エイプリルフール企画(大遅刻)。
本編完結後の四人の旅路をちょっとだけ、なイメージです。
第N話 果てにまみえる少女達
―――遥か彼方、地平線まで続く岩石混じりの荒野。
水も、火も、風すらも其処には影を許されず。
乾き切った空気は忽ち喉奥にこびりつき、ひりつく痛みとなってその歩みを妨げる。
立ち入る者、其処に在るもの。
生命という生命を否定し、排除せんと横たわる雄大な空白地帯。
それは、『世界』の遺骸。
それは、『世界』の断末魔。
それは―――『黄昏』。
「これが……『世界の果て』、なんですね」
音に聞こえた、けれど初めて目の当たりにした『荒野』に、呆然と立ち尽くす三人の少女。
やがて溢されたシャルロッテの呟きは、それぞれが抱いた胸中を代表するようで。
「より正確に言うなら、その外縁部ってところかしらね」
ここまで少女達を牽引してきたウィルベルが、三人に振り返りながら細めた目でそう答える。
世界各地、場所も地域も問わずに枯れていく水、衰えていく自然。
総じて『黄昏』と呼称されるそれらの現象の、この光景こそが
「かつてこの先に『楽園』があると信じて突き進んでいった調査隊。そんな彼らが辿り着いて……そして引き返すに至った地点を、あたし達は『果ての果て』と称したわ」
広がり続ける『黄昏』
喪われ続ける『世界』
誰の目にも遠くない未来に迫っていた『滅び』を否定すべく、荒野へと挑んだ先駆者達。
その旅路の果てを辿り、彼らが
「『果て』の先に『希望』は無かった。『果て』に果ては存在しなかった。……彼らはその結論を伝えないことを選び、人々の心に『希望』を残したの」
ざらつく呼気を一度吐き出し、帽子の鍔を掴んで口端を上げる。
そうして身を硬くさせた
「これからあたし達が向かうのは、更にその先。『果て』の『果て』の、そのまた向こうよ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「―――さて……どうやって向かったものかしらね!」
「「「……えっ」」」」
先の姿はどこへやら、どこかぎこちない笑みを作ってそう宣ったウィルベル。
驚き集まった視線からも目を逸らす彼女に、やがて三人の目にも胡乱な眼差しが混じり始める。
「……
「何の為にあそこまで行ったんですか、ウィルベル姉様」
「それは、ほら、一回あんた達にあの環境を見せておかなきゃと思ってね?」
「……そう言われると確かにまあ、必要だったとは思いますけど」
シャリステラ、シャルロッテ、ミルカ。
旅暮らしの魔法使いを師と慕い、姉と慕い、三者三様の理由で故郷を離れた若き錬金術士達。
彼女達が『果て』を目に映す旅からとんぼ返りした先は『果て』から近い位置に佇む長閑な街。
その街に構えられた酒場に、勝手知ったるとばかりに入っていったウィルベルに連れられるまま軽食を囲んだ少女達は、思慮深いようで実は行き当たりばったりな彼女に生暖かい目を向けた。
「……やめて。その目はやめてったら。……あたしだって、なにも本当に何の考えもなしにここに来たわけじゃないんだからねっ」
「あー……そういえば店主さんと顔見知りだったみたいですけど、ここっていったい……」
「そうね。あんた達に分かりやすく言うなら……ソールの古巣、が一番早いか」
「「えっ!?」」
「……ここが『コルセイト』、だったのね」
さらりと告げられたその言葉に声を揃えるシャリー達。その傍らで複雑な面持ちになるミルカ。
かつて『中央』で学ぶ立場であった頃に赴任するかもしれない地として挙がった名前と、視界に入る辺境の田舎もかくやとばかりの景色が初めて繋がり、言葉にしがたい想いが湧き出ていたのをミルカは自身の胸中のみに収める。
そんな友人の心中を知ってか知らずか、一拍遅れてシャリステラが弾かれたように顔を上げた。
「それって……あの教本を書いた錬金術士の……っ」
「……あっ! 言われてみれば!」
「……それじゃ、姉さんはその人を頼るつもりでここを?」
まだまだ未熟な錬金術士だった二人のシャリーを、間接的にでも竜討伐を成し遂げるほどの腕に導いた古式錬金術士の所在地。
それに気付いたシャリステラが、シャルロッテが、目に期待を込めてウィルベルを仰ぎ見る。
「あ、あー……えっとね? それが出来たら、良かったんだけど……」
「「「……?」」」
ところが返ってきた反応は、これまたどこか煮え切らないもの。
いよいよ困惑を顕にする三人に、俯かせた帽子の向こうで暫し唸っていたウィルベルは、やがて意を決したように顔を上げて。
「ねえ、あんた達―――飛行船は作れない?」
「「「…………はい?」」」
おずおずと、半笑いで尋ねられたのは、実に清々しい丸投げと無茶振り。
一瞬の沈黙の後でそれを理解した三人は、その発言の主を呆然と見上げた。
「―――つまりこの街には、最新鋭の飛行船作りを経験した職人がいる、と」
「必要な素材は元より、一番重要なエンジン機関に関しても以前それを作った記録が残っている、はずなんですね」
「ソールさんをはじめ、この街の支部には知り合いも多いし、協力を取り付けることも出来なくはないんじゃないか……ですか」
「「「……無理」だと思いますよ?」じゃないですか?」
「……やっぱり?」
その甘すぎる展望に声を揃えて突っ込む三人娘。
言われたウィルベルも期待はしていなかったのか、ややおどけた様子で小首を傾げるに留まる。
「どう考えても、知り合いのよしみで受けてくれる範囲を越えてる」
「それに何となくですけど、みんな忙しそうに見えますよ、この街」
「……言われてみればそうね。収穫の時期……じゃないはずだけど」
言われて改めて窓の外を覗いたウィルベルは、今度は大きく首を傾げた。
以前滞在していた際に目にした、この街にある大きなリンゴ畑の収穫祭の様子をあげ、どうにもそれとは趣が違う気がすると付け加えて。
「……ひとまず師匠のお知り合いに聞いてみませんか? ステラードでいうところのラウルさんかソールさんみたいな立場の人がいるんですよね?」
「ええ、あれから役職が変わってなければそうね。あちこち聞いて回るよりは早いだろうし……」
「そうね。それに……飛行船作成の協力は無理でも資料ぐらいは見せてもらえるかも。どの程度の縁かは知らないけど」
「うん。わたし達で作るにしても、ゼロからよりはずっと良いよね」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「―――あら、ウィルベルちゃん、久し振…………え、ウィルベルちゃん!?」
「え、ええ、久し振りね、マリオン」
うずたかく、天を衝かんばかりに積まれた書類。
そこに埋葬されたような有様から、ゆっくりと顔を上げた黒髪の女性。
にこやかに迎えたかに思えた瞬間、目を剥いて叫んだ彼女に気圧されつつ、ウィルベルは手を振ってそれに応えた。
「ご、ごめんなさいね。ちょっと驚いちゃって……」
「それは良いけど……あんた、この仕事量大丈夫なの……? 軽く見た限りでも、前にお邪魔したときの三割増しぐらいにはなってるように見えるんだけど……?」
「…………」
飛び上がるように迫った己を恥じてか、咳払いで取り繕ったマリオンに、改めて室内を見渡したウィルベルが辟易したように呟く。
最早『山』という表現を通り越して『壁』とでも形容した方が相応しいと言えそうな書類の束。
前はここまでじゃなかったようなと、興味本位に訪れた過去の記憶に照らし合わせて尋ねれば、返ってきたのは何やら虚無を宿した眼光で。
「…………
「あー……」
長い沈黙を経て、問われたマリオンから絞り出されたのは消え入りそうな声。
その目の端にキラリと光るものを目撃し、ウィルベルは堪らず目を逸らす。
「その増えた人員も、ある程度は急に変わった環境の調査に出さなきゃいけなくて。調査に行けばそれだけ、沢山の情報を持って帰ってきてくれて。じゃあそれを精査するのはって言ったら
「う、うん、頑張ってるわ。あんたはよく頑張ってるわよ、マリオン……!」
吐き出す先が他に無い故か、訴えに泣きが入り出すマリオン。嗚呼、悲しきは中間管理職。
思わず駆け寄ったウィルベルに背や頭を撫でられ、はらはらと落涙しつつ身を寄せる彼女。
ここだけ切り取れば子供と保護者のようであった。……十歳近く年上の子供になるが。
「……えっと、姉様? その人がさっきのお話に出てきた方ですか?」
「……幾つか部署があるらしいから一概には言えないけど、ステラードでソールがやってたような仕事を担っている人間、って言って間違いは無い……わよね?」
「え? ……あ、あら、そっちの子達は……?」
異様な様子におずおずと近寄ってきたシャリー達の声に、初めて知り合い以外の存在に気付いたらしいマリオンがぱちぱちと目を瞬かせる。
そうしてウィルベルと、彼女を慕っている様子の三人の少女達とを交互に見つめ―――
「………………ふう」
卒倒した。
「…………え。ちょっ……マリオンっ!?」
「ええっ、ど、どうしたんですかっ!?」
慌てて背を受け止めたウィルベルと、同じく目を白黒させて己の顔を覗き込む少女達。
そんな四人にふっと微笑んだ彼女が、どこか清らかな……燃え尽きた灰を思わせる表情で呟く。
「気にしないで……まだまだ子供と思ってた年下の女の子に久し振りに会ったら、立派な子持ちになってた幻覚を見ただけだから」
「気にするっていうか、気にし過ぎよ!? あたしを幾つだと思ってんの!?」
「……ツッコミそれで合ってます?」
「……姉さん、それちょっとずれてる」
「私、最近ね……『上半期』って言葉が直視できなくなってきたの……」
「知らないわよ!? 頑張れ!」
「……わたし達、何しに来たんだっけ」
「あ、あはは……」
勝手に想像して勝手に瀕死になるマリオンに、呆れ半分同情半分で叫び散らすウィルベル。
想像の斜め下を突き進む愁嘆場に、顔を見合わせ途方に暮れるうら若き少女達であった。
続かない。
エイプリルフール企画(大遅刻)ですので。
……完結後の活動報告にも書きましたが、この先もう