三人称視点。
そこは「やさしいせかい」ではないのだから。
「――お疲れ様です」
「ああ、お疲れさん」
小さくまとめた荷物を手に席を立った彼──ソールは、出口へと向かう途中でふと立ち止まり、つい先ほどまで自身が座っていた席を振り返った。
「どうかしたか?」
「いえ……うんざりするだけだと思っていたものでも、いざ無くなってしまうと存外感じるものがあるのだな、と」
「……ああ、なるほどな」
彼がこのステラードに出向してきた殆どその日の内に、本部内の一角にうず高く築かれていた、紙とインクの匂い香り立つ彼の居城。
つられて向けた視線の先に
「……すっかり世話になっちまったな」
「いえ、こちらこそ……良い経験を積めたと思っていますよ」
「そりゃ良かった。…確か、古巣に戻るんだったか?」
「ええ、その予定で船の席をとっています。…むしろ長い異動になりました」
「ははっ……ま、こっちは大いに助かったぜ。ありがとよ」
「……そうですか」
答えながら、ソールの視線は本部備え付けの机と椅子へと向けられる。
常駐するハンター、来訪する依頼者……様々な人間が腰を下ろしてきたそれらに
「……むしろあなたも同じ船に乗るのではないのですね」
「あ? ……まあ、悪かねえとは思うが、何でだよ?」
「いえ……」
続いた言葉に意図を掴みかねたか、ラウルが首を傾げる。
その様子に一度口元に手を当てたソールは、しかし顔色を変えることなく再び口を開いた。
「これで、
「ぶっ!? …い、いきなり何を言いやがるソールてめぇ!?」
常の如く淡々と、それでいて躊躇なく放り込まれた
そんな彼の姿にも、やはり動じることなくソールは肩を竦めた。
「今更なので言ってしまいますが……組合の中では凡そ周知の事実だったようですよ?」
「な……う、嘘だろ? なあ、おい、ソール……」
「いえ、新参の私から見ても一目瞭然でしたから。気づいていなかったのは好意を寄せられていた当人ぐらいだったのでは?」
「…………マジかよ」
立ち上がったその場から一歩も動くことなく、ラウルは真っ赤に染まった顔で崩れ落ちる。
大の男が見せる醜態に無表情ながらもいたたまれないものを感じたのか、ソールは暫しの沈黙を経て、話題を変えるように呟いた。
「……行先を決めたのは商会長のようですが、当人も『
「……長姉、か」
「ええ。……どうやら『姉妹仲』は悪くないようですよ」
「……そうかい」
浮上したラウルが意識に上らせたのは、つい先日、
商会長秘書に瓜二つな、彼女の『姉』として周知されたその姿に、知れず彼の眉間に皺が寄る。
「見た目は大人だってのに中身は子供…ってより、完全に赤子だったじゃねえか。俺たちは今まであんな子供の肩に寄っかかって生きてたのかって、どうしても考えちまったな……」
「……ミルカさんの話では、装置の核としての機能に
「けっ……大昔の錬金術がどうだの、そこに何が必要されたか、なんて話は俺にゃわかんねえよ。だが少なくとも
「……同意しましょう。あれは今の人間が手にするには、早過ぎる力です」
「……ははっ、良いのか『中央』の役人さんよ? あれこそ、上の人間が欲しがってるっていう、古代文明の叡智ってやつだろ?」
「さて、何のことでしょう? 知らないものは報告もできませんね」
澄まし顔で再び肩を竦めてみせるソールに、今度ばかりはくつくつと笑いを溢すラウル。
一頻り笑った後で一拍、長く仕事を共にしてきた男たちは視線を交わす。
「では、私はこれで」
「ああ。……またな」
淡々と、いっそ普段通りとも見える歩調で遠ざかっていく姿を苦笑いで見送り。
必然、訪れた静寂の中でラウルはふっと息を吐き、ギシリと椅子に背を預けた。
「…………終わっちまった、なあ」
寂寥と、感慨と、その他はっきりと整理の付かない雑多な感情。
混ぜて、煮立って、渦を巻くそれらを少しでも出すように、ラウルは深く深く息を吐く。
「遠からず、とは何となく思ってたが……まさか俺の代で、それもこんなに早くとはなあ」
年老いた父親から任される形で、若くして組合長の座に就いた男、ラウル・ピレイト。
彼が事此処に至って思い起こすのは、名うてのハンターとして『黄昏の海』を駆けていた自身を突如として机に縛り付けるべく降りかかってきた責務。
かつては疎んじていた筈の役目の終わりに、彼はまた腹の底から溜め息を吐き出した。
――ステラード、という街は、地域一帯の地図からも早晩その姿を消す運命にある。
否、既に住民の殆どが土地を離れている、という事実を鑑みれば街という形態は消失していると言い表しても何ら不都合はないだろう。
「……病人が本格的に出始める前に収められたんだ。上々、だよな」
今日に至るまでの約半年。
自然の化身まで加わった『催促』に追い立てられた日々を、彼はそう締めくくる。
数百、数千年という時を経て、最早尋常な年月では不可逆な規模にある土地の疲弊。
それが表面化したものと明かされた、全ての生活の糧、命の源泉たる水に潜んだ危機、危険。
少なからず混乱はあり、またそれ自体に疑問を呈する声も皆無だったわけではない。
しかしこれまで方針の違いから事ある毎に衝突を繰り返してきた両組織、『組合』と『商会』が統一見解を出したという事実は、この街に生きてきた者たちにとってあまりに重かったのだ。
……それは、『中央』主導の移住計画にも、口を挟む者が殆ど現れなかったほどに。
「……ルギオン村の住民の為の計画が拡大されて前倒しになったみてえなもん、だったらしいが。そう考えると、タイミングが良かったんだか悪かったんだか、なあ」
既に草案までは組み上がっていただろう移住計画の大幅な拡大。
自分たちの掌上にあったわけではないにせよ、短期間での計画完遂に多大な影響があったことは間違いなかろうと、彼は疲労の滲む頭で考える。
重ねて幸いだったのは、『中央』の管理下に人足の需要急増中の地域が存在したことだろう。
そうでなければ街一つ分の移住民の受け入れ先など、幾ら『中央』と言えども容易に拵えられるものではなかった筈だからだ。
……尤も、移住自体が強制だったかといえば否である。
何があろうと生まれ育ったこの地に在り続けると考える者もまた皆無とは言えず、それを強硬に引き剥がす義務なども『商会』は勿論『組合』も持ち合わせていなかったが故に。
しかし、事が周知されてから暫くして、それを望む声は急速に声量を失っていくこととなる。
何となれば、この地で生き続けるのは不可能だと、誰の眼にも明らかな証左が示されたが為で。
「……街から離れた場所でなら、湧き水が出てる場所も多少は発見されちゃあいるが……ちょっと旅人が喉を潤すのが精々、ってとこみてえだからなあ」
街の中心、街の歴史そのものたる『水源管理装置』。
街がその名を冠する以前より、絶えず水を湧出させ続けてきた
その様に慌てた──事前に周知されてはいたのだが──者たちにより急ぎ見つけ出されたのは、街の周辺に生まれていた新たな水源。
それは、
今に至って完全には枯れていなかった水源から零れ出した、この地なけなしの水であった。
果たしてそれは搾取され続けた土地が息を吹き返す兆しか、はたまた末期の吐息なのか。
その答えは遥か先、遠い未来に生きる人間が目の当たりにすることになるのだろう。
「……ま、これ以上は考えても仕方ねえか。さて、俺もそろそろ――」
「こんにちはぁー! 誰か居ませんかぁー?」
「うぉっ!?」
突如響いた、久しく聞いていなかった大声に、思考の縁に居たラウルが息を詰まらせる。
動揺を抑えて顔を向けた先に立っていたのは、彼にとって実に馴染み深い緑髪の少女。
「あっ、ラウルさんだ! お久し振りでーす」
「お、おま…っ、シャリーじゃねえか!? 何でお前が
その内の一人が今、目の前にいる、という事態にラウルの頭は疑問に埋め尽くされる。
何故なら彼女たち三人もまた、
それどころか、
「お前、いつの間に戻ってきて……いや、何か忘れ物でもしたのか?」
「え? ……あ、いえいえ、ちょっと道具の試運転してただけですよ」
「……道具? 錬金術の、か?」
「勿論ですよ! ……よいしょっと」
訝るラウルに対しシャルロッテが取り出したのは、薄い緑色に光る輪のような物体。
一見して用途が見えてこない謎の物体と先の言動が、彼の混乱に拍車をかける。
「名付けて【トラベルゲート】! こないだ完成させた、あたしたちの最高傑作です!」
「お、おう……で、これは具体的に何が起こる道具なんだ?」
「えっと、簡単に言うと……離れた場所から一瞬で移動してこれる道具です」
「…………は?」
「実を言うと、ついさっきまでルギオン村にいたんですよ、あたし」
「……はぁ!?」
瞠目し身を乗り出すラウルにやや気圧されつつも、シャルロッテの口からその性能が語られる。
曰く、船で数ヶ月という距離でさえ瞬き程の間に移動可能……と、たった今確認できたこと。
設計上、一度に十数人程度の移動なら可能であるはずとのこと。
ただしそれ自体は消耗品であり、調合に貴重な素材と長い時間が必要であることも。
「――だから……もっと早く完成してたとしても、あんまり役には立てなかったかもですね」
「…………そ、そうか」
――いや、そういう問題じゃないだろう。
その言葉をラウルは喉の奥で引き留め、呑み込んだ。
――相変わらず何てモノを作りやがる、こいつら。
そんな考えもまた頭の中に留め置き、彼は力無く笑みを作る。
「ふぇっ? …ら、ラウルさん?」
結果、諸々の言葉を全て呑み込んだ彼は、無言のまま彼女の頭に手を乗せた。
やや荒くわしゃわしゃと髪を掻く音と、僅かに揺れる視界にシャルロッテが目を白黒させる。
「……
その一言に万感を詰めて呟き、改めて彼は見慣れたその顔を見下ろし、笑う。
そうして頭から降ろした手で、今度は軽く彼女の背中側を指差した。
「……つうか試運転ってことなら、出発地点で他の三人を待たせてるんじゃないのか? さっさと戻って結果報告してこいよ」
「…………あっ! そうでした!? そ、それじゃラウルさん、また今度っ!」
言うが早いか、ぱたぱたと走り去っていく後姿を、細めた眼で見つめ。
がしがしと頭を掻いたラウルは、やがて噴き出すように呟いた。
「……
暫しの間、呆れた様な笑いを浮かべていたその目が、ふと見開かれる。
頭にやっていた手を目の前へと動かし、そのまま呆然と立ち尽くして。
「……そうだな。いつかまた、どこかで会おうぜ、シャリー」
「――ただいま! あ、ステラも終わった?」
「おかえり、シャル。その様子なら、問題は無かったみたいね」
「おかえり。……わたしの方も済ませたよ、ロッテ」
「ステラードには、まだ誰か居た?」
「うーん、多分ラウルさんだけだったんじゃないかな? しっかり見て回ったわけじゃないけど」
「そっか……なんとなくわかるなあ、そういう感じ」
「あはは……師匠の方は?」
「しっかり停止しているかの確認を済ませて、今は間違っても再利用できないように処理中よ」
「下流の子機だけで動かせるとは思えないけど、一応ね」
「……これで、みんな一緒ね」
「……そうだね」
「ミルカ? ステラ?」
「わたしたちはずっと一緒ってことだよ、ロッテ。…ね、ミルカ?」
「……ええ、そうね、シャリー」
「う、うん? そうだね?」
「――は~……やっと終わったわ。っと、あんたが先に戻ってたか」
「あ、師匠!」
「姉さま!」
「姉さん、おかえりなさい」
「はいはい、ただいま。……みんな、それぞれ済んだみたいね」
「……はい、あたしはもう大丈夫でっす!」
「わたしも、しっかり整理はつけました」
「シャルのおかげで、今後は【トラベルゲート】も実用に耐えるとわかったわ」
「そう、それは……今更だけど、あんたはそれでいいの……?」
「え、何がですか?」
「「…………」」
「……そ、それで、次はどこへ向かうんですか、姉さま?」
「あー……まずは向かう為の準備ね。備え無しに飛んでいける距離じゃないし」
「距離……?」
「それって、もしかして……」
「ええ……最後にもう一度だけ聞くけど、本当についてくるのね、あんたたち?」
「はい、姉さま」
「勿論ですよっ、ウィルベル師匠!」
「私たちはみんな、もう姉さんから離れないわ。例えそこが地獄の底でもね」
「……わかったわ。それじゃ、行くとしましょうか――」
「「「「『黄昏』に立ち向かいに」」」」
Q. まさかのステラード消失エンド?
A. さて、そこで皆様に質問です。
本作のタイトルは?
……というわけで「
原作以上の苦境、悪条件、やさしくないせかいを歩んだ本作シャリー達。
その道行の果てにあったのは『管理素体リンカさん救済』という、原作シャリー達とは百八十度異なった終幕となりました。
……街と引き換えにしないと救済のしようがないんだよなあ、この人。
そら原作シャリー達も放置せざるを得ませんわ。
作者は本作を投稿する際に「アンチ・ヘイト」タグを付けました。
原作ストーリーへの尊敬も愛も持ち合わせているつもりですが、それでも書き上がった内容にはアンチ要素が多分に含まれているな、と感じたからです。
しかし同時に作者は本作を通して一つ、主張したく思っています。
「アンチ・ヘイト」と「原作愛」は決して二律背反な概念ではないのだと。
本作を切っ掛けにアトリエシリーズに興味を持って頂けた方が一人でも増えたなら。
また元々同シリーズをご存知の方にも、こんな二次の形があるということを知って頂けたなら。
そしてあわよくば、自分もアトリエで二次を書きたい、と思ってくださった方が現れたならば、その何れもが作者にとっては望外の幸福であります。
今後、一読者として新たなアトリエ二次と出会える時を。
また一プレイヤーとしてアトリエシリーズの益々の隆盛を願い、結びとさせていただきます。
それでは、またいつか。
本日夕方に活動報告を上げる予定です。それに伴い、作品の匿名設定を外しておきました。
作者の過去の投稿作品なども、もし良ければご覧になっていってくださいませ。