ほんのり捏造のシャルロッテ回。
長くなったので実質前後編。
「――こんな時間に、そんな格好で出歩いたりして、風邪ひいても知らないわよ?」
不意に頭の上から聞こえた声に、ぼんやりとした意識のまま顔を上げた。
「散歩には良い月明かり……なんて気分でもなさそうじゃない」
なんで、だとか。
どうしてここに、なんて言葉は浮かんでこなくて。
「あんたのそんなにしょげた顔、初めて見るかもねえ」
頭の隅で、無意識に期待していた自分に、驚きながら気づいて。
そんなあたしの勝手な想いまで、解っているとばかりの微笑みに、目の奥が熱くなった。
「元気と度胸と丈夫さが取り柄の、無駄に真っ直ぐなあんたはどうしたのよ、シャリー?」
……本当に、不思議な人だ。
助けが欲しいと願ったとき。
行き先を見失って、彷徨っているときに。
いつも、いつだって、顔を上げればそこに、この人の姿があって。
手を引いてもらえば、真っ暗だった道の先に、いつの間にか灯りが光ってる。
「……ウィルベル、師匠ぉ……」
――まるで、
潤んだ視界の奥に、そんなバカみたいな想いが駆け巡っていた。
――裏切られた。
あの瞬間、浮かんできたのはそんな想い。
突然、目の前で倒れてしまって、目を閉じたまま動かない母さん。
そんな姿に慌てる様子もなく……まるで、わかっていたみたいに対応してるステラ。
──なんで?
なにがおきたの?
……知ってたの?
…………
身体はどんどん冷えてくのに、頭は煮えるみたいに熱くなって。
何を言っても答えようとしないステラに、そんな感情のまま手を伸ばしかけて。
──頭を過ったのは、ミルカの顔だった。
ユリエさんの行方を知って、ステラを傷つけてしまったときの顔。
怒りと怯えが入り混じったような、今まで見たこともなかった幼馴染の表情。
後になってミルカは、あのとき自分がやってしまったことをめちゃくちゃに後悔していた。
八つ当たりだってわかってるのに、わかってたはずなのにって、何度も、何度も。
そのときの、自分を責めるミルカの声が、考えようとする頭を掻き乱していて。
あたしの身体は、金縛りでもあったみたいに動けなくなった。
「――ロッテ」
「……っ!」
……気づけば。
出来る事はやり終えた様子で、息を吐くステラの姿が目の前にあって。
きっと呆然としてるあたしの顔を覗き込みながら、言葉を探してる様子が見えてきて。
「……ロッテ、わたしは──」
「なんで?」
…………ステラが、説明しようとしてくれてるのが、見えてたはずなのに。
ちゃんと…まずはステラの話をちゃんと聞こうって、思ってたはずなのに。
なのにステラの声が耳に入った瞬間、あたしの口は勝手に動いてた。
「なんで、わかってたの? …知ってたの?」
「その……わたし、実は──」
「なんで、何も言ってくれなかったの? …教えて、くれなかったの?」
「っ、それ、は──」
「なんで…………なんで、
「……え?」
あたしの呟きに、不思議そうな顔をしたステラが、視界の端に動いていって。
視界の真ん中に床を映したまま、心の奥から出てくる言葉がそのまま口を衝く。
「……そんな用意がしてあるなんて、ずっと前から具合悪かったってことだよね…?」
「なんであたしは何も知らないの…? なんにも、気づけなかったの…!?」
「なんで…………なのになんでステラは知ってて、あたしには──」
「…………ロッテ?」
……なに、これ。
なんなの、この感じ?
顔どころか、身体全体火傷しそうなぐらいに熱くなって──
「……ッ!?」
「え……あっ、ロッテ!? どこ行くの!? ロッテってば!?」
身体が、足が、弾かれるみたいに動き出して。
空に放り出されたときみたいに流れてく景色と、背中に聞こえたステラの声とで、いつの間にか家の中から飛び出してたことに気がついて。
夜風を浴びて、ほんの少し冷えてきた頭で……だけどあたしは、そのまま夜の街を走り続けた。
どこか、向かおうとした場所があったわけじゃない。
なにか、ちゃんとした考えがまとまってたわけでもない。
ただ、ステラと……母さんと同じ空間にいることさえ辛いと思うくらいに、あたしは──
「──恥ずかしく、なっちゃったんです」
「ちょっと色々出来るようになったからって……大きな仕事を任せてもらえるようになったって、バカみたいに舞い上がって……」
「ずっと母さんが病気を隠してた事に気づけなかった自分が……違和感すら持たなかった自分が、考えれば考えるほど恥ずかしくて堪らなくなっちゃって……」
「おまけに、ステラはそれを知ってたのに……どうしてあたしには教えてくれなかったんだって、ステラのことを恨みそうにまで……っ」
「悪いのは鈍感過ぎるあたしの方なのに…………ひっどいですよね、あたし……っ!」
「……バカね、シャリー。それはあんたのせいじゃないわ」
あたしの取り留めも無い呟きを全部聞いた後で、それでも師匠はいつも通りの声でそう言った。
「実の娘に、倒れる直前まで不調を隠し通してみせたあんたのお母さんがカッコいいってだけよ」
「…ウィルベル師匠」
「ほら、しっかりしなさい。……事が事だし動揺するのは仕方ないわ。それでも今は、そうやってちゃんと頭働いてるじゃない。それなら落ち込むより先に、やれることがあるでしょ?」
「……そう、ですよね」
師匠の言う通り、茹だってた頭が冷めてくれば、だんだん色々なものが見えてくる。
どうしてステラが、あたしに黙ってあんな用意を整えていたのか。
あのときあたしを見て、後ろめたそうにしながらも何も言わずにいたのか。
……それに、そもそもどうしてここに──
「あの、ひょっとしてなんですけど…………師匠も、ステラから……?」
「……その様子なら、聞かなくてもわかってるんでしょう?」
「……えへへ」
…ああ、やっぱり。
師匠も前々から、母さんがいつ倒れてもおかしくないような状態だったって知ってたんですね。
そこでただ事じゃない様子で夜中に表を走ってるあたしを見つけて、案の定…ってやつですか。
驚きはしてるけど……あの瞬間、抱いたような気持ちは湧いてこない。
頭が働いてる今なら、師匠やステラが悪気があってあたしに隠し事なんてするわけないってことぐらい、ちゃんと考えられるから。
「…あたしに伝わらないように、母さんが口止めを頼んでた……ってことですよね」
「ええ。…と、言ってもあたしが聞いたのは、つい最近なんだけどね」
額に指を当てて、ちょっと夜空を見上げながら、師匠は小さく唸った。
それから困り顔半分、半笑いになった視線があたしに戻ってくる。
「……正直、聞いた時点で、それってどうなの? とも思ってたんだけど……よそ様の家庭事情に少なくとも又聞きで首突っ込むわけにはいかないじゃない?」
「あ、あ~、それは確かに……」
頭を掻きながらの師匠の言葉に、あたしも同じ調子で頷いた。……納得するしかない。
それからこうして話がこじれるのを防ぎに来るのが、無責任な外野が出来る最大限、と。
…あのまま一人で居たら、まともに考えられるようになるまでどれだけ掛かったかな、あたし。
こうやって話を聞いて貰えるだけで感謝しかないですよ、師匠。
「……なら良かったわ。もう、大丈夫そう?」
「はい! ……あの、ついでに、じゃないですけど……結局母さんがどういう病気なのか、とか、師匠は知ってたりするんですか?」
「……シャリステラから幾つか聞いてはいるけど、あの子も詳しいところまでは聞けてないって言ってたからね……結局あんたが本人から直接聞くしかないと思うわよ」
「……そう、なんですか」
頷きながら、頭の中に浮かんでくる疑問をゆっくり整理する。
母さんが一体どういう病気になってるのか。
一体いつから、具合が悪いのをあたしに隠してたのか。
そもそもどうしてそれをあたしに隠そうとしたのか。
そして──なによりあたしが今、母さんに対して怒ってることは!
「どうして母さんの
「お、おう……それでいいのか、あんたは」
あたしだって、昨日今日母さんの娘になったわけじゃない。
母さんの気持ちが全くわからないなんて、あたしは言わないよ?
きっと、自分の事であたしに心配かけたくなかったとか。
毎日楽しそうに仕事をしてるあたしを、邪魔したくなかったとか。
あたしのためを思ってくれての行動だってわかってるよ。……いつもみたいな、さ。
でも……それで結局あんな風に倒れてたんじゃ、余計な意地を張っただけじゃない!
そんな母さんの『暴走』にステラを巻き込まないでよね! まったくもう!
「……じゃ、考えもまとまったみたいだし、そのあたりの想いをぶつけに行ってきなさい」
「はいっ! 不肖シャルロッテ、吶喊してきます!」
……あたしなら良いんだよ? 母さんの勝手な思い込みからくる『暴走』には慣れっこだもん。
そんな母さんの意地にぐらい、幾らでも付き合ってあげる。
だから……だからさ、母さん。
――ちゃんとあたしと、向き合ってよね。
「…………えっと、師匠も一緒に来てくれたりしませんか?」
「…………あんたがそれで良いなら行くけど、親娘の話に口出しする気はないわよ?」
「それでも良いんで是非お願いします! その…今、ステラと顔合わせるの気まずいなって……」
「……締まらないわねえ、あんたは本当に」
「──ナディさんが、昔は
「……え」
師匠と一緒に家に戻ったあたしを、戸惑いながらもホッとした様子で迎えてくれたステラ。
あたしの方こそ安心したこと、今まで母さんを診ていてくれたことにお礼を言って……だけど、どういう経緯でこんなことになったのか、尋ねたあたしに返ってきたのは、そんな言葉だった。
商会長……ペリアンさんの、秘書?
あの、いつも能天気で天然でおおらかでちょっとおバカな…母さんが???
「……
「……ウィルベル師匠?」
「ああ、あたしは前にリンカさんから聞いてたのよ。……知り合いと間違えて声かけたのが始まりだったけど……まあそれはともかく。まさかあんたが知らないとは思ってなかったわ」
「…わたしは、ラウルさんからです。たぶん、お二人ともロッテには……」
「……でしょうね。それにしても徹底し過ぎでしょ…」
「…………」
ステラの口から出た突拍子もない……とあたしが感じた話に、頷いたのはウィルベル師匠。
言葉もなく二人のやり取りを見ていたあたしに、師匠はまだベッドで眠ったままの母さんを一度見て、それから口を開く。
「…この街の実質的なトップである商会長さんの元秘書……つまりあんたの母さんは、この街じゃ相当顔が利く人物だったってことよ。……あんたも思い当たる節はあるんじゃない? 例えば……ちょっと前までのシャリステラのこと、とかね」
「え? ……あ、ステラ……?」
「……うん」
口にするべきか少し迷った様子だった師匠の言葉に、頭に浮かんだのは一瞬の疑問。
直後に襲ってきた、まさか、に促されるままステラを振り返れば、小さな頷きが返ってきた。
「……前に、ラウルさんから聞いたの。初めの頃、わたしの扱いをどうするか悩んで……ロッテの申し出ではあったけど、ナディさんに任せられるなら何とかなると思った…って」
「だけど、そんな中でナディさんが一度倒れてしまって……わたし、自分が苦労を掛けたせいだと思って謝ろうとしたの。…ずっと前から病気だったんだって、わたしが聞いたのはそのとき」
「それと一緒に……ロッテには言わないでって、お願いされて……ごめんなさい、ロッテ」
「…………謝らないでよ。ステラは何も悪くないんだからさ」
言いながら、申し訳なさそうに俯くステラに、また指先が冷たくなっていくのを感じた。
あたしの呟きに肩を震わせた姿が目に入って、少しだけ罪悪感が湧いてしまう。
……けれど今は、それ以上に。
「…あの時、あたしお医者さんを呼んで、母さんを診てもらったんだよ? だけど、休んでいれば大丈夫って、そう言われたんだ」
「! それって……」
「うん。ステラやラウルさんたちだけじゃない。母さんったら、あたしに色々隠しておくために、随分たくさんの人を巻き込んでたんだって、今わかったよ」
聞けば聞くほど、あたしが知らなかったことが次々出てくる母さんに、だんだん頭の中が湯気を吹くみたいに熱くなってきていて。
そんなぐちゃぐちゃな想いと、疑問と……信じたい気持ちを言葉に混ぜて
「──なんで……何でそこまであたしには、何も言ってくれないの?」
「そんなにあたしは、頼りにならないってことなの……?」
「っ、そこで
「…………今日はとっても鋭いのね、シャリーちゃん」
※原作既プレイの方へ
次回、原作では恐らく敢えて濁されているナディさんの心情について本作での解釈を。
こういうところに踏み込んで考察できるのが二次創作の楽しみであり苦しみでもあり……
※原作未プレイの方へ
本作においては現状出演1話のちょい役であるリンカさんですが、黄昏シリーズにおいては中々重要な立ち位置にいるキャラだったりします。
正確には彼女が、というより彼女を含む『姉妹』が、ですけども。
特に原作でもウィルベルさんと
シリーズを追ってきたプレイヤーにとっては「まあそうなるよね」と納得する展開なのですが。
……気になった方は(ry