全滅エンドを死に物狂いで回避した。パーティが病んだ。   作:雨糸雀

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51. 義足グレードアップ計画Ⅲ

 橋から遊歩道に飛び降りたフュジが見たのは、ちょうど盗っ人相手に鮮やかな圧勝を収めるラムゼイの姿だった。膝蹴り一発で黙らせた賊を地面に転がし、なんとも面倒くさそうな様子で足元のケースを拾い上げている。

 

「いやー助かったよ、ラムゼイ」

 

 フュジがそう声をかけると、ラムゼイは「あー?」となんとも無愛想に反応した。冒険者を引退してからは酒場通いもやめて随分丸くなったと聞くが、それでも人相と愛想の悪さはあいかわらずだ。フュジを睨むようにして数秒考え込み、

 

「あんた、ギルドのサボり魔じゃねえのか。クジだかぺジだかいう」

「……フュジだよ。この機に覚えてちょうだいね」

 

 たしかに、少し珍しい名前だとたびたび言われることはある――実際、ギルドの職員として表向きの活動をするための偽名である――が、そんな珍妙な覚え違いをされたのはさすがにはじめてだった。なんだ『ペジ』って。

 

 フュジの訂正をラムゼイは理解したのかどうやら、

 

「ったく、危うく怪我するとこだっただろうが。ちゃんと市民を守れよ」

「余裕で対応しといてよく言うよ。腐ってもベテランだっただけのことはあるじゃないの」

 

 これは素直な称賛である。釣り竿を担ぎながらにもかかわらず、片手と足だけで盗っ人を鎮圧した手際はなかなかのものだった。ランクがAだのBだのは関係なく、街中でいきなり凶器を抜く悪漢に冷静な対処ができる冒険者はそう多くない。

 

「『腐っても』は余計……でもねえか」

 

 ラムゼイはやや自嘲気味に鼻を鳴らし、拾い上げたケースを珍品でも眺めるように観察した。

 

「こんな上等なもん盗まれたのか。どこの世間知らずだ?」

 

 件のケースは、ひと目で高級品とわかる立派なものだった。多少古ぼけてはいるものの銀一色の華美な面構えで、開閉部には施錠できる鍵穴までついている。中に相当な貴重品が入っているのは疑いようがなく、不運にも盗みのターゲットとなってしまったのも頷ける。

 

「さて、何分突然だったんだけどね――」

 

 フュジが簡潔に経緯を説明しようとしたところで、例の勇ましすぎる咆哮が轟いてきた。

 

「見っ――つけましたわよコソドロがあああああッ!!」

 

 おいでなすった。

 フュジが雄叫びの方を見ると、ケースの持ち主である例のお嬢様が血走った闘牛よろしく爆走していた。橋から遊歩道へつながる階段を、ずどどどどどととんでもない勢いで駆け下りてくる。そして片手用のハンマーをぶんぶん振り回し、鬼もかくやの形相で一目散にラムゼイへ――

 

「おぉんどりゃあああああっ!! ですわ!!」

「うおっ――ぶねえ!?」

 

 華麗な跳躍から放たれた情け容赦ない飛び蹴りを、ラムゼイは辛うじて飛び退いて躱した。着地したお嬢様は機敏な動きで一度距離を取り、

 

「ちっ、泥棒風情がやりますわね……! ですが覚悟なさい、わたくしのハンマーは鉄だろうと人間だろうと等しくブチ」

「こらこら、落ち着きなって。そいつ味方だよ」

 

 衛兵に聞かれたら一発で連れて行かれそうな口上を遮って、フュジはこっちで転がっている男こそが盗っ人だとアピール。正気に返ったお嬢様はまず盗っ人を見て、それからおそるおそるラムゼイを見て、さらに彼が担いでいる釣り竿に気づくてようやくさっと青ざめた。

 

「も、もももっ申し訳ありません! 釣りのお方でしたのね!? どこからどう見ても悪人面だったので、てっきり……!」

「謝ってんのかケンカ売ってんのかどっちだコラ」

 

 こめかみにピキピキ青筋を浮かべるラムゼイは、申し訳ないが誰がどう見たって立派な悪人面だった。事の経緯を知らない人が通りかかったら、女の子がガラの悪いおっさんに絡まれていると勘違いしてもおかしくなさそうだ。

 フュジは盗っ人の拘束を始めながら、

 

「ほら、女の子相手にかっかしなさんな。笑顔が足りないのよおたくは」

「ほっとけ!」

 

 一応自覚はしているのか、ラムゼイは乱暴にため息をつきつつも、

 

「ったく……ほらよ」

 

 なんとなく事情は察してくれたらしく、ぶっきらぼうな態度で少女にケースを手渡した。

 

「あんた世間知らずか? 聖都っつっても盗っ人くらいいる、貴重品から目ェ離すな」

「あ、ありがとうございます。返す言葉もございませんわ……」

 

 盗っ人を横目で睨みつけ、少女は悔しげに歯噛みする。

 

「カフェで休んでいたら、人に道を訊かれまして。そしたらいつの間にか……」

「あー? ……ああ、そいつはこういう手合いの常套手段だな」

「そうそう。一人が先に話しかけて注意を引いて、その隙に仲間がちょちょいとかっぱらうのさ」

 

 ラムゼイの言うとおり、複数人の盗賊グループがしばしば使っている手口である。このお嬢様はおそらく、ケースを足元に置くなど体から離した状態で休憩していたのだろう。そのときケースが視界に入らなくなる方向から声をかけられて、そっちに気を取られている隙にまんまとしてやられたというわけだ。

 

 素人の犯行ではなかろう。聖都の入り組んだ道を物ともせず、行く手が遮られたと見るや素早く経路を切り替える判断力には『慣れ』が感じられた。真っ先に気づいたシャノンが声をあげていなければ、フュジでも追いつくのは難しかったかもしれない。

 

 お嬢様が目を吊り上げ、

 

「ど、道理であの男、あんなめちゃくちゃでわけのわからない地図をっ……! く、屈辱ですわーっ!!」

「まあ落ち着いて。向こうなら、たぶんおっさんの仲間が――」

「――あ、いた! おーい、大丈夫っすかーっ!?」

 

 フュジが言いかけたちょうどそのとき、狙いすましたようなタイミングでシャノンが追いついてきた。その後ろには頼んだとおり『荷物』を抱えるロゼと、お嬢様の付き人と思われる禿頭の男、そしてどういうわけか、聖都が誇る最年少聖騎士様――ロッシュハルトの姿まである。

 

 ラムゼイが「げっ」ととても苦々しいしかめ面になった。階段を駆け下りてきたシャノンはまずそんな顔見知りに目を丸くして、

 

「あれ、ラムゼイさんじゃないっすか。なんでここに?」

「おっさんの代わりに、こいつが泥棒を蹴っ飛ばしてくれたのよ」

「……あ、あんた、ちゃんと善行を積める心があったんすね!?」

「やかましいわ!」

 

 シャノンがびっくり仰天するのもわからなくはない――が、一応ラムゼイの名誉のためにフォローすると、この男とて別に悪人というわけではないのだ。いや、じゃあ善人なのかと問われるとだいぶ答えに悩むところではあるのだが、ともかく今までの悪評も結局のところは、絶望の中死んでいった古馴染の無念を引きずりまくっていたのが原因なのであって。

 

 まったくこの男も、ウォルカに叩きのめされてせっかく憑き物が落ちたのだから、ついでに笑顔のひとつでも浮かべてみればいいのに。

 さておき。

 

「よく追いつけたね、シャノンちゃん」

「そりゃもう」

 

 シャノンはフュジの小脇にそそくさと接近し、お嬢様に聞こえないよう前かがみで声をひそめた。

 

「ハンマー振り回すヤバい女が爆走していったって、みんな指差してビビってましたもん。たぶんそのうち街の掲示板に、『怪人ハンマー女現る!?』みたいに貼り出されるっすよあれ」

 

 正直否定できない。盗んだ側より盗まれた側が危険人物扱いとはこれいかに。

 そんな怪人ハンマー女は付き人の男と合流し、

 

「お嬢、大丈夫でしたかい!」

「ええ、ケースは無事ですわ。こちらの方々が取り返してくださいまし――って、あああああッ!?」

 

 そのあとからやってきたロゼを――正確には、ロゼが担いだ『荷物』を指差して大声で叫んだ。

 

「こ、こいつ、わたくしを騙した地図野郎!」

「は~い、お届けものよ」

「ぐえ」

 

 ロゼが地面に転がしたのは、ものの見事な簀巻きにされた地図持ちの男だった。男はフュジがふん縛っている仲間の姿に気づくと、万事休すとばかりに力なく青ざめた。

 

「ああ……ち、ちくしょう……」

「どさくさに紛れて、いつの間にかこいつも逃げ出してやがって……でも、こちらの人がすぐ捕まえてくれたんでさぁ」

「もーすごかったんすよ! 一瞬で追いついて、こう……しゅばばばって!」

 

 シャノンの臨場感あふれるコメントに、ロゼは垢抜けた微笑をそっと深めて、

 

「たまたま上手く行っただけよ。なんとかなってよかったわ」

 

 よく言う。賊の一人を捕まえる程度、フュジなんかよりよっぽど朝飯前なくせに。

 

「……さすが、腕は落ちてないみたいだねえ」

「まったく、その瞬間を見られなかったのが残念です」

 

 フュジがぽつりとつぶやくと、脇からロッシュも小声で同意した。騎士隊長ローゼクス――かつては〈聖導騎士隊(クリスナイツ)〉の中でも、指折りの武闘派として有名な豪傑だったのだから。

 

 ところで、いつの間にかちゃっかり頭数に加わっているこの聖騎士様について。

 

「それで、ロッシュくんはいつから?」

「ええ、とある女性と()()()()()()を過ごした帰り道だったのですが……シャノン嬢に突然呼び止められまして」

 

 街中で彼の姿を見かけるのは珍しくない。聖女の世話役としてはあの老執事がいるし、外回りの任務に関してはあの焔のような女傑がいるので、持ち前のフットワークで聖都のあちこちを動き回るのがこの青年のポジションだった。

 

 「女性と優雅なひと時を」などと称してそのへんを歩いているのも、大抵は機密性の高い情報を大聖堂の外部とやり取りしている場合だ。たとえば、聖都でもっとも多くの物と情報が集まる北の商港、通称『パトラ港』。そこの管理運営を執り仕切る女性はフュジと同じ特殊捜査官であり、しばしばロッシュが食事に誘っては様々な情報交換を行っている。

 

 もっとも〈福禍(ふっか)の聖女〉が作った認識阻害の魔導具を身につけているため、ほとんどの市民は彼をただの騎士だと思い込んでいる。お嬢様もまさか聖騎士が居合わせたとは夢にも思わず、

 

「あっ、あなた衛兵さんですのね!? こいつら泥棒ですわ、極刑に処してくださいましっ!」

「ああっ、麗しいマドモアゼル!」

 

 ロッシュはすかさずキラキラエフェクトでお嬢様に跪き、恭しく優雅なスマイルを花開かせた。

 

「聖都でこのような狼藉者をのさばらせた不手際、騎士隊を代表して謝罪させてほしい。この僕が、徹底的に対処することをお約束しよう!」

「むっ……苦しゅうありませんわ。よろしくお願いしますわね!」

 

 そんなこんなで、白昼の窃盗騒ぎは無事に収束するのだった。フュジが盗っ人を縛り終えると、シャノンがほっと大きく胸を撫で下ろして、

 

「はあ、ちゃんと取り返せてよかったっす……。あ、ケースの中身は大丈夫っすよね?」

「……ちょっと確認させてくださいまし」

 

 お嬢様がそそくさとケースの鍵を開け、中に収められていた貴重品を検める。さぞかし大層な値打ち物が入っているのだろうと思いきや、出てきたのは細かい文字と図がびっしりと書き込まれた紙の束だった。お嬢様は素早くその枚数を確認して、

 

「うん、ちゃんとぜんぶありますわね」

 

 ケースを施錠した。なにも知らないフュジたちからすれば、わざわざ立派なケースで持ち運ぶような物には見えなかったけれど。シャノンが尋ねる、

 

「今のは、紙に見えたっすけど……」

「はい。実はわたくし、商興街(しょうこうがい)で職人をやっているのですが……これは、祖父が遺した設計図なんですの」

 

 お嬢様はケースをしっかり両腕で抱き締め、フュジたちに向けて深く深く頭を下げた。

 

「皆様、本当に感謝の言葉もありませんわ! もしこの設計図を失っていたら、祖父にもウォルカさんにも合わせる顔が――あ、ウォルカさんというのはわたくしのクライアントで」

「えっ……ウォルくんの知り合いなんすか?」

「え?」

 

 シャノンとお嬢様がきょとんと顔を見合わせる。数秒の間、

 

「えっと……ウォルカさんとはちょうど今日、この設計図で義足を製作するお約束を」

「もしかして、ウォルくんの義足を作ってくれる職人さんってことっすか!?」

 

 思わぬ共通点の発覚に、シャノンが目をきらきら輝かせて盛り上がった。つまりはこの騒動、偶然にもウォルカの義足の設計図が盗まれて、偶然にもウォルカを知る者たちがそれを阻止して――という奇妙な巡り合わせだったらしい。

 

「あたしたち、全員ウォルくんの知り合いなんすよ!」

「まあ、そうなんですのっ?」

 

 それから歳が近そうな女の子同士、二人できゃあきゃあと意気投合するかと思われたが、

 

「――ふっ、ふざけんな!!」

 

 そのとき、地図持ちの男が突然大声で叫んだ。地面に這いつくばる彼は激しい怒りと失望の中で身をよじると、

 

「か、金目のモンじゃねえのかよ!? なんでただの紙クズをそんなケースにッ……くそっ、さては騎士どものおとり捜査か!?」

 

 たしかに、盗みを企てた側からすれば到底納得が行くまい。ケースはやや古ぼけているものの立派な金属製で、八つの角にはすべて細やかな彫金まで施されている。誰がどう見たって、絶対に傷つけてはならない貴重品を持ち歩くための高級ケースだ。

 

 しかし中身は値打ち物どころか、職人以外には無価値も同然な設計図だったというオチである。天下の聖都で窃盗騒ぎを起こして捕まった挙句、そもそも盗もうとしたものがただの紙だったとなっては、遣り場のない怒りで『紙クズ』と吐き捨てるのも無理はないのかもしれない。

 

 が、それは、この怪人ハンマー女の前では絶対口にしてはならない言葉だった。

 呪詛のような声、

 

「――あ? てめー今、おじいさまが遺した至高の設計図を『紙クズ』呼ばわりしまして?」

「へ?」

「今『紙クズ』抜かしやがりましたわねこのコソドロがぁ――――――ッ!!」

「ひいいいいい!?」

「お嬢ーっ!!」

 

 迫真の咆哮で胸倉を掴みに行くお嬢様、止めようとして弾き飛ばされる付き人、激しく揺さぶられ呼吸困難に陥る地図持ち男。そんな笑えばいいやら呆れればいいやらな光景をみんなで眺めつつ、

 

「なんだか、不思議っすねえ」

 

 シャノンが、少しおかしそうに吹き出した。

 

「たまたまウォルくんの義足の設計図が盗まれて、そしたらたまたまウォルくんを知ってる人たちがみんな居合わせて……」

「巡り合わせってやつかしら。なんだか素敵じゃない」

 

 ロゼの言葉に、ラムゼイが苦虫千匹噛み殺した勢いで顔をしかめた。

 

「おい、俺を頭数に入れんな気色悪ぃ……」

「素直じゃないっすねー。知ってるんすからね。昨日ウォルくんのお見舞いしようとして、勇気が出なくてウロウロしてたら怪しすぎて騎士に捕まったって」

「うおお! 殺せ! 殺してくれぇ!」

 

 聖都の平和な青空の下で、あんぎゃあ!! と怪人ハンマー女が暴れ続けている。

 

 なお後日、この国に出没していたとある盗賊グループがぱったり姿を消したらしいが――事の次第を知っているのは、大聖堂の一部の関係者に限られるそうな。

 

 

 /

 

 ――と、聖廷街(せいていがい)でまさかそんな珍事件が巻き起こっているとは知る由もなく。クラエスタとの会談を満場一致で終えた俺は今、胸の中が未来への明るい展望で満たされている。

 

 日差しがいつにも増して心地いい。いやあ、やっぱり具体的な解決策が見えてくると気の持ちようも変わるもんだな。聖騎士の装備に使われるくらい一級の素材と、師匠が自ら再構築を手掛ける一級の術式。伝統の技法と最新鋭の魔法が融合したかつてない義足とは……ふふふ、完成の瞬間が今から待ち遠しいじゃないか。

 

 そんなわけでアンゼの献身的なサポートもあり、欠けた片目片足以外はなんら不自由のない穏やかなひと時を過ごさせてもらっている。

 もらっているのだが――。

 

「アンゼ、」

「はいウォルカさま、なんでしょうか! どこか行きたい場所はございますか? このアンゼに、どこへなりともお申し付けくださいっ」

「あ、ああ、ありがとう。あんまり遠くまでは大丈夫だからな、君も疲れるだろうし……」

「いいえ、どうってことはありません! あ、もしウォルカさまがお疲れの際は、あとでマッサージなどいかがでしょうか? 神聖魔法を使いながら施術しますので、疲労回復に大きな効果があって大聖堂でも評判がいいんですよ。わたくしはいつでも、ウォルカさまを気持ちよくして差し上げられますっ! それから、本日のご夕食はどうなされますか? ご希望のお料理があれば、わたくしから調理場の者へ申し伝えます。本当はわたくしもお力になりたいのですが、恥ずかしながらディ――友人から『とりあえずおまえは調理場に立つな』と言われてしまって……。ですが、いつか必ずお役に立てるようになってみせますので! も、申し訳ありません、話が逸れてしまいましたね。それで、もしよろしければあとでマッサージを――ウォ、ウォルカさま? 大丈夫ですか?」

「ハッ――な、なんでもない。大丈夫だ」

 

 気づいたら目の前に宇宙が広がっていたので慌てて正気に返る。いかんいかん、圧倒的な善意の物量に意識が押し流されかけていた……! たとえるなら、コップ一杯の水を求めただけで目の前に滝が出現したような……さ、さすがアンゼ。

 

「そんなにがんばらなくても。もっと適当に、気楽な感じで」

「適当だなんて、ウォルカさまにそのような無礼はできませんっ!」

 

 今日のアンゼ、本当に絶好調だなあ……。

 

 大聖堂病棟の中庭である。「ウォルカさま、外をお散歩いたしましょう!」とアンゼの猛烈な誘いに押し切られ、大した目的地もないままのんびり車椅子を押してもらっている。望む場所があればどこへなりともという話だが、たぶんリップサービスじゃないんだろうなあ……。俺の胃もキリキリ悲鳴をあげて喜んでいる。

 

 庭をぐるっと回るだけでいいからな、本当にそれだけで大丈夫だからなと念入りにお願いし、ほどなく車椅子は俺の病室の近くへ。すると窓際で大量の魔導書を積み上げて、早速師匠が義足の術式を研究し始めているのが見えた。

 

「!」

 

 俺の姿に気づいた。途端に師匠の眉間の皺が吹き飛び、「えへへ」な笑顔で手を振ってくる。うむ、いい笑顔だな……やっぱり女の子はこうでなくては。

 

 なにも今日のうちから息せくように始めなくても大丈夫だと思うのだが、あえて水を差す真似はしない。こういった作業の中で師匠が少しでもやりがいを感じてくれれば、俺が目指すハッピーエンドにとっても大きなプラスとなるはずからだ。師匠、ぜんぜん師匠らしく力になれてないって最近地味に気にしてたからな。たとえ根底にあるのが贖罪の気持ちだとしても、前を向いて未来に進むためであれば俺も受け入れやすい。

 

 そう考えると、なんだかクラエスタの話が現状をすっかり好転させてくれた気がする。設計図を遺してくれたおじいさんには感謝しないとな。

 

 けどクラエスタのおじいさんは、どうして義足の研究に後年の人生を費やしたりしたのだろうか。

 

 己の仕事を追究した結果だとクラエスタは言っていたけれど、すべてを包み隠さず話してくれた風には見えなかった。たぶん、先代が義足にこだわったのはもっと別の理由があったからなのだろう。

 

 少し語弊のある言い方にはなってしまうが、義足って、今はまだ世間から切望されるような技術じゃないのだと俺は考える。多種多様な科学が革命的に進化していた俺の前世と違って、この世界はまだまだ発展途上。恩恵を受ける人間が非常に限られている義足よりも、もっと人類のために研究しなければならない技術がごまんとあふれているはずなのだ。

 

 それでも先代は、残された自分の人生を義足に捧げると決めた。

 

 ……もしかすると先代の身近にも、高性能な義足を必要とする誰かがいたのかもしれないな。案外俺みたいに、片足なくしても復帰を目指そうとした冒険者だったりして。

 

 〈グリフィス工房〉――ひょっとすると、思っていた以上にいい工房と巡り会えたのかもしれない。

 

「アンゼ」

「はい!」

「ありがとう。いろいろと」

 

 少し唐突すぎたらしい。背後でアンゼが「はぇ」と面食らって、

 

「え、ええと……?」

「ほら……義足のこととか、このあいだの審判のこととか。そのへんがぜんぶ上手く行ってるのは、ぜんぶ君のお陰だと思って」

 

 義足のグレードアップについては言うまでもなく、フリクセルたち〈炎龍爪牙(フランヴェルジュ)〉と関係が悪化せずに済んだのも、ルエリィとシアリィが心穏やかに静養させてもらえているのも、すべてはアンゼが教会の窓口として便宜を図ってくれているからだ。もしもアンゼがいなかったら、いま現在俺たちを取り巻く状況はかなり違っていたんじゃないかと思う。

 

 やはり唐突だったらしく、びっくりした様子で車椅子が止まった。

 

「い、いいえそんなっ! むしろわたくしには、これくらいしかできなくて……」

「『しか』ってことはないさ。本当に助かってる」

 

 考えてみればアンゼって、いかんせん素の言動が重すぎて勘違いしがちだけど、別に罪悪感やら後悔やらでメンタルをこじらせてるわけじゃないんだよな。それどころか一日でも早く社会復帰したい俺の気持ちを汲んで、一緒に前を向こうとしてくれてるというか。

 

 最初は『ややとっつきづらい宗教の人』という印象だったのに、今やすっかり俺たちにとって不可欠な仲間だと実感する。なので、この感謝の気持ちはちゃんと言葉にすべきだろうと思い、

 

「もう少し面倒かけると思うけど、これからも力を貸してくれると嬉しいよ」

「……!!」

 

 うおっまぶし……。

 こうなるんじゃないかと薄々予想はしていたが、案の定アンゼは祝福の光そのものと化してしまった。背後から隣へ瞬間移動して俺の手を取ると、

 

「はいっ、このアンゼにすべておまかせくださいませ!! わたくしはいついかなるときどのようなことであっても、この身も心もすべてでっ、すべてでっ!!」

「ほ、ほどほどにな。ほどほどに」

 

 アンゼのあふれる早口を慌てて遮る。善意がデカければ声もデケぇ……! アンゼ、ここ屋外だから! 「教会(ウチ)のシスターになに言わせてんだてめえ……」って屈強な騎士が寄ってくるから! 不審者疑惑で連行されるのはラムゼイだけで充分だって!

 

 結局このあとは夜が更けるまで、エンジン全開なアンゼと一進一退の攻防を繰り広げることとなってしまった。あともう少しだけでいいから、言うことやることの熱意が落ち着いてくれるとなお助かるんだけどなあ……。

 

 なんにせよ、明日はいよいよ新しい義足が届く日。〈グリフィス工房〉特注スーパー義足が完成するまでの間に合わせという扱いではあるが、俺の生活を支えてくれる大切な存在というのに変わりはない。

 

 うむ……介護生活は今日で終わり、義足のグレードアップは期待大、審判も無事終了して元凶の女は国外へさよなら。ルエリィとシアリィは再び平穏の中に戻ることができて、シャノンやフリクセル、ラムゼイなどの人間関係もひとまず丸く収まった。あれこれ山積みだった問題がぜんぶ片付いて、いよいよ大きく前進し始めた感じがするな……!

 

 あとは、今の平和な日々がこのまま長く続いてくれれば言うことナシだ。『原作』の内容が内容だっただけに、信用なんてできたもんじゃないけど……。

 

 こういうときに祈れる神様も今の俺にはいない。ゆえに、自分自身の信念として誓い続けるしかないのだ。

 

 俺はこれからも、ハッピーエンド以外絶対に認めねえからな!

 

 

 /

 

 そしてウォルカが未来へ明るい展望を抱いているとき、その後ろで再び車椅子を押し始めたアンゼはといえば――。

 

(ああ、ウォルカさま……少しでもあなたさまのお役に立てて、本当によかったっ……!!)

 

 あふれてあふれて破裂してしまいそうなほど、途方もない充足感と多幸感で心の中を蹂躙されていた。聖女として生きてきた今までの人生では、一度として抱いた覚えのない圧倒的な感情の激流。それは己の存在理由が隅々まで満たされて、駆け巡って、なんだか無性に泣いてしまいたいくらい強烈な安堵の気持ちでもあった。

 

 そう……一言で言うならば、アンゼはものすごくほっとしたのだと思う。

 

 アンゼが、生まれてはじめて見殺しにしてしまった人。

 一度目は、できることがあったはずなのに背を向けてしまった。

 二度目は、突然の凶報を前に打ちひしがれることしかできなかった。

 

 だからなにもできない無力な小娘はもういやだと、ウォルカにとって必要な存在でありたいと、神に失望するほど傷だらけの青年を少しでも救いたいと願い続けていた。ウォルカはとっくにかけがえのない仲間と出会っていて、それと比べれば、自分なんてまるで大したことのない女だけれど。ウォルカの力になりたいという気持ちだけなら、リゼルにだってユリティアにだってアトリにだって絶対負けないつもりだった。

 

 そして今、〈銀灰の旅路(シルバリーグレイ)〉の中で居場所ができて、後援者(パトロン)になって、こうしてウォルカから感謝の言葉までもらえて――ようやく、あのときの小娘から一歩前に進めた気がした。

 

 ――しかしだからこそ、この至福の情に呑まれて我を見失うような真似はしない。

 

 思い出す。アンゼが聖女として、いつか必ず訪れる未来だと確信している『あの夢』。()()()()()()()()()()()()を抱き、ようやく守ることができると涙を落とす己の姿。

 

 ほとんどが謎に包まれた夢だ。どうしてウォルカが血まみれなのかも、いつやってくる未来なのかも、どこで起こるのかも、『敵』が誰なのかも未だ不鮮明なまま。

 

 けれど確実に断言できるのは、ウォルカでも勝てないほどの敵が現れ、その危機に自分が駆けつけるのだということ。

 

 傍にいることさえできなかった今までとは違う。

 今度は傍にいられる。傍にさえいられるのなら、ウォルカのために全身全霊を尽くして戦える。

 

 なんとも皮肉な話ではあるが、審判の顛末、決闘の記録――その上でウォルカの『必要』となれた実感が唐突に与えられた結果、アンゼの決意はこの瞬間をもって完膚なきまでに昇華されたのだ。

 

 報われてほしい。救われてほしい。アンゼを突き動かす感情は、ただそれだけ。

 ウォルカの未来を脅かす敵など、この世界からひとつ残らず消えてしまえばいい。

 

(ウォルカさま。今度こそ……今度こそ、わたくしがお傍にいます)

 

 ――それは、ウォルカが前世でついぞ知ることのなかった原作設定。聖都の象徴として君臨する四人の聖女が、そのたった四人だけで王都の全戦力に匹敵しうると語られていた理由。

 

 過日の審判でアルカシエルが、〈神命神異、月下天声(セレスキュエラ)〉を発動させたように。

 彼女らは一人ひとりが、人の理外に位置する『神の権能』を身に宿しているのだ。

 

 〈天剣の聖女〉アンジェスハイトとて、例外にあらず。

 ゆえに彼女は微笑む。その胸にどこまでも純潔で、どこまでも凄烈な想いを抱きながら。

 

(――あなたさまを傷つける敵は、わたくしが微塵も残さず消滅させますからっ)

 

 アンゼだけに限った話ではない。リゼルにせよユリティアにせよアトリにせよ、以前と比べればだいぶ立ち直っているように見えつつも、心の中ではどんどん重い感情が解放されることなく蓄積し続けている。

 

 なお当のウォルカだけは、すべてが順調に前進していると極めて明るく考えている模様。

 




Tips:『アンゼ』
 料理スキルゼロの聖女様。数日前、自分もウォルカの食事を作れるようになりたいと一念発起。やる気に満ちあふれながら調理場へ突撃し、最終的にディアから出禁を言い渡された。
 そもそも包丁の持ち方を覚えなければいけない立場でもないので、聖女は代々伝統的に料理ができないとされている。

Tips:『とある盗賊グループ』
 盗っ人連行後、尋問に〈星眼の聖女〉登場⇒拠点へロッシュ出陣の理不尽コンボで一網打尽にされた。



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