全滅エンドを死に物狂いで回避した。パーティが病んだ。 作:雨糸雀
ウォルカがラムゼイとの決闘に勝利し、そして義足をぶっ壊して大聖堂に担ぎ込まれた日の夜、〈アルナスの塔〉最上エリアの聖処では
「こらアンゼ、映写は逃げないんだから慌てないで――その映写機マジで高ぇんだからな!? 落として壊すなよほんとに高いんだって!」
「わかっていますっ!」
「わかってんだったら走るなぁ!」
聖都にたった数台しかない魔導具『映写機』――映写魔法の記録を
見守る側ははらはらどころの話ではない。お陰でディアはソファーから半分腰を浮かしかけ、ヨボヨボのおばあちゃんみたいな変な恰好になってしまっているのだった。
そしてディアの傍ではもう二人の聖女様が、能天気なほどのほほんとしながら老執事にお茶を準備させている。いつもふよふよと気ままに宙を漂っている〈
「じいや、お菓子も用意して……」
「アルカ様、本日はもうそのようなお時間ではありません」
「あたしには関係ないわ」
「ふふ。こんな時間にみんなで集まってお菓子を食べるなんて、なんだかいけないことをしているみたいでわくわくしますね」
さながら、夜にこっそり催すヒミツの女子会といった様相だろうか。特にこちらの眼帯と車椅子の聖女様は、普段から大人びているふりをしながら意外と好奇心旺盛で、夜中にみんなでこっそり……や、正体を隠してお忍びで……といったイベントに憧れるお転婆な一面があったりする。もしも彼女の両目と両足が常人と同じだったなら、三日に一度くらいは大聖堂から脱走して騎士たちと鬼ごっこを繰り広げていたのだろう。
なんだか、一人で映写機の心配をしているのが負けた気分になってきた。ソファーに座り直したディアは肘置きで頬杖をついて、
「……ユーリはわかるけど、アルカも見たがるとは思わなかった」
「別に、たまたま気が向いただけよ……」
一方の好奇心が希薄すぎるぐうたら聖女様は、いかにも『アンゼがうるさかったから仕方なく』といった雰囲気を醸し出しつつも、
「完勝だったんでしょ? あの体でどんな風に戦ったのか、一応気にはなるし」
そりゃそうだ。〈
アンゼがテーブルに映写機をセットした。
「ディアさま、早速再生してみましょうっ」
「だから慌てんなって」
ユーリがくすくすと透明に笑って、
「まさに、『居ても立っても居られない』ですね」
「今日のアンゼはほんとになー、お勤め中ずっとそわそわそわそわしっぱなしでなー」
ウォルカがベテラン冒険者相手に決闘するらしいとの報がロッシュから届いたときは、まさしく〈
「もう、ディアさま!」
頬を膨らませたアンゼに怒られた。ほんとにこいつはウォルカ様ガチ勢なんだから……とディアは苦笑で呆れながら。
「じゃあ、再生すんぞー」
「はい!」
複写が記録された魔石を映写機にセットし、術式を起動。映写機上部の球体が花開くように変形して、空中に複雑な文様の魔法陣をいくつも展開していく。
本当に綺麗なものだ。芸術的といってもいい。この魔導具を発明したのがあのクソボケ問題児、もとい〈創生の法典〉エルフィエッテでさえなければ、もっと純粋な気持ちで見入ることができたのだろうけど。
ユーリが眼帯を外した。彼女の星の瞳は常人と同じように物を見ることこそできないが、それでも映写の内容をぼんやりと把握する程度は可能だ。アンゼが映し出されたウォルカの姿を一心に見つめ、胸の前でぎゅっと両手を握り合わせる。そしてアルカはあいもかわらず気だるげにしながら、老執事に用意させたお菓子をぱくりと一口で頬張った。
――記録は、ものの数分で終わった。
そして、そのたった数分の記録だけで、
「……………………」
ディアもユーリもアルカも、あれだけはらはらと興奮していたはずのアンゼすら――この場にいる全員が、なにも言えなくなってしまっていた。
十秒以上の、長い沈黙があった。
「――もう一度、」
アンゼが、精一杯に感情を抑えながら問うてきた。
「もう一度見ても、よろしいですか……」
「……ああ」
術式をリセットし、はじめから再生する。映写魔法にそこまで再現する機能はないはずなのに、
『――実際、あんたが言ったとおりなんだと思うよ』
響くのは、紛れもないウォルカの言葉。
『言ってたろ、俺が剣に縋るしかないやつだって。そのとおりだよ。――俺には、剣しかない』
剣に縋る。自分には、剣しかない。
隻眼隻脚となってなお剣士で在り続けることを、ウォルカは間違いなくそう表現した。
『人付き合いは下手だし頭もよくないし、魔法だって魔力が平均より多いだけだ。俺から剣を取ったらなにが残るんだって、自分でも思う』
自分は剣以外になんの取り柄もない人間で、剣こそが今まで歩んできた人生そのものであり、剣がなければ己を証明する手段すらここにはなく、
『剣がなくなったら、どうやって生きていけばいいのかわからないくらいだよ』
……ゆえに剣を失うことは、生きる希望を失うも同じだと。
そう、認めてしまっていた。
「ウォルカ、さま――」
彼の名を口にするアンゼは、血の気が失せて茫然自失としているようにも見えた。無論ディアたち四人の聖女の中で、ウォルカにとって剣がどれほど大事かをもっとも理解しているのはアンゼだ。だからこそ彼女が打ちのめされているのは、言葉の中身ではなく、
剣がなくなったら、どうやって生きていけばいいのかわからない――それは決して、どれくらい剣が好きかをたとえるありふれた比喩表現などではない。ウォルカは本気で、自分には剣しかないのだと考えている。
それなのに。
それなのにウォルカは、仲間たちの前でただの剣術バカであるかのように振る舞っていたのか。
前より剣が上手くなってわくわくしてるんだと、ディアの前で饒舌に語っていたのはどこのどいつだ。あんなに楽しそうだったじゃないか。ちっとも悲観なんてしていなかったじゃないか。
そのはず、だったのに。
『たぶん、あんたならわかるんだろ……この世界に、困ったときに助けてくれる神様なんていない。自分で足を動かすしかないんだ。そうしなきゃなにも守れない』
人を救ってくれる神などいないと彼は言う。足を失った人間が、それでも自分で足を動かすしかないのだと凄絶に言い切る。でなければなにも守れないのだと、高々十七の若者が知った風な口を利く。
否――彼は、本当に知っているのだろう。
ただ人から教わった人生観を
『諦めない理由なんて、それだけで――』
彼の本当の心を聞けたのは、そこまでだったけれど。
きっと、死神を討った技と同じだったはずだ。人に許された極限、立ち塞がる障害すべてを絶ち斬る銀の雷光は――まるで、運命に抗う彼の存在証明のようで。
「…………」
もちろん、ウォルカが筋金入りの剣術バカなのは間違っていないと思う。けれどそれは、あまりに表面的で浅はかな理解に過ぎなかったのだ。
「……彼は、」
星の瞳を下ろしたユーリも、そのまぶたの上に悲しげな理解をにじませていた。
「きっと、喪ったことがあるのでしょうね。一人や二人ではないはず……そうでなければ、十七という歳であのような言葉は到底出てこないでしょう」
首を振り、
「困ったときに助けてくれる神はいない。つまり彼は、かつて助けてもらえなかった側」
ゆっくりと深く吐息したアルカが続く。
「……〈
命すら捨てる覚悟で死の運命に抗ったとき、彼の心にあったのは、仲間を守りたいという気高い意志よりも。
あるいは目の前の理不尽に対する、憎悪にも等しい怒りだったのかもしれない。
「っ……」
アンゼが、震える指先で映写機を止めた。
止めて、そのまま両手で顔を覆って泣き始めてしまった。
「あーもー、アンゼ……」
「だって、だって……!!」
こみあげてくる感情を必死に我慢しながら、真珠のような涙をぽろぽろといくつも落としている。無理もない。ウォルカという人間から人生観が変わるほどの影響を受けたアンゼとなれば、自分のことのように――いや、それ以上の痛みを感じていたって不思議ではなかった。
ウォルカは、剣がなければ自分にはなにも残らないと自覚していた。かつて一度喪ってしまった彼にとって、それだけが唯一過去を繰り返さないための『力』だった。
なら彼が、今でもなお一人の剣士として在り続けようとしているのは。
理不尽な運命に膝を折ることなく、前に進み続けようとしているのは。
「『恨むのは神様だけ』……恨んで当たり前じゃねえか、こんなの」
本当に……彼は今、どれほど壮絶な覚悟を胸に宿しているのだろう。
己の生きる道を見定めているといえば響きはいいが、裏を返せば、もはや他の選択肢などないほど追い詰められているかのようでもあって。
けれどだからって、無理はしなくていいんだと言えるわけがない。そんなにがんばらなくてもいいんだと言えるわけがない。
銀の雷光――彼の過去を思うと悲しいのに、苦しいのに、それでもディアたちの心まで焼き焦がすような、その生きざま。
「ウォルカさまの、」
アンゼが嗚咽の中で言葉を振り絞る。切実なる祈りのように、あるいは屈折した呪いのように。
「ウォルカさまの妨げになるものを……! この世界から、ぜんぶぜんぶ消し去ってしまいたいっ……!!」
「……」
あいかわらず感情がクソデカだなあと、ディアはいつものように笑えなかった。ウォルカの本当の言葉を知ってしまったあとでは、もう。
「……こんなときに、こんなことを言うのはなんですが」
ぽろぽろ泣き続けるアンゼの背中をあやしていると、ユーリがその口元にどこか愛おしげな微笑を忍ばせた。
「私、ますます彼に
そも自分たち聖女という存在が少なからず
たとえば聖女を守護する三人の聖騎士が、いずれもそんな輝く魂を持っているように。
「ふふ。彼が大聖堂で休んでいる間に、またお話ししてみたいですね」
「っ……」
アンゼが涙をぬぐい、顔をあげた。ちょっぴりヘタクソな、けれど今の自分にできる精一杯の笑顔で。
「……はい、ぜひっ!」
ディアも口の端を曲げるようにして笑った。どうやら
そして残るアルカはといえば、〈
「……ま、彼のことはあんたたちに任せるわ。あたしはそういうの面倒だし、向いてないから……」
「はいはい」
言われるまでもないことだった。アルカが誰かのために百パーセント善意だけで行動しようものなら、それはきっと世界が崩壊する前兆に違いないと――
「でも、もし困ったときは……ちょっとくらいなら力にならないことも、ないかもね」
「え? そ、そっか……」
ディアは目を丸くした。まさかあの超絶ぐうたらアルカ姫まで、自ら一人の人間に肩入れしようとは……。
だからディアは、心の中でうむと頷きながらこう思うのだった。
――ウォルカ様、もういっそおれたちのとこで暮らしちゃえばいいのに。
/
「――先輩、ただいま戻りました! ちゃんとゆっくり休んでまし、た、か……ふえっ」
「おー、おかえりー」
「?????」
ああ、目の前の光景を理解できずユリティアが思考停止状態に……。本日の修行を終えて大聖堂に戻ってきてみれば、俺と師匠が待っているはずの病室でなぜか〈白亜の聖女〉様がくつろいでいたのだ。そりゃあ疑問符だって大量生産されてしまうに決まってる。
アトリも目をぱちくりさせて、
「……聖女様?」
「うん。まあまあ、とりあえず座って座って」
ベッドの縁に腰掛けながら、ディアがまるで自分こそこの部屋の主と言わんばかりに二人を手招きする。いや、ここ俺が借りてる病室……まあ大聖堂の頂点は聖女様なのだから、この病室もある意味では彼女の所有物になるのかもしれないけれど。
「せ、先輩……? これは、どういう……」
ユリティアの困惑はもっともだが、生憎と見たまんまなのである。
「俺たちに、話したいことがあるらしくて……」
「そうそう。急ぎの用事とかあるか? なるべく手短にするからさ」
「え、えっと! その、ですね」
ユリティアがディアと俺を交互に見遣って、とてもなにか言いたそうに口をもごもごさせた。どう言葉にすればよいのか決めかねるユリティアの混乱を、端的に代弁したのはアトリだった。
「聖女様、なんだかこないだとぜんぜん違う……別人?」
「まったくじゃ」
師匠が仏頂面をしながら、テーブルのところから二人分の椅子を引っ張ってきて、
「この間は猫を被っておったんじゃと。それにしたって変わりすぎじゃろが」
「あんたと一緒だな」
「うるさいっ」
ふしゃー! と唸り声が聞こえそうな形相でディアを威嚇する。よその女が勝手に俺のベッドで寝ていたということで師匠は荒れに荒れ狂い、お陰で『師匠モード』と『幼女モード』の存在もあっさりとバレてしまった。油断ならない相手の再登場に師匠は早くも厳戒態勢である。
「な、なるほど。リゼルさんみたいな感じなんですね……」
「こないだの授与式は、まあ一応形式ってのがあったからさ。でも今日はそういうの抜き。改めてよろしくな」
「わ、わかりました」
「ん……よろしく」
ユリティアはなんとかついていこうとがんばりながら、そしてアトリは別にどっちでも構わなさそうにしながら、師匠が用意してくれた椅子に並んで腰を下ろした。
さてディアについてであるが、やはり俺の戻りを待っている間に寝落ちしたということで間違いないらしい。その割に頭の先まで布団を被って熟睡していたのは、曰く――
「いやー、寝転がってみたら思った以上に気持ちよくてさ。たぶんウトウトしてるうちに、無意識だったんだろうな! あはは」
とのこと。そんなことある? さすがにそろそろ、ディアの辞書に男女の概念が記載されているのかどうかも怪しくなってきた。〈
とまあ、それはもう過ぎた話なので置いておくとして。
「……で、話とはいったいなんじゃ」
師匠があいかわらずむすっとしながら本題を尋ねると、快活だったディアの表情にふっと影が落ちた。膝の上で組んだ指先に視線を落とし、少しのあいだ言い出しづらそうに沈黙してから、
「……例の審判、終わったからさ」
――ああそうか、その話か。
ディアが
かくしてディアがゆっくりと、ひとつひとつ丁寧に教えてくれたのは。
「――そうか」
俺が考えていた以上に、想像を絶するほどの――クソッタレ極まりない顛末だった。
「疲れて飽きて、嫌になって途中で帰った……か」
曰く諸悪の根源は、アルファナなる異国の女性。
彼女がすべてを狂わせたそうだ。〈
そうして遊ぶ金目当てで羽振りのいい承認調査に赴くも、内容が思っていたよりも地味で面倒くさかったからと――。
もちろんこれは俺が今いる世界の話であって、『原作』がどうだったのかはもはや誰にもわからない。
しかし原作で描かれていた〈
「そんな理由で、師匠たちは……」
原作の師匠たちは、全員道半ばでなぶり殺しにされたのか。
俺は右手で深く眉間を覆い、肺の中の空気をすべて重いため息に変えて、
「そうか……そうだったんだな」
心の底から、
……く、腐れ外道原作者がーっ!! あの野郎、本当にそんな筋書きで師匠たちを皆殺しにしたのか!? い、いくらダークな世界観を演出するための使い捨てキャラだったからって……! この鬼畜! 悪魔! 見損なったぞ!! ……あ、いや、見損なってるのは最初からだった。
深呼吸。
ともかく人災の可能性は薄々覚悟していたが、その中でも最悪の部類と言わざるを得ないだろう。そもそもが怠慢、果たさなければならない使命を途中で投げ出していたというのだから。
いわば原作の『ウォルカ』たちは、どこまでも理不尽で虚ろな無駄死にだったのだ。ぜ、絶対に許せねえ……。
しかしだからこそ、次に俺の心で芽生えたのは計り知れない安堵の感情だった。そんな腐れ外道極まる筋書きをぶっ壊して、師匠たちを守り抜くことができたのだから。
ちくしょー、本当によかったよ……。もう何度も何度も噛み締めたはずなのに、改めて崩れ落ちそうなほど報われた心地になった。師匠たちが生きてここにいてくれている、やはりそれだけで俺にとっては充分なのだ。
「ならなおさら……師匠たちを守れて、本当によかった」
「……」
俺の目の前で、ディアが純白の柳眉をわずかに歪めた。
「……やっぱり、あんたはそう言うんだな」
言うに決まってる。
仮にあの戦いを何度繰り返したとしても、俺は何度だって迷うことなく命を懸けられるだろう。
だから、言った。
「後悔はない。果たさなきゃいけないことを、果たせたんだから」
それにしても、〈
なんでもアルファナは、いくつか国を転々としながら冒険者狙いの悪事を積み重ねてきたらしい。時にはあらかた資金を搾り取って用済みになったパーティを、証拠隠滅も兼ねて魔物の襲撃で全滅したように偽装したこともあったという。いや、原作者が乗り移ったのかってくらいの悪女じゃねえか……。
この世界に存在する三つの魔族、〈
〈
原作でも、吸血鬼がいかに脅威的な魔族かは繰り返し描かれていたように思う。幸いこの国は彼らの勢力圏から遠く離れているものの、主人公と因縁を持つことになるメインクラスの吸血鬼が、たしか二人くらいは登場していたはずだ。
中でもそう、「強くて素敵な殿方と殺し合うのが生きがいなの!」みたいなトチ狂った思想で主人公を追いかけ回していた、サディスティックでバイオレンスなヤンデレ風味の吸血鬼がいたっけ――。
「――本当に……あんたは、今までどれだけっ……」
振り絞るようなディアの声で、俺の意識がふと現実に引き戻された。
いつの間にか、病室の空気がお通夜になっていた。
……ん? あれ?
/
「ならなおさら……師匠たちを守れて、本当によかった」
「後悔はない。果たさなきゃいけないことを、果たせたんだから」
――本当にこの男は、今までいったいどんな人生を歩んできたのだろうか。
昨夜の映写だけでも充分すぎるくらいだったのに、ディアの目の前でウォルカはまたそんなことを平気で言う。他人の愚かな怠慢のせいで、片目と片足を失うことになってしまったのに。剣がなくなったら、どう生きていけばいいのかわからないと自覚しているはずなのに。
仲間さえ守れたのなら、なにも後悔はないと。
まだほんの十七歳の青年が、本気で。
「ど、どうしたディア」
「……なんでもねーよ」
揺れ動く心を懸命に律しながら、ディアは辛うじてそれだけ返した。
はじめアルファナの話を聞いたとき、彼がにじませたのはあまりに深すぎる失望だった。軽蔑ですらあったのかもしれない。アルファナら〈
だが直後に大きく胸を撫で下ろして、淡い微笑みすら浮かべて、口を開いたかと思えばさっきの台詞だ。
「師匠たちも……」
「……な、なんでもない。なんでもないのじゃ」
リゼルたちもなんとか取り繕った。曲がりなりにも聖女と対面している手前、見苦しい感情は晒すまいとがんばって堪え忍んでいるのだろう。
リゼルたちのためにも、あまり長々とは話さない方がよさそうだった。
「……〈
こちらに視線を戻したウォルカは、まあそうもなるかという一応納得の反応。ディアは続け、
「アルファナは、ちゃんと〈
「は? せ、精神崩壊?」
ウォルカが目に見えて狼狽した。
「なんだそれ、どういう――」
「それだけ目に余るやつだったってこと。詳しく知りたいなら、あとでアルカ本人に訊いてくれ」
ちなみにアルファナが悪夢の中で何回死神に殺されたのかは、ディアも知らないしさして知りたいとも思わない。
『――〈
あんな最低最悪の発言でアンゼを泣かせた人間など、生きていようが死んでいようが別にどうだって構わなかった。
「その上で国外追放――元いた国に送り返して、そっちでも罪を清算してもらう感じだな。なんにせよ、あんたたちとは金輪際関わることもないさ」
「……そうか」
「他の三人はちゃんと贖罪の意思があって、あんたたちにも謝りたいって言ってる」
特にフリクセルという女戦士は、アルカの夢を通して死神の恐ろしさを知ったことで、命に代えてでも償わなきゃいけないと覚悟ガンギマリになってしまった。ウォルカたちから「会いたくない」と拒絶された日には絶望して身投げしかねない勢いなので、ディアとしてはできればなんとかしてやってほしいと思うのだが――。
「どうする? 会ってみるか?」
ウォルカは少し考え、
「……俺は、会ってもいいと思う。師匠たちはどうだ?」
「え、えっと……ウォルカに任せるのじゃ」
リゼルたちはどっちでもよさそう……というより、ウォルカの発言のせいでそろそろ我慢の限界に陥りつつあるみたいだ。話が終わったらさっさと出てって! という無言の圧力を感じる。はいはい、わかってますよ。
後日〈
最後にどうしても、伝えておきたかった。ウォルカの手のひらをそっと優しく包み込み、
「……あんたの中の神は、一度だってあんたを救ってくれなかったんだろうな」
彼の翡翠色の瞳を、まっすぐ真剣に見つめて。
「でもおれたち聖女は違う。あんたがあんたである限り、なにがあっても失望なんてさせない」
世界に失望し神を憎悪し、血がにじむ体でも前へ進むしかない場所まで追いやられているウォルカ。彼の前に立ち塞がる障害を、この世界からぜんぶぜんぶ消し去ってしまいたい――とまではさすがに言わぬも、ディアだってできることがあれば力になってあげたいと思う。〈
ウォルカが神を信じないというのなら、自分たち聖女が信じられる存在になる。
それすらできなければ、聖女という肩書に果たしてなんの意味があるというのか。
「絶対に、信じさせてみせるからな」
「お、おぉ……?」
ウォルカはなんの話かピンと来ていないようだったが、今はそれでも構わなかった。ウォルカたちに見送られて病室をあとにする。最後までドアをしっかり閉めきり、それからディアは廊下の片隅に向けて、
「……邪魔しないでくれてありがとな」
「滅相もございません」
なにもない空間から返ってきた初老の声を確認し、隅々まで綺麗に掃除された廊下を歩き出す。
ふと、自分がウォルカに対して考えていることを振り返る。
(……別に、アンゼみたいに重くないよな? これくらい普通だよな、うん)
最初はただ、かわいい妹分のためにお節介を焼くだけのつもりだったのに。
〈
ただ、その魂。
他者を思う誠実たる精神、どんな困難にも折れることのない確固たる意志、そして人の心まで焼き焦がすほどの燦然たる生命力。
そう。絶体絶命の危機から命懸けで仲間を救い、片目片足を欠いた体でも決して立ち止まらず、己が生きざまをその剣ひと振りで叩きつけてくる――
まさしくそんな誰かさんが、代々聖女の心に強く刻まれてきた人間像なのだ。
――なおディアが歩き出して十秒ほど経ったところで、背中からリゼルたちのようやく爆発したような声が聞こえた。
「ウォルカ、ウォルカあぁぁっ!!」
「うおっ……どど、どうした師匠! なにが――」
「先輩っ、ごめんなさい先輩、わたし、わたしっ……!!」
「ま、待て待て、みんないったい、」
「ウォルカ。――今日、ボクと一緒に寝よ」
「寝られるかッ……!!」
むべなるかな。剣がなくなったらなにも残らないと自分で認めておいて、それでも仲間を守れたなら後悔はないと本気で言ってのけたのだ。そりゃあ守られるだけでなにもできなかったリゼルたちからすれば、悔しいやら悲しいやら切ないやらで頭の中がぐちゃぐちゃになってしまうに決まってる。
仲間想いが過ぎる男というのも考えものである。彼はただ自分にとって当たり前のことを言っているだけで、それがどれほど周囲の感情をかき乱してしまうのかこれっぽっちもわかっていない。
いっそのこと、冗談抜きでいっぺん押し倒された方がいいんじゃあるまいか、とディアは思った。
Tips:『〈
この世界に存在する三つの魔族のひとつ、高貴で傲慢たる脅威的災厄。原作では、「さあ、今日も元気に殺し合いましょう?」と主人公を追いかけ回していたやべーヒロインがいたらしい。
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