「メリリアさん。私“ヒツジ亭”で働きたいと思っているのですが」
「いやいやいやいやいや」
メガネで変装済みのシェリーラと街を歩きながら、「このキュウリ男根みたいじゃね?」的な女子特有のエグい下ネタ会話でゲラゲラしていると、突然シェリーラが狂ったことを言い出した。
ブンブンと頭を振ることで自然とぷるんぷるんする私の体の一部をシェリーラが物言いたげに見つめるが、今はそんなこと気にしてる場合じゃねぇ。
「何言ってんの?無理に決まってんじゃん」
「そうでしょうか?こうして正体も完璧に隠せているわけですし、私は話術にも長けています。メリリアさんよりは余程向いていると思いますが」
「お前のその自信はどっから来るんだよ!!」
確かに一見、この毒舌貧乳追放系眼鏡メイドはいかにも「デキる女でっせ」と言わんばかりのオーラを発しているように思える。だけど私は知ってる。こいつは外面こそ完璧女子を装った頭行き遅れのポンコツ野郎だってことを。
「ウェイトレス舐めんなよ?言っとくけどそれなりに重労働だかんな!朝から夜までずっと立ちっぱなしだし……!」
「えぇ勿論。楽だとは思っていません。しかし私が“ヒツジ亭”で働くことでメリリアさんの仕事を楽にすることはできると思いますよ?」
「……そんなことして何がしたいの」
「?決まっているでしょう。恩返しです」
「……」
……そう正面から言われると邪険にしづらいけども。
くっ、こいつ私の扱いに若干慣れつつあるな……!?
ムカつく。
「現状、レオンさんの貯金から私の生活費を捻出している状況なのですが」
「お前今なんつった?」
「そろそろ私も収入源が欲しいのです。ですが冒険者として活動することは難しい……そうなると、必然的にメリリアさんの元で働くのが一番現実的なんです」
さらっと爆弾発言をしながら、シェリーラは指先でメガネをクイっと上げた。
他人の貯金で暮らしてる女とは思えない仕草だ。
さてはオメーそのメガネもレオンに買ってもらったんじゃないだろうな。
……にしても、そうか。シェリーラがウェイトレスかぁ……。不安だ。なんかすぐ正体をバラしそうな気配がある。
というか絶対に仕事中私のこといびってくるじゃん!ナシだナシ。
「私一人じゃ決められないよ?皆が良いって言ったら……まぁ、私はいいけどね」
とりあえずこの場では一旦保留だ。あらかじめ皆に根回しして、シェリーラを採用しないように言えば……。
「そうですか。では決まりですね」
「いやだから皆が良いって言ったらだっての!」
「そう言うと思いまして。すでに“ヒツジ亭”の他の皆様方には挨拶を済ませてあります」
「……は?」
「皆さんはメリリアさんの承諾が得られれば、という話でした。これで決定ですね」
……。
「……ハメやがったな?」
「とんでもありません。メリリアさんが良いと言ったのではありませんか」
手を口で隠し、なんでもないことのように言うシェリーラ。
だけど私は確信してる。その手の内側でシェリーラは私を小馬鹿にしたような笑みを浮かべているに違いない。
こいつ私が反対すると見越して、先に根回ししてやがった……!!
「ナシ!今のナシ!前言撤回!」
「無効です〜、言質取りました〜、これからよろしくお願いしますね、先輩」
「テメェ!!」
こうして、小学生みたいなレスバから本物の取っ組み合いを始めた私たちを……。
「……何してるの、あなたたち」
たまたま通りがかったアズ先輩が呆れた目で見つめていた。
◆
「……まったく、メリリア?あなたも先輩になるんだから大人気ない真似はやめなさい」
「くぅっ……」
“ヒツジ亭”控え室にて。
私はアズ先輩にお説教を喰らっていた。そんな私をアズ先輩の後ろからシェリーラが勝ち誇った顔で見ている。あんの野郎……。
「“シエラ”。ごめんなさいね、こいつ馬鹿だから……。仲良くしてあげてね?」
「いえ、お気になさらず。慣れていますので」
シエラ。それがヒツジ亭に就職するに当たりシェリーラが用意した偽名だった。
その用意周到さを普段もっと見せてくれれば私の態度もいくらか軟化するんだがねぇ?オイ、シエラよ……。
ってか、さりげなくアズ先輩私のことディスったな!!
「大人だわ……。メリリアにこんなしっかりした友達がいたなんて。困ったことがあったらなんでも言ってね?」
「アズラさんのお噂はかねがね。メリリアさんも頼れる先輩だと仰っていました」
嘘つけ!!愚痴しか話してないはずだぞ。
「あらあら、そうなの?メリリアってばそんな態度全然見せないから……」
「私も今日初めてお会いして、噂通りの方だと確信しました。こちら、つまらない物ですが……ご挨拶代わりに。ヒツジ亭の皆さんと食べてください」
「まぁ!これ高いお菓子じゃない……わざわざごめんなさいね?」
「いえいえ。これからお世話になりますから」
「なんて出来た子なの……!?」
かーっ!!行き遅れ同士が意気投合しとるわ!!年増同盟がよぉ!!
テメェどうせその菓子折りもレオンの金で買ったやつだろうが!!他人の金でイキり散らしてんじゃねぇぞ!!
「メリリア先輩?いらっしゃいますか?」
と、地獄の年増空間に救世主の
「マシロちゃん!良いとこ来た!助けて!!」
「え、えぇ?どういう状況ですか……?」
正座してる私と、ぺこぺこ恐縮しあってる年増同盟というカオスな空間にマシロちゃんが困惑している。
「あら、来たわね。マシロ、メリリアも同意したみたいだから「しとらんわ!」シエラさんをウチで正式に雇うことになったわ。制服持ってきてくれる?」
「あ、本当ですか?よかったですね!シエラさん!」
ぱん、とマシロちゃんが柏手を打ってシェリーラを祝福する。
くっ、こいつ皆の前で猫被ってやがる……!マシロちゃんもあっち側かッ
「改めまして、これからお世話になります。メリリアさんの友人のシェリ──」
「シエラ」
「シエラです」
「?」
あっぶなお前。
今ゼッタイ本名の方言おうとしたろ。良かったフォロー間に合って。……って言うかその調子だとマジでボロ出るぞお前!!
「シエラ。悪いことは言わない。あんたにウェイトレスは向いてないって」
「え?そうなんですか?メリリア先輩」
「どうせ妬みよ。シエラにお得意先を取られるのを怖がってるのね」
……皆はもうすでに受け入れムードか。ここで私だけが反対してもなぁ……。
まぁ、私がなんとかフォローすれば、シェリーラもバカじゃないんだからイケる……か……?
「(くいくいと)」
「あら、マスター。制服持ってきてくれたの?」
と、さらに控室に“ぬっ”とマスターが入って来た。片手には綺麗に折り畳まれた制服を乗せている。
「(こくこくと)」
「ならシエラ、早速着替えて来てくれる?サイズが合ってるか確認したいから」
「わかりました」
……もう腹を括るしかないか。しょうがない。人手が増えるのは実際嬉しいことだしね。
……
…………。
「どうでしょうか」
数分後。
制服に着替えたシェリーラが更衣室から出てきた。のだが……。
「……なんかシエラだけ制服かわいくない?」
「マスターのお手製だからね。私たちそれぞれに合った制服にしてくれてるのよ」
「私だけバカみたいな布面積なんだけど」
「あなたがそうしてって言ったからでしょ……」
“ヒツジ亭”のウェイトレスが着る制服は、全員デザインが異なる。マスターが毎回布地から選んで縫製しているわけだ。マスター、手先が器用すぎるんだよなぁ。万能人間かよ。
アズ先輩の制服は落ち着いた色合いで、肌露出が少ないどこか気品を感じさせるデザインに。マシロちゃんは可愛らしさ重視で、明るい色合い。現代でもオシャレなカフェ店員の制服として通用しそうなクオリティだ。
そしてシェリーラの制服は給仕服というよりメイド服に近い。それでもコスプレみたいに装飾過剰じゃなく動きやすさと通気性も両立してる。可愛らしくもどこか理知的。クールな女給さんって感じの印象だ。中身がシェリーラじゃなければ。
それにしても“娼婦”と揶揄されることすらある私の胸元も背中もパックリ行った制服とは大違いだ。制服の格差を感じるんですけど。
まぁ気に入ってないわけじゃないからいいんだけどね?体質上仕方ないんだけどね?私が希望したんだけどね?なんかね?うん。
「うん。似合ってるわよシエラ」
「はい!とてもかわいいです!」
「(こくこくと)」
「ありがとうございます。皆さん」
……腑に落ちねぇ!