「ただいまー」
ガチャリ、と扉を開けて家に帰る。
……ん、帰って来たらレオンがいるものと思ってたが、返事がない。
やっぱ怒ってるのかなぁ。むーん、謝らんと。
「お帰りなさい、メリリアさん」
「おっ、シェリーラ。仕事終わった?」
その代わりに出てきたのは、メガネを外して変装を解いたシェリーラだ。白い三つ編みを下ろして、リラックスな格好……ではなく、どう言うわけか冒険者が纏うようなしっかりとした装備をしている。
「仕事は先ほど終わらせました。今日は早くに上がらせてもらったんです」
「ほーん。ってかなんで家の中でそんな物騒な格好してんだよ。さっさと着替えてきな?」
私がそう言うと、シェリーラは何も言わず、相変わらず表情の読めない目をこちらに向けてきていた。
「……シェリーラ?」
「メリリアさん、とても大事な話があります」
「……大事な話?」
家の中なのに装備をかっちり着込んで、“大事な話”と来たか。
こりゃ、ちょっと覚悟する必要がありそうだね。
「……ところで、レオンさんはどちらに?ご一緒ではないのですか?」
「え?家の中にいないの?」
と、続いたシェリーラの言葉に私は目を丸くする。
「いません。帰ったら二人とも留守だったので驚きましたよ。何かあったんですか?」
「あ、ん〜……喧嘩?みたいな?もしかしたら私を探しに行っちゃったのかも」
うん、あり得る。レオンなら。
だとすると悪いことしちゃったな。私が悪いのにレオンを置いて来て帰って来てしまった。
「レオンさんが……まずいですね。こんな時にいなくなってしまうとは。ですが仕方ありません。あまり時間がありませんので」
「……時間がない?」
「結論から言います。メリリアさん、今から私たちはこの街を出ます」
「……え。あ、そっ、か」
そしてシェリーラは、衝撃的な……しかしある程度は予想していたその“結論”を口にした。
覚悟していたとはいえ、実際にそう言われると。やっぱり少し寂しいね。
「……今からもう出るの?ずいぶん急だね。じゃあ私たちはここでお別れか……」
「いいえ、メリリアさん。あなたも一緒にです」
「……え?」
しかし、それに対するメリリアの返答は予想外なものだった。
「メリリアさんにとっては急な話かもしれませんが、ここ数日間私を含めた何人かで計画を進めてきました。本来は、私とレオンさんだけで動くつもりだったのですが……状況が状況です」
「う、うん、うん……?」
なんだなんだ。話が飲み込めないぞ。
「……どちらにせよレオンさんを待たなければいけませんね。少し落ち着いて話をしましょうか。一旦お座りください」
「お、おう……」
シェリーラに促され、リビングに置いてあったダイニングテーブルを挟んで向かい合わせに座る。うん、これでもかってくらい軽装の私とめちゃくちゃ装備着込んだシェリーラ。対照的だ。
「今までにあったことを、お話しします」
……っていうか、お前ちょっと雰囲気違くね?
◆
「冒険者ギルドに“アグロ”という方がいましたね」
シェリーラは藪から棒に、そう話を切り出した。
「え?う、うん。ギルドにいる、あの良い人でしょ?シェリーラのことも黙っててくれたし」
「彼は私が虚偽の要請でギルド本部に招集された際、その会話に聞き耳を立てていました」
「……え?」
続いてシェリーラが言った言葉に、私は衝撃を受ける。
「本来なら訝しむはずなんです。本部に呼び出されたはずの私が、まだこの街に残っていたのですから。しかし彼は何も言わなかった。それどころか、メリリアさん。あなたに“協力”を申し出ましたよね?」
「えっ、ちょ、ちょっと待って。いきなり何の話?」
そして、まるでマシンガンのように情報の洪水を浴びせかけられて私は混乱する。
アグロさんの話。そう、そのはずだ。ただの世間話のはず。
なのになんでこんな不穏な雰囲気に?
「彼が“黒”という話です。メリリアさん」
「黒……?」
「アグロ。彼が私たちの“敵”という意味です」
「……」
……私は、今度こそ。
何も言えなくなってしまった。
「以前お話ししましたね。ギルド内に、私の存在を中央教会にリークした密告者がいる可能性を……彼が恐らくそうです。役員としてではなく、表面上は冒険者として身を潜めていた。だから見抜けませんでした」
シェリーラはそう言って、悔しそうに顔を歪ませた。
「あなたの信用を得るために、あの場ではあえて私の存在を見て見ぬふりをした。そう考えるのが妥当かと」
「……」
「そういえばレオンさんに聞きましたが、彼はレオンさんが“フェン”という偽名で冒険者として活動を始めた当初から、やけに親身になってくれた方だと伺いました。そう考えると、やはり最初から全て……」
「ま、待ってって。じゃあ何?アグロさんは……私たちを騙してたってこと?最初から……?」
「はい。親身に接して、その裏でずっと教会と繋がっていたんです。先日、私に対する態度で確信しました」
ダメだ。急展開すぎて頭が追いつかない。
「……えぇ」
「メリリアさん。頭を抱えるのはまだ早いですよ。話は終わっていません」
「いや、これ以上のショック中々ないんだけど……」
単純に良い人だと思ってたのに……パンクな見た目に反してめちゃくちゃ親切っていうギャップキャラだと思ってたのに……あの見た目で本当に悪者なんてことある……?
「……我々の周囲に潜んでいたスパイは、もう一人います」
「……え?」
「そしてその方は、メリリアさん。あなたがよく知っている方なんです」
「……」
私は、その先を聞くのが怖くなって来た。
今まで積み上げてきた絆とか、信頼とか……そういう大切なものが崩れていくような感じがして。
「……誰?」
でも私は聞いた。聞かなきゃいけない気がした。
「メリリアさん。私がなぜ“ヒツジ亭”で働き始めたのか、わかりますか?」
「え……それは、お金がないからでしょ……?」
「お金を稼ぐだけなら方法はいくらでもあります。その中で私が“ヒツジ亭”で働くことにした理由は、金銭以外にあるんです」
シェリーラはそう言うと、懐から小さな“箱”を取り出した。真っ黒な箱だ。
「これは、マスターがいつも立っているカウンターに仕舞ってある金庫の中からくすねて来た物です。随分厳重に保管されているようでしたが」
「……え?くすねた?盗んだってこと?」
「はい」
「いや何やってんの!?」
私は思わず立ち上がって叫んだ。
金庫の中に入ってたって……どう考えたって大切なものだ。それを盗んできたなんて。
「いくら金がないからって金庫を漁るなんて……」
「メリリアさん。この箱に金銭的な価値はありません。しかし、厳重に保管していた理由はわかります。この箱の中にあった、“文書”の内容を見れば」
「文書……?」
「はい。第七位“聖天騎士”シェリーラ……私を、抹殺せよとの内容が記された文書です」
「……はぁ?」
いよいよ意味がわからなくなった。なんでそんなもんを、マスターが……。
「この“箱”は、一種の身分証となり得ます。私も“同じもの”を持っていました。それを金庫の中とはいえ無防備に店の中に放置していたのは、“潜入”がバレるリスクがあるためです。いつでも取り出せる場所に。しかし肌身離さず持ち歩くことはできない……だから彼は、カウンターの中にこの箱を忍ばせていた」
「……」
「彼もまた、“聖天騎士”の一人です」
頭が真っ白になった。
「“聖天騎士”の第五位……上から数えて5番目の実力者、という意味ですが。彼は長い間“潜入任務”に就いていました。ただの一般市民として、情報を集めやすい立場から中央教会に情報をリークする役回りです」
「……」
「その名は“必滅のロドリック”。私も顔までは知りませんでした」
シェリーラは目を伏せ、淡々と衝撃的な事実を語っていく。
「“酒場の店主”とは、実に様々な情報が入って来やすい立場だと思いませんか?酒が入れば口は緩くなります。相手が女性ともなれば尚更。それを私はここ数日、あの場所で働いて実感しました。ここは彼にとっての情報の“餌場”だったのだと」
「……」
「“月夜のヒツジ亭”とは、言い得て妙ですね。まさに彼にとって客とは夜が更けてから集まってくる“情報の
次々に叩きつけられる情報に、私は半ば放心しながら口を開いた。
「……全部、シェリーラは狙って動いてたってこと?」
「……“敵”がどれほど街に根ざしているのかを、知る必要がありました。結果的には、最悪と言っていい状況です」
シェリーラはそこで覚悟を決めたように顔を上げる。
「メリリアさん、すでに私たちは“補足”されています」
「……それは、やっぱり、私とレオンがシェリーラが追われてたのを庇ったから?」
「いいえ。恐らくはその“もっと以前”から」
静かに首を振った。
「それこそ……メリリアさん。あなたがマスターの元で働き始めた頃から」
「……」
……ダメだ。
なんか、泣きそう。
「何故、ずっと前から私たちの存在を把握しておきながら、“聖天騎士”が仕掛けてこなかったのか……その意図は計りかねますが。こうして話している次の瞬間にも、この家に彼らが押しかけてきてもおかしくありません。ですので、ここ数日私とレオンさんはこの街を脱出する手筈を整えていました」
……そっか。レオンは知ってのか。だからあんなこと言ったんだ。
……そっかぁ。
「メリリアさん。あなたの身も、もうすでに危険です。彼は……マスターはあなたの“正体”にすでに勘づいている可能性が非常に高い」
立ち上がり、シェリーラは座り込んでいる私の手を握った。
「逃げましょう。今すぐに」
◆
「やぁ」
「……ギルド長」
「すぐに会うことになる。言った通りになったね」
私は、長旅にも耐えられるよう、背嚢に食料や衣類を始めとした生活必需品を詰め込み、冒険者として活動する時に着る長旅用の服に着替えて外に出た。
「ガルムさん。レオンさんを見ませんでしたか?どうやらメリリアさんとすれ違いになってしまったらしく」
「む、それはいけないね。わかった。フェン君……じゃなくてレオン君には、私の方から伝えておこう。メリリアくんとシェリーラ君は先に旅立ったと」
「はい。お願いします」
「今夜どうだい?と誘う暇もなくて残念だ。事態は緊急を要する。さぁ、早速移動しようか。シェリーラ君」
前を歩くシェリーラの後ろを、私は亡霊のように付いていく。
「メリリアさん。街を出たら、まず“エンディ”の森を迂回して隣町の“ロジィズ”に向かいます。夜通し歩くことになりますが……大丈夫ですか?」
「えっ?あぁ、うん」
「……大丈夫です。“ロジィズ”は港町。船で海を渡れば、教会もそうそう追ってはこれませんから。レオンさんも必ず追いついて来ます」
「……そうだね」
私は、緊迫とした状況とは裏腹にどこか上の空になっていた。
……命を狙われている。だから逃げる。理屈はわかる。
だけど逃げた後はどうする?見知らぬ土地で、何のために生きればいいのか。
……私はたった今、全て失ってしまったのに。
そんな私の心情もお構いなしに、状況は目まぐるしく動く。
「準備は整ったね?よし、じゃあ出立しよう。街を出るまでは私は先導して──」
──パァン
と、振り向いたギルド長……ガルムさんという、ついさっき名前を知った人が。
頭を吹き飛ばされて、地面に倒れ伏した。
「……え?」
「伏せてっ!!」
シェリーラに押し倒されて、私は体勢を崩しした。
──パァン、パァン。
──その頭上を、夜の闇を切り裂く閃光が瞬いた。
「……残念だわ。メリリアさん」
「……マリア、さん?」
閃光を……“銃弾”が放たれたのは、通りの向こう側から歩いてくるシスター服を纏った老婆。
「あなたのことは、気に入っていたのですけれど」
そのしわがれた声が……徐々に、妙齢の女性が発するような艶のある声に変わっていく。
彼女、マリアの背から……三対六枚の“白い翼”が生えていた。
「……マズい人に見つかりましたね……。彼女は“聖天騎士”第四位……」
白い翼は優しくマリアさんの体を包み込み……そして。翼に隠されていた体が再び現れると、そこに立っていたのは。
絶世の美女と言って差し支えない容姿とは裏腹に、その手に無骨な銃を握った“天使”だった。
「“殲滅のマリアベル”です」
マリア……マリアベルは、朱色の唇を笑みの形に歪めると、私たちに銃口を向けた。
「さて、お遊びはここまでにしましょうか。メリリアさん?」
その目に、嗜虐的な光が灯った。
「粛清を」