昏き海都は黄砂に沈む   作:非単一三角形

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 シャルロッテ回、後編。

     ナディ「黄昏の海の奥深くに沈んだ遺品を探してほしいんですって。
         潜って見つけてくるだけなのに、報酬はすごいの」
  シャルロッテ「あの砂の中に飛び込んで生きてられるわけないじゃん!」

     ナディ「大丈夫よ、シャリーちゃんは私の娘なんだから!」
  シャルロッテ「母さんの娘はサンドドラゴンか何かなの!?」

 この雑な無茶振り原作会話、すき。



第26話 太陽の母

 

 

「――ああ、良かったわ。シャリーちゃんがシャリーちゃんと喧嘩にならなくて」

「…………もう突っ込まないけど、母さんのせいだからね?」

 

 

 目を覚ました……あたしたちが話してる途中から起きていた母さんに、ジッと目を据わらせる。

 ……本当にあたし、ステラに八つ当たりしちゃう寸前だったんだからね? …ミルカのおかげで踏み留まれて、ウィルベル師匠のおかげで気持ちを落ちつけられたから良かったけどさ。

 

 

「まあ、今そのことは良いよ。それより母さん? ……()()()()なの?」

「……説明が難しいわねー……」

 

「……母さん?」

「うっ…睨まないで、シャリーちゃん。……そうねえ……」

 

 あたしが真っ先にぶつけた質問に、母さんは横になったまま困ったような顔を浮かべた。

 そのまま目をつぶって「うーん…」と悩んでいた母さんが、少ししてからふっと目を開く。

 

 

「…病気になっちゃったのは、ずぅっと昔なの。まだお父さんが生きていた……シャリーちゃんが生まれてすぐの頃ね」

「…………え?」

 

「あ、ああ、でもね? 大丈夫だったのよ? 激しい運動をしなければ特に困ることはないって、お医者さんにも言われてたんだから──」

()()()、本当のことなんだよね?」

 

「……ええ、今度こそ本当よ。ちょっと、予想より早く隠し切れなくなっちゃったけどね」

 

 想像を越えた答えに、息を呑んだのも束の間。

 言い訳みたいに続いた母さんの言葉に念押しすれば、小さな溜め息が返された。

 

 

「隠し切れないって……いつまであたしに隠すつもりだったの?」

「……」

 

「……さっきあたしに街から離れるような将来を勧めたのって、まさか()()()()()()なの?」

「…………シャリーちゃん」

 

「もし……もし、あたしが街から離れた後で今日みたいに……()()()()ら、それもあたしの耳には入らないようにする気だった、とか言わないよね……?」

 

 

 

「……それがシャリーちゃんの為になるなら、そうするわ」

「ッ!?」

 

 頭に浮かんだ()()()を、否定したくて……否定してほしくて。

 だけど、あたしの口から漏れたその問い掛けに母さんが溢したのは、どこか()()()()()()呟き。

 

 

「あなたがどうしたいのか、どうなっていきたいのか。後悔しない道を選んで欲しい」

 

「あなたが心からやりたいことを見つけて、それに向かって突き進んでくれる……それが、私にとっては一番大事なことなんだもの」

 

「私はいつだって…………あなたの将来を応援しているんだからね」

 

 

「っ! そんな応援要らないよ!? それであたしが喜ぶとでも思ってるの!? 母さん!!」

「ロッテ、落ちついて!? ……ナディさん!!」

 

 思わず母さんに向かって身を乗り出しかけたところを、ステラに引き止められた。

 ……感じた苛立ちは一瞬、申し訳なさに冷えた頭で何か言おうと顔を向けて。

 

 

「──え?」

 

 

 だけどそうして覗いたステラの顔には、あたしよりよっぽど強い()()が浮かんでいた。

 

 

「……何度も、言いましたよね? わたしの薬は()()()()()()()()()()()()はずだって」

「……」

「っ!? …ステ、ラ?」

 

「ロッテと話ができなくなってからじゃ遅いって、何度も言ったじゃないですか!」

「……ええ」

「……!」

 

「…ッ、その機会を失ってしまったミルカが今、どんなに後悔しているかだって……知らないとは言わせませんよ、ナディさん!!」

「っ、それは……」

「ま……って!? 待ってステラ、どういうことなの!? 母さんは──」

 

 

 

「あ、あー、ストップ! ストップよ! 一回落ちつきなさい、あんたたち! ほら着席!」

 

 

「えっ」

「あっ」

 

 バンバンと手を叩く音が響いて、それから今の自分の姿勢に意識が向いた。

 母さんに詰め寄る勢いでベッドに手を掛けてるステラに、しがみつくみたいになってるあたし。

 ……い、いつの間にこんな……う、うん、一回座ろっか、ステラ。

 

「あ~、また思わず……見てるだけのつもりだったのに」

「……ごめんなさい」

「すみません……それと、ありがとうございます、師匠」

 

 言いながら、申し訳なさそうに俯くステラに、また冷えていく手を握りしめる。

 

 ……()()、だ。

 今のステラの様子……母さんがあたしに隠そうとしてることが、()()、あるんだ。

 

 けど、それは……いったいなんなの?

 どうして母さんはそこまでして、()()()()()()()()()()()()ようにしようとするの?

 

 

「……シャリステラへの口止めといい、医者まで抱き込んでたらしいことといい……そうまでして実の娘に隠し事をしていた理由を、まずは聞かせて貰っていいかしら?」

「! 師匠……」

「……ウィルベルさん」

 

「……他人が口を挟むべきじゃないとは思ってたんだけどね。どのみちここまで来たらあなたから話を聞くまでこの子は引き下がらないでしょ。ねえ、シャリー?」

「っ、はい! そうだよ母さん! こうなったら全部話してくれるまで許さないんだからね!」

 

 師匠が続けてくれた言葉に強く頷いて、潤んだ眼をこすりながらもう一度母さんに目を向けた。

 ……あたしのためにならない? そんなの知らないよ! 母さんが何を思ってそうしてるのか、話してくれなきゃわかんないんだから!

 

 

「…………そう、ね」

 

 

 そうやって気持ちを新たに睨んでいたあたしの視線の先で、母さんの口が小さな呟きを溢す。

 横になったまま、驚くみたいに目を見開いてウィルベル師匠を見上げていた母さんは、少しの間迷うように目を瞑って……それからふわっと微笑んで、口を開いた。

 

 

「──シャリーちゃんは、お父さんに似ているのよ。だから……ちゃんと自分に自信をつける前に私について色々知ってしまったら……あの人みたいに変に焦って無茶しちゃうんじゃないかって、そんな風に思っていたの」

 

「お父さん、と?」

「……シャリー?」

 

 チラっと向けられた師匠の視線に、ふるふると首を振って答える。

 ……あたしがお父さんについて知ってることって、ほとんど無いんです。

 

 錬金術士だったってこと以外は本当に、あたしが小さい頃に……ってことぐらい。

 誰からも殆ど話を聞いたことはないし……それであたしが似てるって言われても──

 

 

「っ、待って、その人も錬金術士だったのよね? それも娘のあんたが釜を使ってるってことは、いわゆる『古式』の錬金術の使い手、だったはずでしょ?」

「え、あ、はい……ですね」

 

「それで、その人の話を聞いたことないの? ()()()()?」

「…………あれ?」

 

 師匠にそう言われて、急に不思議に思えてきた。

 少し前の、なんちゃって錬金術士だった頃ならともかく、ちょっと出来ることが増えただけで、あたしでさえ次々と仕事を任されるようになったのに。

 

 それにお父さんが生きていた頃には、この街に他の錬金術士は居なかったはず。

 なのにお父さんの仕事振りとか、何を作ってたとか、そんな話を聞いた覚えが全然……?

 

 

「……お父さんはね? いつかきっと、すごい錬金術士になって……私の隣に堂々と立てるようになるんだって、ずっと頑張ってたの」

 

「そんなの、私は気にしないって……傍に居てくれたらそれで良いんだって言ってたんだけど……どうしても気になってしまうみたいで……」

 

「そうして自信をつけるためにって、どんどん無茶をするようになって……何を言って止めようとしても……ほとんど、聞いてくれなくなっちゃった」

 

 

 ……お父さんの事を話す母さんは、あたしが今まで見たこと無いような寂しげな顔で。

 あたしを通して別の誰かが……たぶんお父さんが見えていて、嬉しいのに寂しい……そんな目をしているように、あたしには思えた。

 

 

「……病気のことも、ね? シャリーちゃんに知られちゃったら……私の為になんとかできないか頑張っちゃうと思ったの」

「な……あ、当たり前じゃない!? 母さんの為なら、あたし──」

 

「今の医療では症状を抑えることはできても完治は不可能…って、お医者さまに言われているの」

「っ! そ、それでもあたしは──」

 

「そうして、私の為に沢山頑張って……最後には、自分の力じゃ私を助けられないって、挫折してしまうと思ったの。……()()()()()()()()()

「……っ!?」

 

 

「…………つまり、こういうこと?」

 

 息を詰めたあたしの隣で、師匠が苦々し気にしながら補うように続けた。

 

「その彼が潰れてしまった原因は何れも自分にある。父親と似た気質のあるシャルロッテも早くに自分の事を知れば同じようになってしまうかもしれない。…それが怖くて黙っていた、と」

「……はい、その通りです」

 

 …………そう、だったんだ。

 それが、あたしにだけずっと教えてくれなかった理由……

 で、でも、その……あたし、そんなにお父さんに似てるわけ……?

 

 

「ふむ、そうすると──誰かに認められたい、自分だけができる何かをやりたい、ってのは人一倍持ってるのに、いざ大事を前にすると自分なんかがって一歩引いて構えちゃう……そんな感じ?」

「ふふっ……ええ、まさしくそういう感じの人でした」

 

 ……えっ。

 

 

「傍から見ればちゃんと努力もしてるし、それに見合った実力もあるのに変なところで自己認識に結びついてないというか……自分以外の誰かがやった方が良い、とか思っちゃうタイプ?」

「ええ、ええ……本当にそっくりなんです。そこが可愛くて堪らないんですけどね」

 

 な…………何それ? 母さんや師匠から見たあたしって、そんな感じなの?

 ……ね、ねえ、ステラ? ステラはどう思──うわ、すごい頷いてる!? うそぉ!?

 

 

「…いや、あんた毎度の如く『あたしなんて』、『あたしでも』、『あたしでさえ』……みたいな言葉を使ってたじゃない。……その様子だと、全部無意識だったみたいだけど」

「…………あ」

 

 呆れたようにそう言われて、思い返した。

 た……確かに今まで何か大きな仕事を頼まれたとき、まず真っ先に「あたしで大丈夫!?」とか考えてたような……か、完全に無意識だった……?

 

 なんというか……どうしてもゴミ拾いしかしてなかった頃の「なんちゃって錬金術士」な気分が抜けてなかったってことだなあ、あたし……うわぁ……

 

 

「…………あの、ナディさん? 事ある毎にナディさんがロッテに言ってた『シャリーちゃんならできる』って言葉……もしかしてそういう意図で使っていたんですか?」

「えっ」

「…………ダメだった?」

 

「いえ、その、ダメとは言いませんけど……多分、ロッテは聞き流してたんじゃないかなって…」

「!? そ、そうなの、シャリーちゃん!?」

「あ、えっと……まあ? だって、いつも冗談みたいな話が後に続くし……」

 

 ステラの指摘に焦った様子の母さんにそう返すと、ショックを受けた顔で固まってしまった。

 ……いやそんな反応されても……今思い出せるのなんて、この前言われた『シャリーちゃんなら毎日24時間働ける!』に、『おばさん、それ、死ぬわ』って、ミルカに真顔で突っ込まれてた場面ぐらいしか浮かんでこないよ?

 

 いつも大体そんな調子だったし、母さんの口癖ぐらいにしか思ってなかったっていうか……え、母さん、あれってそんなつもりで言ってたの? ホントに?

 

 

「う、うぅ…………だって、なんて言ったら自信をつけてくれるかわからなかったんだもの!」

「「えぇ……」」

 

「…ま、まぁ、今はそこを責めるのはやめときましょ? 事情を聞けばわからなくも無いし……」

 

 え? あ、う~ん……お父さんの話を合わせて考えれば、確かに?

 普通に言っても聞いて貰えなかった経験と、母さんの天然なとこが混ざった結果だったんだね。

 

 

「……しかしそうなると、問題なのはむしろあんたの方かもね、シャリー?」

「えっ」

 

「だってあんたが、既に多くの人間から一目置かれる存在になってるって気づいて、それに見合う自信を備えてたら、さっき聞いたこと全部話しておく未来もあったんじゃない、ナディさん?」

「……そうかもしれませんね」

「うっ……」

 

 呆れたように言うウィルベル師匠の言葉に、考え込みつつも笑って頷く母さん。

 ……あ、あたしのせい? これってあたしのせいだったの? で、でも、あたしは、そのお……

 

 

「はあ、まったく……これも自覚できてないんだろうけど、あんたはもうどこから見たって立派に一人前の錬金術士なんだからね?」

「え……!? で、でも――」

 

「街の声がステラやミルカにだけ向けたものだったとでも思ってる? まあ、実際死活問題だったステラの評価に注目してたのはさておき、あんたを評価する声だってちゃんとあったわよ」

「……!」

 

 ……また思わず向けた視線の先で、ステラが今度は強く頷いていた。

 それでもまだ信じられない思いのまま振り返れば、そこにはぐいっと口の端を上げる師匠の姿。

 

 

「…何よ? あんたはあんたを信じるあたしを信じられないってわけ?」

「えぇ!? そ、そういうわけじゃ、ないですけど……」

 

「それじゃなぁに? この『師匠』の見立てが的外れだ、とでも言う気なの? あんたは」

「うええ!? そ、そそそんなことないですよ、ウィルベル師匠!?」

 

「じゃあ認めなさい。……あんたはもう、とっくにあたしが教えられることなんて殆ど残ってないぐらいに立派な錬金術士になってるって、ね」

「……ウィルベル師匠……!」

 

 

 

「…………シャリーちゃん」

 

 ポツリと。

 思わず溢したみたいな母さんの呟きが、耳に届いた。

 

 

「……母さん、どしたの?」

「ナディさん? 何か……」

「……」

 

 血の気が薄くなった顔色のまま、じっとあたしを見つめて。

 あたしと師匠に何度か視線を行き来させた後で……今日一番の微笑みを乗せて、呟いた。

 

 

 

「娘を――シャルロッテをお願いできませんか? …ウィルベルさん」

 





 満足な自己肯定感を得られないまま、失意と共にこの世を去った夫。
 そんな夫と似た気質に生まれてきた娘。
 同じ轍は踏ませるまいと、病魔に侵された身体を押して「できるできる教育」を施すも、今一つ娘に響いている手応えは弱く。
 いよいよ自身の限界を悟っていたところで、己とは異なるアプローチで娘の自尊心を育み、また娘への深い理解、娘からの深い信頼を得ている『大人』を眼前にしたナディさんの心境を述べよ。

 ……またその関わりが勘違いから始まり、未だに訂正できていないベルちゃんの心境も述べよ。


※原作既プレイの方へ

 病状が寛解してめでたしめでたし……の前にその信念の所以を語って頂きたかった。
 母親が唐突に卒倒するレベルの病に罹っていることを隠されてた娘側の気持ちって相当ですよ?

 しかしこの隠れ女傑、『余程の理由』がなければ口を割ってくれそうにない。
 そこで本作ではステラからミルカも絡めた『余程の理由』をぶつけることに。観念しなっせ。


 そしてこっそり結構な改変の煽りを受けていましたシャルロッテさん。

 原作ではサンドドラゴン討伐は元より、フロートコアの開発、同程度の腕を持つシャリステラと共に研鑽を積む期間など、初期の「たかが下町の流行らない錬金術士の卵」という認識から着実に自信をつけていくイベントが様々存在。
 結果、この時期には自信過剰をラウルさんに叱られるまでになっています。…これはこれで。

 ……が、本作世界線ではそれらの大半が大幅に変化。
 そのため地の文でもやけに謙虚に「あたしなんて…」なロッテさんのままだったのでした。


 さらに情報が無いなら情報が無い事を情報にしていくスタイル。
 前作のエスカ実母に比べると本当に不自然なほど描写が少ないんですよね、シャルロッテ父。

 黄昏シリーズの世界観においては『古式錬金術士』は非常に希少かつ貴重な存在であるはず。
 にも関わらず名前も功績も一切出てこないなら、こういうことでもおかしくはないかと。


 ……余談ですが、作者の人生初アトリエは『アーシャ』でした。そしてそこから黄昏三作へ。
 そのため他シリーズに入った際、そこらにいるモブ錬金術士の存在にビビリ散らかしました。


※原作未プレイの方へ

 シャルロッテ父に関する作中での情報は、他所の街から移り住んできた下町の錬金術士だった、娘がまだ幼い頃に『不幸』があった、その時には既にナディは難病に冒されていた、程度です。
 あとはつるはし釣り具参考書等、彼が使っていた道具その他が細々と。
 娘のロッテが錬金釜を使っている事から、彼も恐らく『古式錬金術士』であったのだろうことが察せられますが、それ以外に何の痕跡も功績も本当に残っていないのです。

 一方の妻であるナディさんは、街の人間にとって知る人ぞ知るビッグネーム。
 どんな経緯で結ばれたのかも不明ですが、周囲の認識に思うところはあったのではないかと。

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