チヨの幼馴染Tになれるなら、オワタ式ファイナルなんてなんぼのもんじゃい! 作:ansin
これからは2週間に1つのペースになるかもしれませんが、焦らずにやりたいと思っております。でわどうぞ。
サイレンススズカの突然の出走停止は、違う意味で世間を大きくざわつかせた。
毎日王冠での圧巻な走り、その後の何事も起きなかったライブでそのまま天皇賞を走るだろうと思っていた世間をひっくり返すよう連日ニュースになっているほどだ。だが、これで本当に良かったのだ。自分だけが知っているあの悲痛の象徴である「沈黙の日曜日」になるよりかは、学園の関係者全員が誹謗中傷の嵐に巻き込まれるよりかはましだ。
これに関しては、スピカのトレーナーも記者会見を行うなど全面的に謝罪した。それが功を奏したのか、あまり否定的な意見は出なかったといってもいい。むしろ擁護する声が多かったかもしれない。それは正確にも大きく出ており、今まで他人任せであった練習スタンスはきっかけとしてメンバーそれぞれを見る機会が多くなった。
サイレンススズカが出場したなかったことで、天皇賞秋の構図は大きく変わる。
代わりに一番の目玉になったのは『オグリキャップ vs タマモクロス vs サクラチヨノオー』という、どこぞの記念すべきモンスター映画のタイトルみたいな構図になっているということだった。それに加え、チームリギルからは満を押してあのウマ娘が刺客として現れる。
「まさかここで対決するとは思わなかったぜ…"女帝"さん」
俺たちの目の前に現れたウマ娘。黄色と青の優雅な勝負服に身を包んだ副生徒会長、エアグルーヴがいつも以上に真剣なまなざしで対峙していた。
「女帝として真剣にやらさせてもらう。私をたわけと言わせるなよ?」
「それはこちらのセリフだぜ、チヨ」
「はい! 毎日王冠以上の、走りを見せます!」
・・・
『秋晴れが清々しい東京レース場。これより第11レース芝2000メートルGⅠ、天皇賞秋が開催されます。バ場状態は良の発表となっております』
『今年も秋の三冠の時期がやってきましたね。サイレンススズカが辞退となった今回は、4人のウマ娘に注目が集まっていますねぇ』
『毎日王冠のリベンジとなるオグリキャップとサクラチヨノオー、チームメートの仇をとるエアグルーヴ、8連勝を狙うタマモクロス…目が離せません!』
「なんでや勝つのはチヨに決まっとるやろ!!」
「と、トレーナーさん!落ち着いてください!」
俺の隣で顔を真っ赤にして叫んでいるチヨをもっと褒めてくれてもいいのよ? っていうかどんな強敵だろうと、俺の育てたチヨが負ける姿は流石に見たくない。前回の毎日王冠の反省をここで生かす!
スタート位置は観客席から見て右手側…というか、第1コーナーに接続された直線からのスタートとなる。そのためウマ娘達は観客席からはよく見えない。ゲートの設置位置的に観客席に背中を向ける形になってしまうのだ。
ただ、名前を呼ばれたらゲートインする前に振り返って、観客に手を振ったりするウマ娘が多い。それがスタート前の状態最終確認。ここで俯いたり無視したりすれば異常があるのではないかと変に疑われてしまう。
『1番、オグリキャップ。1番人気です』
『パドックでの様子を見ましたが、今日は非常に調子が良さそうですよ。期待が持てるのではないでしょうか』
流石はアイドルのオグリだ。六平さんが言うに、今日この日まで準備をしていたと公言できるほどの良い仕上がりである。
『4番、サクラチヨノオー。4番人気です』
チヨは相変わらず気合を入れている。ってか4番の人気って4が続いているとオグリとは真逆に不安になってくるのは気のせいか。このレースは最悪でもエアグルーヴより前じゃないと終わりだからな。
『6番、タマモクロス。2番人気です』
タマモクロスも負けじと、活発なイメージを保ったまま挨拶をする。小宮山さんとのレースはデビューからここまで7連勝。侮れない。
『7番、エアグルーヴ。3番人気です』
女帝様は孤高のプライドを表すかのような挨拶だ。東条さんも自信がありそうな表情だったし、これは難敵かもしれん。
なんて考えているうちに歓声が上がったかと思ったら、東京レース場から音が引いていく。それは発走が始まる合図であり、観客達がこれから始まるレースへの興奮を必死に押し殺している証だ。
今日は天気もよく、秋晴れと言っていい気候だ。日差しはあるが暑くはなく、これからレースを走る彼女らにとっても丁度良い気温という同じ条件で競い合う。東京レース場の緊張が高まる。そして徐々に引いていた音が一瞬、完全に消え失せた。
『各ウマ娘、ゲートイン完了……スタートしました』
そしてバタン、という音と共にゲートが開いて秋の天皇賞が始まった。
『各ウマ娘、揃って綺麗なスタート!…おっと!? トップシュンベツが出遅れた!代わりにロードロイヤルが一気に先頭へ!』
スタートから波乱の幕開けだ。逃げ候補の一角であるトップシュンベツがまさかのスタートミス。内心恥ずかしいが追いつけてもスタミナを消耗したら最後は無理だ。だが、代わりにロードロイヤルがトップに躍り出す。猛烈な逃げで、3…4…5バ身と逃げの異名は健在。
『それに続くのは…え!?』
「えぇぇええええ!!?」
「「…。」」
実況も小宮山も観客も驚くのは仕方ない。なんせ、件のタマモクロスはセオリーとは真逆の
『これは驚きです。タマモクロスは後方からの巻き返しだと思っていたのですが、作戦なのでしょうか? まだレースは始まったばかり…各ウマ娘、他のライバルの出方を窺っているようです』
スタート直後から向こう正面の半ばまでは下り坂が続き、急勾配かつ100メートルにも満たない短い坂を駆け上ると再び下り坂になる。人間からすると100メートルの坂は十分長いが、彼女らは数秒で駆け抜ける短さ。そしてホームストレッチに来れば再び登り坂があるが、京都レース場の名物「淀の坂」なんかと比べると負担はかなり小さい。
負担が少ない…その常識は間違っている。ウマ娘にとっての数秒は、俺たちからしてみれば一瞬。そのわずかな時間の中で、アップダウンを繰り返すレースをしている。いわば一種の障害物競走しているような感覚なのだ。
トップシュンベツがようやく先行集団に加わり、エアグルーヴ、それに続くチヨと混戦になっている。一方のオグリは中断から見据えているような位置だ。
『残り1000を通過して向こう正面を抜けた各ウマ娘が第3コーナーへと突入していきます。先頭は変わらずロードロイヤル』
レースはもう第3コーナーへと向かっている。並みのウマ娘なら、早めに仕掛けるタイミングではある。だが、優れた実力者が示す答えは違う。
「(詰めるべきか…いや、違う)」
「(焦らない、まだ少し、まだここで)」
「「「「(耐える…!)」」」」
エアグルーヴは相変わらずだが、それにしてもタマモクロスは冷静に見える。いやああ見えて内心感情を押し殺している。
一方のチヨは塞がれた状態でどうするか、一瞬悩んでいたが表情は余裕だ。インを走れたことで距離ロスを抑えられており脚はまだ余力がある。
「(視えた! ここ!)」
「!!」
ルートが見えたチヨは、ここぞといわんばかりのスパートを出す。それと同時に悪寒も感じた。それもそうだ。同時に、後ろにいたトップシュンベツがスタミナを使い切って後退したと同時にオグリキャップが抜いた。エアグルーヴはチヨを抜かせまいとスピードを上げる。
今回のレースの場合、最終直線は約500メートル。しかしすぐに最後の難所が来る。それは、高低差2mの坂。チヨの長所は粘り強いスパート、あとは他との根性勝負だ。
『第4コーナーを抜けて最後の直線へ! 先頭は変わらずロードロイヤル、だがしかし上がってきたタマモクロス! 負けじと加速したサクラチヨノオーとエアグルーヴが追いつく! 更にその後ろ! オグリキャップも上がってきている!』
最終直線の坂で、4人全員が仕掛けた。トップを走っていたロードロイヤルは、坂でスタミナを使い切りズルズルと後退していく。
『サクラチヨノオーにエアグルーヴ、オグリキャップがロードロイヤルをかわして2番手争い! 先頭のタマモクロスまで残り1バ身と少し! このまま追いつくのか!?』
ここまで来ると、先頭のタマモクロスは限界に来ていたはずだ。2番手からの位置で11秒台の加速ラップタイム、それと比例するトップスピードとしての負担。精神的にゴールまでが遠く、脚が重い。
「「「うおおおおおおおおお!!!!」」」
確実に、着実に迫ってくる三強の咆哮がタマモクロスに襲い掛かる。
ピシ…
このままいけば、ゴール板手前で逆転できる!あとはオグリの…
ピシ、ピシ…
って、さっきからなんだこの、音……………!!!
そうだ。あまりレースに集中しすぎて、大事な要素を忘れていた。いや、ぽっかりと穴が開いたような感覚が走った。
「「「「「!!」」」」」
タマモクロスを間近で見ていた3人、そして俺と東条さんはその時同時に思ったことだろう。馬鹿な、ありえない。タマモクロスが、更に加速した。口元を吊り上げて笑みを浮かべ、これまで以上に強く地面を蹴りつけて更に加速した。
とある現象がある。
時代を作るウマ娘が至る、当人も知らない剛脚。限界の先の先。規格外のパフォーマンスの代償として消耗は凄まじく、他の競走者を捩じ伏せるかのような獣のごとき末脚。
それは一流でも、選ばれた者でしか感覚としての住む世界。
「ようこそタマモクロス。 "
『タマモクロス!ここへ来てさらに加速!!3人を引き離す!!』
『これは一体! 彼女のスタミナは無尽蔵ですか!?』
割れんばかりの大歓声。東京レース場はかつてない盛り上がりだ。
タマモクロスの圧倒的なスパートに、3人は既に戦意喪失だ。
ここで僥倖だったのは、ありえない現象を見たエアグルーヴが現実に引き戻るまで時間がかかり4着に後退した事。だがその後は…
「(脚が、重い…視界が…)」
まるで感電したかのような衝撃で、集中力を切らしてしまった3人の視界は泥のように沈んでいく。タマモクロスがスカッと一直線でゴールしたのに対し、後の3人は膝を曲げたほどの衝撃と疲労に襲われた。
「(このままじゃ、マルゼンさんなんて…)」
「…………………。」
あまりに突きつけられた現実に、落ち込むチヨを自分は遠くから眺めることしかできなかった。
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