魔法少女シトラス the series   作:御鈴

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放課後の演奏会(コンチェルト)

壁には歴史に名を遺した作曲家たちの肖像画が貼られ、音符が書き込まれていない五線黒板の前に置かれたグランドピアノには埃避けの布がかけられている。

 

どこにでもあるような放課後の光景だが、そこにロゼ・アルページュがいるというだけでただの音楽室が貴族の集うサロンのような華やいだ場所に思えるのだから不思議である。

 

ロゼに座るよう促されたシトラスは、カバンの中にいたポメポメを膝の上にのせて空いた椅子に腰を下ろしていた。

 

(な、なんでこんな状況に……)

 

つい先ほどまで雲の上のような、自分とは別世界の人だと思っていたロゼ・アルページュの練習を、ほぼ貸し切り状態で見学できることになるなんて。

 

キルシェが聞いたらきっと羨ましがるだろうなと思いながら、シトラスはロゼが調弦する様子を眺めていた。

 

「猫ちゃん、お名前は何て言うの?」

 

「えっ」

 

不意に話しかけられたシトラスは驚きつつも答える。

 

「えっと……ポメポメです。アルページュ先輩」

 

「ロゼでいいわ。せっかくだもの、堅苦しいのは無しにしましょう?」

 

そう言って微笑む彼女はとても美しく、同性であるはずのシトラスでさえ見惚れてしまうほどだった。

 

「は、はい!えっと、じゃあロゼ先輩で……」

 

「ふふ、ありがとう。あなたは……」

 

「2年のシトラス・ルーシェです!……練習中に邪魔してしまってすみません」

 

ぺこりと頭を下げるシトラスに対し、ロゼは特に気にしていない様子で首を振った。

 

「邪魔だなんてとんでもないわ。かわいらしいお客様が来てくれたんだもの、むしろ嬉しいくらいよ?」

 

シトラスちゃん、でいいかしら?と尋ねるロゼに、緊張気味に「はい」と頷くシトラス。

 

(こ、これがオーラってやつなのかな……!なんだかロゼ先輩の周りだけキラキラして見える……!)

 

内心ドキドキしながら、シトラスはロゼを見つめる。そんな視線に気づいたのか、ロゼ柔和に笑った後、言葉を続けた。

 

「普段は学校で練習はしないのだけど、今日はたまたま吹奏楽部の練習が休みで音楽室(ここ)が空いていて。たまに気分を変えてみようかしらと思ってお借りしていたの」

 

「それじゃ、さっき弾いていたのは芸術鑑賞会で演奏する曲なんですか?」

 

シトラスの問いにロゼは少し驚いたように目を丸くし、それから小さく笑った。

 

「あら、もうわたしが出るって話が広まっていたのね……そうよ。当日は3曲ほど演奏させてもらう予定で、さっきのはその1曲」

 

そう言うと、ロゼは再び弓を弦の上に置いた。それを動かすと、美しい旋律が再び室内に響き渡る。

 

(わぁ……!すごくきれいな曲……)

 

音のひとつひとつがキラキラと輝いていて、まるで宝石のような輝きを感じる。穏やかで優しい雰囲気の曲なのに、どこか力強さも感じられて心が安らぐような感覚に陥る。

やがてロゼの演奏が終わると、シトラスは自然と拍手を送っていた。

 

「……ふふ、ありがとう。人前で練習するのはいいものね。聞いてくださっている方を意識した方がより素敵な音を奏でられる」

 

「そうなんですか?」

 

驚いた顔をするシトラスに、ロゼは小さく笑って答える。

 

「だって演奏は、聞いてくださっている方のためにするものよ?一人で自分の足りない部分や伸ばしたい部分と向き合いながら練習するのももちろん大切なことではあるのだけれど、自分の演奏を聞いてくださる方が本当に楽しんでくれるためにはどうすればいいか。それが一番大切じゃないかしら?

 

その視点だけはどうしても、一人での練習で鍛えるのは難しいから」

 

 

そう言われてみると確かにその通りかもしれない、とシトラスは思う。楽器を演奏したり、人前で歌ったりということとは縁のない人生を送ってきたシトラスでも、誰かのために何かをするのならその相手のことを第一に考えるべきだと、いうロゼの考え方の根本には共感することが出来た。

 

考え込むように沈黙したシトラスを見て、ロゼは少し慌てた様子で付け加える。

 

「ごめんなさい、なんだか説教臭くなってしまったわね」

 

「い、いえ!違うんです!ただ、ロゼ先輩はすごいなって思って」

 

「わたしが?」

 

「上手になるためだけじゃなくて、聞いてくれる人のことも思いやっていて……きっと、だからみんなロゼ先輩のことが大好きなんだと思います!」

 

シトラスの言葉にロゼは一瞬きょとんとした表情を浮かべた後、ふふっと笑った。

 

「ありがとう。でもわたし、別にすごくなんてないのよ。バイオリンも、生徒会も、好きでやっているだけだもの。だけど」

 

そこで言葉を区切ると、ロゼは真っ直ぐにシトラスの目を見つめた。

 

「わたしが好きで頑張っていることが、どこかで誰かを笑顔にしたり、役に立つことが出来ているのなら嬉しいわ。誰かが喜んでくれた時、わたしはこの瞬間のために頑張っていたんだって思えるの」

 

そう言って微笑むロゼの表情には、一人の人間としての強さのようなものが感じられた。

 

(やっぱり、すごい人だなあ……)

 

キルシェから話を聞いた限り、常人にはない天才的な才能がある人なのだと思っていたが、その才能は間違いなく努力によって磨き上げられたものなのだろう。

 

「失礼します。ロゼお嬢様、そろそろお時間です」

 

穏やかな時間を遮るように、背後から聞こえてきた若い男性の声にシトラスは振り返る。見ると、音楽室に黒い燕尾服に身を包んだ銀髪の若い男性が入ってきた。

 

(学園の生徒……じゃなさそう?)

 

男性は整った顔立ちをしており、年齢はシトラス達と同年代か、それよりも僅かに上に見えた。長身で細身な体躯に、切れ長の目は涼しげで、どこか中性的な雰囲気を感じさせる。

彼はシトラスの姿を一瞬見やり会釈をすると、すぐにロゼの方に視線を戻した。

 

「失礼いたしました。ご歓談中のところお邪魔してしまいましたか?」

 

「いいえ、大丈夫よレオン」

 

どうやら、レオンというのがこの執事の名前らしい。ロゼは再びシトラスの方に向き直った。

 

「ごめんなさいね、シトラスちゃん。また今度ゆっくりお話ししましょう」

 

「い、いえ!忙しい時にすみません!ありがとうございました!」

 

シトラスは慌てて立ち上がり、ロゼに向かってお辞儀をした。

 

「ポメちゃんもまたね」

 

「ポメっ」

 

ロゼはシトラスに抱き上げられたのポメポメの頭を優しく撫でる。レオンはポメポメを見て一瞬目を見開いたが、すぐに表情を戻したため、誰もそれに気付くことは無かった。

 

「失礼します!」

 

ポメポメがカバンの中に再び入ったのを確認したシトラスは二人に向かって頭を下げ、駆け足気味にその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

シトラスが去った後の音楽室には、ロゼとレオンだけが残された。ロゼは先程までの笑顔とは打って変わって真剣な表情でレオンに話しかける。

 

「……それで、どうだった?」

 

その言葉に込められた意味を察したレオンは、冷静な口調で答えた。

 

「特に変わった様子はありませんでした。目撃情報も被害の報告も、この1週間どこからも上がっていません」

 

それを聞いて、安堵の表情を浮かべるロゼ。しかしそれも束の間のことで、すぐに不安げな表情に変わる。

 

「そう……それならいいけど……」

 

レオンは再び小さくため息をつき、言葉を続ける。

 

「心配なのは分かりますが、あまり気を張りすぎるのもよくないかと」

 

「わかっているわ。だけどここ最近、あいつらの動きは人の動きが多い時間帯やたくさんの人が集まる場所に集中してる。芸術鑑賞会の日に何も起きないといいのだけど……」

 

それを聞いたレオンは少し考えるような仕草を見せた後、ゆっくりと口を開く。

 

「念の為、警戒を強めておくことにしましょう」

 

その言葉を聞いたロゼは小さく頷く。

 

「……シトラス・ルーシェと接触したのですね」

 

「ええ。たまたまだけど。でも、いい子だったわ。かわいいお友達も連れていて」

 

「あの猫……」

 

何か思い当たることがありそうな様子のレオンに対し、ロゼは思わず問いかける。

 

「ポメちゃんがどうかしたの?」

 

「……いえ、何でもございません」

 

そう言って首を振るレオンだったが、その表情にはどこか含みがあるように見えた。ロゼはそれを見逃さなかったものの、レオンがこれ以上何も話そうとしないであろうことを察して追及することはしなかった。

 

「シトラス・ルーシェは、警戒している様子でしたか?」

 

ロゼはゆっくりと首を横に振る。

 

「いいえ。恐らく、まだ目覚めて日が浅いからでしょうね。わたしの正体にも全然気付いていないみたい」

 

それを聞いてレオンは小さくため息をつく。

 

「当日は私の方でも最大限の警戒体制を敷きます。ですが、くれぐれも油断なさらぬよう」

 

レオンの言葉に、ロゼは頷いて応える。それからバイオリンをケースにしまうと、帰り支度を始めた。

 

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