はー、キッツイわー。
何がキツイかと聞かれると困るんだけど、なんかあるよね。人生における全てのものがキツイ時ってさ。特に原因があるわけじゃないんだけど。
意味もなく死んでしまいたくなる。そんなヘラ期が到来してしまったわけです。
……まぁぶっちゃけ、バダスさんの件が全く関係ないと言ったら嘘になる。流石にそこそこ、あの事件は私的にも堪えた。
これから『ヒツジ亭』でウェイトレスをしていく上でも、考えさせられるような事だったし。ぶっちゃけ、バダスさんの死の原因は私もそこそこ担ってると考えてしまってるわけです。
人を殺したわけですよ、この私が。
……あー、マジキッツイわー。
こういう時、魔族だから誰にもこういう悩みを打ち明けられないのがキツイね!いや、友達がいない訳じゃないんだけど。やっぱり愚痴を誰かに言おうと思ったらどうしても魔族的な視点が入ってしまうわけです。
多分私以外にも正体を隠して人里で暮らしてる魔族はそこそこいると思うんだけど……私には見つけようもないし。わざわざ向こうが正体を現してくれるようなこともないだろう。
正体を明かせば最後、どうなるか。そんなことは子供でもわかるんだから。
いやー、ホント人間と魔族さんさぁ……もっと仲良くしよ?おてて繋いでさー。
あんまり政治的なことはわからないけど、人間と魔族の対立関係は過去に起きた戦争が大きく関係しているらしい。戦争自体はつい数十年前に“和平”という形で終結したけど、人間と魔族の睨み合いは年々むしろ深まるばかりだ。
人里で暮らせば、魔族がいかに悪い奴らかって話はいくらでも舞い込んでくる。それを聞いて育つ人の子は、さぞかし魔族嫌いの立派な大人として育っていくわけだ。
そして魔族領でも同じ様に、人間がどれほど悪〜い種族なのかが念入りに教育される。無くならんねー、こういうのは。前世でもそうだったけど、情報が封鎖されやすいこの世界では特に。
「メリリアちゃん、今日は俺5体もゴブリン討伐したんだぜ!しかも一体は“固有種ネームド”だ!いやーメリリアちゃんに見せたかったなー、俺の活躍!」
「へー!すごいじゃん!」
そして人間の街であるここでは当然、魔族を殺したというのは美談になる。
「あぁ。魔族は全部俺が殺してやるからメリリアちゃんは安心してていいよ!」
「え〜?本当に〜?」
「行けるって!最近俺ノってるから!」
「あんまり無理しちゃダメだよ?」
「あははは!してないって!マジで楽勝!」
今日同席しているのは、ランク1冒険者。つまり新米冒険者である“カイト”くんだ。腕はそこそこに立つらしいけど、いかんせん危なっかしい。
仕事柄、今日みたいな自慢話を聞く機会なんて文字通り死ぬほどあるわけで、その度におセンチな気分になってたらやってられない。だから普段はそこまで意識することがないよう気をつけてはいるんだけど。
今日はちょっとだけ、憂鬱な気分が顔に出ないか心配だ。
「あっ、そうだ、メリリアちゃん。俺、明日から“エンディ森林”で依頼クエスト”受けんだ!初のランク2クエスト!」
「へぇー?すごいじゃん?」
「だろ?ランク2になってもずっとショボい依頼しか受けさせて貰えなかったけど、ようやくベテランって認められたわけだよ!」
冒険者が受ける依頼クエストにも、冒険者同様にランクが存在する。ランク2の依頼ならランク2以上の冒険者じゃないと受けられないって感じだ。
まぁ酷いとことかだと、この規則すら機能してない冒険者ギルドもあるんだけどね。この街の冒険者ギルドは比較的良心的で、同じランクに到達したとしても一定期間以上一つ下のランクの依頼をこなさないと、上のランクの依頼は受けさせてくれない。
私とよく話す冒険者達の多くはこのシステムに不満があるみたいだけど、私は賛成派だ。多少なりとも冒険者の犠牲が減る仕組みは、むしろもっと広まってほしい。
不満がある人たちも下のランクの方の人達で、冒険者として本当にベテランの人たちの中ではこのシステムも高く評価されてるらしいし。
あ、ちなみに“エンディ森林”っていうのは外壁を越えてすぐのところにある森のことね。この街の名前が“エンディ”だからエンディ森林。わかりやすくていいよねー。
「でもエンディ森林って、結構強い魔物が出るんでしょ?大丈夫?」
「大丈夫大丈夫!言ったろ?俺ノってんだ!この勢いですぐランク3だよ!」
不安だ。不安すぎる。
なんだお前、その全く勉強してないのに謎に自信だけはある受験生みたいな。
マジで明日そのへんで死んでてもおかしくない。無理にでも引き止めるべきか……?流石に連日で周りの人間が死ぬのはちょっとキツイぞ、私でも。
ただ、同時に止めても無駄なんだろうなぁと思ってしまうのも事実。
私も男だったからね。冒険の楽しさとか、どんどん名を上げることの快感とか……そういうのに魅力を感じるのは仕方のないこと。男の子だからね。
女の身体になってしばらくして、戦いとか冒険とか、必要以上に危険なことは普通に恐いって思うようになったし避けるようになった。今の私が、人間だった頃と比べて遥かに大きな力を持っていたとしてもそれは変わらない。
平和が一番。何事もない人生を送りたいよね。
「メリリア先輩」
休憩時間、胸にぶら下げたおもりのせいでバキバキに凝った肩をほぐしていると、柔和かつ大人しめな声が私の頭上から掛けられた。
「おっ、マシロちゃん。今日もう上がり?」
「はい、マスターが。この時間帯はそれほどお客様も来ないとのことでしたので」
「確かにねー。大体は夜の方が忙しいからね」
「すみません、それなのに私お昼だけしか働けなくて……」
「いいのいいの!むしろ夜の酒場とか寄り付かない方が良いから!あんなん犯罪者の巣窟と変わんないからね」
「あはは……」
このいい感じに真面目そうな子はマシロちゃん。本名は“マルシロッテ”。半年ほど前にウチに入った新人さんだ。
マシロちゃんの制服は私ほど過激なものではない。こんないい子があんなエロ衣装着れそうにないしね。着ようとしたら私が阻止します。
おら!イカくせぇゲスの視線は元男の露出狂にでも向けやがれ!
「先輩は今日も夜遅くまで……?」
「うん。あのマスターの野郎がさー、私のことコキ使うわけよー」
「……良くないですね」
ピリ……と空気が凍りつく。
「ちょちょちょ!大丈夫だって!嘘嘘!私が残りたくて残ってんの!むしろマスターに無理に言って!」
「……そうなんですか?」
私は慌てて立ち上がり、危険な雰囲気を纏わせ始めたマシロちゃんを制止する。
ふっ、と場を支配していた重圧が消え去り、辺りは平和に包まれた。
あっぶねー。マジ、軽口で店吹き飛ぶところだった……。
いい子なんだけどね、マシロちゃん。いい子すぎて私なんかのためにたまにマジギレしそうになる時があって、たまに焦る。
「マジで平気!私、夜型だから!むしろ夜の方が元気っていうか!」
「……無理は、しないでくださいね。私、先輩のためならいつでも駆けつけますので……」
「マ、マシロちゃん……!」
なんつぅ天使だよ。
私の股間にまだ生えるもんが生えてたら、1秒で惚れてた自信がある。いや、むしろ邪な気持ちを抱かない女性同士だから警戒せずに話してくれるという説はあるか……。
まぁ下心はぶっちゃけ、今でもバリバリにあるけどね。生えてなくても、私の心の中で雄々しく聳り立つ男の証はマシロちゃんに猛烈に反応している。
色々と溜め込んでいた不満が洗い流されていくようだ。
「あ、先輩。この前、先輩の部屋の中で、この前失くしたって言ってた香水見つけましたよ。これですよね?もー、ダメですよ?気をつけないと」
「……」
……ただね、マシロちゃん。
知らぬ間に自室に入られたりするのは、おじさんちょーっとだけ怖かったりするんだ……。