気づかずに堪能してたじゃねえか」

 

「……早起きして入りに行ってたわね。嬉しそうに」

 

「おん?」

 

「────! …………」

 

 

 あいの呟きに、輪入道が反応する。今回の件における大天狗とあいの動向を陰ながら見守っていた輪入道は、何かが引っかかった。

 あいは、失言したとばかりに顔を赤くして顔を伏せた。

 

 

「ああ、いやっ。今のは、その。ねっ」

 

「……へっ、聞かないでおいてやるよ」

 

 

 一見なんてことのない発言であるが、『大天狗は宿に宿泊していた』『大天狗が早起きして温泉に入りに行っていた様子をあいは詳しく認識している』『そのことを発言した直後、恥ずかし気な態度を取った』 

 これらの情報を繋ぎ合わせて、輪入道はその真の意味に気づいたが、深くは追及することはなかった。そもそも、一目連と骨女もある程度は感づいている。

 

 そこに、不気味な通知音が鳴り響いた。

 

 

「あ、依頼だ。ちょっと見てくるね」

 

 

 大天狗は室内に入り、PCを確認する。血のような画面から伝わってくる依頼人と居場所。把握した途端、漆黒の目が大きく開かれた。

 

 

「────! ここは……」

 

「おう、今度はどっからだ?」

 

 

 あいと共にやって来た輪入道が尋ねる。

 

 

「……郡馬の、ラブリーヒルズ」

 

「…………」

 

「確かそこは……」

 

「ああ……また、何かがあの街で起ころうとしている」

 

 

 無意識に頸椎を抑えながら、大天狗は強張った面持ちで画面を直視している。

 

 首の痛みは、未だ続いていた。

 

 

 

 

 

 ────────終わりが始まる。

 




 お読みいただきありがとうございました。

 二籠19話、【湯けむり地獄・旅の宿】は筆者イチオシの回になります。過去と現代の交差、輪入道加入の経緯、お色気要素、不気味な演出等々、地獄少女という作品に求める全てが詰まっているといっても過言では無い回です。もし未視聴の読者様がいらっしゃるのなら、これを機にぜひ視聴してみてください。

 高評価、お気に入り登録、ご感想よろしくお願いします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。