全滅エンドを死に物狂いで回避した。パーティが病んだ。   作:雨糸雀

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16. 〈天巡る風〉Ⅲ

 翌朝、俺は師匠と一緒にギルドへ簡単な挨拶だけ済ませ、いよいよ〈天巡る風(ウインドミル)〉との待ち合わせ場所に向かう。

 

 今までまったく失念していたのだが、今回のダンジョン〈ゴウゼル〉の一件は、ギルドにとってまさしく青天の霹靂(へきれき)ともいえる大失態だったらしい。ダンジョンの踏破承認が誤っていたのみならず、そのせいで若きAランクパーティが危うく全滅しかけたということで、まあそれなりの責任問題に発展しているそうだ。

 

 その影響なのか、受付をやっている女性からは、「幸せになんなきゃダメだよ」と妙に同情的な見送りをされた。

 ロッシュから聞いた話によれば――あいつ、いつの間に情報を仕入れていたのか――ここはダンジョン最寄りのギルドということで踏破の報告こそ受けたものの、それに対し調査を行って承認を出したのは聖都のギルド。ゆえにあの人が責任を感じる必要はないはずなのだが、それでも俺たちのことを気にかけて、ギルドとしてではなく個人としてお見舞いに来てくれたりもしていた。

 

 幸せになんなきゃダメ――まったくもってそのとおりだと思う。

 

 師匠たちは、原作であれだけ非業の最期を遂げたのだから……いや、もはや原作なんて関係ないな。

 たとえこの記憶を思い出すことがなかったとしても、俺は同じように師匠たちの幸福を願っていただろうから。

 

 

 義足を引っかけて転ばないよう気をつけながら、杖をつき、師匠と手をつないでゆっくり石畳の道を歩いていく。

 手をつないでいるのはこうしないと師匠がなかなか安心してくれないからなのだが、果たして今の俺は子守りをしているように見えるのだろうか。それとも、子守りをされている側だろうか。周りの人々から微笑ましげな視線を感じて、背中がムズムズしてしまう。

 

「なあ師匠……手は、つながなくても……」

 

 こちらを見上げた師匠の顔にはわかりやすく絶望の色。

 

「……い、いや、だった……? そっ、そうだよね、やっぱりこんなの、め、迷惑だったよねっ……ごめんね、ごめんね、ウォルカが心配で、わ、私」

「――と最初は思ってたけど、やっぱり助かるな。ありがとう」

 

 俺は弱い。師匠に涙を流されるなど耐えられぬ。果たしてこんな調子で、師匠に立ち直ってもらうことが本当にできるのだろうか。

 アトリは魂まで捧げると真顔で言ってくるし、ユリティアもときどき目が怖いし、みんなもっと自分を優先してくれていいんだけどな……。

 

 

 待ち合わせ場所である広場が見えてくると、遠目ながらユリティアが誰かに声をかけられていると気づいた。おいおいまたかとため息をつきかけ、しかし相手の横顔にどこか見覚えがあると気づく。

 

 ユリティアをパーティに誘おうとして玉砕した、あの少年だった。

 

 おお少年、あれ以来見かけていなかったが元気そうじゃないか。しかし、また気持ちが空回りして無理なお誘いをぶつけているんじゃなかろうな。さすがに二度も同じ過ちを犯してしまったら、ユリティアに人とすら認識してもらえなくなるぞ。

 と思ったのも束の間、少年はなにやら決意に満ちた様子で走り出し、俺たちに気づかぬまま隣を通り過ぎようとして、

 

「っ――」

 

 寸前で気づき、咄嗟に足を止める。まだ朝早く人も少ない長閑(のどか)な広場を背景に、俺と少年の視線が交錯する。

 

「……?」

 

 誰こいつ? という顔を師匠はしている。自分のことをチビ扱いしたやつのことなど、師匠はとっくに記憶から抹消してしまったようだ。

 とりあえずなにかを言われる気がしたので、そのまま少年の反応を待っていると。

 

「――ねーからな」

「ん?」

「このまま負けるつもりはねーからな!」

 

 少年は俺に指を突きつけて勇ましく啖呵を切り、

 

「これで勝ったと思うなよおおおおおぉぉぉっ」

 

 と、街を出る方向へ力強く走り去っていくのだった。

 ……いや、なんだったんだ。首を傾げつつも、ひとまずユリティアたちと合流する。

 

「みんな、待たせた」

「はい。おかえりなさい、先輩」

「ん」

 

 ユリティアとアトリは、なんだか少しだけ虫の居所が悪そうだった。おい少年、おまえ今度はなにやらかしたんだ。ちょっと空気が冷えてるんだけどここ。

 

「やあ来たねウォルカ! はっはっは!」

「ロッシュさま、朝方ですからまだお静かに……」

 

 でもロッシュがいつも通りだったので安心した。こいつ、もし原作キャラだったら事あるたびキラキラ輝くエフェクトを描かれてたんだろうな……。護衛対象のアンゼを困らせてどうするんだまったく。

 憎めないバカは脇に置いておき、

 

「なんだったんだ、彼は」

「あ、はい……わたしもよくわからないんですけど、先輩に負けないくらい強くなるから、って……」

 

 うん? ……それはつまり、俺たちと同じAランクになるという宣言だろうか。なるほどな、ユリティアとパーティを組んでもらうなら、まずは隣に並び立てる立派な剣士になってみせようと。青春じゃないか……。

 それだけなら別に機嫌を損ねるようなことではなさそうだが、ユリティアは大きなため息。

 

「はぁ……よその人とパーティを組む気はないって、なんでわかってもらえないんでしょう……」

「そんなにい」

「絶っ対にいやです」

 

 拒絶がはえーよ。俺のセリフ終わってないから。冗談抜きで本気で嫌がってるやつだよこれ。

 

 まあでもユリティアの場合は、本来だったら一番信頼できる男であるはずのお兄さんから、冷遇され暴力を振るわれていたという過去があるからなぁ。だから彼女は俺たちの仲間となり、家からも王都からも飛び出して冒険の道を選んだわけで。

 

「それに、先輩と同じくらい強くなるって……なんだか、先輩の努力が軽く見られてるみたいでいやですっ」

 

 頬を膨らませてぷんぷん怒ってくれるのは嬉しいし目の保養なのだが、少年にそういうつもりは一切なかったと思うぞ。ファーストコンタクトがあまりよくなかったからか、やはりユリティアさんはあの少年にちょっと冷ややかだった。

 

 がんばれ、少年。君がユリティアに認めてもらうには口ではなく剣しかない。Aランクになって、ようやくスタートラインに立たせてもらえるくらいの覚悟が必要かもしれないぞ。

 

 

「そうですよ……先輩がどれだけ……どれだけ血のにじむ思いをして、苦しんで、必死に強くなってきたと思って――」

 

 

 

 /

 

「――み、みなさん、お待たせしましたっ」

 

 それから数分ほどで、ルエリィたち〈天巡る風(ウインドミル)〉が合流した。

 

「ご、ごめんなさいです……私がお願いした立場なのに、一番最後なんて」

 

 別に遅刻したわけでもないのに、ルエリィは肩をすぼめて丁寧に謝罪してくる。一方でカイン&ロイドのコンビは、「ごめんなさいッスーははは」とやたらフランクだ。

 

 ――疑わしいと思って見ればなんでもそう見える、とはいえ。

 おそらくこの二人は、本当のカインとロイドではないのだろう。

 

 最初に土下座だなんだとコントみたいな一幕があった以外、ルエリィとこの二人が仲間らしく会話している姿というのを俺はまだ一度も見ていない。

 それどころかルエリィは、必要さえなければこの二人と目を合わせようともしていない気がする。二人だって、ルエリィが必死に助っ人を探すくらい不安がっているのに、仲間としてフォローする素振りもない。まるで()()()()()()()()()()()()、後ろで能天気な笑顔を貼りつけて眺めているだけ。

 

 ……これは、アンゼに『視て』もらうまでもないのかもしれないな。

 

 いっそこの場で二人を捕まえてしまう、というのもできなくはない。

 しかし、Aランクの俺たちを狙う以上はそれなりに規模のある集団だろうから、下っ端二人を捕まえた程度ではなんの解決にもならない。計画が失敗したことはすぐさまやつらの拠点に伝えられ、あっという間にルエリィのおねえさんもろとも闇の向こうへ姿を消すだろう。

 

 ゆえにほいほい騙されたバカなパーティを装って、やつらの『狩場』で全員まとめて叩き潰す。

 原作で、あの主人公も何度かやっていた方法だ。前世でいうおとり捜査みたいなイメージだな。

 

 もちろん、相応にリスクのあるやり方でもある。

 みんなは頼ってくれと言ってくれたし、実際ゴロツキ相手に負ける姿は逆立ちしても想像できないけれど――せめて足さえ無事だったなら、俺も一緒に戦えただろうに。

 足手まといには、ならないようにしないとな。

 

「えっと、こちらが昨日仰ってた……ふあぁ、すごく綺麗です……」

「あら……ふふ、ありがとうございます」

 

 自己紹介しようとしたルエリィが、アンゼをひと目見るなりぽわわと見惚れてしまった。無理もないと思う。アンゼってかわいいとか綺麗とか通り越して、もはや神聖さすら感じられるくらいなんだよな。

 

「んん、ありがとう小さなマドモアゼル! ふう、出会ったばかりのお嬢さんをも魅了してしまうとは……今日も僕の輝きは抑えられていないようだねはっはっはっは!」

「へ……? あ、はい……」

 

 おまえのことじゃねーよ。いやおまえも顔はいいけどさ。見ろ、ルエリィがちょっと引いてるだろうが。

 

 ……でもこういう何気ないやり取りで、ルエリィの心の重荷が少しでも紛れればいいな。もしかすると、ロッシュもそこまでわかってやっているのかもしれない。女の扱いだけは丁寧だからな、こいつは。

 

 

 アンゼとロッシュの紹介を済ませ、ルエリィの先導で依頼人の元へ向かう。昨日と同じ防衛門沿いの一角に、昨日と同じ恰好で二台の幌馬車(ワゴン)。依頼人ともう一人見知らぬ男が、荷台にいくらか物資を積み込んでいるのが見えた。

 依頼人ことスタッフィオがこちらに気づき、

 

「おお、皆様。お待ちしておりました。今日からよろしくお願いします」

 

 男を手招きして、

 

「こちらはワタシの友人です。今回、ワタシとともに御者(ぎょしゃ)を務めます」

「よろしくお願いします」

 

 スタッフィオと違い、こちらは妙に体格のよい偉丈夫であった。あまり商人仲間には見えない。

 背伸びして荷台の中を見た師匠が問う、

 

「荷物はこれだけか?」

「ええ、今回は仕入れの往路ですからね。だいたいはワタシの〈保管庫(ストレージ)〉に入っていますよ」

 

 〈保管庫(ストレージ)〉――身の回り品をこことは違う異空間に収納する、RPGゲームのアイテムボックスみたいな魔導具だ。魔法、ではない。特定の用途のため、それを可能にする専用の術式を埋め込んだ道具が『魔導具』と呼ばれる。

 

 〈保管庫〉は一般的に鍵の形をした物が多く、使用者が魔力を込めて術式を起動すると、空間に『向こう側』への入り口が出現する。ちょっとした箱一個分程度しか入らない廉価品から、それこそ倉庫のような容量を持つ高級品まで幅広く流通しており、身軽を好む冒険者にとってはまさしく必需品。俺たちのパーティも、全員が一本ずつ所有している。

 

 なお仕組みや術式に関しては、王都が誇る世界最高の魔法研究機関〈魔導律機構(マギステリカ)〉の秘術となっており、完全一般非公開らしい。

 王都は他にも様々な術式を秘術として抱え込んでおり、周囲に対して自分たちの優位性を主張する材料にしている。なんだかいけ好かない話だし、師匠も「あそこのやり方は気に食わん」と大いに毛嫌いしている。

 

 閑話休題。

 

「それで……あの、馬車の席なんですけど」

 

 ルエリィがやや緊張した面持ちで手を挙げ、

 

「せっかくなので、こちらのパーティとそちらのパーティ……半々に分かれて乗りませんかっ?」

「……あー、」

 

 一瞬、返す言葉に迷ってしまった。ルエリィくらいの女の子なら、そういう提案も素で言いかねないかもしれないと思ったからだ。

 

 ルエリィ、誰に吹き込まれたのかはなんとなく想像がつくけど、冒険者ってのはよほど必要がない限り、護衛の依頼でパーティを入れ替えるようなことはしないんだ。もしものときにパーティとして本来の連携が取れないと、自分たちだけじゃなくて依頼人の命まで危険に晒してしまうだろう? だから、俺たちのパーティを分断させたいのならもっと別の――いやなんで俺がアドバイスしてんだ。

 

「ちょっとぉ、みんなノリ悪いッスよー」

「これもなにかの縁ってことで、親睦深めたくないッスか?」

 

 深めたくないッスか?じゃないんだよカイン&ロイド。吹き込んだのおまえらだろ。なんでもっとマシな言い訳を教えてやらなかったんだ、これはさすがに俺たち以外のパーティでも怪しいと――だからなんで俺がアドバイスしてんだよ。

 

「冒険者同士、交流を深めるのも大事ですからなあ。お任せしますよ」

 

 スタッフィオ、おまえも本当に依頼人ならこいつらを叱責しろ。遊びでやってるんじゃないんだ、真面目に護衛する気がないなら帰れと怒鳴ってもいい場面だろうが。薄々は思ってたけどあんたもグルだろ。

 

「だ、だめ……でしょうか?」

「……いや、わかった」

 

 なぜ騙される側のこっちが気を遣う羽目になっているのか不明だが、どうあれルエリィの提案はバカ正直を装って受けておく。人間、思い描いたとおりに事が進むと気分がよいものだ。逆に思惑から外れると、軌道修正するために様々な策を巡らすようになる。

 

 バカな獲物がかかった楽な狩りだ、とあぐらをかかせておくくらいがちょうどいい。変に警戒させてしまうと予想だにしない動きをされて、こっちとしてもやりづらくなるからな。

 

 

 簡単な意見交換の末、俺と師匠とカイン&ロイドの組、ユリティアとアトリとアンゼ、ルエリィの組に分かれる運びとなった。ロッシュは自分の馬である。

 

 そしていよいよ出発に向けて、各々荷物の最終確認等を始める頃合い。

 

《――みな、アンゼの裁定が終わったのじゃ》

 

 なんの前触れもなく、師匠の師匠モードたっぷりな声が頭の中で響く。〈精神感応(テレパシア)〉――言語や肉体を用いず、思念によって直接言葉を相手に伝える魔法。テレパシーといってしまえば単純に聞こえるが、実は極めて高度な魔法であり、俺が知る限りでこれを使いこなす魔法使いは師匠しかいない。

 

 荷物を確認するふりをしながら、その声を聞き続ける。不快感がにじんでいる。

 

《まあ、予想通りじゃな。――ルエリィ以外、全員黒じゃ》

 

 全員――すなわちカインもロイドも、依頼人のスタッフィオも、その友人を名乗る男も、一人残らずルエリィを陥れて利用する、

 

《詐欺、身分詐称、恫喝、略奪、人身売買、殺人、……婦女暴行。そんなところじゃと》

 

 ――どうしようもない、悪党。

 

「…………」

 

 感情の向き先が定まっていく感覚。

 一言で〈ならず者〉といってもコソドロから極悪人まで様々だが、最悪の場合は男なら殺されて魔物の餌、女は――慰み物にされるか、売り飛ばされるか――いっそ死ぬのと大差ない目に遭う。

 

 ある意味では、異世界転生モノのお約束なのかもしれない。だが創作の形で傍観するのと、現実として目の前に被害者がいるのとでは天と地ほどに重みが違う。

 

 ……ああ、そうだな。教会で療養してる間は毎日が平和だったから、すっかり忘れてたよ。

 あえて、『神様』という言い方をしようか。これは神様に仕組まれたことなのだろうか。単に原作では、舞台の外として描かれなかっただけで。登場人物を苦しめるのが目的とでも言わんばかりだったあの神の意思が、この世界でも存在しているのだろうか。

 

「……よしよし」

「うお」

 

 ――などと思考に耽っていたら、いつの間にか横からアトリが頭を撫でてきた。……なんで頭?

 

「……?」

 

 どうしたの? とアトリが首を傾げる。いやこっちがどうした?

 

「なんとなく」

「そ、そうか」

「大丈夫」

 

 アトリは言う、

 

「ボクも、リゼルも、ユリティアも、……ウォルカも。みんな強い。心配ご無用」

「……そうだな」

 

 よし――ぶつくさ言うのはこれくらいにして、いい加減腹括るか。

 

 人を人とも思わぬ〈ならず者(ラフィアン)〉に、慈悲は要らない。

 慈悲を与えても、逃げ延びたこいつらはまた別の場所で別の誰かを襲う。ならばそのとき命を奪われる何者かは、おまえの情けに殺されるも同じ。

 

 躊躇うなとは言わん。

 だが、情けだけはかけるな。

 それが結果的に、明日奪われる誰かの命を、守ることにつながるのだと――

 

 そう、あのジジイは言っていた。

 

 

 

 /

 

 実際のところ、この国で〈ならず者(ラフィアン)〉といえばその大半は盗賊紛いの軽犯罪者(コソドロ)である。

 

 よく耳にするのが馬車を横転させて荷物を奪ったとか、冒険者が寝入っている間に所持品を盗んだとか、どちらにせよ人に具体的な危害を加える輩は他国ほど多くない。この国では聖都にせよ王都にせよ騎士の練度が高いため、〈ならず者〉もそう大きな顔はできないのだ。

 

 とりわけ信仰都市である聖都は昔から〈ならず者〉の掃滅を掲げ、世界有数の水準でその悪事を取り締まってきた。この国最高峰といえる聖都の治安は世界的にも類を見ず、文字通り『神聖なる都市』としてその名を知らしめるに至っている。

 

 しかしその治安の良さは、一転してこの国の弱点でもある。

 

 騎士が長きに渡って〈ならず者〉の掃滅を続けた結果、いつしか『冒険者は魔物を狩り、騎士は人間の犯罪を取り締まる』という暗黙の認識ができあがった。結果この国の若い冒険者においては、人と戦う経験を充分に積めていない者も珍しくなくなった。

 

 すると当然、そこを狙おうとする輩が現れる。

 信じる神を失い、この世に失望して捨て鉢となった悪党。

 もしくは温室育ちの世間知らずをカモと見て、他国から入り込んできた無法者。

 そういった連中に冒険者の命が脅かされる事件は、この国でもたしかに存在している。

 

「――ところでウォルカの兄貴、訊いてもいいッスか?」

「なんだ?」

「その傷のことなんスけど……」

 

 ならば、ウォルカは。誰かが理不尽に苦しめられる姿を見ると、同じように苦しんでしまう彼は。

 いったい今どんな気持ちで、目の前の青年と何食わぬフリをして話をしているのだろうか。

 

「Aランクの兄貴がそんだけ傷を負うって、どんな魔物とやり合ったんスか?」

「……まあ、いろいろとな」

 

 貨物の木箱を椅子代わりにして並んで座り、リゼルアルテはずっとウォルカの軽鎧の袖を握り締めている。緊張している風を装いながら、全神経は向かいに座った二人の青年から片時も逸らさない。

 

 詐欺、身分詐称、恫喝、略奪、人身売買、殺人――そして、婦女暴行。

 これほどまでの悪事を総なめにする悪党は、リゼルでもなかなかお目にかかった記憶がない。

 

「もしかしてとは思うんスけど……〈ゴウゼル〉の本当のボスを倒したパーティって、兄貴たちなんスか?」

「あー……言い触らさないでくれよ」

 

 この世には魔物という、すべての人間に共通する強大な『敵』がいる。世界中に存在するダンジョンから、やつらは次から次へと生まれ続ける。ダンジョンを攻略し魔物を狩り続けなければ、いずれ地上に人類の住める場所はなくなってしまうと説く者もいる。

 

 だというのに人間は、どうして人間同士で争い、傷つけ合うのか。

 力を合わせて立ち向かうべき敵がいてなお、どうして手を取り合って生きていけないのか。

 

 ――きっと、ウォルカは。

 

 自分が、命を懸けて仲間を守った側だからこそ。もしかすると彼はそんな風に考えて、心に深い失望を抱いてしまったのかもしれない。

 昨日ウォルカが表情ににじませていたのは、決して並大抵の感情ではなかった。ルエリィを利用する〈ならず者〉に対する怒り、あるいはルエリィに対する憐憫、そんな簡単な言葉で説明できるものでは断じてなかった。

 

 あれはまるで――世界そのものに対する、失意、のようだった。

 

 だからリゼルは、どうしようもなく怖くなったのだ。

 いつかウォルカが傍からいなくなって、どこか遠くに行ってしまうような気がして。

 

「うわ、やっぱそうだったんスね。……でもこう言っちゃなんスけど、そんだけ命張ったなら報酬もガッポガッポだったんじゃないッスかぁ?」

「いや、報酬は――……そうだな。戦利品(ドロップ)は、相当高く売れるかもな」

 

 どうして――どうして、次から次へとウォルカを苦しめるようなことが起こるのだろう。

 

 ただでさえ彼は右目と左足を失って、今まで研鑽し続けてきた剣を振れなくなってしまって、リゼルでは想像もできないほど辛い思いをしているのに。

 これ以上はもう、ウォルカの心がどうなってしまうかわからない。自分に失望して、世界に失望して。ウォルカには今、世界のすべてが自分を突き放しているように見えていたっておかしくはなかった。

 

「でも、その目と足じゃもう戦えない感じッスよね?」

「……そうなるな」

 

 それなのに彼はやっぱり、リゼルたちになんの弱音も見せようとしない。意識してそう強がっているわけではなく、それが無意識の当たり前になってしまっている。

 

 ウォルカはリゼルと出会うよりも幼い頃、祖父の下で厳しい剣の修行に身を投じていたという。それは彼自身が抜刀術を会得するためであり、同時に、死期を悟った祖父が彼に一人で生きてゆく(すべ)を叩き込むためのものでもあった。

 

 祖父の修行は、上手くいったのだろう。ウォルカは見事抜刀術を会得し、生きる上で大抵のことは一人でこなせるようになり――そして、誰に対しても弱さを見せることはなくなった。

 

「――でもまあ、自分の身くらいは自分で守るさ」

 

 ――ねえ、ウォルカ。

 お願いだから、一人で抱え込まないで。

 私、がんばるから。一緒に背負えるようにがんばるから。

 今度こそ絶対に守るから。こんなやつら、私が一人残らず倒すから。

 

 どこにもいかないで。

 ずっと、傍にいさせて――。

 

「はは、カッコいいッスねえ。でも油断はダメッスよ? 悪いやつらも、いつどこで襲ってくるかわかんないッスからね」

「……そうだな」

「……」

 

 こいつらがわざわざパーティを二組に分け、ウォルカと同じ馬車に乗った理由など容易に想像がつく。パーティを分断させ戦力を削ぐ意味もあるのだろうが、それ以上に。

 

 ウォルカを、人質に取るため。

 

 そうに決まっていた。片目片足を失い杖をついて歩いている青年に、どこからどう見てもガキ同然の魔法使い。狭い馬車の中で至近距離という条件なら、怪我人と魔法使いが一番カモと考えるだろう。

 

「………………」

 

 リゼルの中で、溶岩のような感情が煮えていく。烈火を呑めば人はきっとこんな気持ちになるのだろう。

 けれど、頭の中は自分でも不思議なほどに冷静だった。このような状況でなければ、笑みすら浮かべながら言えたはずだ。

 

(――大丈夫だよ、ウォルカ。今度こそ、私が絶対に守るから)

 

 馬車は進む。ユリティアたちの馬車が前を行き、リゼルたちの馬車が後ろに続いて、少し古びた車輪の音を交互に響かせている。

 空には人の気持ちを知らないような、澄んだ青に真っ白い斑模様だけが散っている。

 

 

 /

 

 およそ二時間おきで休憩を挟みつつ、ウォルカたちの馬車の旅は続く。

 

 街を離れて随分と久しくなり、街道はやがて山の麓を迂回する経路へ入っていく。ここまで来ると道ですれ違う冒険者は一人もおらず、道の左右はどちらも木深い森が広がるのみとなって、葉擦れの音と鳥のさえずり、そしてどこからともなく魔狼(バンディット)の遠吠えが響くようになる。

 

 

 ――動きが起こったのは、もう間もなく日も沈み始めようという夕暮れ時だった。

 

 

 最初に異常を察したのは、自身の馬で馬車に付き従うロッシュだった。

 

「――うぉっとぉ!?」

「うん?」

 

 スタッフィオが慌てた声を出すのと、馬車を()く馬たちが(いなな)いたのはほとんど同時だった。

 ウォルカたちの乗る馬車が二台とも急加速し、街道を逸れてあらぬ獣道に入っていったのだ。

 

 ロッシュは思わず馬を止め、眉をひそめる。「す、すみません、馬が急に――!」と依頼人の焦った声がかすかに聞こえた。一見すると、御者が馬を操り損ねて暴走してしまったように見える。

 

 しかし、額面通りに捉えるのはいささか楽観的だろう。

 当然、ロッシュはすぐに追いかけるべく手綱を繰ろうとしたが、

 

「――!」

 

 風を切る音とともに、馬の足元に矢が突き刺さった。ロッシュは怯んだ馬を落ち着かせ、一時馬車を追うのを諦めて索敵する。

 

 馬車が入っていった獣道、そして街道を挟んだ向かいの森からも複数の人間の気配。軽く見積もっても十人近い。

 

「これはこれは、随分と警戒されたものだね」

「――そりゃあ、騎士のあんたが一番厄介だろうからな」

 

 答えは、木々に紛れる薄闇の奥から返ってきた。

 

「あんたさえ始末すりゃあ、あとは女と片足がないお荷物だけ。楽な仕事だ」

「……ふむ」

 

 獣道を遮るように四人、背後の森からロッシュを包囲する形で更に四人。全員が夜に紛れる外套をまとっており素性は知れないが、この状況なら可能性はひとつしかありえない。

 

 同時に、馬車が二台とも突然暴走した理由もおのずとわかる。あの獣道を突っ切った先に、連中の『狩場』があるのだろう。予定通り事が進んでいると見て、予定通りに仕掛けてきたわけだ。

 

 ――では、こちらは任されるとしようか。

 

 ウォルカたちの身を案じることはない。むしろ、この〈ならず者(ラフィアン)〉の集団が心底気の毒だった。よりにもよって〈銀灰の旅路(シルバリーグレイ)〉というパーティを、よりにもよってこのタイミングで襲撃してしまうのだから、もはや神に運命を見放されているといってもいい。

 

 リゼルアルテ、ユリティア、アトリ。

 

 今あの少女たちは、ウォルカを守るためなら、あらゆる敵を塵芥のごとく殲滅してみせるのだろうから。

 

 

 

 /

 

 ――その頃、暴走する馬車の中で、俺はといえば。

 

「そんじゃまあ……命が惜しかったら、大人しくしてもらおっか」

「――冒険者ごっこは、終わりか?」

 

 カインとロイド――否。

 剣を抜いた〈ならず者(ラフィアン)〉の二人と、真っ向対峙していた。

 

 




Tips:『〈ならず者〉』
 最近、死亡フラグ警報が大音量でアラートを鳴らし始めた
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