思えば私は。
異世界に転生しても、強くなろうなんて微塵も考えていなかった。
よくある異世界転生モノの主人公は、転生後ってのは大体剣とか魔法とかで強くなる。だけど私は強さには興味がなかった。
それは性転換したからって言うのもあるだろうけど、結局の所は私自身が戦いたくなかったからだ。人の死を見るのも、生物を殺すのも嫌だった。
だから私はきっと、話には聞いていてもどこかで他人事だったんだ。
人は死ぬ。ということを。
◆
「……」
体が動かない。口の中に土と砂利が混ざったような感触がする。全身が、まるでハンマーで潰されたかのように痛い。
だけど、そんなことはどうでもいい。今なにが起こった?
「……レオン、シェリーラ」
そう。レオンとシェリーラはどこだ。さっきまで一緒にいたはずだ。
「あらあらあらあら……虫らしく、随分図太く生きているのねぇ?私の魔術を喰らって原型を留めているどころか、まだ生きているだなんて……他の二人は跡形もなく消滅したというのに」
「……消滅?」
消滅とはなんだ。消える、消えた。ってことか?
レオンとシェリーラが?
死んだ、ってことなのか。
「……」
息が荒い。チカチカと視界が明滅して……だけど不思議と、頭は冴えている。
私は今、この世界に生まれてきて……いや、前世も含めて、一番と言っていいくらいに冷静だった。
頭が冴え渡る。今、何をするべきなのかが直感でわかる。“魔族”としての本能だ。
私はガクガクと震える膝を無理矢理に立ち上がらせた。
「……“
側頭から悪魔に似た角が生え、腰から細い尻尾が顔を出す。全身に魔力がみなぎり、濃密な魔力が全身を黒く彩る衣装を形作った。ショートヘアは一気に伸びて、ピンク色の長髪に。
目にはハート型の紋様。だけど、この昂りは絶対に性欲によるものじゃない。
「……殺す」
今までにない程の、殺意の昂りだ。
「“
私が力を解放すると同時に、仕掛けてきたのはイブという裸女だった。
天上から一直線に、衛星軌道上に降り注ぐレーザーに似た光。それを私は飛躍的に脚力が向上した足で回避した。
「ぐ、うぅ……」
だけど、避け切ることは出来なかった。足先が僅かに灼かれ、無様に地面へと倒れてしまう。
改めて思うが、私は弱い。戦いなんてものをてんでしてこなかったんだから当然だ。
「諦めなさい。メリリアさん?抵抗しなければ殺しはしないわ」
そういうことは二人を殺す前に言うべきだったな。
マリアベルの銃口から逃れるように、私は大きく円を描くようにして動き回る。
でもこのままじゃジリ貧だ。いつかは負ける。そもそもマリアベルもイブという女も、きっと格上だ。なぜかイブは走り回る私を興味深げに見つめるばかりで仕掛けてこないが、今に動き出してもおかしくない。
やっぱり、勝負は一瞬で決めるべきだ。私には今まで覚悟が足りなかった。
やらなきゃやられるだけだ。
「“
「!」
正面にマズルフラッシュ。銃弾による弾幕が展開される。
だけど重要なのは、この銃弾は実弾ではなく、魔力によって生成された擬似弾であるということ。どちらかと言えば“魔術”の一種だ。
そして“淫魔”は、こと魔術の源たる“魔力”の扱いに関してはかなり優れている種族だ。そもそも“淫魔”は“
そして、いつだったか話したように魔力というのは“生殖器”から生み出される。男性の場合は“睾丸”からだ。じゃあ女性の場合は?
私は、お腹に手を当てた。
「“
「……なんですって?」
左手を下腹部に、右手を前に突き出す。
すると、銃弾がその形を失ってほつれていく。
精製前の“魔力”の形に戻っているわけだ。
“魔力”は私の右手に吸い込まれるように消えていき、そして腕から胴体、胃を伝って最終的に下腹部の生殖器官……“子宮”へと着地した。
“子宮”。それが女性の魔力を生み出す器官であり、同時に魔力を含蓄する機能を備えた吸収器だ。その特性を利用して私が使ったオリジナルの魔術『ドレイン』。
ぶっちゃけ、これがあれば大体解決するから強さを鍛えていなかったところがある。
「なるほど。淫魔の特性を利用して……面白いことするじゃない」
「これで終わりじゃないよ」
正直、この手はあまり使いたくない。“子宮”ってのは繊細な器官だ。簡単に戦闘に転用するにはあまりに脆いし、酷使すれば体内の魔力循環が上手くいかなくなって死んだりする。
だけどこの状況で、後先のことを考えられるほど今の私は冷静じゃない。
持てる力は全部使って、あのクソビッチをぶっ殺してやる。
(“子宮”は魔力高炉。吸収だけじゃなく魔力の圧縮にも有効)
腹の奥に、グツグツと煮える圧縮された魔力の循環。同時に、膨大な魔力の通り道にされた体のあちこちの臓器が、ブツブツと音を立てて壊れていくのがわかる。きっと戦いが終わった後、私は元の体には戻れなくなるだろう。
それでいい。最大火力だ。
「この魔力密度は……イブ様、危険です!退避を……」
「そうねぇ」
逃げようってのか?
やらせないよ。
「なっ……これは……引っ張られる……!」
“子宮”は魔力吸収機構でもあるんだ。そして最大出力で使っている今。より強い魔力を持った存在を引き寄せる。本気で抵抗されれば逃げられるが、一瞬足止めするには充分。
魔力を放つ準備は整った。
「ぐっ、マズい……!」
「えぇえぇ。あれは痛そうだから……」
「……ぅ?」
私が発動させようとしてる攻撃の威力を悟ったのか、冷や汗を流すマリアベル。その背中に守られたイブは、唐突に右手を振り上げると。
「守ってぇ?マリアちゃん?」
「ぁ゛」
真っ直ぐ、マリアベルの背中を貫いた。
瞬間、背中側からマリアベルの体の組織がぶじゅる、と音を立てて大きく“変容”する。
美しい女性の姿をしていた肉体は平らに広げられ、翼はその冒涜的な“盾”を彩るように鋭く突き立った。結果完成したのは、一人の女性をまるごと一枚の“盾”に変容させたオブジェだ。
私がその光景に戦慄しても、もう魔力の放出は止まらない。
「……いけぇぇぇぇぇ!!」
魔力放出。
とてつもない規模の“爆発”が、辺り一面を覆った。
「うっ、ぐぅぅぅぅ……!」
熱い。全身が、溶けるみたいに熱い。
私の全身が、蒸気を上げるほど温度が高くなっているのがわかる。あまりの苦痛に流れ出た脂汗が蒸発するほどの熱量だ。
「ぐぅううううううう!!!」
……ダメだ。もう、限界。
「がはっ……!」
私は血反吐を吐いて、全身からプスプスと煙を上げながら地面に墜落した。
……魔力放出。その威力は凄まじかった。
私の目前にできたのは、幅500mにも渡ろうかというほどの巨大な“クレーター”だ。辺り一体の草原は吹き飛び、魔力による破壊によって地面が大きく抉れている。その中心に、マリアベルとイブがいたはずだが……砂塵が舞って姿が確認できない。
「はー……はぁ……」
確認したくとも、まともに体を動かすこともできなかった。
視界はぼんやりと霞がかり、指先の感覚はない。壊れてはいけない“ナニカ”が壊れた。そんな確信的な予感だけがあって、でもそんなことはお構いなしに、無理やり足に力を入れて立ち上がった。
「はっ……げ、おぇ……はぁ……」
もう私は、戦えない。それが本能で理解できたからこそ、確かめなければならなかった。殺すべき相手をちゃんと殺したと、証明しなければいけなかった。
だから……。
「……」
「あらあらあらあら……無茶をするのねぇ、貴方」
……溶けてぐずぐずになった“傘”の向こうから、無傷のその女が姿を現した時。私は頭が沸騰したかのような感覚を覚えた。
「……殺す。絶対、殺して……!」
「“
「──」
一条の光が飛んできて、私の左足を吹き飛ばした。
「これでわかったでしょお?結局の所、遅いか早いかの違いでしかないの。一人“肉壁”が居なくなっちゃったけどぉ……まぁ空いた“第四位”の席はまた別の誰かが座るでしょうしぃ、穴は塞がる。元通りね?」
「……はぁ、はぁ……!」
なんで私は、こんなに弱いんだ。
「元に戻らないのは、貴方たち虫けらの命だけで充分よぉ」
光が奴の……“イブ”の指先に収束していく。
私の視界が真っ白に染まり──。
「“
闇に閉ざされた。
◆
「……ギルド長には感謝しないと。お陰で“顕現”のための魔力が足りた」
「……誰かしらぁ?あなたは」
光すら飲み込むほどの濃密な“闇”を従えて、
第二位“聖天騎士”イブは、その場に突然現れた第三者に、純然たる疑問を投げかける。
裏切り者たる“第七位”と“第五位”の妨害は予想していた。そしてその二人はすでに、イブが直接手を下して始末した。残った戦力は取るに足らない虫ケラばかり……そう思っていた矢先に。
「聞くまでもないでしょ」
彼は現れた。
「僕はただの冒険者だよ」
「……なぜ、その娘を助けるのかしらぁ?」
「それこそ聞くまでもない。女の子を守るのは、男の子の本分だよ」
彼は名前を「カイト」と言った。
イブは、顎に手を添えて考える。
裏切り者でも、元々
そもそもこの世界に、イブと渡り合えるほどの実力者など数少ない。それこそ“聖天騎士”の第一位か、魔族領の……。
「あぁ、そういうこと」
そこまで考えて、イブは思い至った。
カイトと名乗った少年の正体に。
「まさかこんな所でお会いするとは思いませんでしたわぁ。随分とフットワークが軽いとは聞いていたけど……単なる冒険者に身をやつしていたとは。流石に見抜けませんでした」
イブは口元を手のひらで覆って、柔らかに微笑んだ。しかしその目は少しも笑っておらず、鋭くカイトに向けられている。
「ねぇ?──
カイトは、口元の笑みをより深くした。
「玉座に座っているだけじゃ、世相は見えないものだよ。君ももっと世界を知った方がいい。神とやらの教えだけを信じるんじゃなくて、ね」
それだけ言って、カイトは後ろを振り向いた。
イブは指先に魔力を収束させる。
「あぁ、やめた方がいい。僕に攻撃を与えようとすると指が落ちるよ?剣を振れば腕が落ちて、噛みつこうとすれば首が落ちる」
反射的に、それが真実であると感じてイブは指先の魔力を霧散させた。
カイトはそれが当然のようにうん、と頷くと、腕の中のメリリアを見つめた。
「僕が“接触”を許してるのは、この子だけなんだ」
そう言って、彼はメリリアの顔にかかった前髪を静かに下ろした。
「このまま逃すとでもお思いですかぁ?」
「逃すさ。だって……」
ゴゴゴゴ……と、地響きが鳴る。
否、それは地響きではない。“空気”が振動しているのだ
「ここで“魔王軍”とやり合いたくはないでしょ?」
「……」
辺りを覆っていた闇が晴れ、太陽が登り始めていた明け方の空に、無数の“戦艦”が現れた。
魔王軍主力部隊、“
どこから現れたのか、どうやって人族の“領域”に侵攻したのか。重要なのはそこじゃない。とイブは考える。
“魔王”がたった一人の淫魔のために軍を動かした。その事実が重要だ。
「ここはお互い“痛み分け”ということで、いかがかな?」
「……よく言うわぁ」
こちらは裏切り者の始末と、一名の戦死者。合わせて3名の主力を失う結果となったのに。その成果たる女を、カイト──魔王バゼルカイトスは総取りした形だ。最初からこの状況を狙っていた、というわけか。
「──この借りは必ず返すわよ?」
「うん。楽しみにしておこう」
「言ってなさい」
イブは、その言葉を最後に全身を白い翼で包むと……。
次の瞬間、その場から消え去った。
「……まったく、執念深い連中だな」
バゼルカイトスは、やれやれと首を振った。そして、地面に降り立った戦艦の一隻に乗り込む。
「魔王様。帰ったら事情は全て話してもらいますからね?」
戦艦の中では、メガネをかけた“魔族”の女性が鋭い目で立っていた。
「あっははは、ごめんごめん。助かったよ」
数分後。空に浮かんでいた艦隊は、その全てが姿を消していた。
ダイジェスト版はここまでになります。
続きはノベルピアにて。