全滅エンドを死に物狂いで回避した。パーティが病んだ。   作:雨糸雀

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53. 遠き西より、殃禍と共にⅠ

「隊長。ところでなんですけど――」

 

 夜がある。

 乾いた夜気に満ちた寂寞(せきばく)の夜だ。今宵はどこまでも続く群雲で月明かりが遮られており、地上を冷たく暗澹(あんたん)とした闇が包み込んでいる。周囲に人工的な建物がなにひとつ見当たらない、世界からそこだけぽっかり孤立したような仄暗い野営地に、篝火の灯りで息苦しそうに闇を押しやる一団がある。

 

 聖都〈グランフローゼ〉からアルファナの身柄を引き取った、ある隣国の騎士団だった。

 

「あの女って、いったいなにやった人なんですか? だいぶひどい有様でしたけど」

「そうか、そういえばおまえにはちゃんと説明できてなかったな」

 

 若い女騎士から投げかけられた疑問に、壮年の隊長は顎の先をゆっくり撫でながら答えた。女騎士と隊長含め、総勢十名あまりの小規模な部隊。今は夜の補給もあらかた片付き、各々が束の間の自由時間を過ごしている最中だった。

 

 篝火の灯りが点在する野営地で、隊長はひと際存在感を放つ一台の馬車へ目を向ける。商人がよく使っているのと大差ない、どこでも見かけるような普通の荷馬車――薄暗い夜の中ではそうと判別できないけれど、幌で隠された内部をそのまま鉄格子に置き換えた、言うなれば罪人を連行するための移動式の牢屋になっている。

 

「なんでも、ちょっとばかし吸血鬼(ヴァンパイア)の血が混じった女なんだと」

 

 さらりと言ってのけた隊長に、女騎士は表情をなくして低く息を呑んだ。

 

「……半人半鬼、ってことですか」

「いや、混じってるのは本当にごくわずからしい。資料によれば、身体能力と魔力は一般的な成人女性といって差し支えないそうだ」

 

 隊長は腕を組み、鼻から吐息。

 

「ただまあ魔族の血が混じってるってんで、魅了の血統魔法が使えたみたいだな。そいつで手頃な冒険者パーティを乗っ取って、金を根こそぎ貢がせて、用済みになったら適当な魔物とぶつけて全員殺害。そうやって何人も冒険者を食い潰しながら、国を転々と渡り歩いてきた――というのが、〈グランフローゼ〉側の見解だ」

「なるほど、つまりただのクソ女と」

「我が国でも、複数の冒険者パーティが魔物の仕業に見せかけて殺害されたらしい。だから身柄を引き取って、詳しく再捜査するってわけだな」

 

 女騎士の表情に血の気が戻ってくる。ひとまず納得の素振りを見せつつ、

 

「ちゃんと教えてくださいよ……私たちまで魅了されたらどうするんですか」

「悪い悪い。向こうで血統魔法に封印をかけたらしいから、本当にただの女と思っていいんだ」

 

 それに、と隊長は続け、

 

「そうじゃなかったとしても、これ以上余計な悪さができる状態ではなかろうよ」

「……」

 

 女騎士がこの部隊に編制されたのは、女の罪人を連行するということでその後方支援をするためである。アルファナの身柄を引き取ってから現在まで、鉄格子の中を覗く機会はたびたびあったが、

 

「……たぶんですけど、あれ、髪の色変わってますよね?」

「ああ。たしか元は紫だったか?」

 

 やつれた髪は所々が白く変わり果て、肌からも生気がごっそりと抜け落ちていた。ためしに呼びかけても反応らしい反応はなく、濁った目で何事か虚空にぶつぶつ繰り返すだけ――いったいどれほど恐ろしい罰を受けたのやら。

 

 もっとも女騎士も隊長も、数々の命を奪った事実上の殺人鬼にわざわざ同情などしない。

 

「あそこはあいかわらず容赦ないですねー。ちょっと前も、冒険者狙いの人身売買をやってた〈ならず者(ラフィアン)〉が全員処断(・・)されたとか聞きましたし」

「ああ、そういえば噂になってたな。あの国は昔からそうさ。よりにもよってどうしてあそこで犯罪なんぞやらかすのか、俺にはまったく理解できんね」

 

 王都の〈魔導律機構(マギステリカ)〉が誇る強大な魔法技術と、聖都の〈聖導教会(クリスクレス)〉が形成する絶大な医療信仰圏。世界の中心……とまで言ってよいかは判断しがたいが、少なくともこの大陸でもっとも圧倒的な影響力を持っているのは間違いない。

 

 敵に回すべからず、とはまさしくああいう連中に対して使う言葉なのだろう。

 

「ともかく、明日から本格的に移動するからな。途中でヘバらないようにしっかり休――」

 

 そのとき、隊長がなんの前触れもなく口を噤んだ。振り返る。野営地の中心からちょうど真逆の方向を睥睨(へいげい)し、浅く身構えながら剣の柄に手をかける。

 

「た、隊長……?」

「誰だ」

 

 強い警戒がにじんだ誰何(すいか)に、答える声はおろか不審な物音ひとつ返ってこない。女騎士は隊長と同じ方向に目を凝らすも、ただ一面に深く静かな夜が広がっているとしか思えない。

 

「隊長? いったいどうし――」

 

 いきなりだった。

 

「――見事、見事である。よもや気取られるとは思わなんだ」

 

 惜しみない称賛の声と、慇懃でありながらどこか尊大な拍手の音。

 あたりに降りていた夜の闇と、舞台の上で立ち位置が入れ替わるように。

 かすかな旋律のごとく靴を鳴らし、野営地の外縁に男の姿が現れていた。

 

「……!?」

 

 女騎士は反射的に隊長の後ろへ退がる。普通の男ではなかった。篝火の灯りに照らされうっすらと浮かびあがるのは、絢爛華美な深い葡萄色(ワインレッド)のゴシックコートに、大きな黒い羽根を挿した気品のあるシルクハット。さらには灯りを弾いて光るモノクルのチェーンと、手元が斜めに曲がった不思議な形のステッキ。

 

 おそらくは壮齢もかなり後半の男性――見た目だけなら、ひと昔前の貴族の装いに近いかもしれない。

 しかし夜中の野営地にひとり悠然と現れる男が、まさか本当に貴族というわけではあるまい。

 

 野営地に緊張が走る。普通の人間であれば、総勢十数名の騎士から一斉に睨まれれば多少なりとも狼狽えるはずだ。しかし男は依然として落ち着いた佇まいを崩さず、シルクハットを胸に当てた優雅な一礼まで返してみせる。

 まるで、騎士など取るに足らない存在であるかのように。

 

「ごきげんよう、人間の諸君。驚かせてしまったかね」

「何者だ」

 

 隊長の語気を強めた二度目の誰何。明らかに目の前の男を危険視している。

 

「なに。このあたりから、かすかな同胞の気配を感じたものでね」

「何者だと訊いているッ!」

 

 男はなおも答えずシルクハットを被ると、

 

「よい気迫である。一隊を率いる指揮官にふさわしい」

 

 隊長が剣を鞘からわずかに浮かした。ここまで来れば各々休息していた部下も顔色を変え、全員がいつでも行動可能な状態で待機する。不穏な空気が張り詰めていく。今のところ男から敵意は感じないが、かといって己の名すら答えない非協力的な態度は警戒を緩めるに値するものではない。

 

 道に迷ったただの一般人か、善人を装った〈ならず者(ラフィアン)〉か――あるいは人の姿を騙る魔性の類か。業を煮やした隊長が、さらに強めの警告を発そうとして、

 

「ん~……言うほどかしら? 私はぜんぜんビビッと来ないわ」

「父様は人間が大好きだからな~。こんなのどこにだっている雑魚だと思うよ、姉様」

 

 いったいいつからだったのか――男の背後に、極めて文字通りの『子ども』の姿が浮かびあがっている。

 

 女騎士の肌がぞわりと粟立つ。男と同じ古風な装いの少女と少年。どちらもはっきり顔まで見えるわけではないが、小柄な上背とあどけない声音から高く見積もっても十代前半。そんな子ども相手に、女騎士がひと目で恐怖を抱く理由など存在しないはずだった。

 

 しかし確認するが、ここは真夜中の野営地なのである。近くに街や村落の類はない。ロクな装備も護衛もなしに出歩こうものなら、いつ魔物に喰い殺されてもおかしくない完全な闇の世界――そんな場所をケロリと歩いている子どもが、そんな場所で子どもを歩かせている大人が、いったいどうしてまともな人間だということができようか。

 

 いま自分たちは、なにか出会ってはいけない存在を前にしているのではないか――そんな悪寒が騎士たちの首筋に広がり始めていた。

 

「貴様ら、まさか――」

 

 隊長の声音が、ほんのかすかな震えを帯びた。

 対し、男は微笑。

 

「では、名乗ろう。吾輩は――」

 

 そのとき、わずかな雲の隙間から月明かりが差した。

 闇夜に紛れ判然としなかった男の目元が、蒼白い月光の下で紛れもなく露わになった。

 

 

 ――不気味な闇色に染まった眼球と、鮮血のごとく赤い瞳。

 

 

 隊長は即座に決断した。

 

「総員抜剣!! 敵は(ヴァン)パッ、」

 

 ()()

 騎士たちの中で、その未知の攻撃に反応できた者は一人もいなかった。女騎士も、十を超える部下たちも――撃たれた隊長本人さえも。

 

「……ぇ、」

 

 女騎士は、緩慢な動きで隣を見た。

 隊長の左胸に、ぽっかりと大きな風穴が開いていた。

 

「……………………え?」

 

 喀血(かっけつ)。隊長の体が無言のままぐらりと崩れ落ち、倒れる。血が広がる。即死している。

 

「……あれ? 死んじゃった」

 

 少年。

 彼の右手にあるのが『銃』という名の武器であることを、その一撃で隊長がなにもできず殺されたのだということを、残された騎士たちは誰も理解できない。できるはずがない。

 

 男が静かに嘆息し、

 

「我が息子よ、『先手必勝』とは脆弱な人間のための言葉である。我々はいかなるときも高潔に、高貴であれ」

「ご、ごめんなさい……まさか反応すらできないなんて思わなかったんだ。父様、こいつらやっぱりただの雑魚だよ……」

 

 ようやく、女騎士の絶叫が夜の静寂を引き裂いた。

 

「い、いやああああああああッ!!? 隊長!! 隊長おおおおおッ!!?」

 

 部隊でもっとも強く経験のある指揮官が、敵の攻撃にまったく反応できず即死――いかに日々厳しい鍛錬を積む騎士といえども、その現実を前に冷静でいられる者は存在しない。

 

 悲鳴をあげる者、恐怖し後ずさる者、頭が真っ白になって呆然とする者。瞬く間に叫喚の坩堝(るつぼ)へ落ちた騎士団の姿に、男は再度小さく嘆息する。

 

「……指揮官が死ねば烏合の衆か。我が子たちよ、好きにしてよいぞ」

 

 少女は退屈した様子で首を振り、翻って少年は目を輝かせた。

 

「私はいらなーい。弱い人間には興味ないもの」

「わーいっ、じゃあ僕がぜんぶもらうよ!」

 

 少年が踊るように前へ出る。絵本の中から飛び出してきたような、幼くも美しい目鼻立ちの童子だった。わずかに尖った三角の耳、笑みで剥かれた一対の牙――そして男と同じ、黒と赤で染まった異常な色彩の眼球を除けば。

 

 戦闘とは、ある程度戦力の拮抗した者同士が武器を交えることで成立する。つまり彼我の実力があまりに大きく隔絶しているとき、それはもはや戦闘とは呼べない。

 

 少年が右手に構えた『銃』へ、身も凍る強大な魔力が収束。

 

「――それじゃあお兄さん、お姉さん、僕と遊んでよ!」

 

 夜の野営地を、極めて一方的な殺戮が呑み込んだ。

 

 

 

 

「あ゛があああああッ!!?」

「うわあああぁぁっ!? 来るな、来るなあああああァァァッ!!」

「いや、いやあああああぁぁぁッ!! だ、誰かぁぁぁ!! 誰か助っ、たずッ――」

 

 銃声と哄笑(こうしょう)、鮮血と断末魔の叫びがめちゃくちゃに飛び交う惨劇を、男は悲しむのでも愉しむのでもなく静かな表情で見つめている。それから背後でつまらなそうに口をすぼめている少女に向けて、

 

「我が娘よ、我々はこの世界の絶対的強者である。時に哀れな弱者へ力を示すのも――」

「おとうさまのお説教はきらい!」

 

 少女はぷいとそっぽを向き、一切の興味関心を失っていずこかへ走っていってしまった。残された男はどこか寂しげに肩を落とし、

 

「やれやれ、困った娘だ。これが反抗期……父の避け得ぬ宿命であるか」

 

 惨劇の中を進む。地面に転がる血と死体を悠然と素通りし、やがて馬車の荷台の前で足を止める。奇妙な形状のステッキで幌をなぞると、そのとおりに布が裂けて中の様子が露わになった。

 顎を撫でながら、男は興味深げに頷いた。

 

「わずかに感じた同胞の気配……なるほど、混ざり者であったか」

 

 アルファナ。

 鉄格子の中で手首足首に錠をかけられ、周囲の断末魔が一切聞こえていないように深く蹲っている。

 

「聞こえるかね?」

 

 男の問いかけに反応はない。しかし、決して沈黙するのみだったわけでもない。

 

「――みんな、」

 

 なにかを言っている。

 男の人外の聴力でなければ聞き取れなかったであろう、虚ろで薄弱で擦り切れた――しかし、たしかな憎悪にまみれた言葉だった。

 

「みんな、みんな死ねばいいんだわ――私の邪魔をするやつは、誰も彼も一人残らず――」

 

 男は満足げに微笑んだ。

 

「なかなか興味深い。ふむ……これはよい『物語』となりそうであるな」

 

 荷台へ一歩だけ歩を進め、常人より遥かに高い背丈からアルファナを見下ろす。

 問う。

 

「この世界が憎いかね?」

 

 アルファナはまだ反応しない。男は構わず続ける、

 

「復讐の意思あらば、吾輩の血を飲むといい」

 

 鉄格子に触れる距離まで左手を伸ばし、響き渡る絶叫すら舞台を彩る音楽かのように。

 

「壮絶な苦しみとなる。七日七晩、死んで楽になりたいと後悔するほど泣き叫ぶだろう。苦痛のあまり喉を掻きむしり、自らの舌を噛み切るやもしれん。だがもしも、もしも耐え抜くことができたならば――」

 

 神の甘美な誘惑のごとく。あるいは悪魔のおぞましい託宣のごとく。

 

「――さあ、どうするかね?」

 

 アルファナが、ようやくわずかに目線をあげた。

 濁った瞳の片隅に映るのは、遠き西方よりその名を知らしめる傲岸不遜の超然的災厄。

 

「…………………………誰よ、あんた」

 

 男は、どこまでも優雅な笑みをもって答えた。

 

「吾輩はオスカーレイン。

 ――吸血鬼(ヴァンパイア)、〈紅き戦乱のオスカーレイン〉である」

 

 

 

 

 野営地で一切の銃声と断末魔が途絶えた頃、その少女は離れた木の枝に腰掛けて蒼白い月を見上げている。不満げに膨らんだ色白な頬と、振り子のごとく揺れる両足が彼女の苛立ちと退屈を露わにしている。

 

「むぅー。なにが楽しいのかわからないわ、わざわざ弱い人間なんかに……」

 

 少女は、決して弱きを尊ぶ崇高な精神を持っているわけでなければ、理不尽になぶり殺された騎士たちを悼んでいるわけでもない。

 

 ただ興味がないのだ。少女にとって弱者とは路傍の草花と同じであり、自分に害さえなければどうだって構わない無用の存在に過ぎない。それゆえ、わざわざ手間暇かけて自分から踏み潰しにいく行為の意味も理解できないのだ。

 

 変わり者は自分の方だとわかっている。だがそれでも、少女が心を躍らせるのは強者だけ。

 吸血鬼(ヴァンパイア)という敵に真っ向立ち向かい、身体能力と魔力の理不尽な種族差を踏み越えて、目を眩むような魂の輝きで食らいついてくる――そんな人間。

 

「はあ……どこかにいないのかしら、私の強くて素敵な殿方……」

 

 少女は、夢を見ている。

 強者と鮮血交じわる殺し合いの瞬間を、夢見ている。

 

 

 

 /

 

「――ふーん。じゃあ、聖晶星銀(スターレア)は特に問題なくできあがったんだ」

「はいっ」

 

 ウォルカが大聖堂を退院してから早一週間。陽が昇り始めて間もない聖処のリビングで、〈白亜の聖女〉レスターディアが、〈天剣の聖女〉アンジェスハイトの髪を優しくブラッシングしてあげている。今日も今日とて光り輝くような妹分から聞かされているのは、現在鋭意進行中であるウォルカの義足グレードアップ計画についてだった。

 

「そっかぁ、ならほっと一安心だな。教会蔵出しの星銀だったから、もしダメにされてたらシャレにならなかったし」

「リゼルアルテさまのお陰で、とてもよい品質に仕上がったそうです!」

 

 ディアはこの計画に直接関わってこそいないものの、聖女として、ひいてはウォルカと面識がある友人としてそれなりに詳しく情報を把握させてもらっている。外装に聖騎士の装備と同じ希少素材を使用し、一級の魔法使いすら唸らせる数々の術式まで埋め込んだ新時代の義足。単なる義肢というよりも、もはや高度な魔導具と呼ぶべきシロモノ――そんなものが商興街(しょうこうがい)の片隅に何年も眠っていたというのだから、なんとも運命めいた話もあったもんだとディアは素直に感心している。

 

 アンゼが教会としても力になりたいとのことだったので、星銀の手配を少しだけ手伝ったのだけれど……とりあえず、今のところはおおむね着実に進んでいるようだ。

 

 向かいのソファーで、〈星眼の聖女〉ユーリリアスが食後の紅茶を楽しみながら微笑した。

 

「それはなによりですね。街で設計図が盗まれかけたと聞いたときは、前途多難かと思いましたが……」

「ほんとそれなー。おれもめちゃくちゃびっくりしたよ」

 

 一週間前に少し巷を騒がせた、〈グリフィス工房〉の設計図盗難事件――幸い盗っ人はすぐ捕縛されたものの、あれもなかなかディアの胃を痛めつけてくれる騒動だった。はじめて報告を聞いたとき、紅茶が変なところに入って呼吸困難に陥った程度には。

 

 アンゼは「可能な限り重い罰を科しましょう……」と、ダークサイドに堕ちかけながら根回しを始めるし。

 ユーリは「じゃあ私が『お話し』してこないとですね」と、ウキウキで盗っ人を尋問しに行くし。

 ロッシュは「なら僕は剣の手入れをしておこう」と、笑顔がまったく笑っていなかったし。

 

 結果、バカなことをしでかした盗っ人は背後関係まで根こそぎ丸裸にされ、所属していた盗賊グループもろとも哀れな一網打尽にされたというわけだ。合掌。

 

「……よし、終わり。今度はもっと落ち着いて着替えろよー」

「ありがとうございます、ディアさまっ」

 

 今更ではあるが、本日のアンゼは聖女ではなくシスターの恰好をしている。よほど興奮しながら着替えてきたのだろう、髪がぼさぼさになっていたのをこうしてブラシで整えてあげていたのだ。

 

 そして、アンゼがわざわざシスターの姿をしているということは、

 

「では、ウォルカさまのところへ行ってまいります!」

「はいはい」

 

 ということだった。

 なんでも今日は、リゼルもユリティアもアトリもそれぞれやるべきことがあってウォルカと一緒にいられないとか。ウォルカを傍で監視、もとい見守り手助けする人がいない――そんな震天動地の事態を前に、まさかあのアンゼが聖処でじっとしていられるはずもなく。

 

 無限の使命感とともに出撃していった妹分を見送って、ディアはソファーにずぶずぶ沈み込みながらため息。ユーリがくすくすと、

 

「若いって、いいですねえ」

「よく言うよ。あんただって、両足が動けばアンゼ側のくせに」

 

 ユーリは百歳近い年齢とは裏腹に――あるいは十歳児同然の見た目相応に――実は好奇心も茶目っ気もたっぷりな性格だ。眼帯に車椅子という枷さえなければ、絶対おもしろがってアンゼの後ろにくっついていったことだろう。

 

「……さて。それじゃあ、アンゼがいなくなった分の仕事だけど」

 

 ユーリがさっと顔を逸らす。まあユーリは今日も審判がたくさんあるし、特殊な眼を持っている都合から書類仕事が難しいのも理解している。なので、

 

「アルカぁ、たまにはこっち手伝ってくれよー」

 

 ディアは天井を振り仰ぎ、リビングの上空に浮かぶ三日月のゆりかごへ訴える。しかし返ってくるのは「ふあぁ……」という呑気なあくび、

 

「あんたならできるわ、ディア。やればできる子だって信じてるから……」

 

 そう無責任なことを言って、ぐうたらな月のお姫様はふよふよとどこかへ漂っていってしまった。コンチクショウ。

 

「いなくなって困るなら、ちゃんと言って聞かせればいいと思いますが。あいかわらずあの子には甘いですね」

「……うるさーい」

 

 おまけに、ユーリから微笑ましげに笑われてしまったので。

 ディアは頬が熱っぽくなるのを感じながら、せめてもの抵抗に唇を精一杯尖らせるのだった。

 

 

 

 /

 

 俺が大聖堂を退院してからというもの、審判だの決闘だのひっきりなしだったのが嘘みたいに平和な日々だった。お陰で義足グレードアップ計画も、順調……と俺が言っていいのかはわからないけれど、ひとつずつ課題をクリアしながら着実に進行している。

 

 まず星銀については、「わたくしにおまかせくださいませ!!」と全力投球のアンゼが教会の流通ルートで最高品質のものを確保。ミスリルもかなり貴重な素材ではあるものの、さすがは大規模な商港を擁する聖都というべきか、クラエスタの方で幸いにもよい品を仕入れることができたそうだ。

 

 そして師匠の人ならざる魔力と織り交ぜながら二つを合成し、極めて申し分ない純度の聖晶星銀(スターレア)となったのがつい先日のこと。義足のもっとも根幹となる素材が無事に完成したことで、計画は今日から新たなフェーズに突入していた。

 

 で、そんな中で俺がなにをやっているのかといえば。

 

「――いっでえッ!?」

 

 振り下ろされた袈裟斬りを鞘で受け流し、相手の隙だらけな脇腹めがけて鋭い抜刀一閃をお見舞いしていた。

 

 ふっ、決まった……。〈刃なき剣(ハートレス)〉を使用しているとはいえ、剣が直撃すればそれなりに痛みも入る。野太い苦悶の声でうずくまった相手――ラムゼイを見下ろして俺は笑みを剥き、

 

「よし、一本」

「チッ……へいへい、俺の負けだよ」

 

 ところは〈ル・ブーケ〉の裏庭にて、ラムゼイと本日の鍛錬の真っ最中である。ラムゼイは脇腹をさすりながら降参の意を示し、

 

「冒険者引退した一般人相手に、随分容赦ねえもんだなぁ」

「なにご隠居ぶってんだ。まだいくらでもやれんだろ、あんた」

「はっ、そりゃただの買い被りだな」

 

 とぼけたって無駄である。なぜなら例の設計図盗難事件について、クラエスタから謝罪とともに詳しい顛末を教えてもらったのだから。

 

 やっぱりこいつ、腕っぷしだけ見れば元Bランクなのが詐欺なくらい強いんだよな……。実力にふさわしい中身さえ伴っていれば、立派なAランクとして活躍することもできていただろうに。

 

「ラムゼイさま、手当ていたしますか?」

「いっ……いや、いい。別に平気だこんなもん……」

 

 傍のベンチからアンゼに問われ、ラムゼイは挙動不審になりながらそう返した。このあいだ大聖堂で不審者扱いされてからというもの、ラムゼイはシスターに対してちょっと腰が引け気味だ。もしくは最近師匠たちに頭が上がらないせいで、年頃の女の子自体にビビっている可能性もある。おもしろ情けないおっさんキャラが定着してきているようで……。

 

 さて、どうしてラムゼイと鍛錬しているのかというもっともな疑問に関しては、俺たち〈銀灰の旅路(シルバリーグレイ)〉の現状をひとつずつ確認していく必要がある。

 

「あー……それよかてめえ、義足の方はちゃんと進んでんだろうな」

「ああ、それは――」

 

 ちょうどラムゼイの方から訊いてきてくれたので、簡単に説明するとだな……。

 

 まず、今日は師匠もユリティアもアトリもこの場にいない。だからラムゼイが俺の鍛錬に付き合っていて、アンゼが本日のサポート役として傍に控えてくれている状況だ。

 

 師匠は今日から〈グリフィス工房〉に出勤し、クラエスタたちと協力しながらパーツに術式を組み込む作業に入った。「ぐぬああぁ」としょっちゅう変な声をあげながらがんばった甲斐あって、例の複雑怪奇な術式にようやく再構築の目途が立ったのだ。

 

 ユリティアとアトリは聖都を少し離れ、これからの工程で必要な一部の素材を手に入れるべく奔走してくれている。

 

 ミスリルがあっさり手に入ったから、てっきり他も大丈夫なものと思っていたけれど……クラエスタ曰く、わずかな差で老舗の大工房に素材を買い占められてしまったんだとか。人も金も潤沢なやつらがデカい顔をするのは、剣と魔法のファンタジー世界でも変わらないみたいだな。

 

 しかし幸いにも、それらの素材は聖都からそう遠くない範囲で入手可能なものだった。

 だったらいっそ直接取ってきた方が早かろうということで、ユリティアとアトリが名乗りをあげてくれたというわけだ。

 

 ラムゼイはイヤミに笑い、

 

「くくく、そうかいそうかい。愛されてんじゃねえか」

「無駄口叩けるならもうよさそうだな。続けるぞ」

「ちょ待っ」

 

 俺は剣を振る。ラムゼイは慌てて跳び退いて躱し、そのままの流れでもう一度打ち合いを始める。

 

「てめえ、調子に乗ってるとまた義足ぶっ壊すぞ!」

「大丈夫だこれくらい」

 

 まあ……実際、感謝しないといけない話ではあるよな。

 たとえば〈ルーテル〉の街にいた頃の師匠なら、こうして俺の傍を長時間離れるなんて考えることもできなかったはず。俺のせいでたくさん心配をかけてしまっているのに、それでも今は、俺の義足を完成させるという目標のために精一杯がんばってくれている。

 

 ユリティアとアトリも、素材集めとはいえ手伝いができることに強い意味を感じてくれているみたいだった。

 

 今まで罪悪感と後悔に囚われていた師匠たちの心に、ようやく少しずつ変化が生まれてきている。この義足製作を通して、俺たちのパーティは間違いなく大きな一歩を踏み出せるだろう。

 

 そう思えば、アンゼに付きっきりで監視される程度は受け入れねばなるまい……! でも着替えとかシャワーのときは勘弁してください。ほんとに。

 

 一閃。

 

「げふ。……くそ、見えねえんだよ速すぎて! あいかわらずフザけた剣術してやがる……!」

「ふふん、カッコいいだろ。あんたもやってみないか?」

「誰がやるか!」

 

 なんだと。嘆かわしい、抜刀術の素晴らしさを理解できないとは……。どうやら啓蒙が足りないと見える。

 

 で、なんでラムゼイと一緒に鍛錬してるのかって話だったな。もちろんこれにもちゃんとした理由があって、

 

「がんばれオッサン。クラエスタの護衛、たしかもう明後日だろ」

 

 なんとこいつ、明後日からクラエスタの護衛で少しのあいだ聖都を離れるらしいのだ。義足の製作とはまた別件で、いくつかの商談をまとめて片付けるためと聞いている。いや、クラエスタがこいつをボディーガードに雇ったと言ってきたときはマジでびっくりしたよな……。件の設計図盗難事件で、盗っ人をあっさり倒した手腕に心底感銘を受けたんだとか。

 

 ラムゼイは理解不能とばかりの舌打ちで、

 

「ったく、あのエセお嬢様……俺はもう冒険者じゃねえんだぞ。そんなのを護衛につけるとかなに考えてんだ」

「でも、引き受けたんだろ?」

「……まあ、ちょうど懐が寂しくなってきてたからな。だから仕方なくだぞ、仕方なく!」

 

 ツンデレっぽいリアクションしてんじゃねえ。需要ないって言ってんだろうが。

 

「ほら、もうちょっと付き合ってくれ。女のボディーガードでヘマなんてできないだろ」

「わぁってるよ……!」

 

 それからラムゼイの息が上がるまでひとしきり打ち合いを続けたが、結果としては俺の全勝だった。とはいってもまあ、俺の体に合わせながらの全力とは程遠い内容だからな。いつかまた、正真正銘本気のこいつと剣を交えてみたいもんである。

 

 頬を伝う汗が気持ちいい。うむ、やっぱり剣はいいなあ……。

 

「……ったく。ほんとに楽しそうなツラしやがって」

「ん?」

「なんでもねえよ」

 

 なお、抜刀術の素晴らしさは最後まで理解してもらえなかった。くそ、俺ごときの実力ではまだまだこの魅力を伝えられないのか。義足がグレードアップしたら、俺はもっともっと強くなってやるからな……!

 

 

 ――そう。大聖堂を退院してからは、本当にそんな穏やかな日々ばかりだったから。

 

 

 それからさらに数日後――ロッシュがいつもの笑みを消した険しい面構えでやってきたとき、俺はこの平穏がただの仮初に過ぎなかったことを思い知った。

 

「ウォルカ。少しいいかい?」

「……なにがあった」

 

 いつもなら「はっはっは!」と陽気に部屋へ押し入ってくるこいつが、このときばかりはまるで別人みたいに大人しかった。唇の端を噛むようにして、

 

「君にとって……間違いなく好ましくない話だ。アルファナという女を覚えているかい?」

「……ああ」

 

 そう簡単に忘れられる名前ではない。師匠たちがあわや原作通りの運命を辿る一歩手前に陥った、そのきっかけを生み出した女。魅了の血統魔法を悪用して数々の冒険者パーティを壊滅に追いやってきたという、情状酌量もへったくれもない紛うことなき凶悪犯。

 

「でも、そいつはもうとっくに追放――」

 

 俺は口を噤んだ。――いや待て、なんで今更その名前が出てくる? 国外追放という処罰がなんの問題もなく終わったのなら、ロッシュが今わざわざ彼女の名を口にする理由などないはず。

 

 嫌な予感がした。

 

「……隣国に身柄を引き渡したあとのことだ。アルファナを連行する騎士の一隊が、何者かの襲撃を受けて全滅したらしい」

「――……」

「彼女の遺体だけが見つからず、消息不明になっていると」

 

 まっさきに頭をよぎったのは、当然ながらアルファナが逃げたという可能性だ。

 

 だがどうやって。罪人の連行となれば魔法は使えないよう封印が施されるはずだし、血統魔法だって聖都側からしっかり情報共有して対策させたはず。向こうだって、それなりの人数と練度の騎士を寄越したことだろう。まさか凶悪犯相手に慢心し、隙を突かれてむざむざ取り逃がすような間抜け集団だったというわけではあるまい。

 

 なら騎士が突然魔物にでも襲われて、アルファナはその混乱に乗じて逃げ出したとか。でもそれにしたって、騎士が部隊ごと全滅する魔物なんてそのへんで出てくるレベルじゃない。いったいなにがどうなって――

 

「騎士の死因はすべて、()()()()()()

 

 ――ああそうか、()()()()()()か。

 

 この世界、剣と魔法の異世界ファンタジーなくせして『銃』がある。

 

 ただしそれは、火薬で銃弾を撃ち出す恐ろしい兵器だった俺の前世とは違う。この世界における銃とは、端的にいえば()()()()()()()。多種多様な魔法の発動を汎用的にサポートするのが杖だとすれば、銃は極限なまでの攻撃特化――魔力の収束と放射性能のみをひたすら追求し、人の命を容易く消し飛ばす威力の魔法を高速発動、挙句は連射すら可能にするといわれている。

 

 銃口から、銃弾ではなく強力な魔法が放たれる。そうイメージしてもらえばいい。

 

 しかしこの銃、実のところ俺たち人間のあいだでは使い手が存在しない。

 なぜなら、人間に扱える武器ではないから。人間が持つ技術では作られていないから。

 

 そしてこの世界において、古くから銃を武器に君臨する唯一の種族。

 遠い西方のダンジョンに強大な勢力圏を形成し、並の人間などまるで歯が立たない身体能力と魔力を持ち、かの(ドラゴン)と並んで、その虫の居所次第で容易く殺戮を巻き起こすという生きる災厄――

 

吸血鬼(ヴァンパイア)だ。……もしかすると、すでにこの国へ入り込んでいるかもしれない」

 

 ……なあ、待てよ。

 そんな最悪な話――『原作』では、一言一句たりとも聞いた覚えがねえぞ。

 




Tips:『リゼルアルテ』
 ウォルカの傍を離れてがんばって出勤中のお師匠様。しかし時間経過によって精神が不安定になるため、愛弟子の存在を感じられる私物類で定期的に正気を保っている模様。


 11/29発売予定の書籍3巻の書影が公開されました。
 
【挿絵表示】

 また、カドスト様にてアクリルスタンド付きの限定版なども作っていただけるようです(要予約)。
 18万字ほど詰め込みましたので、よろしくお願いいたします。


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