昏き海都は黄砂に沈む   作:非単一三角形

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 第一部完……的な話。
 本作はまだまだ続きます。念のため。

 続けての三人称視点。



第20話 月下の宴

 

 

 ――『竜』の身体に、捨てるべき部位など存在しない。

 

 

 骨や鱗は頑丈かつ稀有な特性を持つ素材として。

 血や内臓は希少な薬材として。

 その巨躯を構成する肉もまた、それら同様に高い価値を…持っては、いる。

 

 とはいえ、交易に用いられる船と比較してなお大きな山を築く『物量』の前には、貨財としての扱いより先に『処理』という言葉が宛がわれ。

 さらに物が()()()がために、『防腐』という一語が枕につき。

 重ね重ね量が量ゆえに、到底収まりきる蔵などあるはずもなく。

 

 

「――だからこうして、宴の主役にすることで少しでも消費しようってわけだ」

「なるほどー」

 

 そう締めくくったラウルと、それに頷いたシャルロッテの眼前に並ぶは、街中の料理人、および多少なり心得を持つ者たちがこぞって腕を振るった竜肉料理の数々。

 日々の激務に追われていた彼も、今宵ばかりはと暫く振りの酒瓶を傾けていた。

 

「…私としては、もう少し甘い物も欲しいですがね」

「自分で作れ……る時間が無いんだったな、悪い」

 

 常より変化の乏しい声で呟いたソールに、言いかけた言葉を途中で引っ込めるラウル。

 杓子定規な印象を与える彼の、意外とも思える趣味、兼気晴らしの手段が『お菓子作り』とその賞味にあり、また連日の激務にその時間さえも奪われると零していたことを思い出したのである。

 

 …尤も、そんな彼の前にも少なからず空き皿は積まれており、即ち彼もまた見た目よりは竜肉を楽しんでいることは明らかであったのだが。

 

 

「しっかしまあ……まさかお前がこんなことをやり遂げるようになるとはな、シャリー」

「うぇっ!? え、えへへ……みんなのおかげですよっ!」

 

 口では謙遜を表しつつも、へらりと頬を緩ませるシャルロッテ。

 その様子に、軽い酔いを顔に浮かべたラウルは「これだからなあ」と苦笑する。

 しばしその平和な顔を眺めていた彼は、不意に引き締めた顔で呟いた。

 

 

「…作戦による人的損害は無し、船のダメージも想定より遥かに軽微。成功は勿論だが、ここまで理想的な結果になるとはなあ……まあ、シャリー嬢ちゃんは結構やばかったらしいが」

「あー、あれは……シャリーちゃんも、ミルカも、無茶するんだから、もう」

 

 討伐戦の顛末を思い起こし、シャルロッテが頬を膨らませる。

 

 竜の反撃により懐近くに落下したこと、またその衝撃で足を痛めたことから退避に使える時間は無いと判断、切り札となる爆弾をそのまま竜の懐で起動させたシャリステラ。

 同じく確実に仕留める為にと接触状態で火器を起動、過剰負荷による発熱を始めた『それ』を、決着を確信できるまで握り続けていたミルカ。

 

「…ミルカは両手を軽く火傷したぐらいで済みましたけど、シャリーちゃんは本当に危なかったんですよ? 帰りの船の中で山ほど薬使ってどうにかって感じで」

「まあ、お二人とも、お気持ちは察して余りありますからね」

 

 全員に共通した打ち身や擦り傷に加え、両脚の捻挫と右半身の重篤な凍傷。

 錬金術を駆使した各種薬品を消費してなお、数日間寝具を下りられないほどの容態。

 その姿は直接竜と対峙しなかった者たちにも、討伐戦の激しさを如実に語る形となっていた。

 

 

「……そういえば、あの後迎えに来てくれた船って……ラウルさんが?」

「ん? …ああ、いや、あの()()()に関しては会長さんの()()()だろうよ」

 

 戦いの後、浮力こそ残れど航行不能に陥った商船から四人を回収したのは、前もってその役目を任じられていた一隻の船。

 遠巻きにせよ討伐戦の様子を目の当たりにしていた乗員たちは皆、隠すべくもない称賛と敬意を示しつつ彼女たちを迎え入れたのだが、そこで四人を驚愕させたのは彼らの顔ぶれである。

 

 

「…びっくりしましたよ? 前にサンドドラゴンの被害に遭ったーって、組合に乗り込んできてた人たちばっかりでしたもん。そりゃ、全員が全員じゃなかったですけど……」

 

 異口同音に『加害者』の排斥や賠償を主張していた顔や声を、ある程度覚えていた四人が大いに身を強張らせたことは言うまでもない。

 しかし、そんな彼女たちの視線に気づいた彼らがとった行動は、皆一様にばつの悪そうな表情を浮かべながらの、重体にあるシャリステラへ向けた謝罪であった。

 

「恐らく予め比較的穏健な人間を見定めて集めていたのでしょう。あの手腕には驚かされますね」

「まあ、あのシャリー嬢ちゃんの状態を見て、ぐだぐだ言える人間はいないだろうさ」

 

「加えてつい先日の事ですが、サンドドラゴンの縄張りになっていた『海域』で、大昔に彼の竜に沈められたらしい船の残骸が山のように発見されました」

「つまり災いを持ち込んだって疑いは晴れた。それどころか、街の為に危険を冒して戦ってくれた恩人って見方もできる。…これからは嬢ちゃんも、大手を振って街を歩けるようになるだろうよ」

 

 

「……だと、いいですけど」

 

 ラウルたちの言葉通り、街にもたらした莫大な実利と、新たに判明、周知された事実によって、大多数の住民がシャリステラに一転して好意的な視線を向けるようになっていた。

 ここ数日間その変化を肌で感じていたシャルロッテはしかし、脳裏に一人の男性の姿を浮かべ、知れず眉を下げる。

 

 対面に座るラウルはそれに気付き、仔細はわからぬながらも「まあ、全員ってわけにはな」と、喉に残る苦味を酒と共に飲み下すのだった。

 

 

「……ところでそのシャリー嬢ちゃんはどうした? この席も、もう起き上がれるようになったと聞いたんで用意したんだぞ?」

「え、あ、はい。後で母さんが連れてくるって言ってたんですけど――」

 

 

 

「あたしが代わりに連れて来たわよ、シャリー」

「……こんばんは。シャリーさん、ラウルさん、ソールさん」

 

 

 

「あっ、ウィルベル師匠! シャリーちゃん!」

 

 背後から聞こえた声に、喜色を込めて振り返るシャルロッテ。

 そこには包帯の巻かれた右手でウィルベルの手を握り、反対の手を緩く振るシャリステラの姿。

 痛めた足の影響も見えず、ふわりと微笑む彼女に、シャルロッテもまた満面の笑みを返す。

 

「……あれ、でも師匠がどうして?」

「それが、ちょっと様子を見るつもりであんたの家に寄ったら、あんたの母さんが急な用事で手が空かなくなっちゃったって言っててさ。それならあたしが…ってことでね」

 

「そうだったんですね……ありがとうございます!」

「ええ……ほら、あんたの為の席よ、座んなさい?」

「…はい。ありがとうございます、ウィルベルさん」

 

 シャルロッテからの疑問に答えつつ、シャリステラに強く握りしめられる己の手に視線を送り、苦笑気味に着席を促すウィルベル。

 言われたシャリステラはやや名残惜しそうな表情を浮かべつつも、頷きと共にその手を離した。

 

 

「(……にしても何か、いつの頃からかこの子にやたら懐かれてる気がするんだけど……?)」

「(え? いやそりゃそうですよ、師匠)」

 

 首を傾げつつ小声で囁いたウィルベルに、同じく小声かつ真顔で即答したのはシャルロッテ。

 

「(シャリーちゃんが誰を一番頼りにしてるかって、考えるまでもなく絶対師匠じゃないですか。勿論あたしもですけど……今日までの事にどれだけ師匠が関わってきたと思ってます?)」

「(……あー……確かにそうね。言われてみれば)」

 

「(傍から見てても顔色全然違うんですよ? 師匠が居るときとそれ以外とで)」

「(あ、うん、そっかー……いやまあ、嫌われるよりは好かれる方が断然良いけどね?)」

 

 

「……? シャリーさん、ウィルベルさん、どうかしましたか?」

「あ、なんでもないよ、シャリーちゃん!」

「え、ええ、なんでもないわよ、シャリーちゃん」

 

 背後でひっそりと行われた師弟のやり取りに、何某かを感じ取ったのか振り返るシャリステラ。

 何やら息の合った動きで首を横に振る二人に、彼女は益々首を傾げるのだった。

 

 

 

「──時にシャリステラさん。先日、例の『現場』からあなたの故郷、ルギオン村への航路を示す情報が『発掘』されましたよ」

 

 

「……っ!」

「おい、ソール……」

 

 息を呑むシャリステラに、ソールは「確かに宴の席でなんですが」と前置きし、淡々と続ける。

 

 

「件の村の『水涸れ』についても『中央』が何やら高い関心を寄せているようです。その証拠に、まだ仔細とも呼べない現状報告の時点で、なるべく早く調査を行うよう要請が出ました」

「要請……『中央』から、ですか?」

 

「ええ。ひいては、近いうちにこちらから調査員を派遣することになるでしょう」

「そう……ですか。ありがとうございます」

 

 

「……ったく、気構えぐらいさせろよな。…『組合』としても、今後はルギオン村のために助力を惜しまないことを約束する。……今回の事は本当に感謝してるぜ、シャリー嬢ちゃん」

「っ……! ラウル、さん」

 

「…まあ、肝心の人員については丸投げされましたし、改めて船を用立てる必要もありますので、今日明日にとはいきませんが」

「いえ、充分です。……充分、過ぎるくらいです」

 

 小さく首を横に振り、目から溢れかけた雫を指先で掬うシャリステラ。

 一瞬、恨めしそうな視線を向けたラウルを、常日頃と変わらぬ表情で一瞥するソール。

 

 そして、そんな三人のやり取りを、すぐ傍で聞いていたシャルロッテは──

 

 

「う、ううう……良がっだねえ、シャリーぢゃん……!」

「……いや、何であんたが一番グズグズに泣いてんのよ」

 

「だ、だってぇ師匠……シャリーちゃんが、これでやっとシャリーちゃんの村がぁ……!」

「あーもーわかったから落ちつきなさいって……あ、こら、そのまま寄って来るんじゃないわよ! 鼻水つくでしょーがっ!」

 

 

「ふふっ…! ……ありがとう、シャリーさん」

 

 忽ち当事者よりも大量の涙を流し出すシャルロッテに、呆れたように額を押さえるウィルベル。

 そんな二人の様子にシャリステラは目を丸くして、それからすぐに笑みを溢すのだった。

 

 

 

▲ ▽ ▽

 

 

 

「――終わった……?」

 

 日が落ちてなお、未だ冷めやらぬ熱を湛える街に、そんな呟きが零された。

 

 顔で、素振りで、思い思いの喜びを表現する人々をただ漫然と眺めて。

 波間に揺られる木屑のごとく、人の流れの中を彷徨い歩きながら。

 

 

「……終わったんだ」

 

 数日、数週間。灼けつかんばかりの衝動の中で過ごした日々を脳裏に映し。

 走り切った後の達成感に似た感覚と、それを遥かに越える虚脱感に身を浸して。

 

 

「終わらせ、たんだ」

 

 視線を向けるは、先日元通り快癒した自身の指。

 そこに握られているのは、あの日に振るった手製の武器でもなければ、仕事道具でもなく。

 

 

「私、終わらせたよ……姉さん」

 

 ようやく己の手元へと戻ってきた、姉の形見(マフラー)を胸に抱いて。

 宴を囲う灯火を瞳に宿すミルカの姿が、そこにはあった。

 

 

 

 

「(……穴が、空いてる)」

 

 宴を『景色』のように認識している自覚を抱えて、彼女は歩く。

 

 

「(心の奥に詰まってた全部、あいつに吐き出して、残った穴)」

 

 その姿に気づいた人間の、呼びかけの一切を耳に入れず。

 

 

「(……何もかも、戻っては来ない。そんなの初めからわかってた)」

 

 労いにも、誘いの声にも、一顧だに見せずに。

 

 

「(見たくなくて、考えたくなくて、後回しにしてただけ)」

 

 奥底に燻る感情に、衝動に、一つ一つ理由を与えて。

 

 

「(そうでもしないと……()()()()()()()()()気がしなかったから)」

 

 目標を定めた歩みを、次第に確かなものへと変えながら。

 

 

 

「(私は……私が嫌いな『人間』と、何も違ってなんか、ない)」

 

 濁りを取り去り見えてきた『自分』を、彼女は自身の中にある最悪の言葉で嘲る。

 

 

「(だって結局……何も、捨てられなかった)」

 

 視界に入った()()()()が、己に気がつく様子を意識に入れて。

 途端、抱えたマフラーの下で早鐘を打ちはじめた心臓に、抑えつけるかのように力を込めて。

 

 

「(だから……だから、これで――)」

 

 その()()()()()()()に、一瞬だけ目を向けて。

 知らぬ間に滞っていた呼吸を、一度だけ整えて。

 

 真っ直ぐに向けられる()()()()を、彼女は見つめ返した。

 

 

 

 

 

「――シャリステラ」

 

「……ミルカさん」

 

 

 

 

 

 

「――っ!」

 

 沈黙と、夜闇を切り裂いたのは、前触れなく振り上げられた白い腕。

 それを凶行の前兆と目に映したシャルロッテの喉から、絞るような音が漏れる。

 

 対するシャリステラは視線でそれを追い、されど避けるような素振りは見せず。

 堪らず駆け出そうとするシャルロッテの視界の中で、ミルカの手が過たず振り下ろされ──

 

 

 

 ――ぺち

 

 

 

「…………へっ?」

 

 閃いた腕が鳴らしたあまりに小さく軽い音に、気の抜けたような呟きが零れる。

 コケる寸前のような姿勢で固まったシャルロッテの上げた視線の先には、相手の左頬に手の平を押し付けるようにして見据えるミルカと、されるがままに見つめ返すシャリステラ。

 

 

 

「……どうしても、恨む気持ちを捨てきれなかった」

「……」

 

「でも……だからこそこれで、最後にする」

「…………」

 

「殴って、ごめん。ひどいこと言って、ごめんなさい」

「……はい」

 

 

「それから……一緒に戦ってくれて、ありがとう、シャリステラ」

「…こちらこそ、ありがとうございます、ミルカさん」

 

 

 言い切った、とばかりに息を吐きながら、ミルカの腕が視線と共にゆっくりと降ろされる。

 そして今一度、降りた静寂に微かな呼気を響かせて、彼女は顔を上げた。

 

 

「それと……これは、お願いになるのだけど…」

「……はい、何でしょう?」

 

 

 

「私と……もう一度私と、友達になってくれる…?」

「……! はい。勿論ですよ、ミルカさん」

 

 

 

「……ミルカ、でいい」

「……それならわたしのことも、また、シャリーって呼んでください」

 

 

「……わかったわ。あらためてよろしく、シャリー」

「はい。よろしくお願いします、ミルカ」

 

 

 

 

 

 

「…………え、ええっ、ええええっ!?」

 

 握手を交わし微笑み合う二人に、目を白黒させて叫ぶシャルロッテ。

 その傍らには、彼女の肩をポンと叩きつつ、笑みを浮かべるウィルベルの姿があった。

 

 

 

▽ ▽ ▲

 

 

 

「──ねえ、シャリーちゃん?」

「どうかしましたか、シャリーさん?」

 

 

「その…ミルカのこと、これから『ミルカ』って呼ぶならさ。あたしのことも『さん』付け無しで呼んでよ。あたしも『シャリー』って呼ぶから」

「え? ……まあ、いいですけど――」

 

「ですます、も要らない」

「え……い、いいけど、お互いに『シャリー』だと何だか変じゃない?」

 

「う、それもそっか……」

「というより、急にどうしたんで……どうしたの?」

 

 

「……ああ、友達と友達が一気に距離を縮めたのを見て焦ったのね」

「そういうのは解説しないでください、師匠ぉ!?」

「…っ、ふ……っ」

 

「と、とにかく……じゃあこれからは、ステラ、って呼んでいい?」

「うん。…それならわたしからは、ロッテ、かな?」

 

「それじゃ…あらためてよろしくね、ステラ」

「こちらこそよろしくね、ロッテ」

 

 

「…………ほーら、こんなところで長々と立ち止まってるんじゃないわよ」

「え…あ、はい、すみませんっ!」

「ふふっ……」

 

 

 

「(……コルテス兄さま。テオ爺。わたし……()()()()()()みたいだよ)」

 

 

 

「…どうかしたの、ステラ?」

「ううん、何でもないよ、ロッテ」

 





※原作既プレイの方へ

 原作エスカの『後方支援』とは何だったのか。
 案外本作で使った前作イベントアイテムというのが良い線行ってたりしませんかねー。


※原作未プレイの方へ

 原作でステラ、ロッテ呼びになるのはもう少し先。
 本作ではミルカに触発されたロッテによってちょっぴり早まりました。

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