「……こんな所で何をしてるんですか、あなた達は」
「いやこっちのセリフなんだけど……」
改めてレオンと風俗街を堪能しようと思い立った矢先に、私たちはギルド受付嬢のシェリーラとエンカウントした。端的に言っても意味わからん状況だ。
シェリーラは確か、ギルドのお偉いさんに呼ばれたとかでこの街を出立したはずだ。荷物まとめるとか言ってたし、きっと冒険者ギルドの本部ってのは別の街にあるんだろう。
それがなんでまたエンディの一角。それも風俗街で出会うことになるのか。
……まさか。
「えっ、もしかしてここが新しい転勤先……」
「違いますが」
「なんだ」
違うのか。つまんねーの。
「ギルド役員から風俗嬢に堕ちたのかと思ってたよ」
「私ほどの有能な人間がそのような末路を辿るはずないでしょう。どこかのメリリアさんでもあるまいし」
「あたしゃ商売女じゃねーんだよ!!」
「あら、そうでしたか。お似合いなのに」
失礼もここまで極まるといっそ清々しいな……。
「それでもう一度聞きますが、こんな所で何をしてるんですか?」
「私たちは“風俗街観光”してただけだけど」
「頭おかしいんじゃないんですか?」
まぁ、そういう反応になるわな。
“風俗街”と“観光”って言葉は本来結びつかないからね。言語学の講師が毛筆を叩き折りそうな単語を爆誕させてしまった。
「風俗店巡りが趣味ってだけで、私たちは後ろめたいことなんか何一つないよ」
「お願いですから後ろめたく思っていただけませんか、その趣味は」
「それよりギルド本部に行くっつってたあんたがここにいる方がおかしいでしょーが」
まったく、男連れ歩いて風俗街歩いてるだけで何をそんなに騒いでるのか。変態だの淫乱だのは言われ慣れてるから私は無敵だぞ。
「少々、のっぴきならない事情がありまして。この辺りに隠れているのです」
「隠れてるって……何?ギルド長にでも追いかけられてんの?」
「今は違いますね」
「今は」
そんな以前は追いかけられたことあったみたいな。
あったんだろうなぁ。
「メリリアさん。言っておきますが私とて何の事情もなくこんな薄汚い精○とアバズレの分泌液に塗れた場所に隠れているわけではありません」
「言い過ぎだろ!」
「ここ一帯は人目に付きにくい。不本意ながらもここに隠れなければいけない理由があるんです」
「……別に聞きたかないけど、その理由っていうのは?」
「教えません」
殺す。
「メリリア、落ち着けメリリア」
「くっ……!お前マジでなんでそんな力強いんだよ……!」
一歩踏み出した私の危険性を察知したのか、レオンがすぐさま私を羽交締めにして私の行き遅れ討伐計画は失敗に終わった。
にしても、マジでレオンに押さえ込まれると全く動けなくなる私の非力さよ。レオンが脳筋なのか私が弱いのか。
「レオンさん、あなたからもメリリアさんを説得しておいて下さいね。では私はこれで」
「もう行くのか、シェリーラ」
「はい。無駄話をしすぎました」
そうこうしてる間に行き遅れが逃げていく。マジで話切り上げるつもりかよ。
「ちょっと?事情の説明ぐらいあってもいいでしょ」
「メリリアさん。私とあなたは単なる冒険者と受付嬢。それ以上でも以下の関係でもありませんよね?」
「うーん、どちらかと言えばそれ以下の方かな」
「それ以上でも以下の関係でもない我々が、互いの踏み入った事情に干渉するべきではないのです」
無理やりいったな。
しかしそうか。私とシェリーラは単なる冒険者と受付嬢の関係、か。まぁ確かにその通り。
ぶっちゃけ私はシェリーラのことあんま好きじゃないし、どこで何してようが好きすればいいと思う。だけど……。
「確かにね。だけどもし“迷惑かけれない”とか思ってるんだったら、そういうのは筋違いだからね」
「はい?」
「誰に狙われてるのかは知らないけど、ヤバい状況なんでしょ?隠れる場所が必要だったら……それくらいは協力してあげる」
「……」
私がそう言うと、シェリーラは驚いたように目を丸くしていた。
いつも無表情だけどちゃんと人間らしい表情もできるらしい。それくらい私の対応が意外だったってこと?心外な。
例え嫌いな相手でも、知らない間に死んでた。なんてことになるのはゴメンだ。取り返しが付かなくなった後で「あの時こうしていれば」なんて後悔するのは散々だし。
私はこの世で最も親切で聖人のように優しいサキュバス様だぞ。崇めろ。
「まさか、あなたに心配されるとは思ってもみませんでした」
「悪い?」
シェリーラは珍しく口元を緩めて首を振った。
「いいえ。あなたのそういう所は、素直に尊敬できます。ありが──」
「……?」
不意にシェリーラの言葉が途切れ、その目が大きく見開かれる。
「ちょっと、シェリ──」
私が駆け寄ろうとした、その直後。
シェリーラが、前向きにゆっくりと倒れる。
「え?ちょ、はっ?」
思わず私は倒れるシェリーラを抱きとめた。
そして驚愕する。
「これ……」
シェリーラの背中に、真っ赤な染みが出来ていた。
血だ。
その染みはじわじわと広がり、シェリーラが来ている白いワンピースを染めていく。
「レオン!」
「走るぞ!」
私がその傷を見せるより早く、レオンはシェリーラを横抱きに抱えて走り出した。
さすが我が家の番犬だ。判断が早い。帰ったらほねっこジャーキー祭りだ。そもそも無事に帰れるかもわからんけど。
「う、ぅ……」
「シェリーラ!大丈夫!?生きてる!?死んでたら返事して!」
「死にそうです……」
「元気そうでよかった!」
「いやだから死にそうって言ってるじゃないですか。馬鹿なんですか?どう見たって瀕死の重傷なんですけど」
「めちゃくちゃ喋るじゃん」
元気そうでよかった。
「うっ……傷に響きました。あなたと話していると命がいくつあっても足りません」
「喋ったのはそっちの都合じゃん?」
「それにしてもこれは、私を狙っていた者たちからの攻撃ですね……まさかあんな街中で堂々と仕掛けてくるとは。油断していました」
そんでスルースキルすごいな。
「狙ってた者たちって……そもそもあんた今何されたの?魔法?」
「いえ。彼らが使っている特殊な武器による“狙撃”でしょう……。もう少し心臓に近い位置を射抜かれていれば、私は死んでいましたね」
「狙撃って……」
「“銃“という武器です。ご存知なくて当然でしょうが」
いや、めちゃくちゃご存知ですゥゥゥゥゥ……。
マジかよ。この世界ってもう銃とか開発されてんの?異世界ファンタジーどこ行ったよ。
「ともかく危険です。メリリアさん、今すぐ私を降ろしてこの場から離れてください」
「は?いや何言ってんの?その傷で一人で逃げ切るつもり?」
銃で撃たれたと知ってしまったからには尚更だ。ここでシェリーラを置いて行くのは見殺しにするのと同じだ。
「私はなんとか逃げてみます」
「逃げてみますって……そんなお試しみたいな感覚なら断るけど。簡単に逃げ切れる相手じゃないんでしょ?」
「メリリアさん、先ほども言ったはずです。あなたと私の関係は、単なる冒険者と受付嬢だと」
「それが何?」
「単なる受付嬢のために、人生を棒に振る気ですか?」
シェリーラは、レオンに担がれたままこちらを鋭い視線で射抜いた。
言ってることは真剣っぽいなのに、どこか間抜けっぽい絵面なのはどうしたものか。
「彼ら……襲撃者の正体は“聖天騎士”。魔族撲滅を掲げる中央教会の暗部。いわば暗殺部隊です」
「暗殺!?……なんであんたがそんなこと知ってんの?」
「私もかつては、聖天騎士の一人でしたから」
「……なに」
……マジ?
ってか、レオンがなんかすごい目でシェリーラを見てる。どうどう、落ち着け。
「私は聖天騎士として、何人もの魔族を屠ってきた存在です」
シェリーラは、どこか諦めたような表情で淡々と自身の素性を話していく。なんとなく、私はシェリーラが自ら見捨てられるようなことを言っているように感じた。
レオンの目がどんどん厳しくなっていく。
「メリリアさん、わかりますか?私に関われば、貴女もタダでは済みません」
シェリーラは私の目を正面から見つめて、何でもないことのように言った。
「魔族である貴女にとって、私は憎むべき怨敵なんですよ」