全滅エンドを死に物狂いで回避した。パーティが病んだ。   作:雨糸雀

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45. 束の間の平穏Ⅰ

「すみませーん、この依頼お願いしまーす!」

「はーい、只今ー!」

「あってめコラ、その依頼に先に目ェつけたのはオレだぞ!」

「なにぃ? そんなの知るかよ、先に取ったのは俺だろ」

「横入りしてんじゃねー!」

「うわわ、ケンカしないでくださいーっ!」

 

 ウォルカとラムゼイの決闘騒ぎが一段落した翌日、冒険者ギルドのロビーでは朝っぱらから、依頼を貼り出す掲示板の前で多くの冒険者たちが(たむろ)している。

 

 ここ一ヶ月ほどは、すっかり見る機会も少なくなってしまっていた光景だ。例の踏破承認事故が起こってからというもの、ギルド全体になんとなくぎこちない空気が立ち込めてしまって、とりわけダンジョン系の依頼を中心に敬遠する冒険者が増えていたせいである。しかし本日は見違えるばかりの大盛況で、ギルドの職員たちもてんやわんやになってあちこちを駆け回っている。

 

 どうやら、依頼の消化が滞りがちな停滞期は突如として終わりを迎えたようだ。

 

「おーい、俺はこの依頼――うげ」

「ちょっと、女性の顔見てそれは失礼っすよー?」

 

 受付へやってくるなり苦い顔で怯んだおっさん冒険者を、シャノンは眼鏡の奥からじとーっと冷ややかに歓迎した。今日のシャノンは受付嬢である。普段は書類相手とにらめっこするのが仕事の事務員さんだが、誰にでも明るく愛嬌がある性格を買われて、こうして時々は受付に座って気分転換することがあるのだ。

 

 そして目の前のやや冴えない男は、昨日の決闘の場で、ウォルカの悪口を言っていたらしいと唐突な暴露を食らわされた冒険者の一人であった。シャノンはぱっと笑顔に戻って、

 

「依頼、受けるんすか?」

「……おう」

 

 ぎこちなく反応した男から依頼票を受け取る。ちょっと待っててくださいっすねー、と奥から男の名簿を探してきて、

 

「んー、……あれ、結構気合い入った依頼っすね。やる気満々じゃないっすか」

「ま、まあな」

「ウォルくんの悪口言ってたくせにー」

 

 げほげほげほ……と男な気まずそうに咳き込み、

 

「そ、その話はもうやめてくれ! 悪かったっての……」

「当たり前っすよ。悪質な誹謗中傷はペナルティの対象なんすからね」

 

 ラムゼイの巻き起こした決闘騒ぎが終わったあと、シャノンは宣言通りこの男を別室に連行して、日が暮れるまで思う存分こってりと油を搾ったのである。彼がシャノンの顔を見るなり「うげ」なんて仰け反ったのも、大方そのときの苦い記憶を思い出したからなのだろう。

 

 シャノンは男にいくつか簡単な質問をし、さらさらと慣れた手つきで依頼受注の手続きを進めていく。しばし、両者の間に沈黙が流れる。といっても依頼が貼り出してある掲示板の方では、あいかわらず争奪戦を繰り広げる冒険者たちが「こうなったら決闘だ!!」などと盛り上がっているが。

 

 これといって、前置きはなかった。

 

「……正直最初は、ラムゼイのやつと決闘するからなんだって思ってたよ」

 

 シャノンはゆっくり顔を持ち上げる。男は受付に肘をついて、白熱する依頼争奪戦を心なしか遠い目つきで眺めている。

 

「ウォルカの野郎があんま気に入ってなかったのは本当だ。抜刀術とかいうのはどうにも胡散くさいし、なによりな、あいつ一人にかわいい女の子三人のパーティなんだぞ! ふざけやがってぇ……!」

「結局そこっすか」

「そこ以外になにがあんだよぉ!」

 

 シャノンは心の底から呆れた。まあ冒険者という職業は男の割合が圧倒的に多いから、出会いの少ない業界と言われればそうなんだろうけれど。

 

「一応言っとくっすけど、十五年は遅いっすからね。事案っすよ」

「ぢくじょう」

 

 男は固い握り拳でぐぬぬと悔しがり、しかしすぐに表情を解いて吐息すると、

 

「まあずっとそうこう思ってたんだがな、……あんなの見せつけられちまったらなぁ。なんつーか、もうぐうの音も出なくなっちまったよ」

 

 ウォルカとラムゼイの決闘は、一夜明けて冒険者の間では知らぬ人がいなくなるほどの語り草だ。もしかすると、そろそろ騎士たちの耳にも入り始めているかもしれない。

 なにせ片目片足を失った若き剣士が、実力だけならAランクでもおかしくないベテランに剣術だけで完勝してしまったのだから――最後の最後に、()()()()()というオマケつきで。

 

 シャノンも男も、それを目の前でしかと見届けた観衆の一人だった。

 

「あたし、よくわかんないんすけど……魔法って、普通は剣で斬れるものじゃないらしいっすね」

「魔法の種類にもよるけど、大部分はそうだよ。あんた、いきなり剣持たされて炎だの水だの斬ってみろって言われてできるか?」

 

 もちろん、できるわけがない。シャノンが剣の素人だからではなく、そもそも常識的に考えて可能な芸当ではないだろう。

 

「魔法を斬ること自体はな、やってるやつを見たことあるし、俺も真似すればたぶんちょっとはできる。でもそいつは厳密に言うと、『武器に魔法をまとわせて魔法で斬る』んだよ。魔法は魔法で干渉するもんだからな」

 

 けれど、あのときのウォルカは。

 

「それをあの野郎は、魔法ナシの剣一本でやっちまった。使ったのは〈身体強化(ストレングス)〉だけだ……見てた限りはな」

 

 だから若者もベテランも問わず多くの冒険者が、すごいもんを見たと舌を巻いて語り草にしている。

 

「だから今更になってわかっちまったんだよ――ああこいつは冗談抜きで、人生懸けて本気で剣を振ってきた馬鹿野郎なんだって」

 

 その「馬鹿野郎」に、ウォルカを嘲る色は欠片も含まれていなかった。

 むしろ、

 

「俺の人生であんな風に、文字通りの本気で打ち込んだようななにかが、たったひとつでもあったのかって考えて……」

 

 まぶしい光を直視してしまって、思わず目を細めるような言葉だった。

 

「……年甲斐もなく、焚きつけられちまっただけだよ」

「……」

「あそこに集まってるやつらもそうなんじゃねえの? 男で冒険者やってるやつなんざ、誰だって一度は『強さ』ってもんを夢見てんだから。感化されちまうだろうさ、そりゃあ」

 

 争奪戦は結局じゃんけんで決着したらしく、「うおおお!」と拳を突きあげる冒険者と、「うおおお!」と崩れ落ちる冒険者で明暗が分かれている。しかし敗れた男はすぐさま立ち上がり、別の依頼を探しに掲示板へ再突撃。シャノンの同僚が必死に声を張っている、「依頼は逃げないですから落ち着いてくださいーっ!!」

 

 すべてを真っ向捻じ伏せたウォルカの実力が、冒険者たちの精神を一段階上に引き上げてしまった。

 

「……男って単純っすねー」

 

 シャノンは微笑み、

 

「でもそういうの、なんかいいなって思うっすよ」

「お、まさか俺の魅力がわかるか? じゃあどうだ、この依頼が終わったら食事でも――」

「はーいさっさと行けっすセクハラオヤジー」

 

 チクショー俺だって若けりゃよぉー! と男が捨て台詞で走り去っていく。シャノンはひらひらと手を振って見送り、そのまま頬杖をついてしみじみと感慨に耽る。

 

「なんか、すっかり丸く収まっちゃったっすよねー」

 

 ウォルカが決闘を申し込まれた、とはじめ聞いたときはえらいことだと気が気でなかったけれど。

 

「ほんとにねえ」

 

 隣の受付に座る先輩が同意して、それから少しほろ苦い後味で眉を下げた。

 

「でも、まさか辞めるとは思ってなかったなあ。ラムゼイさん」

「……そうっすね」

 

 ラムゼイが冒険者の証でもある〈剣と杖(ソード&ワンド)〉のタリスマンを返納――すなわち冒険者の職を辞したのは、今日のギルドの営業が始まってすぐのことだった。

 ただ、「潮時だ」とだけ言って。

 

 元々扱いに困っていた冒険者ではあったが、突然すっぱりいなくなられると妙な寂寥感を覚えないでもなかった。

 

「腕っぷししか取り柄がないのに、冒険者辞めてどう稼いでくんだかねー。貯えも少ないでしょうに」

「……まあ、なんとかやってくんじゃないっすか」

 

 しかしそれはそれ、シャノンは大して心配していなかった。ウォルくんに悪口言ったやつなんか心配してやらないっす! と意地を張るような気持ちもあったが、それ以上に。

 

「憑き物落ちきった顔してましたもん。人生再スタートってやつっすよ、たぶん」

 

 先輩は少しだけ考えて、ふっと吐息で笑った。

 

「……そうね。なんだかんだやってくわよね、子どもじゃないんだし」

「そうっすそうっす」

 

 その気になれば、魔物の戦利品(ドロップ)を売ってお金に換えるのは冒険者でなくともできるので――いろいろ注意点があって推奨はされないが――よほどがなければ路頭に迷うこともないだろう。

 

 案外今ごろ、港でのんびり釣り竿でも振ってたりして。

 

「すみません、この依頼お願いしまーす!」

「はいはーい!」

 

 かつての活気が戻ってきた冒険者ギルド、ラムゼイの憑き物が落ちた表情。

 ひょっとしてウォルくんが斬ったのは、魔法だけじゃなかったのかもしれないな――シャノンはふと、そんなことを考えるのだった。

 

 

 

 /

 

 誓って言うが、越えちゃダメな一線はちゃんと守り抜いたからな。

 

 誰に対するでもなくそう己の潔白を強調する。昨日、師匠たち四人から包囲されたあとは幸い何事もなく――とは、まあ、いかなかったのだけれど。それでも守るべき一線だけは固く守り切り、俺はなんとか無事に翌日の朝を迎えることができていた。

 

「じゃあ、今日はわしがウォルカを助けるからなっ。この師匠になんでも任せるんじゃぞ!」

 

 朝日が穏やかに差し込む明るい空間で、やる気に満ちあふれた師匠がえへんと師匠風を吹かせている。ここだけ切り取れば、今までとほとんどなにも変わらない日常の風景だが……一旦、俺たちの現状をざっくりと確認しておこう。

 

 まずは今いる場所。いつもの〈ル・ブーケ〉ではなく、大聖堂の一角の一等病室である。

 

 『一等』なんて名がついているとおり、VIP待遇にも等しい大変ハイグレードな病室だ。〈ルーテル〉の街で厄介になっていた病室より倍以上広く、なんと基本的な水回りまで室内に専用で備えつけられている。この一部屋だけで入院生活がほぼ完結させられるくらいで、病室というよりはもはや高級ホテルの類であろう。

 

 アンゼ曰く、「ウォルカさまにご静養いただくのですからこれくらいは当然です!」とのこと。

 

 決してコネで依怙贔屓してもらっているわけではなく、先日ディアから与えられた銀の褒章を持つ人なら、ちゃんと利用資格があるらしい。教会の関連施設で様々な優待を受けられるとは聞いていたが、まさか早速役に立つときが来るとは思っていなかった。

 

 一般人にはやや分不相応な気がするものの、今の俺にとってはありがたかった。この部屋だけで生活がほぼ完結するということは、それだけみんなにかける負担も減らせるということなのだから。

 

「なるべく、面倒かけないようにするよ」

「もぉーそんなこと言わないの! わしはウォルカの師匠なんじゃからなっ」

 

 そして、新しい義足が届くまでの俺の面倒について。

 

 こちらは必死の交渉の末、担当を毎日一人ずつローテーションするという形で勘弁してもらった。つまり今日から師匠の日、ユリティアの日、アトリの日、アンゼの日という具合で順繰りに手助けをしてもらうのだ。師匠がやる気いっぱいになっているのはそういう理由である。

 

 師匠とはすでに勝手知ったる仲だからあまり気にならないし、ユリティアもきちんと常識の範囲でサポートしてくれると信頼できる。不安なのはその常識がいささかズレているアトリと、やる気に満ちあふれすぎて暴走しそうなアンゼだろうか。特にアンゼは今朝から()()()()()()()()()()

 

「ウォルカさまっ……わたくしは、わたくしは、いついかなるときでもウォルカさまのことを想っています! どうか、わたくしのすべてをあなたさまのためにっ……!!」

 

 と、朝っぱらから誤解しか招かない渾身の選手宣誓を残していった。重すぎるだろうが……!

 

 アンゼ、君は本当に感情のスケールがデカすぎるというか、あまりに穢れを知らなすぎるというか……将来を誓ってもいない男にそんな大袈裟なこと言うんじゃありません。距離感がバグり散らかしているディアのときもそうだったけれど、教会の情操教育はいったいどうなってんだ。俺の前世では、『過ぎたるは猶及ばざるが如し』という有名な格言があってだな……。

 

 ともかく四人ローテーション形式でも俺の胃は不安を訴えてくるのだが、背に腹は代えられぬ。そんなわけで、ユリティアとアトリは今日も朝一番で修行に。アンゼも来る三日後に向けて、教会のお勤めを前倒しでやっつけるべくあちこち走り回っているようだ。

 

 四人の女の子から交代交代で面倒を見てもらえるなんて、男として夢のような話に思われるかもしれない。

 

 しかし結局のところ、師匠たちの根底にあるのは俺が大怪我したことへの罪悪感、無力感、後悔といった重い負の感情であって、本来の俺たちの関係からは逸脱した歪んだ状態なのだ。それなのに師匠たちの苦しみから目を逸らして、『女の子にお世話してもらえて嬉しい』などと悦に入るのは……なんというか、俺は間違っているんじゃないかと思う。

 

 『男は責任を取るのが仕事』とアトリが言っていた。その点でいえば俺が果たすべき責任というのは、しっかり社会復帰して師匠たちの負の感情を払拭させることだろう。

 

 だから俺は師匠にこう答える。

 

「大丈夫、義足がないだけで体は元気だからな。できるだけ一人で――」

「ウォルカっ……」

 

 だがすぐに、師匠の悲しげな声に遮られてしまった。師匠はベッドで俺の隣に座り、堪え忍ぶような表情でこちらを見上げて、

 

「そんなに、独りでがんばらなくても――」

 

 口を噤み、俯く。あふれ出る言葉を押し留めるように喉が動き、それからもう一度張り裂けそうに俺を見つめて、

 

「私、絶対どこにも行かないからっ……ずっと、ずっとずっとずっとずっとウォルカの傍にいるから……!!」

 

 え、なんの話……?

 

「義足が届いたら、またがんばってもいいから! だからそれまでは、私たちに任せて休んだっていいんだよっ……!!」

 

 な、なんだそういうことか。びっくりした、てっきりなにか致命的な誤解をされてるんじゃないかと。

 

 安心してほしい、義足がない以上は観念してのんびりするつもりだぞ。みんなには、ラムゼイとの決闘を我慢して見守ってもらった負い目もあるからな。精々筋トレや座禅くらいにするさ。

 

「わかってる。ちゃんと休むよ」

「うん……」

 

 しかし師匠はいまいち気分が晴れない様子だ。およそ半月の間に二度義足をぶっ壊すという大失態のせいで、馬鹿な弟子に対する不信感が芽生え始めてしまっているのを感じる。ごめん師匠……。

 

 やっぱり間に合わせの義足じゃあ、すぐ壊れただのなんだので一向に社会復帰が進まないな。俺が目指すハッピーエンドのためには、義足のグレードアップがなによりも最重要課題なのだと改めて痛感する。

 

 とりあえず今は、代わりの義足が一日でも早く届きますように。

 

 

 ……なおそのあたりの手配を任されているアンゼが、「義足は今日から四日後に届けてください。必ず四日後にっ」と用意周到な根回しをしていたというのは――俺には知る由もないことであった。

 

 

 

 /

 

 なんにせよ当面は大聖堂暮らしなので、同じく大聖堂で療養しているルエリィとシアリィに挨拶しておこうと思った。師匠に車椅子を持ってきてもらい、身支度も整えてそろそろ出発しようかというところで、

 

「うぉ、ウォルカさーん! あの、シアリィです! ルエリィがお世話になってます! ここで合ってますか!? ウォルカさーんっ!」

 

 なんと、ちょうどシアリィの方からこっちを訪ねてきてくれたようだ。しかしどうしてか随分と慌てているらしく、廊下から飛んでくる声とノックの音がバタバタとせわしない。俺はなんだなんだと不思議に思いながら、

 

「合ってるよ。どうぞ」

「よっよかった! 失礼しますっ!」

 

 中へ促すなり勢いよくドアが開いて、シアリィが倒れるように飛び込んできた。

 

「あ、あの! さっきシスターさんから、ウォルカさんが、ケンカして運ばれてきたって聞いて――」

 

 両膝に手をついて息切れするシアリィが、俺の姿を――正確には途中でなくなっている俺の左足を――見るなり氷結した。

 五秒の間があって、

 

「ぎょあああああウォウォウォッウォルカさんのあっあああ足足足っ、足がっががががが」

「お、落ち着け。大丈夫だから」

 

 雷に打たれる絶叫とともによろめき、顔面蒼白でぶくぶく泡を噴きかけている。……あれ? シアリィ、俺の義足のこと知らなかったんだっけ?

 

「ねえさま!」

 

 遅れて追いついてきたルエリィが、崩れ落ちそうなおねえさんの体を後ろから支えた。

 

「しっかりするですねえさま! ウォルカさんが義足だってもう忘れたですか!?」

「あばばばば」

 

 ……なんか〈ならず者(ラフィアン)〉の一件で殺されそうになったことといい、このまえうっかり食事中にお邪魔してしまったことといい、どうしてシアリィと会うときは毎回ひと騒動がセットなのだろうか。彼女らしいといえば、彼女らしい気もするけれど。

 

 ともかく手のかかるおねえさんを落ち着かせて、師匠が用意した椅子に座ってもらった。

 

「あ、あはは、ごめんなさい! 義足なのは知ってたんですけど、その、いきなりはじめて『ない』お姿を見たので……」

「それもそうか……。悪い、驚かせて」

「いえいえ、私がドジなだけなので!」

 

 そんなこんなで、シアリィである。大聖堂のおいしいごはんで順調にエネルギーを補給しまくっているからか、前回からさらに髪ツヤ肌ツヤがよくなって、ぱっと見はもう完全復活といっても差し支えなさそうなくらいだった。笑顔も青空みたいに元気はつらつとしていて、見ているだけで気持ちがいい。

 

「ちなみにウォルカさん、ねえさまがドジなのは事実なのですよ」

「あ、あれー? ルエリィが、おねえちゃんをフォローしてくれない……」

「冒険者生活で宿に泊まったときも、いつもいつも入る部屋を間違えて――」

「ぬわーぬわーっ!」

 

 ルエリィとのなかよしっぷりも、特に変わりないようでなにより。

 

「とっとにかく、お怪我がないようでよかったです! ケンカしたっていうから、てっきり私……」

 

 シアリィがほっと安堵する一方、ルエリィは疑り深い目つきで俺の出で立ちをチェックして、

 

「でも、義足が壊れるなんて……本当にただのケンカだったのですか?」

「ああ、実は――」

 

 昨日一昨日の出来事を掻い摘んで説明する。最初はふんふんと耳を傾けていた姉妹だったが、俺がケンカを受けて立ったあたりから「えっ」と真顔になって、ひと通り話が終わる頃には、

 

「……あの、ウォルカさん、それってケンカじゃなくて決闘の類ですよね……? お父さんくらい歳が離れた大人の人と、そのお体で……? えぇ……」

 

 なにやら、シアリィからやばいバトルジャンキーみたいに見られた。待ってくれ誤解だ。別に喜び勇んでケンカしたわけじゃなくて、話の流れでそうせざるを得なかった部分もあってだな。

 

「それで一人で戦って、義足も壊れたと。……あいかわらず、ウォルカさんは無茶ばっかりしてるのですね」

「そう、そうなんじゃっ。ウォルカはいっつもぜんぶ一人で背負おうとして……!」

「ええ、よくわかるのですよ。ウォルカさんは本当に困ったさんなのです」

 

 ルエリィも師匠と一瞬で意気投合してるし。おかしい、なぜルエリィにまでそんなイメージが定着しているのだろうか。出会ってからまだ一週間くらいしか経ってないだろ。

 

「実力で黙らせるのが一番確実だと思ったんだ。俺だけならまだしも、師匠たちまでなにかあったら嫌だろ」

「……はあ」

 

 ルエリィはやれやれとばかりに笑みの息をついて、

 

「やっぱり、ウォルカさんはウォルカさんなのですね」

 

 や、やめろ! そんな生温かい慈しみの眼差しで俺を見ないでくれ! なにもおかしいこと言ってないだろ!?

 

「あはは……なんだかウォルカさんって、ほんとに私の印象そのまんまの人というか……」

 

 知り合ったばかりのシアリィまでそっち側ならもう終わりである。部屋の居心地が急にムズムズしてきたのを感じ、俺はなるべくさりげない風で話題を切り替えた。

 

「そ、それより。シアリィは、体の調子はどうなんだ?」

「あ、もうばっちりですよ! ……とは、まだ言えないですけど。昨日から早速リハビリも始めたんです、体を動かすのだけは得意なのでっ」

 

 むん! とシアリィは元気に力こぶを作るポーズをする。しかしすぐに何事か思い出したらしく、

 

「あ、リハビリといえば……」

 

 仄暗い表情で考え込み、ルエリィと束の間視線を交わしてから、

 

「ウォルカさん……もしよければ、実験に付き合ってもらってもいいですか?」

「実験?」

 

 シアリィはぎこちなく頷き、俺の前までやってきて少し怖々と右手を差し出した。指先が固く握られたその形は、少なくとも握手を求めるようなものではないとわかる。怪訝に思いながらシアリィの言葉を待つと、

 

「私の手首を、掴んでみてほしいんです。ちょっと強めに……」

「それは――」

 

 俺は、すぐには答えを返せなかった。――それはシアリィに対して、やってもいいことなのだろうか。だって、シアリィは。

 答えたのは、同じように面持ちを暗くしたルエリィだった。

 

「ねえさまは……男の人から触られるのが、ダメになってしまったみたいなんです」

 

 曰く、発覚したのは昨日のことだったという。リハビリを始めて大丈夫かどうか簡単な診察を受ける中で、初老の司祭さんが『確認』のためシアリィの肩に触れた。そっと手を置くというよりかは、少し掴みかかるくらいの力加減で。

 

 それだけで、もうダメだった。

 

 シアリィは全身の震えが止まらなくなり、口を利くことも立っていることもできなくなって――結局その日のリハビリは、男性との接触を避けながら限られた室内だけで行わざるを得なかった。

 

「発作……なんだと、思います」

 

 シアリィは、〈ならず者(ラフィアン)〉に捕まっていた間のことをほとんど覚えていない。正確には、自分で自分の記憶を封じてしまっている。おそらくは、思い出せば心が壊れてしまいかねないから。

 

 そう――明るい笑顔で振る舞う姿を見ているとつい忘れてしまいそうになるが、シアリィはその心に一生消えない傷を負っているのだ。ゆえに、記憶を呼び起こすトリガーとなりうる『男性との身体的接触』に、本能的な恐怖と忌避を抱くようになってしまったのだろう――それが教会の見解だった。

 

 しかしならばなぜ、俺に手を掴んでみてほしいと頼むのか。

 

「もしかすると、すごく失礼な反応をしちゃうかもしれません。そうなったらごめんなさい。……でもっ、」

 

 シアリィはにじむ不安を押し殺し、縋るように俺を見つめて、

 

「私、ウォルカさんだけは、大丈夫かもって……そんな気がして……!」

「……」

 

 黒いインクが染み出すように、俺の臓腑に嫌な感情が広がっていくのを感じる。たとえ偶発的なものであっても、男から体に触れられるだけで立っていることもできなくなる――彼女はこのさき一生、そんな傷を庇いながら生きていかなければならないのか。いずれ信頼できる男の人を見つけて、温かな家庭を築いていくという、特別でもなんでもないありふれた未来すら奪われようとしているのか。

 

 それは、きっと、俺の片目片足とは比べ物にならないことなのだと思う。

 

 ああ、本当に嫌になる。俺たちが巻き込まれた踏破承認事故にしたってそうだ。未だ師匠たちが重い罪悪感で苦しんでいるように、〈炎龍爪牙(フランヴェルジュ)〉にキナ臭い疑惑が渦巻いているように、どうして邪魔な敵を倒して綺麗さっぱり一件落着とならないのか。いつまでも癒えない傷が残るのか。ここが漫画の中の世界だというのなら、余計なごちゃごちゃ抜きのハッピーエンドくらいあっても許されるだろうに――クソッタレが。

 

 ルエリィを見遣ると、彼女は引き結んだ表情で小さく頷いた。

 

「……わかった。いいんだな」

「は、はいっ……」

 

 シアリィがキツく目をつむる。俺に差し出した右手が震えている。怖いに決まっている。無理に確かめようとしなくたっていいのだと思う。けれどシアリィが勇気を振り絞ってくれるのなら、せめてここに一縷の救いがあることを俺も祈りたかった。

 

 シアリィの手首を、握った。

 

「ッ……」

 

 シアリィの肩がびくりと跳ねる。右手の震えが消えてなくなるほど全身が強張る。……しかし、俺から見ている限りはそれだけだった。腕を激しく振り払われることも、大きな悲鳴で拒絶されることもない。

 

「……う」

 

 シアリィがおそるおそると薄目を開けた。そして自分の手首が間違いなく俺に掴まれているのを確認すると、顔全体にみるみる安堵と喜びの色が広がっていって、

 

「……よ、よかった! やっぱりウォルカさんは大丈夫だっ!」

「そう……なのか?」

 

 俺は思わずほっとしながら、

 

「我慢してないか?」

「ぜんっぜんです! 普通なら、もうなにも考えられなくなっちゃってるはずなので!」

 

 どうやら無理をしているわけではなさそうだ。そもそも、無理をしようと思ってどうにかできる話でもないだろう。

 ルエリィも、深呼吸するみたいに大きく胸を撫で下ろしていた。

 

「よかったですね、ねえさま」

「うんっ! ほんとよかったぁ……ウォルカさんまでダメだったら、申し訳なくてどうしようって思ってたんです」

「……俺もほっとしたよ」

 

 シアリィが受けた傷を思えば、こんなのは到底救いと呼べるものではないのかもしれないけれど。

 

「あ、待ってください!」

 

 手を離そうとすると、シアリィに慌てて止められた。俺が彼女の右手首を掴んだまま、それを彼女がさらに上から左手で掴むという妙な構図になりながら、

 

「うん……これが、ウォルカさんの手。あのとき、私を助けてくれた……」

 

 それからシアリィははっとして、

 

「あ……ごっ、ごめんなさい! もう大丈夫ですっ!」

「あ、ああ」

 

 お互い手を離す。なんだか変な空気になってしまったが……どうあれシアリィの心を少しでも軽くできたなら、あのとき殺されそうになったのにも意味があったってもんだな。

 

 師匠が安堵したのか呆れたのかよくわからないため息をつき、またルエリィと一緒になって、

 

「つまりシアリィにとって、ウォルカは唯一の『例外』ってことじゃな……。別にいいけどぉ」

「ウォルカさんには、本当に感謝してるです。でも私……ちょっと、あなたの将来が心配なのですよ」

 

 なんでここでも生温かい反応をされるんだよ! 異議あり、濡れ衣を着せている疑いがあります! 俺がなにをやったって言うんだ……!

 

「えへへ……改めて、これからよろしくお願いしますね! ウォルカさんっ」

「……ああ」

 

 ……でもまあ、シアリィが笑ってくれてるんだから細かいことは野暮ってもんだな。女の子が笑顔ならそれでいい、我ながらなんて単純な思考回路……。

 

「それにしてもこの病室、すごく立派ですね! やっぱりウォルカさん、教会からVIP待遇されちゃうくらいの冒険者なんだ……!」

「依怙贔屓してもらってるわけじゃないからな。このあいだ教会から呼ばれて――」

 

 そんなわけで俺たちはしばらくの間、四人で日だまりのように平和な会話を楽しむのだった。

 笑顔とは、何物にも代えられない至宝なのである。

 

 

 

 /

 

「それじゃあ……そろそろお腹が空いてきたので、また遊びに来ますね!」

「ちゃんとゆっくり休まないとダメなのですよ。またねえさまとチェックに来ますから」

 

 それぞれの性格がよく表れた「またね」の言葉で姉妹と別れ、その後は師匠に魔法の授業をしてもらったり、ロゼをはじめとする知人友人がお見舞いに来てくれたり、その他筋トレやストレッチ、座禅などでのんびり穏やかな一日を過ごした。

 

 そして夕方、もうそろそろユリティアとアトリも戻ってくるかという頃。

 

 師匠と外の空気を吸っていたら、仕事終わりに寄ってくれたシャノンと出くわして、そのまま三十分以上話し込んでしまった。ギルドの様子を教えてもらった。昨日の決闘から刺激を受けた冒険者たちが次々殺到して、久し振りに終日大賑わいだったこと。そして――ラムゼイが、冒険者のタリスマンを返納したこと。

 

 そっか……冒険者辞めたのか、あの人。

 

 不思議と驚きはなかった。おそらくラムゼイは、片目片足を失った俺の姿にかつての誰かが重なっていたのだろう。あんな形でケンカを吹っかけてきた意図はさておき、決闘を経て、引きずっていた過去の幻影が上手いこと断ち切られる結果になったのだと思う。勝負がついたあと、綺麗さっぱり憑き物落ちきった顔してたからなあ……。

 

 それがラムゼイにとって幸いだったのか、そうでなかったのかはわからない。

 だがまあ、北の港でのんびり釣りをしていたという目撃情報があったらしいので、突然世捨て人になるような心配もなさそうだな。できるなら、次はいざこざナシで話をしてみたいもんだ。

 

 そんなこんなで、師匠が押してくれる車椅子で病室に戻ってくると――。

 

「ん……?」

 

 明らかな違和感。

 なにやら俺のベッドがこんもりと膨らんで、ゆっくりとなだらかな上下を繰り返している。あれは紛れもなく、誰かが勝手に潜り込んで眠っているときの動きではないか。

 

 師匠がため息をついて、

 

「さてはアトリじゃな。まったくもう」

 

 たしかに、頭まで被った布団の隙間から白い髪が見えている。外を散歩する俺たちとすれ違いで帰ってきて、そのまま退屈で眠ってしまったのだろうか。まったくアトリは……どうやら夕食の時間になるまで、『異性のベッドに潜り込んじゃいけません!』という常識の授業を開催しなければならないようだ。

 

 俺の車椅子をその場に止めて、師匠がつかつかとベッドに歩み寄り、

 

「こら、アートーリーッ! なにやっとるんじゃ――」

 

 布団を掴んで、力ずくで一気に引っ剥がすと、

 

「……くぅ」

「へ、」

 

 目が点になった。

 布団の下で眠っていたのは、アトリではなかった。

 

 ディアだった。

 教会の象徴たる〈白亜の聖女〉レスターディアが、俺のベッドですよすよと大変安らかに寝息を立てていた。ああ、そういえばディアも白髪だったっけな――っていやいやいや。

 

 えぇ……なにやってんだ聖女様。

 

 しかし俺は冷静に思考する。前回の邂逅以来、俺の中では男女の距離感がバグっていると評判のディアである。なにかの用事でやってきて俺の帰りを待っていたものの、ふとお勤めの疲れが回って寝落ちしてしまった……という形なら、ギリギリありえなくはないか……?

 

 とはいえ、なんとかこじつけようと思えばそう考えられるというだけのことであって、かの聖女様が一般男性のベッドに潜り込むなど断じてあっていい出来事ではない。

 

 あ、頭が痛くなってきた。アトリとアンゼだけでも割と大変なのに、常識の授業から始めないといけない女の子がまた一人……。なんで大聖堂に運ばれて早々こんなことが起こるんだよ、聖女様から目をつけられるイベントはこのまえ終わったはずだろうが……!

 

 とりあえず。

 

「――どっ、」

 

 言葉が出てこない俺の代わりに、ひとしきりわなわな震えた師匠が火山の噴火よろしく咆哮するのだった。

 

「泥棒猫――――――――ッ!!」

「きゃあああっ!?」

 

 裂帛して飛びかかる師匠、びっくりして飛び起きるディア、そのまま人のベッドでぎゃあぎゃあ跳ね回る二人。

 

 ディアもこういうときは結構かわいい声が出るんだなあ、と俺は思った。

 




 3/28に本作の書籍第2巻が発売されました。今回はルエリィの他、レスターディア、ユーリリアス、アルカシエルのビジュアルが出ています。よろしくお願いいたします。

 また2巻発売に際して、本作のPVが公開されています。リゼルたちにCVがついているので、気になる方はぜひご覧ください。

・第1弾:リゼルver【CV:麻倉もも様】
・第2弾:ユリティアver【CV:高尾奏音様】
・第3弾:アトリver【CV:福圓美里様】


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