この世界における“婚期”は、まるで嵐のように来て嵐のように去る。
具体的に言えば、16〜18歳前後が結婚適齢期であり、それを逃すとバカみたいにお見合い話が減るのだ。成人する前に子供は産んでおきたい。そんな世界観。
目の前のシェリーラというこの女性も、見た目は20代前半で、前世の価値観だったら結婚してなくても全然おかしくはないが、この世界に於いては悲しいかな、行き遅れの扱いとなってしまう。
ってなもんだから……。
「そもそも冒険者になりたいなら、なぜそのような薄着を着ているんですか?舐めてるんですか?はりたおしますよ」
婚期を逃した若い女性は、この世界で最も凶悪な生物なのだ。
世が世なら“
「装備はこれから買い揃える予定だ。登録だけなら、誰でも出来るはずじゃなかったか?」
「ええ、確かに……。ですが我々の業務は、決してマニュアルに沿って事務的な対応をするだけでは務まりません。時には私情を排して、厳しい意見を言わなければならないのです」
さっきの言動は明らかに私情でしょーが。
「ハッキリ言いましょう。あなたには冒険者より、我々のような受付嬢の方が性に合っているのでは?そのだらしない乳であっという間に人気者になれますよ」
「言いたい放題」
無敵か?こいつ。
明日転職するサラリーマンみたいなムーブしてるじゃん。
いや、でも行き遅れるというのはこれくらい人から正気を奪ってしまうのかもしれないな。前世が男で今世は淫魔だから考えたこともなかったけど。
「シェリーラ、言いたいことはわかる。だがメリリアは君が思ってるほど弱い女性じゃない。戦えばきっと……俺でも敵わないさ」
「……そうなんですか?フェンさんでも勝てないなんて……」
……うん、まぁ、たしかに勝てはするよ。
“手段を選ばなければ”ね。
「……わかりました。そういうことでしたら、私の方でメリリアさんをテストさせてもらってもよろしいでしょうか?」
「テスト?」
「はい。メリリアさんが冒険者として相応しいかどうか……その実力を見定めさせていただきます」
お?もしかして、これは。
あれか?ギルドの入会テストとかでとんでもない力を見せつけちゃって「何者だあいつは!?」展開ですか?
かーっ、来ちゃったかーっ!このイベント。まぁまぁ、しょうがないな。
いやー本当は目立ちたくないわ〜。でも仕方ないから私の力の一端を見せてあげるとしますかね〜。
もしかしたら、いきなり最高ランクに到達しちゃったりしてね!
「メリリアさんには今から、草むしりを行ってもらいます」
「ざけんな」
「メリリア、抑えろ」
「離して!レオン離して!」
「レオン……?」
これが落ち着いてられるか。
こちとら雑草駆除のチート能力なんか持ってねぇんだよ。
「今のは完全に戦闘能力のテストする流れだったでしょ!なんで奉仕活動の腕問われなきゃならんのじゃ!」
「おやおや、心外ですね。街への奉仕活動は冒険者の本分ですよ?むしろ最重要任務と言っても過言ではありません。草むしり、清掃、土木工事、等々……これらをこなせないようでは、少なくとも私は到底あなたを冒険者として認められません」
「ぐぅっ……」
……なるほど、下積みってやつか。
でも確かに、ランクが低い冒険者はまずこういう簡単な仕事を積み重ねていって、信用を得ないと難しい
なるほど、新人冒険者を無為に死なせないための合理的なシステムだ。褒めてあげようじゃないか。
まっ、私には必要ないだろうけどね。
「……わかった。いいよ、それで。そういう雑用だって慣れてはいるからね。そこらの素人と同じと思ってもらっちゃ困るよ」
「ほう?言いますね。てっきり嫌がるかと思っていましたが」
「“冒険者”やるなら、土にまみれる覚悟くらいあるよ。綺麗なままで上にのしあがっていける仕事なわけないしね」
「……威勢だけは、評価してあげましょう。その強がりがいつまで続くか見ものです」
「ふんっ、言ってなよ」
今に見てろ?行き遅れ受付嬢め。
先に泣き言を言う羽目になるのはどっちかな?
「許して!もうやだ!!やりたくない!!」
数時間後。
私は軍手と作業着を着て、泥に塗れながら。
腰を抑えて泣き喚いていた。
「頑張れ、メリリア。もう少しだ」
「やだーッ!!あの体勢キツすぎでしょ!!フィットネスでももうちょい温情あるわ!!」
「また訳のわからないことを……」
草むしりが始まって……早、6時間が過ぎようという頃になって、私は限界を迎えて慟哭した。
最初は私も、余裕綽々で草むしりをしていたんだ。なんなら魔法まで使って効率的に草を刈り、こりゃ合格間違いなしだ勝ったなガハハと高笑いすらして。
2時間経った頃、これいつになったら終わるんだろうという疑念が私の中に沸き起こり。
4時間経った頃、私の顔から笑顔が消えた。
そして今、私は終わりの見えない苦行に泣き叫び、この地獄から解放してくれとまるで囚人のように絶望するだけのカカシと化した。
「いや、俺の感覚だが、これでも早い方だ。あと2時間もやれば指定された区域は終わる。才能あるぞ、メリリア」
「その賛美嬉しくねぇから!!」
レオンは最初、私の作業を見守るようにただ眺めていただけだったが、これくらいは手伝ってもいいだろうということで積み上がった雑草の山を運んだり、飲み物を持ってきてくれたりした。
……本音を言えばもっと直接的な手伝いをしてくれてもいいよ!
ただ、それをするとテストに合格したことにはならない。指定された区域の雑草駆除を一人で終わらせる。それが私に課せられた試練だ。
「このさぁ!この中途半端な中腰がさぁ!!ずーっとこの体勢!ずっとこの体勢なの!!頭おかしくなるんだけど!?腰バキバキだわ!乙女の身体なんだと思ってんだあのクソ行き遅れババア!!」
「元気だな」
「どこが!!」
もう私には喋る元気もない。
気分は重罪を犯し、意味のない労働を強いられている死刑囚だ。
ただ、なんだかんだと言いながら。火事場の馬鹿力とでも言うのか。あるいは長時間労働でハイになっただけか。
そこから自分でもよくわからないペースアップをした私は、残りの作業を1時間半で終わらせ……。
日がもうすぐで沈むという時間になって、ようやく全ての雑草を刈り終えたのだった。
……もう2度とやらん。
「おかえりなさい。正直、驚きました。一日であの量を終わらせるとは」
「そうだよね!?やっぱおかしかったよねアレ!?」
クタクタになって冒険者ギルドに帰った私を、シェリーラがそんな労いの言葉(?)で迎えた。
ちなみにレオンは先に家に帰って、温かい料理を作ってくれている。すまん、一生家にいてくれ、レオン。
「テストは合格です。今日からあなたを、“ランク1”冒険者として認めます。後日また別の手続きがありますが、今日はお帰りになっていただいて構いませんよ。お疲れ様でした」
「はー……マジ疲れた」
私はカウンターに突っ伏し、「ゔぁ〜……」というゾンビのような呻き声を上げる。
「あっ、そうだ。忘れていました。メリリアさん、冒険者ギルドは今回のあなたの働きに対し、特別報酬を出すことを決定したようです」
「……報酬?」
「えぇ。幾ばくかの報酬金を」
「え!?」
報酬金!マジか。
……なんか散々文句は言ったけど、いいな!報酬が出るっていうのは。働きが認められた感じがして。
「例外的な措置のため、手渡しになりますが……どうぞ、メリリアさん」
「おぉ〜……お?」
そう言ってシェリーラが取り出したトレーに乗っかっていたのは……数枚の銀貨。
「えっ……これだけ?」
「えぇ。所詮草むしりですので」
「いや“所詮”って!草むしりは最重要任務とか言ってたじゃん!」
「あら、口が滑りましたわ」
なにが“ましたわ”だよ。お前そんなお嬢様口調キャラじゃなかったろ。
「いやいや!私一日中働いたんだけど!?本当にこんだけなの……?」
「えぇ。正直、正規の冒険者となっても一日の収入はそんなものですよ?それどころか、メリリアさんに対する報酬は短期間に想定以上の働きをしてくれたことに対する、いわば“ボーナス”ですので。若干色をつけた分、むしろ多いくらいです」
「……マジか」
いや、冒険者って儲からんとは聞いてたけど。ここまでか……。
「冒険者ギルドって、あんま儲かんないの?」
「えぇ。儲かりませんよ。冒険者が必死に稼いだ収入の大半は、ギルド役員の懐に収まるので」
「なるほど……ん?」
ちょっと待って。今なんつった。
「え?ってことは……もしかして、今回の私の働きも、一部シェリーラの給料になるとか……そういう話?」
「……」
「おい。目を逸らすな」
こいつ、マジか。
テストとか言って自分の懐にゼニ収めやがった!
「ふゅ〜、ふゅ〜」
「吹けてねぇんだよ!おら低所得者の恨みを味わえ!」
「ほっ」
私が投げつけた“低所得ビーム”(トレー)を、シェリーラが華麗にかわし。
「だから言ったでしょう?あなたには受付嬢が性に合っていると……。まぁ、もう冒険者になってしまわれたようですし?今更“こちら側”には来れませんがね……」
と言って……絵に描いたような“ゲス顔”を見せた。
その後、冒険者ギルドで二人の女性が取っ組み合いの大喧嘩になり、冒険者達がその勝敗で賭け事を始めるという、この世の終わりのような光景が繰り広げられることになったのだとか。