「メリリア。
「はぁ?」
とりあえずと駆け込んだ建物内で、レオンがおかしなことを言い出した。
私はシェリーラの傷口に治癒魔法をかけて治療している最中だ。
「シェリーラ、君はメリリアが魔族だということを知っていたな。俺を“レオン”とも呼んだ。君はこちらの事情を全て知っていたんだ」
「……えぇ、その通りですよ」
「ちょちょちょ」
私抜きで勝手に話進めるなや。ステイ!レオンステイ!
「レオン。言っとくけどシェリーラは置いていかんからな。重いもの持ちたくないからって我儘言うな〜。まぁ確かにシェリーラがもうちょい痩せれば楽になるけどね」
「……」
いやなんか言えや。そこで黙ったら空気が重くなんだろうが!
くっそ、どいつもこいつもシケた面しやがる。
「そういう問題じゃない。シェリーラを匿うなら、メリリアも危険に晒される可能性が高いんだ」
「……そうだろうね」
そんなことは私でもわかる。聖天騎士とかいう明らかヤバそうな奴に狙われてるみたいだし。
静かに暮らしていきたい私的には厄介事の塊みたいなもんだろう。
「メリリアさん。加えて言えばレオンさんもそうですよ。私を助けるということはこの場にいる全員を危険に晒すことになるんです」
「わかってるってば。それで?」
「その上、この建物は敵に囲まれている状態です。現実的に考えて、ここから無事に脱出できる手立てはありません。ですが私がこの建物内に残っていれば、敵を引きつけられます。それが唯一生存確率が高い選択なんです」
シェリーラは建物内に逃げ込んでから、さっきまでの挑発的な態度が嘘のように大人しくなってしまった。あの憎まれ口には随分腹立たしい思いをさせられたもんだけど、無くなったとなるとそれはそれで物足りないような気がして不思議なもんだ。
……いや、やっぱ今の方が静かでいいな。うん。
「正しいとか正しくないとかさ、そういう問題じゃないでしょ」
だけどそう。私はハナから打算で動いてるわけじゃない。その場の勢いとノリに任せて人生生きてるだけだ。
シェリーラをどうするかなんて後で決めればいい。
「今考えるべきは、3人でどうやってこの状況切り抜けるかだよ」
「……」
レオンが何か言いたげな顔でこちらを見ている。
別にレオンを薄情だとは思わない。ただでさえ危ない状況の私たちが、これ以上の厄介ごとを背負い込むべきじゃないってのはその通りすぎてぐうの音も出ないんでね。
なんでこれはただの私の我儘だ。私の我儘にレオンもシェリーラも巻き込んでやる。
とは言っても、実際どうしたものか……。
「ちょ、ちょっと貴方達?いつまで店先にいるつもり!?」
とか思ってたら、建物の奥からなんかすごい女の人が出てきた。
ほぼ下着みたいな服を着て、崩れたメイクを直しもせず。私にはわかるよ。“今まさにヤってきました”って感じの風体だ。そう言えばここは風俗街だったね。
……あ。
「いいこと思いついた!」
「?」
「……あの、嫌な予感がするのですが」
馬鹿言え。
こんな名案なかなかないぞ?
風俗街マイスターのメリリアとは私のことだ。
◆
「あの」
「なんですの?シェリーラさん。言いたいことがあるならハッキリおっしゃってくださいまし」
「馬鹿なんですか?」
そこまでハッキリ言うとは。
「馬鹿とは言いようですわね。これも立派な作戦ですのよ?」
「この痴女のような格好をするのがですか?」
「ただの踊り子衣装ではございませんか」
そう、私が包囲網を突破するために編み出した起死回生の策とは、“変装”だった。
出来るだけガラリと印象を変えたかったので、今回は特に露出の多い踊り子衣装をチョイス。いやー、流石そのテのお店は色んな衣装が揃ってるね。勿論コスプレみたいなもんでそこまで質は良くないけど。
その分安く買い取ることができた。プラマイゼロで実質アドだ。
「百歩譲って、私とメリリアさんはまだわかります。ですが……」
「……」
「あの“惨状”はどうなされるおつもりですか」
そう言ってシェリーラが指さしたのは、私たちと同じような踊り子衣装を着た獣人。ケモ耳踊り子というのもそういう“癖”にはぶっ刺さるだろうが、いかんせん豊満な肉体が薄布の中に入りきらなくてアブノーマルな域に入りつつある。
というかムキムキだ。というか男だ。というかレオンだ。というか変態だ。
ふむ。思ったより大変なことになったな。
「薄目で見れば女の子に見えない?」
「眼球を潰せばあるいは」
「それ見えてないよね」
「メリリア、俺はどうすればいいんだ」
聞くなよそんなこと。それは答えの出ない問いってやつだぞレオン。
そもそも私だって冗談で“レオンも着てよ”なんて言ったらノータイムで着替え始めたから真顔になっちゃったんだぞ。普通にボーイっぽい格好させようかなって思ってたのに。
「でも逆に考えればさ、絶対レオンにまず目が行くからシェリーラは隠れやすくなったとも言えるよね」
「それ以前に人目を引き付けすぎることが問題じゃないですか?」
「逆にこんな目立つ格好をしてる奴がターゲットだとは思わなくない?」
「そんなにこの格好のレオンさんを白日の下に晒したいんですか?」
バレたか。
正直、私このレオン大好きになっちゃったんだよね。なんて言うんだろう。“芸術”っていうのかな。例えるならそう、ミロのヴィーナスのような言いようのない美しさを感じてしまったんだよね。芸術家の前で言ったら助走つけてぶん殴られそうだけど。
「まぁまぁ、とりあえず一回行ってみようよ。それでバレたらまた別の変装しよ!」
「ガバガバすぎるでしょうこの作戦。上手くいくわけが……」
というわけで、レオンを先頭に私たちは堂々と外に出た。
「えっ?」
「嘘でしょ……?」
「うわっ……」
途端、道行く人々の冷たい視線が突き刺さる。当然の結末である。
だが……。
「……撃たれないね」
「……冗談でしょう?」
「上手くいったのか」
冷たい視線以外のモノは何も飛んでこなかった。
まさかの作戦成功だ。
「よしっ!今のうちに行くよ!」
「あぁ」
「……目眩がしてきました」
というわけで。
踊り子と踊り子と
……今更だけど、多分私たちが注目集めすぎて今襲撃すると人目を集めすぎるって理由で見逃されたんだと思う。結果オーライだ。
そこから私たちは、複雑に入り組む風俗街の中を、様々な衣装に着替えたりバラバラに分かれたりして追手を撒いていく。
踊り子。メイド。ナース。騎士。ドラゴン。
一生分のコスプレを堪能した気がする。
そして……。
「出れたぁ……っ!」
「追っ手の気配はない。上手く撒いたな」
「……まさか本当に成功するとは」
すっかり夜も更けて、空も白んできた明け方頃。
私たち三人は風俗街を抜けることに成功した。
ちなみにゴール時のそれぞれの服装はダンサー(私)、料理人(シェリーラ)、アイドル(レオン)だった。なんだこのパーティ。
「で?これからどうすんの?シェリーラ」
「……はい?これから、ですか?」
私がそう聞くと、シェリーラは右手に持ったフライパンの上で湯気を立たせているチャーハンを見つめながら少し考え込むように顔を伏せた。
まさか本当に料理人になるつもりか。
「……まだしばらくは、この街に留まります。調べたいことがありますので」
「……大丈夫なの?」
「えぇ。今回は不意を突かれましたが……こちらも準備さえできれば、迎え撃つ用意はありますから」
そう言ってシェリーラがフライパンを一振りして、チャーハンを空中で一回転させる。
そして受け止め損ねてチャーハンが地面に散らばった。不安だ。
「ってか、そもそも怪我してるでしょ?一応傷は塞いだけど」
「それも問題ありません。メリリアさんの応急処置のおかげで、動ける程度には回復しましたから。借りができてしまいましたね」
「別に借りとかはどうでもいいけど……」
むぅ、ダメだな調子が狂う。こいつがしおらしいのに慣れない。
「いいえ。この件のお返しは、いつか必ず。メリリアさんとレオンさんは……命の恩人ですから」
シェリーラは私とレオンに深々と頭を下げて、そんな仰々しいことを言った。
私はシェリーラの後頭部をしばらく凝視していると……。
「ちょっとつむじ薄いね」
「は?」
しまった。
つい本音が出てしまった。
「いや、色々ストレスとかありそうだなーって思ってさ。別にダメだって言ってるわけじゃないよ?うん。薄くったってそれが歳だからとかそういうことを言う気は……」
まずい。
どんどん墓穴を掘っている気がする。
もう私喋らない方がいい気がしてきたな。
「……はぁ。あんなことがあっても、あなたは態度が変わらないんですね。メリリアさん」
結果的に口をつぐんで仁王立ちするだけの銅像と化した私に、シェリーラは呆れたような目を向けてきた。
だけどその目には呆れだけじゃなく、どこか達観したような色も見えた。
「少し、羨ましい」
そう言って空を見上げたシェリーラ。片手に持ったフライパンと地面に落ちたチャーハンがなければきっと絵になったに違いない。
「……ねぇ、シェリーラ」
そんな、どこか寂しげな様子を見てしまったからだろうか。
私が“気まぐれ”を起こしてしまったのは。
「別に嫌だったらいいんだけど……