チヨの幼馴染Tになれるなら、オワタ式ファイナルなんてなんぼのもんじゃい! 作:ansin
いよいよアンケートにお答えするエピソードを1つ完成しました。どうぞ。
「ほぇ?ボクシングを教えて欲しい?」
「はい。是非手合わせを願えませんか?」
合宿のある日、あっきゅんことワンダーアキュートにボクシングの指南をお願いしたのはヤエノムテキだった。元々実家が空手を営んでいる彼女にとって、武術というのは近い存在である。そんな彼女が、チヨ経由だったのかあっきゅんがボクシングを嗜んでいると聞いたのだろう。
「そちらは、ボクシングジムを経営しているとチヨノオーさんから聞きました。そして、貴方自身もボクシングの経験が豊富だとも」
「そうだねぇ。今でも時々打ち込みはやっているんよ~。でも、不思議だねえ。どうして初対面のあたしにボクシングを習いたいのかしら?」
あっきゅんがとても不思議そうな顔をしながら問うてくる。同じ学生とはいえ、そこまで面識のない相手にレースとは本来関係がそこまで無いはずのボクシングを教えろなんて言われたら、それを疑問に思うなと言う方が無理な話だろう。
「…つまり、ヤエノさんはボクシングの柔軟な動きを取り入れたいと?」
ヤエノムテキが注目したところは、ダートレースという不安定な立場で臨機応変に対応できるあっきゅんの身体作りに興味を持っていた。空手のような固い動きとは違う、しなやかな動きがどうなっているのか気になっていた。
「…有り体に言えばそういうことです。しかし、貴方にもトレーニングやレースがあるので無理強いはしません。時間が空いてくれればその時でも…」
「うん、良いよぉ~」
「え、いいんですか?」
ワンダーアキュートは、ダートレース戦線の一翼を担うウマ娘というのが世間の認知だ。当然彼女にも都合はあるだろうし、断られることも覚悟はしていた。だけど彼女はまるでお日様のような包容力しかない笑みを浮かべながら、あっさりと承諾してくれた。それどころか自分の強さの秘密を敵に教えるかもしれないのに…この一連の流れに、ヤエノムテキは唖然とする。
「良いよぉ。これでもボクシングジムの娘だからねぇ、自分に弟子入りしたがってる子は見捨てられないんだよ」
「弟子入り…まぁ、そう捉えますね」
「但し、鍛えるからには一切の手加減はしない。ちゃぁんと気合と根性入れてついてくるんだよ~?」
「はい、望むところです!」
「トレーナーさんも、それでええかい?」
「あぁ、時間もあるし問題ない」
のほほんとした口調ながらも、確かな重みを感じるあっきゅんの言葉にヤエノも語気を強めて応える。プロボクサーを父に持つという彼女の指導を受ければ、今後のレースも強くなるかもしれない。幸い、この合宿場にはボクシング施設もあるわけだしそこで…
「それじゃあ、さっそく始めに行こうかねえ?」
「え、今から?」
「といっても、まずは
先ほどまでのゆったりとした雰囲気は何処へやら。明らかに空気の変わったあっきゅんは、案内すると言いつつも足早に部屋を出て行った。そんな彼女に遅れないよう、ヤエノとついでにチヨも運動用の身なりに整えて部屋を出た。
・・・
「ほ~れ、頑張れ頑張れ~。あと15周よ~」
「くっ…!」
「ひ、ひぃ~!!」
「…二人とも、大丈夫か?」
内心大丈夫じゃないだろ、と分かっていながら俺はそう声をかける。あっきゅんの言う練習は、それはとても過酷だった。まずは海岸沿いを行ったり来たりのランニングからのスタートなのだが…ここへ到着してどれくらいの時間が経ったのか分からないが、もうどれくらい走ったかも分からないくらい延々とここを走らされ続けている感覚だけはわかる。そんな顔を背けたくなる光景を、俺は自転車で後ろから見ている。
彼女が課した最初のトレーニングは、ずばりスタミナを鍛えるもの。このランニングはその為のものであり、トレーニングの意図は間違いなく的を射ている……のだが、いかんせんスパルタが過ぎるような気がする。
「しんどいだろうけど頑張ろうねぇ~?これが終わったら、打ち込み500発だから」
「「ご、500…!?」」
隣で涼しい表情を浮かべながら併走しているあっきゅんを見て、改めて自分たちとの環境の違いを思い知る。のんびりとしていて、どこか嬉しそうな声色のあっきゅんだったが、その口から出てくる言葉の数々はまぁまぁ絶望的なものばかりだった。もちろんやると言ったからには、チヨは兎も角ヤエノは折れるつもりはないけど…
「さっきよりもペースが落ちとるよ~、頑張れ頑張れ~」
……やっぱり、ちょっとは手加減してほしいというのが本音だった。
・・・
「次は打ち込みの練習なんじゃけど、ただ闇雲に打つだけじゃ意味がない。まずはあたしがお手本を見せようかねえ」
海岸でのランニングを終え小一時間の休憩の後、いよいよ本格的なトレーニングのためボクシングジムに訪れる。早速あっきゅんは持参していたグラブをはめ、吊るされたサンドバッグの前に立った。これからお手本を見せると言った彼女に視線を集中させる。
「すぅ…はぁ…」
「…………」
「…しゅっ、しゅっ、しっ、しっ…!!」
パンパンパンパパン!!
「「!」」「うお!?」
「しっ、しっ、はっ、ほっ!ほりゃあ…!!」
バンババンバンバン!ドゴォ!!
ワンダーアキュートの繰り出す力強い打撃に、サンドバックが縦に揺れ始める。ただ左右に揺れるのではなく、余程パワーを発揮しない限り動かすのが難しいサンドバッグ。それが、まるでダンシングをしているかのように縦に揺れていた。
彼女の纏う雰囲気が『田舎のおばあちゃん』のような空気から一変、今のあっきゅんはそんなものを微塵も感じさせない、どこか鬼気迫る雰囲気すらあった。
さすがに経験者と言うだけあって動きには一切無駄が無く、パワーを全面的に発揮していた。もし彼女と対峙するようなことがあれば、相手は陳腐な防御や回避など微塵も通用しないと確信出来る。
「…ふぅ、良い汗をかいたねぇ。ほい、今度は二人の番」
「押忍ッ!」「は、ハイッ!」
しばらく打ち込んだ後、今度は二人の手にグラブが渡った。
ぶっちゃけ彼女の打ち込みに気圧されてどんな風にすればいいのかとか、自分との違いは何なのかとかはよく分からなかったと言いにくい。だが、彼女のようにとてつもないパワーを出さなければサンドバッグは小刻み程度しか動かなかった。
サンドバッグに打ち込む時、ヤエノは心底焦ったはずだった。武術を学んでいるからと言って、このような圧倒的なパワー不足は見逃せなかった。その証拠に、かつて故郷のダートで鍛えたオグリキャップの底知れぬ速さに痛感するものがあったかもしれない。因みに、チヨは途中でダウンしてしまった。
「さ、流石に…ぜぇ…もう、限界、です…!」
「ふっ…ふっ…!」
たとえチヨは限界でも、かつてのチヨパンチを伝授したヤエノムテキは真剣な表情で無心でサンドバッグを打ち続ける。それから30分後、見事にヤエノは500発を打ち抜いた。
「あ、そうだ。せっかくだから、あたしからお願いがあるんだけどもぉ」
「アキュートさんが、ですか?」
「やっぱりウマ娘を相手にするなら、トレーニングもウマ娘を相手にした方が良いと思うんじゃよ。そこで、ヤエノちゃんの空手の型を見せてもらおうかねぇ」
そう言うや否や、ワンダーアキュートはもう一つのグラブを自分の手にはめた。そして、ヤエノムテキの前に立った。どうやら足技厳禁の、空手vsボクシングの異種格闘をやるつもりだ。
「あたしから打ち返すようなことはしないから、安心してくれて良いからねぇ。言っておくけど、誰かの打ち込みの相手をするのは久しぶりだけども、そうそう簡単にあてられるほどヤワには出来てないからねぇ」
「…本当に良いんですね?」
「遠慮なく、ど~んと来ると良いねえ」
どこか挑発的にも見えるあっきゅんの笑顔を見て、遠慮は必要ないことを悟った。彼女の胸を借りるつもりで、より実践的なトレーニングに付き合って貰おうと思ったヤエノムテキは気合を入れる。
「なら、遠慮なく……しっ、ふっ、ふっ!」
「うほぉ~、なかなか良い打ち込みじゃねえ~」
空手特有の鋭い突きのようなジャブ。たった一日でこれまでのトレーニング成果を、ヤエノは貪欲にあっきゅうに向かって突き進んだ。対するあっきゅんも応えるべく、その鋭いジャブをギリギリのところで避け続ける。
「じゃけんども、ちょっと無駄な動きが多いねえ~。これじゃあウマ娘の動体視力を越えるのは難しいかもねえ~」
思う様に打ち込んでみるも、拳はあっきゅんを捉えられない。どれもこれも軽くいなす彼女は、初心者相手に軽口を叩く余裕すらあり楽しんでいるようだ。しかも、その回避動作の全てが最低限のものであると理解できるほど動きは小さい。
しかし。裏を返すなら、もしあっきゅんを捉えることが出来るようになれば、綿密に臨機応変な柔軟の身体を手に入れるかもしれない。せっかく付き合って貰っているのだから、何としてもモノにしなくてはとヤエノも内心燃える。
「ふふ~、またハズレじゃよ~。これじゃいつになったら当たるようになるか分からないねぇ~」
「上等です…! 当たるようになるまで付き合って貰います!」
「望むところじゃねえ~」
翌日、3人とも軽い筋肉痛になったのは言うまでもなかった。
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