他の王と比較しても、めちゃくちゃ台詞少ないんだよなあ。
――初めは、微かな違和感だった。
指先、爪先、うぶ毛の先に小さな小さな虫が吸い付いている。
殊更に気にすることもない、そんな程度の。
意識の外より秘かに、気づけば在った知覚の陰り。
認識の誤りとも紛うばかりの、己が領域に生じていた『穴』。
何かが其処にあるわけではない。
むしろ其処には、
まるで世界を形作るモノの一切が、その地その場所から齧り取られたかのように。
──
何者が、何を行い、斯様な事態に至ったのか、それら一切が不明。
其処が如何なる地であろうと、生命ある限り『我』もまた在るにも関わらず。
我が源泉たる水の奥深くに
我が惑いを歯牙にもかけず、
時に加速し、時に鈍化はすれども、ひと時たりとも縮む気配はなく。
我の為し得る如何なる干渉も、その歩みを止めるには敵わず。
──やがて、住処を移していく無数の生命があった。
広がり、止まらぬ
さりとて、そうして逃げる先が無限に在るはずもなく。
いつしか削られた土台の上に、身を寄せ合い興された営みを見ていた。
……縋りし者たち、弱き者たちに、我は恵みを与えた。
崇める者、讃える者の願いに応えること、それこそ我が在るべき姿と定めて。
彼らは怯え、惑い、我が慈悲にしがみつくようにして生きていた。
我もまたそんな彼らを慈しみ、共に『災厄』に立ち向かうべく其処に在ったのだ。
――だが貴様らが選んだのは、我をも食い潰す道であった。
満面と湛えられていた恵みは堰き止められ、濁り、汚れ、腐り…乾いていった。
巡りゆく筈の流れは淀み、捩れ、遂には戻せぬ歪みへと変わり果てようとしている。
だが、枯れ落ちやつれ果てた其の地に彼らは――キサマらは未だ齧りついている。
宿と定めた木々の命を啜るだけ啜り、諸共に死に至らしめる虫の如くに。
……未だ広がり続ける『災厄』は、遠からずこの地この身をも呑み込むだろう。
最早全てが泡沫と消えるは、変えられぬ運命なのかもしれぬ。
だがそれでも、この地を、我を、侵し衰えさせたは――愚鈍ナるキサマらであル
清き流レを 貪り 穢シ ナオも絶えヌ そのヨクボウの泉
枯れ果テるマデ キサマヲ クイアラスベシ──
「――げぼッ!? ごっほ……か、はー……っ」
床に手をついた姿のまま、水混じりの空気をそれでもと、痛む肺に掻き込むように吸い上げた。
頭痛に吐き気、ぐっしょり濡れた服から圧し掛かる倦怠感に寒気。
……あ、ヤバイ、視界も端から滲んで……気を抜いたらまた意識がトぶわね、これ。
「は、あ……っ! 今のが、あなたの記憶……あなたの意思なのね……『水の王』よ」
このまま倒れ込みたい誘惑をどうにか振り払って、上げた視界に
流れる水そのものが形を得たような身体で、こちらを冷たく睥睨する『水の王』の姿を。
少女の姿を模していた『風の王』や『火の王』に対して、その体格は成人した女性に近い。
元々、王とまで呼ばれる精霊に決まった形なんてないはずだけど……これもまた親しみから遠い風貌を造った拒絶の表れ、なのかしらね。
『ソガウツワ マダ クダケテハ オラヌカ』
「……砕けるようなことだったの!? 本当に容赦ないわね!?」
背筋が寒くなる呟きが聞こえて、思わず叫びを返した。
……近づく前から厳しい応対になるのは予想してたけど、ここまで絶壁染みてるのは想定外よ!
──淡く虹色に輝く窪地の中央、小さな神殿を思わせる祭壇。
それを目指して飛びつつ掛けた呼び声に返ってきたのは、ただ『去れ』とだけの拒絶の思念。
たったそれだけ言われて大人しく帰れますかと、なんとか言葉を尽くそうとした矢先。
周囲から瞬く間に集められた水が祭壇を覆う様が見えて……次の瞬間には、立ちのぼった水柱に避ける間もなく全身を呑み込まれていた。
纏わりつく水に藻掻こうとした直後、頭に捻り込まれるみたいにして幾つもの光景が見えた。
人とは全く違う、雄大な自己を通して感じられる『世界』。……始めは走馬灯かと思ったけど。
そうして伝わってきた、『水の王』から見た『黄昏』と──人間への深い怒りと失望。
……正直に言えば、見えた情報が多過ぎてまだ理解が追いついてない部分の方が多い。
さっきの言葉からして、
人間と精霊、それも世界全ての『水』と繋がっている『水の王』の感覚とでは、受け止められる情報量から時間感覚まであまりに違い過ぎる。
……ひょっとしなくても、あたしの頭が破裂しなかったことこそ奇跡だったりするんじゃない? 『砕ける』って多分そういうことよね?
「……あなたが今、怒りに染まっている理由は、ある程度わかったわ。のこのこやって来た
『……』
「だけど……あたしが何の目的で来た人間か、わからないわけじゃないでしょう?」
『……マホウツカイ カ』
『水の王』の記憶に出てきた『人間』は、多分この地方に今生きてる人たちの、ご先祖さまとかそういう世代のことだ。
そいつらが『水の王』に何を
「あらためて名乗らせてもらうわ。あたしは魔法使いのウィルベル。ここに来たのは契約の為よ」
『……』
「…お願い。『水の王』よ、あたしにその力を貸して!」
『ミズノチカラ スナワチ ワガイノチノ ゲンセン モトムルナド アマリニ グドン』
ざわりと、祭壇の周囲を漂っていた水が、また動き始めたのが視界の端に映る。
相変わらず『水の王』から伝わってくるのは氷のような拒絶の思念。
……これ以上食い下がればどうなるか、言外に突き付けられているのがわかる。
さっきの水柱だって、本気であたしを排除したいならできたはずだから。
やめよう、無謀だ、冗談じゃない…って、頭のどこかで警鐘が鳴ってる。
今すぐ尻尾を巻いて逃げるべきだって、ついこの前までのあたしが心の奥底で喚いてる。
…………だけど。
「…『水の王』よ。それならひとつ、話に付き合って貰えないかしら?」
『ハナシ ダト?』
震えて雫を散らす脚で、ふらつきながらでも立ち上がって。
足元に転がっていた帽子を、宙に浮かばせて被り直して。
見下ろされる冷たい瞳を、精一杯の虚勢を張りながら睨み返す。
「ええ……古の盟約を盾にしたんじゃ、納得してもらえそうにない気がしてさ」
『……』
「あなたが契約を望まない…最早人間に関わる事を善しとしないなら、あたしにも考えがあるわ」
『…ホオ?』
魔法使いと精霊の契約に関する、古い、古い、言い伝えすら碌に残ってない盟約。
精霊たちの中では深く根付いているはずのそれは、少なくとも『強制力』を持つわけじゃない。
あくまで、大いなる存在にお願いをする上での『約束事』。
……そうとも知らずに、無邪気に『風の王』を捕まえると息巻いていた幼いあたしが懐かしい。
だからこれは、
怒りに満ちた精霊がその意思を翻してくれるという、有るとも知れない可能性を求めた、賭け。
「──この土地の水がおかしくなった原因を
『……ッ』
あたしの言葉に、微かだけれど『水の王』の表情は動いた。
……ああ、やっぱり。あたしの勘も捨てたもんじゃなかったみたいね。
「あたしは……あたしたちは、ここら一帯の水がおかしくなった原因を調べてるの」
「そして、さっき確信したわ。あなたの協力があれば、その調査を大きく進めることができる」
「あなたから力を借りる代わりに、この『災害』の解決に全力を尽くす。……それがあたしの──ウィルベル・
──わからない、ことへの恐れ。
調べられない、ことへの苛立ち。
多くを識ることが出来たかつてとの、落差に対する憤り……
さっき見せられたあの雄大な記憶の中には、それらが確かに含まれていた。
多分、『水の王』が力を振るえるのは、もうこの
ここから少し離れるだけで、乾き切った『黄昏の海』に行き当たるが何よりの証拠。
水という水を司る力は翻って、水の無い場所に一切影響を及ぼせないんだろう。
祭壇に宿るかつての信仰を糧に、可能な限りの水をこの地に留めている。
ステラード近辺…此処からすれば西にある大陸に比べてここらが水源豊かなのはそれが理由だ。
……必死に調査していたソールたちには悪いけど、よその土地に取り入れられるようなものじゃないわねえ、これ……街に戻ったら話しておかなきゃいけないわ。……気は重いけど。
あの記憶の始まりにあったのが、おそらく『黄昏』の始まり。
その後に起きたのはおそらく、『黄昏』に対抗しようとした当時の人間が行った、ナニカ。
歪み、濁って、『水の王』の手が届かなくなるまでに至った『元凶』。
あの記憶を頼りに消えたかつての水流を辿れば、自ずとそれに辿り着けるはず。
そして……それを実行し得るのは、契約を交わし記憶を共有できるようにした
「──と、いうことなんだけど……契約、考えてくれない?」
『…………』
返答は無く、けれど無言のまま佇んでいることこそが何よりの『答え』で。
流れた沈黙がそれなりの時間になったかと思う頃、『水の王』に動きがあった。
『イイダロウ。ワラワ ノ シレンヲ アタエテ ヤル』
「……そうこなくっちゃね」
どうにか他の精霊の王たちの時と同じく『力試し』をするつもりには出来たらしい。
好都合だ、と思うと同時に、無謀じゃないかという心の声は一向に消えない。
我ながらいつまでも肝の座りが悪いものよね、まったく。
……でもさ。逃げ出すわけになんていかないでしょ、あたし?
今のあたしの背中に、肩に、どんだけのものが乗ってるか、忘れられるわけないんだからさ。
『ダガ… シンコウ ノ タイハンヲ ナクシタ オウ ヲ タショウ シタガエタ テイドデ ワラワニ カナウ ト オモウナ』
「……っ」
『風の王』と『火の王』のこと、か。
……今思えば、特に『風の王』には、
『火の王』に対しては真っ当に力を見せた……と言いたいとこだけど、エスカたちに目一杯手を借りたことは否定できないし。
それに、長い間忘れ去られて、祭壇も盗掘にあっていた『火の王』と比べたら、今もこの大陸に生きる人々から信仰を受ける『水の王』が別格なのも間違いない。
ああ、成程。これが本物の……信仰を蓄え悠久を生きる精霊の王の『試練』、か。
「…あたしはこの地のすべての生命の従者にして、然なる力をこの身に宿さんとする者」
……いいわよ。やってやろうじゃない。
「濁流の如き其の力、我が堰をもって受け止めん!」
こんなの、大婆様に勘当された時に比べたら、どうってことないんだから。
公式サイトでの表記は「ウィルベル・フォル=エルスリート」。
しかし前作で『火の王』に対してのみ「ウィルベル・フェル=エルスレート」と名乗ってます。
精霊への名乗りとして何か意味があるのだろうということで採用。すなわち誤字に非ず。
真名とかラテン語読みとかそんな感じの何某なのでしょう。単なる誤記じゃないよね?
『アーシャ』の音楽堂でも匂わされてるんですが、どうも『黄昏』シリーズは開発陣の中だけの裏設定が色々あるっぽいんですよね。……作中に出してもろて(懇願)。
※原作既プレイの方へ
※『エスカ&ロジー』での発言↓
ウィルベル「次は自分一人でも、強い精霊と契約できるようになるまで頑張るわよ!」
……というわけで有言実行していただくことに。これぞ二次の華よ。
そもそもプレイヤー次第では戦闘に参加しないまま契約できちゃったりするのはどうなんだ。
まあ、ゲーム的に仕方ないところではありますけども。
前作テキストで一言だけ出てくる『古の盟約』から発想を飛ばしてゴリっと捏造。
精霊と魔法使いの関係も色々と原作で明示して欲しいところ。
『水の王』の図鑑説明から同格の存在があと一体居ることも確定していますし、『黄昏』4作目来ませんかねえ、マジで。
※原作未プレイの方へ
忙しい人の為の『水の王』視点要約。
にんげん「アカン、このままじゃ干からびて死ぬぅ!?」
水の王「しゃーない、助けたろ(水ドバー)」
にんげん「全然水足りてないんだけど? おら! もっと、みず、だせ」
水の王「は?(全ギレ) やめるわ水供給」
にんげん「アカン、このままじゃ干からびて死ぬぅ!?」
水の王「おまえらはそこでかわいてゆけ」
……なお人間側はどんどん代替わりを重ね、実情を知る者は最早誰も居ない模様。