「お金が足りない!!」
朝。食卓に質素な朝食が並んだ場で私は叫んだ。
「……」
「おぉい、そこのレオン!“またいつもの発作か”みたいな顔しやがって!」
「すまない」
なーにが「すまない」だ!スカしてんじゃねぇぞ!
私がその気になれば、いつでもお前の金玉を破裂させられるんだが!?
ええんか!?私で童貞喪失(意訳)することになっても!?
「……ごめん。落ち着いた」
「そうか。よかった」
ひとしきり叫んで落ち着いた私は、大人しく席に座る。
カチャ、カチャと食器の擦れる音だけがしばらくリビングを支配する。
……皿の上の料理が粗方片付いてから、私は手を顔の前で組み、どこかの総司令のような顔をして言った。
「……お金が足りない」
お金が、ないのだ。
「……すまない。俺のせいで……」
「うん……」
たしかに、レオンが来てから明らかに金が出ていく頻度が増えた。
レオンの生活費自体は自分で稼いでくれてるからいいのだが。
獣人が増えた分の掃除代でしょ?レオンが来た時の歓迎会の費用でしょ?レオンが住むから買い換えた家具類、食器類、装飾品に衣類に……。
「これ大体私の出費だな」
「……」
……衝撃の事実が判明してしまった。
金欠、レオンが来て浮かれた私の大量買いが原因だった説。
「いや!レオンが来なければ発生しなかった出費には違いない!謝って!レオン!」
「本当にすまない」
「……ちょっとは怒ってもいいよ!」
しばらく一緒に暮らしてわかったことだが。
レオンは時折抜けている時はあるが、基本的にとても素直でいい子だ。掃除、洗濯、料理。全部やってくれるし。しかも私以上に完璧に。
おかしい。次の家が見つかるまでの間だけレオンを住まわせるって話だったはずが、このままずっと居てもいいような気がしてきた。
というか、もし仮にレオンが今すぐ出てったら私の私生活が壊滅的なことになる可能性が高い。
いつの間にか、レオンを追い出したら困るのはレオンじゃなく私の方になっている。なるほど、これが逆転シチュか……。
「ってかレオン、あんたその家事スキルどこで身につけたの?明らかにやり慣れてるじゃん」
「……前は、似たようなことを毎日やらされてたからな」
「……ふーん、そっか」
なんだかまた暗い話になりそうだ。話題変えるか。
「あとさー、レオンって普段、自分の生活費どうやって稼いでるわけ?アルバイト?」
「冒険者ギルドで
「……え?冒険者?マジで?」
意外だ。レオン冒険者やってたのか。
「え、ランクは?流石に1?」
「あぁ。だが、もういくつか
「ふ、ふーん……?」
……ぶっちゃけ、毎日家事やってくれてるだけで私的には借金完済済みですけどね。
それどころか若干私の負債の方が増えているような気も……いや!寝床を提供してるわけだからこれはwinーwinの関係のはず!多分。
というか、そうか。冒険者か。それで稼いでたのか、レオン。
仕事柄、冒険者の仕事については色々と聞くこともあったけど……ふむ、そうか。
「……ねぇレオン、物は相談なんだけど」
「どうした?」
「冒険者の仕事って……見学してもいい?」
「おー……ここが噂の冒険者ギルド」
「来るのは初めてか?」
「うん。ここらへんって結構治安がね。まぁ、あとは……」
男ばっかりだから淫魔的に長居出来ない……というのは言わずにおいて。
「これ一目で冒険者ギルドってわかんないでしょ……」
「……まぁ、そうかもな」
レオンに案内されたその建物は……何だろう。なんていうのかな?
あれだ。“刃牙の家に似てる”って言えば伝わる?
まるで親の仇のようにあちこちが落書きされまくって、崩壊しかかってる建物の壁も、間に合わせみたいなベニヤ板を張り付けただけでボロボロ。
冒険者ギルドってより、犯罪者ギルドって言われた方が信じられる。
「確かに俺も、最初に見た時は驚いたが……まぁ、冒険者が集まる場所と思えばそうおかしなことでもない」
「マジでぇ……?」
どうしよう、帰りたくなってきた。
「そもそも、どうしていきなり冒険者を見学したいなんて言い出したんだ」
「いや、だからそりゃ……金欠だからですよ」
「……まさか、メリリアも冒険者になろうとしてるのか?」
「……悪い?」
「いや……だがな……」
レオンが歯切れ悪そうに言い淀んでいると、件の冒険者ギルドから一人の男が出てきた。
「あっひゃっひゃっひゃ!おい見ろこいつの間抜け面!自分が死ぬだなんて最期まで思っちゃいなかったんだろうな!」
その男は、生首を誇らしげに持っていて。
「今夜はこいつで焼肉パーティだ!脳みそが特にウメぇのよ!!」
「うっひょー!楽しみっすねぇ、兄貴ィ!!」
人肉を食う予定を、仲間と嬉しそうに立てていた。
「……やめておくか?」
「……で、出来らぁ!」
セクハラ親父しか来ないでお馴染みの『月夜のヒツジ亭』看板娘を舐めんなよ!
「……大丈夫だ。メリリアに指一本でも触れようとしたら、俺が切る」
そう言って、レオンは自前のショートソードの柄に手をかけた。
……そこまではしなくていいのよ?
「まっ、頼もしくはあるけど」
「入るぞ」
そうして私は(若干レオンの後ろに隠れながら)冒険者ギルドの門をくぐったのだった。
「……おー」
中に入ってまず抱いた印象は……まるで“酒場”のようだ。というものだった。
「……あ?なんだフェンか」
「ひぇっ」
しかし、ギルド内に入るや否や、明らかにお前だけ世界観違うだろって感じの世紀末風の男に声をかけられ、反射的に萎縮する。
いきなりヤバそうなのに
「ん?後ろにいんのは……」
「……連れだ。メリリア、こいつはアグロ。知り合いみたいなもんだ」
「メ、メリリアです……」
レオンお前、こんなパンクな知り合いいたんけ。お母さんそんな子に育てた覚えありませんよ!
「メリリア……?あぁ!?」
「ひぃっ!?」
ごめんなさいごめんなさい!
こういうお友達もいいと思います!!
「あんたがそうか!いや、会えて光栄だ」
「……え?」
「俺はアグロだ。噂は聞いてるよ。雲海区の酒場に、メリリアって天使みたいな子がいるってよ」
「あ、ど、どうも……?」
……なんと、私のこと知ってたとは。しかも意外に紳士的。
ってか“天使みたい”って。淫魔に言ってんのウケますね。今度背中から白い羽でも生やす宴会芸でもやったろか。
「アグロ。メリリアは冒険者になりたいらしい」
「なに?……こんな嬢ちゃんがか」
「あぁ。一応忠告はしたんだが」
「いやぁ、フェン。お前……ダメだろ。冒険者ってのは見た目からして素行が悪くて、目つきの悪い、犯罪者にしか見えないような奴が大勢いるんだぞ?」
お前じゃい。
「その中にこんな嬢ちゃんを放り込んでみろ。あっという間に狙われるぞ。断言するぜ、三日と持たねぇってな」
「そこは大丈夫だ。俺と“
いや、殺すってあーたね。
……ってか、
「むぅ……わかった。だが、決して無理はさせるなよ?メリリアさんに何かあったら、お前の責任になるんだからな。フェン」
「わかってる」
嘘だろ。
アグロさんめっちゃいい人ですやん……?
すまん、同じような見た目で人肉パーティ開催してるバケモンに出くわしたばかりで……誤解しました。
「行くぞ、メリリア」
「う、うん……えっ、てかレオン。“フェン”って呼ばれてた?」
私が会話中ずっと気になってたことを聞くと、レオンはビクリと身を震わせた。
「……ここじゃ新米冒険者の“フェン”で通ってる。本名で活動するわけにいかないだろ?」
「っ!?ちょっ……!」
「……?どうした」
「……い、いや……」
そして、不意打ち気味に耳元で囁くように言われ、今度は私がビクッとする番だった。
……クソっ、こいつ……!ポンコツのくせに。
「?どうして睨むんだ」
「……別に」
「……??すまない」
「謝れば済むと思うなっ!」
私はレオンの尻に蹴りを入れ、ずかずかと進んでいく。
「あっ、待ってくれ。そっちのカウンターは冒険者専用だ。まだ冒険者じゃないメリリアは、こっちだ」
「……はい」
……しかし私はレオンの案内無くして、ギルドを満足に利用できないことを思い出した。
大人しく従う。
そうしてレオンにとてとてと着いていって、やがてたどり着いたのは冒険者たちが集まり賑わっているカウンターではなく、人気ない隅の方にあるカウンター。
そのカウンターには、一人の若い女性が立っていた。
「シェリーラ。冒険者の登録をしたいんだが……」
「お引き取りください」
「……え?」
レオンはその女性に要件を伝えるが……取り付く島もなく、断られてしまった。
彼女……シェリーラは、まるでゴミでも見るような目で私たちを見下すと、言った。
「婚期を逃した女の目の前で、これ見よがしにイチャつくような畜生共と話すための口を私は持っていません。お引き取りください」
……長引きそうだなぁ。