全滅エンドを死に物狂いで回避した。パーティが病んだ。 作:雨糸雀
心を奪われた。今まで教わってきた剣術はただの棒きれ遊びに過ぎなかったのだと、天からの啓示のごとく理解した。
ユリティアがまだ世界の広さを知らず、王都で一人の子どもとして暮らしていた頃。
ユリティアは、ウォルカの剣に一目惚れしたのだ。
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ユリティアは、王都の騎士団に代々優秀な騎士を輩出してきたそれなりに格式高い家の生まれだ。
騎士には到底不向きな大人しくてか弱い性格だったけれど、先祖由来の才能はその血にしっかりと刻まれていたし、なにより他のものが目に入らぬほど剣が好きだった。親からはじめて与えられた遊び道具は、刃のない稽古用の模造剣。手ほどきをしてくれる先生は、何年も前に騎士を引退した家の使用人。寝ても起きても剣のことを考え、いつだって剣を振って遊んでいる。そんな子どもだった。
ユリティアには、二人の兄がいた。
まだ幼いながら苛烈にして勇敢な長兄と、聡明にして厳格な次兄だった。ひ弱なユリティアと違い、まさしく騎士となるために生を受けたかのような二人で、両親の期待を背負い日々熱心に鍛錬していたのを覚えている。
片や一流の騎士を夢見て、両親から直々に厳しい稽古を受ける兄たち。
片や将来騎士になるかもわからず、年老いた使用人からお遊び同然の手ほどきを受けるだけのユリティア。
剣の女神がどちらに微笑むかなど、誰の目にも明らかだったはずなのに。
ある日、ユリティアと兄たちは互いの好奇心から手合わせをすることになって。
そこでユリティアは、兄たちを完膚なきまでに打ち負かしてしまった。
そのときのユリティアは兄たちに笑われないようとにかく一生懸命で、自分がどう闘ったのかほとんど覚えていなかったけれど。
傍で見ていた使用人が言う――兄が稽古をつける側だったのは最初だけ。ものの数分で互角になり、更に数分で逆転し、最後には――もはや『稽古』ですらなくなった。
ユリティアは、紛うことなき天才だと。
兄たちにとっては、己のなにもかもを否定される壮絶なまでの屈辱だったはずだ。それはそうだろう。日々厳しい鍛錬に打ち込む自分たちが、遊びで剣を振っているだけのひ弱な女に負けたのだから。『才能』という言葉だけで、積み重ねてきた努力を跡形もなく踏み潰されてしまったのだから。
兄たちがユリティアを憎むようになるには、充分すぎる出来事だった。
会話をしてもらえなくなった。それでも懸命に話しかけようとすると、舌打ちと拳が返ってきた。ユリティアの才能を知った両親が、「どうしておまえたちは」と兄らを叱責する。ユリティアを「さすが私たちの子だ」と褒めそやす。――両親が寝静まった夜に、髪を掴んで投げ飛ばされ、背中を何度も蹴られた。
泣いて謝るユリティアを見下ろす、憎悪と嫉妬に狂った兄たちの
ほどなくユリティアに学校へ入学する時期がやってきたのは、不幸中の幸いだった。
両親は兄たちと同じ騎士の育成校を薦めたが、ユリティアは魔法学校で寄宿舎の生活を選んだ。兄と同じ道を行けば、今よりひどい扱いを受けることになるのは目に見えていたから。
「剣以外のことも、学びたいんです」
そう、嘘をついて。両親は少し残念がったが、
「それもまたよいか。おまえの才能なら、いずれ聖騎士も夢ではないだろうしな」
聖騎士――騎士として比類なき実力を持ち、賢者に勝るとも劣らぬ魔法を操るこの国最強の称号。
兄らに対しては、一度もかけたことのない言葉。
才とはなんだろう。
兄から憎悪され、両親に嘘をつき、大好きな剣を握れなくなって、逃げるように家を出る――。
こんなものが、才能なのだろうか。
だが結果的に、ユリティアはこのとき家を出て本当によかったと思っている。
だってそのおかげで、『彼』と――あの剣と出会えたのだから。
「――あ、あのっ! わたしを、で、で! 弟子にしてくれませんかっ!!」
「……は?」
あの瞬間からユリティアの世界が、また美しく鮮やかに色づいたのだから。
/
「……ん」
少し、昔のことを思い出してしまった。ユリティアは緩く首を振って吐息し、刀身にわずかばかりついていた魔物の血を払い落とす。
斬り捨てた魔物は、すでに
これで、三十六。
「……やっぱり、ぜんぜん届かないや」
剣を握る右手に、遣る瀬のない力がこもる。
ユリティアではどう剣を振っても、斬った魔物の血で刀身が汚れてしまう。以前よりずっとマシにはなっているが、それでもまだ。
ほとんどの剣士は、それのなにがおかしいと疑問に思うだろう。魔物とて生き物、斬れば返り血がつくのは当たり前のことだろうと。
ウォルカの剣は違う。
ウォルカは剣を血で汚さない。幾百幾千の魔物を斬り伏せようと、その美しい刀身が穢れることは決してない。剣を鞘から抜き放つ、その刹那すら捉えることを許さない神速の絶技。
今度は、恍惚とした吐息がこぼれた。
「はぁ、やっぱり先輩はすごいなあ。先輩、先輩、せんぱい、せんぱぃ――」
甦るのは、ユリティアの目の前で〈
脳裏に思い描いただけで、ぞくぞくと快楽めいた感覚が全身を支配する。頭の中が宙に浮かぶような多幸感すら覚える。はじめてウォルカと出会ったときから、今でもずっとユリティアは彼の剣の虜だった。自分はこの剣と出会うために生まれてきたのだと感じてすらいた。
だからこそ、
「――……」
全身の快楽が露と消え、圧し潰されるような後悔と罪悪感に変わっていく。
右目と左足を欠いた、ウォルカの変わり果てた姿。
「……わたしのせいで」
あんな依頼を受けた自分のせいだと、リゼルアルテは自分一人を責める。違う、リゼルはなにも悪くない。あのダンジョンはすでに踏破されたと、ギルドが正式に認めていたのだから。転移トラップで隠された最奥に真のボスが待ち構えているなんて、この世の誰にも予想できなかったのだから。
だから本当に悪いのは、その転移トラップを作動させてしまったユリティアなのだ。
「わたしが、あんなミスしなければ――」
〈摘命者〉と遭遇することはなかった。あの化け物とさえ出くわさなければ、ウォルカが片目片足を失うこともなかった。〈摘命者〉を葬り去ったあの絶技から逆算すれば、せめて片足さえ無事だったなら、きっと彼の剣技は将来前人未到の領域まで辿り着いていただろう。
だが、その未来はもはや潰えた。
リゼルから聞いた――ウォルカはあの戦いで、生き残れると思っていなかったのだと。
奇跡的に一命を取り留めたとしても、軸足を失った以上剣士としては死んだも同じ。
ユリティアの愚かな失敗が、この世でもっとも敬愛する剣士にすべてを捨てさせてしまった。
その事実が、ユリティアの心をドス黒く狂わせている。
「もっと……もっと強くならなきゃ」
ウォルカが命を捨てる決意をしたあのとき、ユリティアはなにもできなかった。〈摘命者〉に打ち飛ばされ、痛みと恐怖で体が竦んで立ち上がれなかった。
弱すぎる。剣も、心も、情けないほどに、笑ってしまうほどに。
ウォルカに剣を教わるただ一人の弟子として、どんなに後悔してもしきれない。
だから、強くならなければいけない。
少しでもウォルカの剣に近づき、継がなければならない。彼の剣がここにあったことを証明するために。ただ一人の弟子であるユリティアが継がなければ、彼の剣はこの世界から永遠に消えてしまうのだから。
そして、償わなければならない。
これからのこと。
ウォルカのためにできること。
敬愛する人を、守るということ。
もう二度と、傷つけさせないためには。
もう二度と、誰にも奪わせないためには。
――ウォルカが、
「そうすれば先輩のこと、ぜーんぶ守れますよね――?」
返ってくる声はない。
街道から外れた森の中、青々と茂る枝葉で遮られた光はユリティアの瞳まで届かない。
――もしこの場にウォルカがいたならば、胃痛で白目を剥きながら痙攣していたのだろう。
/
「――ああ、そりゃユリティアちゃんね。ちょうどいま、君と同じ依頼受けてるの」
「ユリティア……」
綺麗な名前だ、と少年は思う。可憐な花のようだったあの子にぴったりの名前だと。
少年がギルドに戻って事の顛末を――
「ん。君より背が低くて、桜色の髪、赤い柄の
「あんな子、この街の冒険者にいたか?」
「んーん、聖都から来てる冒険者よ」
少年は驚き、同時に納得もした。
南方聖都〈グランフローゼ〉――この街から馬車でおよそ三日、〈
要は、いいとこ出の冒険者というわけだ。
「一人だったけど、ソロなのか?」
「んにゃ、そりゃもちろんパーティで来てるわよ。あんな小さな子が一人旅してるわけないでしょ」
まあそれはそうだ。しかし、ならどうしてあのときは一人だったのか。受付嬢も同じ疑問を持ったようで、
「え、一人だった? パーティの仲間と二人で出てったはずだけど……」
「……そういえば、人を捜してるって言ってたな」
しまった、と少年は唇を噛んだ。あのときユリティアが捜していたのはパーティの仲間。すなわち彼女はなんらかの理由で仲間とはぐれてしまい、たった一人で森を
しかし、受付嬢の反応はあっさりとしている。
「ま、大丈夫でしょ。ユリティアちゃん、Aランクパーティだし、街道の魔物なんてどうってことないだろうから」
「A!?」
少年は仰天した。Aランクパーティといえば、誰もが認める実績を積み重ねなければ到達できない実力者の中の実力者ではないか。この街のギルドにも果たして十あるかどうか。
「でもあの子、俺とそんな歳……」
「そうね、確か君より年下だったはず。十三だったかな?」
そんなことありえるのか、と少年は思う。まだ冒険者稼業を始めてまもないルーキーとはいえ、ふたつ年上の少年がDランクであるのに。
違和感。
「……一応訊くけど、そのパーティ、大丈夫なんだよな?」
まっさきに疑ったのは、あの子は本当にパーティの『仲間』なのか、ということだった。要は、可憐な外見だけで上級パーティに引っこ抜かれて、そのままマスコットのように扱われてしまっている可能性だ。
比率でいえば女冒険者の割合は男よりずっと低いし、パーティの華として若い女に目をつける輩も多いと聞く。以前パーティを組んでいた先輩冒険者に言わせれば、この界隈でそういった男女のいざこざはもはや数え切れず、耳にできたタコがふくれあがるほどらしい。
もしそうだったら、俺が助けてやらないと――なんて想像をたくましくしていると、受付嬢がいきなりにやりとして、
「おや、やけに知りたがるじゃん。気になるの? ユリティアちゃんのこと」
「バッ……」
赤くなったと思う。
「そ、そんなんじゃねえよ! そのパーティって、別に二人だけじゃないんだろ!? あんな小さな子に依頼押しつけて、他のやつらはなにやってんだって思ったんだよ!」
「いやいや、別に押しつけられてるわけじゃないからね」
受付嬢は嘆息、
「あー、少年。いと若き少年よ。いろいろ気になるのは理解するけど、それは余計な正義感ってやつよ。君が想像してるようなのは一切ないから」
ぴしゃりとたしなめられた少年は口を尖らせ、
「……じゃあなんだってんだよ」
「もう。……よそのパーティのことだから、詳しくは言えないけど」
受付嬢はやにわ声をひそめて、
「パーティから……結構大きな怪我人が出ちゃってね、今は活動休止中。でも宿代とか食事代とか、怪我の治療にしても教会へのお布施とか、いろいろお金はかかるでしょ? だから、動ける人が最低限の路銀は稼がなきゃいけない。で、その動ける人ってのがユリティアちゃん。そういうことよ」
「……なるほど」
一応、納得した。少年とて冒険者なので、生きる上ではなにかと金が必要になることも、〈聖導教会〉が無償で人を救う慈善団体ではないことも知っている。パーティの誰かが動けなくなったとき、それを仲間たちで補い合うという考えは理解できる。
押しつけられているわけでないのなら、ユリティアが仲間を思いやる心を持った優しい少女ということなのだろう。さすがだ。
「本当に、優しい子よ。――半分以上ギルドの責任なのに、恨み言のひとつも言わないでさ……」
「え?」
受付嬢が目を伏せ、こらえるようになにかを言った。少年が訊き返そうとしたときにはもう元の表情に戻っており、
「んーん、話せるのはこれだけ。あんま詮索しちゃダメよ、マナー違反なんだから」
「わかってるよ、俺だって前までパーティ組んでたんだし」
「それと、大人しい子だからって調子に乗らないこと。ガツガツ行くとソッコー引かれるゾ☆」
「へーへー」
口うるさいお節介おねえさんにひらひらと手を振って、少年は回れ右をした。言われなくてもユリティアを困らせる真似はしない。ただそう、仲間が怪我をして困っているのであれば、少しのあいだ一緒にパーティを組まないかと尋ねるくらいは、やってみても問題はないはずだ。
さっきははじめてのソロだったから上手く行かなかっただけで、パーティでの活動ならば充分な経験がある。Bランクの先輩冒険者たちと依頼をこなしたのは二度や三度ではない。ユリティアがAランクだとしても、足手まといにはならない。
等々、そんなことを考えながら昼食を摂り、いつでもパーティに誘えるよう街でアイテムを整理していたのだが――
「――先輩、他に行きたいところはありますか? 遠慮なく仰ってくださいね、わたしがどこまでもご一緒しますから!」
「あ、ああ」
「うーん……天気もいいですし、広場で少しのんびりするのもよさそうですね。風もありますから、お昼寝したら気持ちよさそうです……。
………………あ、あの、ところで先輩、わたし一度でいいからやってみたいことがありましてっ。その、あの……ひっ膝ま――うぅ、ごにょごにょ……」
「…………………………………………」
ユリティアが、見知らぬ青年が乗った車椅子を甲斐甲斐しく押して歩いていた。
つぼみが赤く色づくような、笑顔をしていた。
/
午後。ユリティアがまたあの「なにかできることはありますかっ?」ループに突入してしまったため、今度こそ観念した俺は日光浴も兼ねた散歩を手伝ってもらっていた。
この異世界における車椅子は、どうやら介助者に後ろで動かしてもらうタイプが主流らしい。少なくともこの街の教会では、乗る本人が動かすタイプ――いわゆる自走式の車椅子は配備されていなかった。バリアフリーが希薄な異世界の水準だと、やはり安全面の問題から普及に至っていないのだろうか。
とはいえフレームや車輪は魔物の素材が使用され強度のあるつくりになっており、クッション性の乏しさから悪路ではガタガタ揺れてしまう点、長く座っていると体が痛くなってしまう点以外は、およそ地球産の車椅子と比べてもそう悪い出来ではない気がする。木のおもちゃみたいなのが出てくるんじゃないかと不安だっただけに、これは嬉しい誤算だった。
そもそもこの異世界、元が日本人の考えたなんちゃってファンタジーだからなのか、地球の――もっといえば日本の風習や概念が通じてしまう場面が結構あったりする。
たとえばユリティアの髪は淡い桜色をしているが、これをこの世界の人たちも桜色と認識している。道行くおばさんが、「綺麗な桜色の髪で素敵ねえ」みたいに反応してくるのだ。この世界に桜ってあるのだろうか?
あとは日本の伝統謝罪技である土下座が存在したり、不義理を犯してしまった騎士が「腹を切って詫びる」と言い出したり。まあそのお陰で転生者の俺もこの異世界に順応できているわけだが、今でも時々は奇妙な感覚に陥ることがある。
閑話休題。
そんなわけで俺は、ユリティアに車椅子を押してもらいながら街を散歩しているのである。
「先輩、他に行きたいところはありますか? 遠慮なく仰ってくださいね、わたしがどこまでもご一緒しますから!」
「あ、ああ」
頭のすぐ後ろから、ユリティアのとても活き活きとした声が飛んでくる。心なしか、『どこまでも』の部分にアクセントが入っていた気がする。我らがパーティ最年少のおかあさんは、どうやらこの車椅子介助をいたく気に入ったようだった。
「~♪ ~♪」
隣では、我らがパーティ最年長の幼女がリンゴ飴を頬張って、こちらも実にご機嫌な様子で遊歩している。甘いもの大好きだもんね師匠……。
そして俺は冒険者の『ぼ』の字もない完全オフの平服に、右目の傷を隠すための黒い眼帯という装い。紐で耳に引っかける医療用のものではなく、頭に巻きつけて目から頬までを覆い隠す、漫画やゲームで定番のあのイカついやつだ。自分で言っちゃあなんだがなかなかカッコよくて、在りし日の中二心がくすぶる俺である。
たくさんの露店で賑わう通りを越え、人々の邪魔にならないよう車椅子は道の端をゆったりと進んでいく。
「うーん……天気もいいですし、広場で少しのんびりするのもよさそうですね。風もありますから、お昼寝したら気持ちよさそうです……」
おお、それはなかなか名案だ。昼下がりでちょうど眠くなってくる頃合いだし、風に吹かれながら草花と一緒にまどろむのはさぞかし心地よいだろう。
「………………あ、あの、ところで先輩、わたし一度でいいからやってみたいことがありましてっ。その、あの……ひっ膝ま――うぅ、ごにょごにょ……」
おお、それもなかなか名案だ。ぜひ師匠に膝枕してあげてほしい。原作で悲惨なバッドエンドを迎えたキャラが、生き延びて仲良く膝枕――うーん、写真を撮って額縁に飾る必要があるな。
「じゃあ、広場に行こうか」
「ふえっ!? え、あああっあのあの先輩、それってつまり、その………………し、して、いいんですか……?」
師匠にね。俺も一人の男として惹かれるのは否定しないが、さすがにユリティア相手だと……
ちょっと落ち着きのなくなった車椅子が、広場に向けて曲がり角で方向転換しようとする。そのときふと、
「……ん?」
向かいの道具屋のすぐそばに、俺たちを見て呆然と固まる少年が一人。すぐにユリティアも気づいて、あっと小さく声をあげる。
「……知り合いか?」
「ええと、知り合いといいますか……午前中に魔物を狩ってたとき、外で少し……」
そう言われると、なるほど少年の出で立ちは駆け出し冒険者のそれである。バツ字に交差した〈
「パーティを組んだとかか?」
「……よその人とパーティなんか組みません」
な、なんかマジトーンで否定されてしまった。今の質問のどこに機嫌を損ねる要素が……。
リンゴ飴を半分食べ終えた師匠も気づいた。こういうとき、師匠はまったく物怖じも遠慮もしない。わざわざ警戒するほどの相手でもなかろうに、目つきを鋭くして俺の前に出ると、
「おい、そこな少年。わしらになにか用でもあるのか?」
「……ハッ」
少年が正気に返った。そもそもなぜ呆然としていたのか不明だが、どうあれ少年は大急ぎで状況整理を追いつかせると、
「や、やあ。また会ったな」
「え? あ、はい……」
なぜか尋ねてきた師匠ではなく、ユリティアに向けて少し緊張した様子で返事をするのだった。
おい少年、そういうことをするとウチの師匠は――。
「おいコラ、わしを無視するな!! 礼儀がなっとらんちびっこじゃな!!」
「は、はあ? なんだよ、そっちの方がチビだろ」
二連続で地雷を踏み抜かれた師匠は速やかにキレた。俺を振り向いて、青筋を浮かべたステキな笑顔で、
「ウォルカ、ちょっとあいつボコボコにしてくるねっ」
「師匠、リンゴ飴、リンゴ飴がまだ半分残ってるぞ」
バカ……! 少年のバカ……! なぜ地獄の針山めがけてバンジージャンプするような真似をッ……!
だがまあ、こればかりはいかんともしがたい。師匠、本当に小さいんだもんなあ。俺もはじめて出会ったときは、子どもと勘違いして怒られたし。
ともかく、師匠の気を少年から逸らさなければ。冗談でもなんでもなく、師匠、こういう手合いはマジでボコボコにするからな。顔面に魔法を叩き込まれて吹っ飛んでいく犠牲者を、今まで何人目撃してきたことか。
「師匠が食べないなら、あー……俺が食べちゃうぞ」
「え? あ、じゃあウォルカも一緒に食べる?」
「ん?」
あれ、なんか思ってた反応と違うな。ここは食い意地張った師匠が「あげないもん!!」と怒り出して、少年そっちのけで黙々とリンゴ飴を食べる流れのはず……。
まあいいか、今のうちに少年はユリティアに対応してもらおう。どうもそちらと話がしたいようだし。
ユリティアは見るからに乗り気ではなかったが、声をかけられた以上やむなしといった様子だった。
「ええと……あの、なにか用でしたか?」
「い、いや、用ってほどじゃ。たまたま見かけたからさ……」
どこか照れくさそうに、初々しさ満点で受け答えする少年。その隅っこで俺はといえば、
「もー、ウォルカも食べたいなら買えばよかったのに。はい、あーんっ」
「あ、あー……?」
なぜか師匠の師匠モードが完全にすっ飛んでいて、白昼堂々幼女に餌付けされる公開処刑の様相を呈している。衛兵さん、いっそ俺を連行して楽にしてくれねえかな……。
「その、君みたいな冒険者がこの街にいたっけかなって気になって、ギルドで少し聞いたんだ。仲間が怪我したって……のが、えっと、そっちの……?」
「は、はい……」
「えへへー、おいしい?」
「う、うむ」
やめろ少年。そんなコメントしづらそうな目で俺を見ないでくれ。
結局、俺についてはあまり深く考えないことにしたらしい。ユリティアに向き直り、
「そ、それでさ。今は君が依頼を受けて路銀とか稼いでるんだろ? もし、よかったらなんだけど……」
この時点で俺は、少年がなにを言うつもりなのかをなんとなく察した。
俺でさえそうなのだから、ユリティアは一言一句まで完璧に見抜いたことだろう。少年が意を決して口を開くのと、ユリティアがすげなく頭を下げるのはほとんど同時だった。
「俺とパ」
「パーティのお誘いなら結構です。必要ありません」
「カフッ……」
少年……! 気をしっかり持て少年……! まだ土手っ腹に風穴が空いただけだ……!
しかしなるほど、この少年はユリティアとパーティを組みたいらしい。ギルドに話を聞いたのならば、〈
翻って少年はおそらくD、どう高く見積もってもCランクといったところだ。そのランク差でもパーティに誘うということは……。
ああ、そうか――俺の胸に染み渡るような理解が広がる。
考えてみればこれは、『原作』ではありえなかった新しい出会いといえるのか。
原作において、俺たちはあの戦いで全員命を落としていた使い捨てのモブパーティだった。だから本来であれば、ユリティアと少年がこうやって出会う未来もなかったわけだ。
そうだな。原作の全滅エンドを覆せたのなら、師匠たちはこれからもっとたくさんの人々と出会って、原作になかったたくさんの縁を紡いで生きていけるんだ。
そう思うとなんだか感慨深い。特にユリティアはまだ幼くして冒険者の世界に飛び込んだ都合、同年代の友人というのがほとんどいないからな。人と出会い絆を結び、
人並みの青春すら、原作では彼女に与えられることなく終わってしまったのだから。
というわけで俺は、こういった出会いに関しては積極的に歓迎していきたい。よく来たな少年、俺は君と出会えて嬉しく思うぞ。
しかし早速で申し訳ないのだが、彼の申し出は非常に厳しいと言わざるを得ない。なぜなら当のユリティアが、この手の誘いに関してものすごく警戒心が強いんだよな。
小動物的な性格が災いしてか、ユリティアは以前からなにかと変な男に目を付けられやすい体質なのだ。気弱で奥手なためそういった手合いをあしらうのも得意ではなく、街でひと気のない場所へ連れ込まれそうになったのも一度や二度ではない。
そんな経験を何度もさせられれば、当然、見知らぬ男への警戒心だって強くなる。お互いよく知りもしないうちからいきなりパーティに誘うのは、ユリティアに対しては致命的な悪手なのだ。
案の定、少年を見るユリティアの眼差しは氷のようになってしまっていた。
「ま、待ってくれ! たしかに俺はまだランクも高くないけど、パーティの立ち回りはわかって」
「……あなたも、そうやってわたしにつきまとうつもりなんですか? 本当に、迷惑ですので」
「ガハァッ……」
死ぬな少年……! ただの致命傷だ……!
悲しいかな、少年はなにも悪くない。たとえランクが開いていたとしても、気になる相手とパーティを組みたいと思う気持ちをどうして否定できようか。
少年が恨むべきは、ユリティアに何度も嫌な思いをさせてきた過去のロクデナシどもである。
「ねーウォルカ、もっと食べたい? もう一本買っていっしょに食べよっか」
「すまん師匠、ちょっと待って」
幼女モードから帰ってこない師匠を一旦脇に置いて、
「あー……その、君が悪いわけじゃないんだ。この子は前々から、しつこい声がけで何度も嫌な思いを」
「っ……!」
少年をフォローしようとしたのだが、なぜか仇を見るような目で睨まれてしまう。これ俺が悪いの?
少年が拳を震わせ、
「……君はやっぱり、その男が……」
「えっ、…………は、はい」
「ウォールカーっ!」
「むぐ」
ユリティアが答えようとしたそのとき、脇にほっとかれてヘソを曲げた師匠が、ぷんすか怒りながら俺の口にリンゴ飴を突っ込んできた。いきなりなにすんじゃ!
「そんなやついいから私とお話するの! ほらもう一本買いに行こ!」
「
「た、大切な………………えっと、その……あぅ」
「これで勝ったと思うなよおおおおおぉぉぉっ」
そして俺が師匠に気を取られている間に、少年は教科書のような捨て台詞を残して走り去っていってしまうのだった。
間。
ええと、今、ユリティア……まあともかく、上手いこと少年の誘いを断ったようだ。すでにパーティに所属している相手を誘うなら、少年だって断られるのは想定していたはず。それでも思わず走り去るほどショックを受けるのだから――彼のユリティアに対する思いは、きっと本物なんだろうな。
「? なんだか諦めてくれたみたいですね。じゃあ先輩、行きましょうかっ」
「……むぐ」
がんばれ少年。今のところユリティアは君を『冒険者A』としか認識していない。認めてもらうためには口ではなく腕を動かして、ただただ愚直に強くなるしか道はないぞ。己の実力は剣で語るのだ。
「ユリティア」
「はい?」
「もし、この人ならと思える相手がいたら……パーティを組んでみても、いいんだからな。俺のことは気にするな」
「ふふ、先輩ったら。そんな人いるわけないじゃないですか」
そこまではっきり言っちゃう? もし少年が聞いてたら膝から泣き崩れてるぞ。うーむ、彼女が内気で人見知りなのは理解するが、ここまで他人を拒絶してしまうのは少し考えもので――
「――先輩」
いきなりだった。
耳元。息遣いがわかるほどの距離。まるでその小さな両腕で、俺を
「わたし、
――いいですよね、せんぱい?」
いつも通りのユリティアだ。いつも通り優しい声で、いつも通り可憐で、いつも通り思いやりに満ちていて、いつも通りの――
「……そ、そうか……?」
「はいっ」
けれど俺は、なぜだろう、なぜか無性に背筋が凍りついて、かけらも後ろを振り向くことができなかった。
Tips『ユリティア』:
花のように可憐な少女。だいたいこういう子がやべー病み方をするって相場が決まってる。一番最初に監禁やりだすならたぶんこの子。