魔法少女シトラス the series   作:御鈴

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忘れられない時間

 

「ロゼ先輩、何をするのかな」

 

「さぁ……わかんないけど、あの感じだとすごくいいことを思いついたっぽいよね?」

 

キルシェの言葉に、シトラスは頷く。事態の収束後、聖フローラ学園のホール内にいた学生たちは徐々に意識を回復し始めていた。

 

グラウンドに集まった生徒たちの間には不安と困惑が漂い、"街で噂のバケモノが学園を襲ったのではないか"、"催眠ガスがばら撒かれたのかもしれない"といった根拠のない噂話が交錯している。真相を知っているのはシトラスたちだけだが、彼らがそれを知ることは無いだろう。

 

そんな混迷の空気が漂う中で、聖フローラ学園生徒会の腕章を付けた学生たちが不調を訴える者や怪我人がいないかを学園内外の者ひとりひとりに声をかけて確認をしていた。恐らくロゼとレオンの指示だろう。

 

「あっ、ロゼが出てきたポメ!」

 

手のひらサイズになったポメポメが、シトラスの制服のポケットからこっそり顔を出して声を上げる。シトラスとキルシェが前方に視線をやると、ロゼだけでなく数名の演奏者が弦楽器を手にして後方に控えている。

 

前方に設置されたポータブルステージにはパイプ椅子が数脚と、屋外用のスピーカー。そしてスタンド付きのマイクが二本。

 

この舞台が急ごしらえで用意されたものであることは、誰の目にも明らかだった。

 

ロゼは先ほどまでの煌びやかなステージドレスではなく、聖フローラ学園の制服に着替えていた。丁寧にヘアメイクされていた髪も、シトラスが以前会った時と同じハーフアップのシンプルなスタイルになっている。

 

ざわめいていたグラウンドは、生徒会長の登場で一気に静まり返った。

 

その静寂の中でロゼは設置されたスタンドマイクの前に立ち、数秒間頭を下げる。そして顔を上げると、真っ直ぐに前を見据えながら口を開いた。

 

「─聖フローラ学園高等部3年、生徒会長。ロゼ・アルページュと申します」

 

音楽室でシトラスと邂逅した時とも、舞台上で演奏していた時とも、魔法少女として戦っていた時とも違う。堂々とした態度で全校生徒の前に立ち、学園を代表する者としての責任を背負った姿をロゼは見せていた。

 

その表情には相手に不安を感じさせる色は一切ない。冷静でありながらも、話を聞く者たちの心情を慮る気遣いさえ感じられた。

 

 

「この度は、予期せぬ事態により芸術鑑賞会を中断せざるを得なくなりましたことを、心よりお詫び申し上げます」

 

謝罪の言葉を口にし、ロゼは再び頭を深々と下げた。数秒間の長いお辞儀。

 

生徒たちは彼女にヤジを飛ばすことも、怒りや非難の声を上げることもなかった。それは日頃のロゼの生徒会長としての功績に対する信頼か、はたまたバイオリニストとして絶大な人気を誇る彼女への崇拝か。

 

いずれにしてもここにいる誰もが、この事態は彼女のせいではないことを理解していた。

 

「芸術鑑賞会は会場の安全が確認され次第、必ず日を改めて開催いたします。皆様に楽しんでいただき、より良い催しに出来るよう全力を尽くしますので、どうかよろしくお願いいたします」

 

ロゼの言葉に人々は安堵のため息を漏らし、誰からともなく拍手が沸き起こる。先ほどの混乱と不安の入り混じった空気とはうって変わり、その拍手はロゼへの信頼と尊敬に満ちたものだった。

 

「……最後になりますが、音楽を通じてこの瞬間を特別なものに変えたいと思います。他校からお越しの皆さまの送迎バスが到着するまでの間、少しでも皆様の心を癒やすことが出来れば幸いです」

 

ロゼが静かにバイオリンを構えると、後ろで待機していた他の奏者たちも順に楽器を構える。

 

音楽が始まる前の、僅かな緊張感が漂う一瞬。その場の誰もが息を呑み、静寂の中で始まりを待つ。

 

 

 

そして─ロゼは弦の上に弓を滑らせ始めた。

 

 

演奏が始まると、グラウンドは瞬く間に音楽の魔法に包まれる。彼女のバイオリンから生まれる旋律は静かに─しかし力強く、聴く者ひとりひとりの心に響き渡る。

 

それはただの演奏ではなく、言葉にできない想いや温もりを伝える音楽の物語だった。

 

シトラスとキルシェ、そして周りの生徒たちも皆ロゼの演奏に心を奪われ、先ほどまでの騒動をすっかり忘れてしまったようにうっとりとしている。聴衆たちの顔には感動や安堵が浮かび、音楽の美しさに心を寄せていた。ポメポメも、シトラスのポケットから顔をのぞかせ、美しい旋律に聞き入っている。

 

 

 

 

─やがて演奏が終わると、割れんばかりの拍手喝采が巻き起こった。

 

ロゼは微笑みながら一礼し、ここにいる全員と特別な瞬間を共有出来たことに感謝の意を示す。

 

 

 

「すごかったね……」

 

小さな演奏会が終わりロゼと楽団のメンバーが退場した後、キルシェは感嘆のため息と共に呟いた。シトラスも興奮冷めやらぬ様子で頷く。

 

「うん……感動しちゃった」

 

ロゼが日頃どんな想いを持って練習に励み、ステージ上に立つために努力しているか。その全てを知る人はこの場にほとんどいない。しかし、彼女の演奏はその努力と情熱が本物であることを証明するものだった。

 

 

 

 

 

─こんな素敵な先輩と、これから一緒に戦えるんだ。

 

 

 

 

魔獣との戦いはますます過酷さを増し、激しくなっていくだろう。

 

それでも今は─。シトラスとキルシェは、これからロゼと共に魔法少女として活動出来ることに嬉しさと誇りを感じていた。

 

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